やっぱり逃げたい
神父の言葉を終えて、私はノアと再びバージンロードを歩いて教会を出る。そして2人で馬車に乗り込み、向かう先はノアの屋敷。そこでもっと大勢の人を呼んで、結婚パーティーをするのだ。
馬車に乗るなりノアは私の隣に座って、私を抱きしめた。そして触れるだけのキスを私の口に落として、幸せそうに笑う。
「やっとエミリアと結婚できた」
「待たせてごめんね」
「ううん。待つのも苦じゃないよ」
いやいや、ノア。それはドMっていうんだよ…。
苦しかっただろうに。私から思いも返して貰えずに結婚を待つなんて。そんなの微塵も感じさせずに、ノアは幸せそうに私の髪を撫でている。
「…エミリア、神の祝福について、説明してもいい?」
「うん、お願い」
私にはなんの事か分からないから。
ノアは分かったと言うと、私を抱きしめたまま真面目な声を出す。
「神の祝福を得た者は、神の加護を得ているのと同じで、神の愛し子とも呼ばれる。神の愛し子は神によって幸せを願われてる人物。それに危害を加えるものや、その幸せを邪魔するものに神は容赦しない」
「う、うん」
「まぁ要は、神が後ろ盾になってくれたようなものだね。エミリアに何かしたら神が仕返ししてくれるよってこと」
えっ、なんかありがたいような怖いような。
でもありがたいか。私の力を考えれば。
「この世界は、神の言うことが絶対だから。それを破るものは極刑だし、天罰を食らうこともある」
「天罰?」
「そう。過去の話で言うと、戦争禁止なのに戦争をしようとした国が、戦争の意志を無くすまで雨が降り続いて霧がずっとたちこめていた、とかね」
うわ、天罰のスケールがでかい。本当に天罰だ。
雨が続いて霧がずっとあるなら、戦いに行こうにいけないもんね。
「だから誰もエミリアに危害を加えようとしないし、そんなことしたら天罰に加えて極刑もある。安心だね」
「安心…かなぁ…」
ちょっとびびってます。
それって私に近づく人、減るんじゃ…。
そう思った私の髪をノアは優しく撫でる。
「本当にエミリアが嫌だと思わなければ神も手出しはしないと思う。わざとじゃなかったり、喧嘩くらいなら大丈夫だよ。神もそんな神経質では無いから」
「まぁ確かに、穏やかそうな人だった」
そっか、喧嘩くらいなら出来るのか。それなら良かった。
神の天罰が怖くて誰とも仲良く出来なくなったら嫌だしね。ノアとも今後喧嘩するかもしれないし。
「僕も聞いていい?神とどんな話をしたの?」
ノアにそう聞かれたので、私は最初の方から話す。真っ白い空間で時が止まってたこと。
そして、私の世界への穴は完全になくなり、それがあっても帰ることは出来なかったこと。
それを聞いた時ノアは、少し強めに私を抱きしめる。慰めてくれようとしてるんだね。ありがとう。
どこよりも安心するその胸の中で、少しだけ涙を流した。
心を落ち着かせて、続きを話す。
私の力の事。そして私を守るために祝福をくれた事。
それを話すと、ノアは何かを考えるように黙り込む。
「ノア?」
「自然界の魔力を圧縮…。それならエミリアの魔力は、見えているものよりも大きいのかもしれないね」
そう言われ、確かにと思った。
圧縮して私の中に貯めてるなら、見えてる大きさは同じでも、その質量は違うかもしれない。
私は少し平均より魔力は多めではあるから、魔力切れにはなったことないけど、もしかしたら本当はもっと魔力があるから魔力切れにならないのかもしれない。
「今度どれくらい魔法が使えるか試してみようか」
「うん!」
馬車がゆっくり侯爵家に着くと、私はノアと別れてお色直しに入る。
白いウェディングドレスを脱いで、今度は水色のドレスに着替えた。ヘアスタイルも変えて、化粧も直してもらった。
そしてノアと対面する。
ノアはキャラメル色のスーツを着ていて、黒いピアスをつけている。ただの茶色のスーツのはずなのに、ノアが着ると何故か凄くオシャレでかっこよく見えるから不思議だなぁ。
「く…っ、このまま部屋に閉じこもるのは」
「ダメです」
ノアが私を見て、口元を手で押えてそう言うと、その後ろに控えていたロインさんに一蹴されていた。
…私がドレス着る度にこういうこと言うわけじゃないよね?そうだよね?
