夫婦初デート
「よし!完璧よ!これで今日のノアゼット様を悩殺してきなさい!」
「ありがとう、ミルム」
ミルムが自信満々にそう言って、私に手鏡を貸してくれた。その鏡に映る私は、いつもの私の数倍綺麗だ。
ミルムさすがだなぁ…。
「ミルムにもお土産買ってくるね!」
「デートの度にお土産なんていらないわよ!」
今日はノアとデートの日。夫婦になってから外にデートに行くのはなんだかんだ初めてである。
それを言ったらなぜかミルムが張り切って、私の準備を手伝ってくれると言ってくれた。
お言葉に甘えて、朝起きたらミルムの部屋に行って準備に取り掛かった。ノアに買ってもらったワンピースを着て、ミルムに化粧とヘアメイクをしてもらい、そして待ち合わせの寮の前に行く。
そういえば前もこんなことあったなぁ…なんて過去を思い出しながら待ち合わせ場所に向かうと、そこには立ってるだけで絵になるようなノアがいた。
うん…本当絵になるなぁ…。眩しい…。
客観的に見てもやっぱりノアはかっこよくて、仕草ひとつひとつが丁寧だしオーラがある。
とても平凡な私の夫とは思えない。
というか本当に私でよかったのか。
…まぁそれを言うと今日は部屋から出させて貰えなくなるから言わない。
ちなみに今日はデートを楽しみたいから、昨日の夜は手加減してもらった。
「ノア!お待たせ!」
自分の夫を気が済むまで盗み見てから、ノアに声をかける。ノアは私の方を向いて、その顔を顰めて片手で顔を覆う。
最近わかった。ノアのこれは、耐えてる顔だ。
「エミリア…覚悟してたけど、綺麗だね」
「ありがとう」
「ミルム嬢は恐ろしいな。…くっ、襲いたい…」
「耐えて!耐えて!!」
ぐっと奥歯をかみ締めてぎりぎり言っている。さっきまでのオーラのあるイケメンはどこか行ったようだ。
今目の前にいるのは今にも私に飛びつきそうなギラギラした目をした獣だ。
早く行こ、と言ってノアの腕を引っ張り、馬車に乗り込んだ。このまま待ってたら本当に部屋に戻されそうだったから。
ノアは結婚してから我慢をあまりしなくなったから、その可能性は十分にあるのだ。
馬車に乗り込むと、ノアは素早く扉を閉めて私の隣に座り、性急なキスをしてきた。
「ふぁ…、ちょ……ん…っ」
がっつくような貪られるキス。すぐに舌が入ってきて、言葉もすべて飲み込まれる。執拗に私の舌を追いかけてきて、どれだけ逃げようとも捕まってしまう。
「エミリア……」
恍惚とした表情のノア。だけどその目は未だに私を狙ってる目をしている。
その目を向けられるとどきりとしてしまう。その目に囚われて私は逃げられなくなる。
「だめだよ…そんな可愛くなっちゃうと、虫がよってくるでしょ…」
「ん……虫…?」
私の唇を食みながら、啄むようにキスをして、ノアが言う。言ってる合間にも私にキスを落としてくる。
虫…?あぁ、男のことかな。
「だって、ノアの隣に立つから、んぅ……少しでも見合うようにならないと、んっ…」
「っ…!エミリア…っ!」
「んぅ!?あ、ふぁ…」
あ、理性壊れたっぽい。
目的地の街は学園近くの花の街。馬車に乗ってる時間も10分にも満たない。だからこそキスだけで済んだと思う。もっと馬車の中にいたらと思うと怖い。馬車の中でやりたくはない。
馬車が着くとノアは小さく舌打ちをしたし、狩人のように鋭く情欲の滲んだその顔で、続きは帰ってからね、と微笑まれてしまった。
今夜じゃなくて帰ってからって言った。きっと夕飯は食べれないだろう…。あぁ、帰るのが怖いな。
馬車をおりて、ノアと手を繋いで歩く。
今の時期は劇団がいないらしく、今回は街歩きのみのデートだ。それでもとても楽しみだ。
今日はメインストリートではなく、ひとつ隣りのセカンドストリートを歩いている。
メインストリートより人は少ないものの、閑散としてはなくて、色んなお店が立ち並んでいる。むしろ人が少ない分歩きやすいし見やすい。
神の祝福というのは一目見て分かるらしく、あまり人が多いところに行くとジロジロ見られる。ノアと婚約してから人に見られることには慣れたけど、ノアは私が見られるのはあまり好きじゃないみたい。
時折視線を感じたのか、分かりやすく肩を抱いてくることがある。私の気付かないうちに嫉妬させてしまってるんだろう。
「秋の花がいっぱいだね」
花の街の至る所にあるのは、今の時期の秋の花。コスモスとか彼岸花みたいなものとかが沢山見られる。
「エミリアは好きな花はある?」
そう聞かれてうーんと首を傾げる。
前にミルムに聞かれたこともあるけど、花に関心をあまり持ったことがなく、種類も名前もあまり知らなかった。
だから好きな花はないって答えたんだけど。
ノアは色んな花を贈ってくれるから、どんな花があるのか結構分かってきた気はする。
「そうだなぁ…。あっ、ブルースター!あれ綺麗で好きだよ」
ノアの屋敷でノアに初めてあげた花。青くて少し小ぶりの花がいくつも咲いているあの花。
「ノアの目と同じ色してて、綺麗だなって思ったんだよね」
ノアの目も澄んだ湖の色。似たような青い花に目がいってしまって、私はあれを選んだのだ。
初めて自分で花を選んだというのもあって、やっぱりあの花は特別だな。
「……エミリア…」
