初めての学園祭
「学園祭?もうそんな時期か…」
今年は色々あったから、学園の行事なんて忘れかけてたなぁ。
そう思いながらぼんやりしてると、隣に座っていたミルムが私に呆れた目を向けてきた。
「呑気にしてていいの?あなた今年は主役よ?」
「へ、何が?」
主役?劇なんてやったっけ。
「神の愛し子なんだから、祭りの主役に決まってるでしょ」
あ、そういう事ですか。
嫌だなぁ、面倒なことにならないといいけど…。
この学園の学園祭は、日本の学園祭とは違う。半分以上貴族で構成されたこの学園で、クラスで協力したりとかはしない。
その代わり祭りの日はイベントが沢山あって、それを見に行ったり参加したりする。
ちなみにこの日は部外者も校内に入って見学できるので、私は今までの3年間この日は寮に引きこもっていた。
だから今年初めて学園祭に出るんだけど…。
「主役って言ったって、何もやることないでしょ?」
この祭りは自由参加型だ。自ら参加しなければただの見学で終わるんだ。
「参加は自由だけど、どうせ今年で最後なんだしやりたいことはやったら?エミリアは学園祭初めてでしょ?」
「うん」
「ならやったほうがいいわ。いい思い出になるわよ」
ほら、と言って、学園祭当日のタイムスケジュールの書かれた紙を手渡された。
これを見ながら出たい物をピックアップしろってことか。
コンテストもあるし、発表会みたいなものもある。
うーん、見るだけで楽しそうなんだけどなぁ。参加したくなるようなイベントは……。
「あっ、これにしようかな」
ひとつのイベントを指さすと、ミルムはあなたらしいわね、と言って笑った。
「それでエミリアが作ったお菓子を売るの?」
「そう!この世界に来て初めてお金を稼ぐんだよ!」
参加希望者皆で複数のお菓子を作り、それを当日に店頭に立って売る。平民向けのものだけど、そういう出し物もあったので、私はそれに出たいと思った。
何よりこの世界で初めての労働。材料費は学園から出るから、純利益のみを実際に貰うことが出来る。
初めてのお給料。
ワクワクする気持ちを抑えきれずに、私を後ろから抱きしめてソファに座るノアに言うと、ノアはあまりいい顔をしなかった。
「仕事が欲しいなら僕があげるよ、エミリア」
「ノアは私のこと甘やかすでしょ?だからだめ」
ノアのことだから、侍女の仕事、とか言ってノアの近くにいるだけでいいとかそういう楽なことをさせられそうだ。
それは私は望んでない。仕事は真面目に。
私の言葉にノアは眉をしかめる。
「でも、エミリアの手作りを他の男が食べるなんて…」
「みんなで作るから、私の手作りとも言えないよ」
「でもエミリアの手が加わってる…っ!」
悔しそうな顔をしてノアは言う。
本当に私のことが大好きだなぁ…。
「ノアには今度私だけが作ったお菓子あげるから、ね?」
「エミリア…」
ノアを振り返って言うと、ノアは私の名前を呼んで、そしてそのまま私の体をソファに押し倒してきた。
ん?こんな雰囲気、今でてた?
私を見下ろすノアの顔はさっきの不満げな顔はどこへやら、少し目を細めて私を捕える。
「エミリア、先に僕の好きなお菓子貰ってもいい?」
「え、う、うん…何、クッキー?」
「僕にとって1番甘くて美味しいお菓子は君だよ、エミリア」
「えっ」
まだ早い!まだ夕飯もまだなのにっ…!!
この日は次の日授業があるのに、深夜遅くまで離して貰えなかった。
学園祭前日、私は明日売るお菓子を作るために、学園の調理室へと向かった。今日は休日で、明日のイベントに参加する人は準備の日でもある。
私は一日掛りでお菓子を作るのだ。
調理室に行くと、この出し物に参加した人達が集まっていて、その人数はおよそ20人。その殆どは平民だ。
ただその中に1人、異質な人が。
「ユフィーリアも参加してたの?」
「待ってましたわ、エミリアさん」
殆ど平民、数人男爵家の令嬢が混じる中に、ただ1人伯爵家の令嬢が混ざってて違和感しかない。
そこだけ空気がキラキラしている。
「そんなに驚く事ですの?あなたはわたくしより高い身分ですのよ?」
「あ、そっか…」
「全く、自覚が足りないのではなくて?」
ユフィーリアに呆れた目を向けられるけど、彼女なりに心配してるだけだって分かっている。
でもそっか、私はもう平民じゃなくて、侯爵家の人間なのか…。
それでいうなら私もここではアウェイなのか。
まぁ平民の時に何度か話したことある人もこの中にはいるし、来ちゃったものは仕方ない。
合計22人が集まって、4、5人でひとつのチームに分けられ、指導員の元、私達はお菓子を作る。
指導してくれるのは花の街の有名なお菓子屋さんの人。初心者でも出来るような大量生産しやすいものを教えてくれる。
準備や計量をしながら、同じチームになったユフィーリアに声をかける。
「ユフィーリアもお菓子作るんだね、知らなかった」
「作るのは初めてですわ」
「えっ、そうなの?」
この演し物に参加するくらいだからお菓子作るのが好きなのかと思ったけど、違ったの?