「エミリア、綺麗だよ。誰にも見せないで閉じ込めておきたいくらい」
「閉じ込めないでください」
それだけは嫌です。
すぐさま否定するとノアはくす、と笑う。
「もう閉じ込めないよ。エミリアはちゃんと僕を見てくれるし、僕のものになったからね。でもあまり嫉妬しすぎるとしたくなるな…」
「ノアっ!」
「あはは」
笑い事じゃない!今の本気だった、絶対本気だった!
笑うノアに手を差し出され、私はノアを睨みながらその手を取る。
私に手を取られたノアが幸せそうに微笑むから、私も毒気を抜かれて幸せな気持ちになってしまう。なんだこれ。
結婚パーティは、人が沢山いる。ほとんどが貴族の人で、ノアと関わりのある人。
全員覚えてないけど、ノアに付き添って片っ端から挨拶に行く。今回私はノアの隣でうふふ、って笑ってるだけでいいらしい。お役目果たします。
「この度は結婚おめでとう」
「殿下、レイズ様。お越しくださりありがとうございます」
「あはは、硬いね。いつも通りでいいよ」
「え、じゃあ遠慮なく」
王子様とレイズ様の元に来た。
半年ぶりなのに、すごく久々に感じる。でも王子様とレイズ様は何も変わらなくて安心した。
「色々大変だったね。こっちにも色々届いてたよ」
王子様が心配そうな顔で私にそう聞いてきた。
そうか。私の力のことも、禁術のことも全部知る人は知ってるんだ。
それでも怖くないのはやっぱり、ノアが居てくれるからかな。
「心配して下さってありがとうございます。でも全部ノアがやってくれた事で、私は何もしてません」
「そんな事ないよ。君は今までその秘密を守りきってたでしょう?それは凄いことだよ」
「ふふ、ありがとうございます」
王子様は相変わらず優しいなぁ。
そう思ってると、ノアにぐい、と腰を抱かれる。くっつきたい気分なのかな、と思ってると、それを見た王子様が苦笑していた。
「あ、そうだ。レイズ様にも謝らないといけなくて」
「俺ですか?」
私がレイズ様の名前を出すと、レイズ様がキョトン、とした顔をした。
私はノアに腰を抱かれたまま、レイズ様に小さく頭を下げる。
「すいません。あの時嘘つきました。私はトリップした訳ではなかったんです」
召喚されたことを黙って、トリップしたと嘘をついた。
あの場での嘘は、レイズ様も予想はしてなかっただろうから、きちんと謝らないといけないと思ったのだ。
でもレイズ様は気にした風もなく、私に笑いかけてくれた。
「それは当然のことです。エミリアさんの状況なら仕方ない。なんとも思ってませんよ」
「良かった…。ありがとうございます」
ホッと胸を撫で下ろす。
レイズ様に異世界の記憶があること、ノアには言っていない。異世界のことをレイズ様が知ってるってことにノアは気付いてるけど、詳しいことはレイズ様との約束だから話せないとノアに言った。
それを言った時、ノアは、あの男に興味はないから知らなくていいと爽やかな笑顔で言っていたのが今でも印象に残ってる。
「あっ、あと、結婚式のこと、ノアに教えてくれてありがとうございました」
「あぁ、あれはノアゼット卿に聞かれたから答えただけですよ。お礼ならノアゼット卿に。」
そう答えられて私はノアを見た。いつもの笑顔だ。
ノアが聞いたの?私の世界の結婚式のこと。
それって、私のために?それ以外ないよね?
胸がじんわり暖かくなる。
「ありがとう、ノア」
「エミリアが喜んでくれたなら良かった」
私よりも嬉しそうな顔をするから、参ってしまう。
いつもそうやって私を喜ばせようとして、色々手を回してくれる。
私がノアを好きだと、ノアに思いを返したあとも、それは変わらなかった。私を好きにさせるためにしてることかと思いきや、全然そんなことはなくて、寧ろ甘さが増しただけだった。
だから私もノアを幸せにするために頑張るんだ。
2人を後にして、次に来たのはミルムの所。
涙を流してハンカチで目を抑えるミルムに、ロットが付き添っていて、傍にはユフィーリアもいる。
「エミリアっ…おめでとう……っ!」
「ミルム…ありがとう……!」
この時だけはノアの手から離れてミルムに抱きついた。ミルムも私を抱きしめてくれた。
この世界で1番の友人。私に何も聞かないでただそばに居てくれた、大事な人。
「良かった…幸せそうで良かったわよ…!」
「うん、幸せだよ」
「それに、大物ばっかり引っ掛けすぎって、言ったじゃない…!」
うん?