名前を呼ばれてうん?とノアを見上げる。
彼は片手で顔を覆って、その合間から見えたのは猛獣のような欲を孕んだ目だった。
「明日は部屋から出れないと思ってね」
選択肢間違えた気がする。
意図せずノアを煽ってしまって、やっちまったと思いつつも、開き直ってデートを楽しむことにした。
ノアは未だ少しその目がギラついたままで、それでも私を楽しませようとしてくれている。
「エミリア、このお店はどう?」
「ん?…おぉぉ…」
ノアに案内されて入った店は香ばしい匂いのする焼き菓子のお店。
数種類のマドレーヌやフィナンシェが並んでいる。
「エミリア、見て」
「ん?わぁ、可愛い!」
お花の形のフィナンシェとマドレーヌが並んでいた。違う形の焼き菓子を見たのはこの世界では初めてだ。
「ミルムに買っていってもいい?」
「もちろん。エミリアの分も買おうね」
私はミルムのお土産分と、私とノアがおやつに食べる用を選ぶ。
ノアがお金を払ってくれて、買った荷物も持ってくれる。
外に出るとノアがどこかから来た男の人に買ったものを渡していた。いつの間に控えてたんだろう…。
ノアに手を取られて再び街を歩く。
「エミリアのいたところにはもっとたくさんの種類のお菓子があるんだよね?」
「うん、色んな国のお菓子が手に入るから、凄い沢山あったよ」
もうどれがどこの国のお菓子かも分からないくらいには沢山あったなぁ。
この国の焼き菓子の種類はそんなに多くはないけども。
「エミリアは何が一番好きだった?」
「うーん……」
何が好きだったかなぁ。
「あ、チョコレートとか好きだったかな。ここにあるかは分からないけど」
「聞いたことはあるよ」
お、じゃあどこかにはチョコレートが存在するんだ。
いいこと聞いたなぁ。いつか食べたいなぁ。
「エミリアの誕生日はもうすぐだよね?間に合うか分からないけど手配するよ」
「あー…誕生日…」
ノアが嬉々として準備しようとしてるのを聞いて、少しの罪悪感が。
「あの、ノア…。ごめん、それ適当なんだよね」
「え?適当だったの?」
ノアに正直に告げれば、ノアは少し驚いて、そっか、と頷いてくれた。
私のために何かしようとしてくれたのに、申し訳ないな…。
「じゃあ本当の誕生日はいつ?」
「うーん、暦の数え方が違うから…。えっと…」
この世界は1ヶ月が25日しかないし、1年は14ヶ月で350日だ。1週間も6日しかないし、ちょこっとずつ足りない。
それに1年の始まりは春だし、月と季節も合ってない。だから自分の誕生日と季節が合わなくて、ローリアさんに適当な日にちを考えて貰ったのだ。
「4月27日だから…こっちでいうと、2月中旬くらいかな?」
「なるほど。今度詳しく聞いてもいい?」
「もちろん」
私の世界の暦が気になったのかな。まぁ私もここに来てびっくりしたけども。
「でも春だったのか…。婚約してたのに、祝えなかったね、ごめん」
「私が言ってないんだから当たり前だよ」
少し眉尻を下げてノアが謝るから、首を振った。
私が教えてないのに分かるわけない。こっちでの誕生日は秋になってるんだし。
「ノアは?ノアはいつなの?」
「僕は9月19日だよ。もうすぐだね」
これからだ。なんなら去年祝えてなかった。ごめん。
「今年は精一杯祝うからね」
「楽しみにしてるよ」
何を贈ろうか、今度ミルムに相談しなきゃ。
「秋の花の花畑も綺麗だね」
今日もノアは領主専用の花畑に連れてきてくれた。また頼んでくれたらしい。そして周りにはもちろん、誰もいない。
それはもちろん、私が歌うから。
私は花が咲き誇るその真ん中にたって、ノアを振り向く。ノアはしゃがんで下から私を見ている。
「今日はなんの歌にしよう…。なんかリクエストある?」
「……それなら、エミリアの僕への愛を綴った歌がいいな」
ふにゃりと優しくノアは笑う。
うう、私からノアへの愛のうたか…。
うん、あれにしよう。
私は足を肩幅に開き、すぅっと息を吸う。
風に乗せて、音を紡ぐ。私の声を乗せた風に吹かれて、一緒に花も歌っているような気持ちになる。
私のノアへの愛を。
私を信じてくれてありがとう。
私を守ってくれてありがとう。
愛してくれて、ありがとう。
その気持ちを込めて、あなたに捧げる愛のうた。
歌い終えて一礼すると、ノアは立ち上がって私に向かって歩いてきた。そして私の体をぎゅうっと抱きしめる。
「…エミリアからの愛、伝わったよ」
「本当?」
「うん。……僕はとても愛されてるね」
言葉にされると少し恥ずかしくなる。
あんなに真っ直ぐな愛のうたを歌うのは恥ずかしくないのになぁ。
「僕も、愛してるよ」
じっと目を見られて、ノアは言う。
私への愛に溢れたその瞳が、ノアの言葉を証明してる。
お互いに見つめあってふふ、と笑う。
幸せすぎて、なんだかなぁ。バチが当たりそうで怖いな。
そう思ったら、ノアに急にお姫様抱っこをされた。
「えっ、歩けるよ?」
「僕もエミリアに愛を捧げたいからね」
うん?どゆこと?
いつもより大股で馬車まで向かうノアは、私の顔を見た。
それは、獲物に飛びかかる飢えた獣のような目。
「エミリアの愛はたっぷり受けとったから、僕からの愛もたっぷり受け取ってね?」
「……はい」