「エミリアさんが参加すると言うから、また何かに巻き込まれるのでは無いかと危惧して参加したのですわ。エミリアさんはすぐに変なものを引き寄せるから」
「心配してくれたの?」
「し、心配ではございませんわ!周りに迷惑かけないか見張っているのです!」
少し耳を赤くしてユフィーリアがそっぽ向く。うん、心配してくれたみたい。
材料を計量し終えて、指導員の話を聞きながら作業にうつる。みんな料理に慣れているから手際がいいけど、全くしたことなさそうなユフィーリアはだいぶ苦戦している。
「ま、混ぜる…、こう、かしら?」
「もっと早くして大丈夫だよ」
恐る恐る手を動かすユフィーリア。その顔はすごく真剣で、私のことが心配でついてきた割には本気でやっている。
その様子を同じ班の平民の子も見て驚いていて、零れそうになったらさりげなく布巾を近くに置いといてくれたりと、ユフィーリアのことを見守ってくれている。
「小麦粉って不思議な感触ですのね…。しっとりしてて気持ちいいですわ」
「そのまま入れると塊になって美味しくなくなるから、振るいにかけてサラサラにして混ざりやすくするんだよ」
「なるほど…」
ユフィーリアは色んなことに興味を示す。初めて料理に興味を持った子供みたいで、なんだか可愛い。
「そこのあなたは何をしているの?」
「わ、私ですかっ!?ば、バターを混ぜて柔らかくしています」
「それはどうして?」
「小麦粉と同じで、固いと塊になって上手く混ざらないからです」
「なるほど」
チームの他の子にもユフィーリアは質問を飛ばした。話しかけられた側は最初びくびくしていたが、ユフィーリアが優しいのだと分かると、だんだん緊張も解れていった。
そういえばユフィーリアから平民を差別するような発言は聞いたこと無かったな。関わる機会がなかっただけで、あまり気にしていないのかもしれない。
「こうやってクッキーは出来ますのね…。凄い手間ですわ…」
クッキーの生地が出来上がり休ませる段階に入ると、ユフィーリアは一息ついた。
クッキーはお菓子の中でも簡単な方だが、ユフィーリアにとっては初めてのお菓子作り。すごく大変だと思っただろう。
「今度家に帰ったらシェフにお礼を告げようと思いますわ」
「きっと喜ぶよ」
料理の大変さを知ってお礼を言いに行くなんて、ユフィーリアはとてもいい子なんだな、と思った。さすがロットの身内だ。
「でもエミリアさんもお菓子作りが好きだとは思っていませんでしたわ。てっきりノアゼット様の担当だとばかり…」
ユフィーリアがそう言うから、私も遠い目をした。
確かにそう見えるよね。ノアが私に何か作ってきてくれることがほとんどだもんね。
「まぁ作れる設備がないってことと、外に出れなかったから材料も買いに行けなかったからね」
「そうですわよね…」
「でもノアの屋敷に行った時に作らせてもらったよ。次の長期休暇でも一緒に作る約束があるの」
これからある冬の長期休暇でも、和菓子のレシピに一緒に挑戦するつもりだ。ついこの間レイズ様から、私のうろ覚えレシピから完全再現に至ったベイクドチーズケーキのレシピが送られてきたので、それも一緒にやる予定だ。
うきうきしてると、ユフィーリアは私のことを見て呆れたような顔をする。
「次期侯爵夫妻が一緒にお菓子作り……。まぁ、それがあなた達らしいのかもしれませんわね」
「ユフィーリアも今度一緒にやる?」
「い、いえ…遠慮しておきますわ」
遠慮なんていいのに。
お昼の時間を挟んで、午後も作業がある。私はユフィーリアとお昼を食べた。なんだかんだユフィーリアと2人でお昼をとるのは初めてで、とても楽しかった。
午後のお菓子作りも楽しくやれて、ユフィーリアは同じチームの子とそれなりに打ち解け、中々いいチームワークになったと思う。
全ての焼き菓子を焼き終えて、その袋詰めの作業に入る。
そこでもやはりユフィーリアは苦戦していたけど、チームメイトにコツを教わってからはやりやすくなったみたいだ。
袋詰めも終わったお菓子たちが沢山並んでいる。
「つ、疲れましたわ…」
「お疲れ様、ユフィーリア」
へとへとに疲れてるユフィーリアに、紙コップに入った紅茶を手渡した。彼女はそれを受け取って、口をつける。
「よくめげずに頑張ったね。初めてなのにすごいと思うよ」
「貴族たるもの、簡単に諦めるのはよろしくありませんもの」
それでも、と思う。貴族からしたら下々の者がするべきことをしているのだ。それを根を上げずにやりきったのは、すごいと思う。
「ユフィーリア、はいこれ」
私は出来上がったお菓子を1種類ひとつずつ、ユフィーリアに渡す。1種類をひとつずつ、味見代わりに持って帰っていいのだ。
「明日は皆で作ったものを販売だから、どれがユフィーリアの作ったものかは分からないけど、これは正真正銘ユフィーリアが作ったものだから」
「わたくしが…」
「自分で食べてみてもいいし、明日ご両親が来るなら食べてもらってもいいと思うよ」
そう言うと、ユフィーリアは、それを大事にそうに抱えた。
「……明日、両親と一緒に食べますわ」
「うん、いいと思う。きっと喜んでくれるよ」
娘の作ったお菓子だ。こんな素直で可愛い性格のユフィーリアを育てたご両親なら、喜んでくれるだろう。
私もノアと一緒に食べよう、と思ってお菓子をしっかり抱える。
お菓子の後に私も食べられたのはいつもの流れだった。