ミルムの言葉の意味が分からず首を傾げると、ミルムの隣のロットが苦笑いして答えてくれた。
「神から祝福を受けたことを言ってるんだと思う、多分」
「あー…。確かに、大物かも」
「かもじゃないわよ!」
べりっと体を剥がされ、ミルムは目に涙を貯めながらきっ、と眉を釣り上げて私を見る。
あれ、私もしかして怒られる?
「神の祝福なんてねぇ、個人が受けられるものじゃないのよ!?最後に祝福を授かったのは300年前のとある国よ。その前も、個人に祝福を授けた例なんてないのよ!」
「あ、そうなの?なんか凄いもの貰っちゃったね」
「……それがエミリアよね…」
ヒートアップしたミルムに答えると、何故かミルムは沈静化して諦めたように呟いていた。
神様の祝福…思ったよりも凄いものらしい。
私なんかにくれて良かったんだろうか。いやまぁありがたいけど。
「そんなエミリアさんだからこそ、神もお気に召したのだと思いますわ」
「ユフィーリア」
「エミリアさん、ご結婚おめでとうございます」
ユフィーリアが綺麗な礼をして、私たちにお祝いの言葉を言ってくれた。
私とノアはそれにありがとうと答える。私たち二人を見て、ユフィーリアも口角をあげる。
「ノアゼット様、エミリアさんを幸せにしてくださいまし」
「もちろんだよ」
ユフィーリアがノアにそんなことを言うから驚いた。いつもツンツンのユフィーリアが、私の幸せを願う言葉を口にするなんて。
ようやく訪れたデレかな…と思ってると、ユフィーリアが私の方を向く。
そして、ふいっと顔を背けた。
「エミリアさんはノアゼット様に幸せにしてもらっていればいいと思いますわ。あなたは今までも頑張ってきたのだし…。そ、それに、そばに居るだけでノアゼット様も幸せだと思いますから!」
「ふふ、ありがとう、ユフィーリア」
ユフィーリアが少し照れたように私から目線をそらす。
ユフィーリアは素直じゃないけど、その気持ちはとても伝わるから嬉しい。
私は本当に、良い友人に恵まれたなぁ。
「よっ、結婚おめでとうさん」
「グレンか…」
「なんだよその態度は」
グレン様が挨拶に来てくれて、私も頭を下げる。
グレン様が来ると途端にノアの顔から仮面が剥がれて、普通の男の子のような顔をするから少し見てるのが楽しい。
「無事この日を迎えられて良かったよ。これでノアゼットも少しは落ち着いてくれるといいんだがな」
「僕はいつも落ち着いてるつもりだけど」
「…本気で言ってるか?」
ノアの返事にグレン様が呆れたような目を向けた。ノアは至って本気のようだ。
何に対しての落ち着くなのか分からないけど、グレン様は相当苦労したんだろう。顔から分かる。
「まぁお前が幸せそうなら良かったよ。エミリアちゃん、こいつをよろしくな」
「はい。グレン様もこれからもよろしくお願いします」
グレン様はひらりと手を振って去る。男の友情はやっぱり女に比べてサッパリしてるのだろう。
ノアもグレン様が来ても特に嬉しそうには見えなかったし…。まぁ作った顔ではなくなったから、気は許してるんだろうけど。
ドレスを1度着替えて再びパーティに参加し、お義父様やお義母様にも挨拶をして、程なくしてようやく結婚パーティも終わりを告げた。
丸一日がかりの結婚式は本当に疲れた。慣れないドレスもだし、知らない人達に囲まれるのもそうだ。
神の祝福を恐れて皆近寄ってこないものかと思ったら、逆だった。神の祝福はその周りにも影響するようで、私とお近付きになりたいと思う貴族が沢山いた。
まぁその全てはノアに怖い笑顔で防がれていたけども。
そして疲れた身を頑張って動かして、侍女に体を洗われる。慣れない事だけど、前にこの屋敷に来た時に慣れて欲しいと言われて頑張った。だから今は前ほど恥ずかしさは無くなった。
「奥様、何を着られますか?旦那様より奥様の意思に従うように仰せつかっております」
ミュールにそう聞かれて、うーん、と悩む。
それはきっとそういう事だよね。私の心の準備が伴ってなければ、まだ手は出さないよってことだろう。
本当に、ノアは私の事考えすぎて我慢しすぎだと思う…。
「こっちにする」
「かしこまりました。」
初めて入る夫婦の寝室。主寝室って言うらしい。その扉を開けると、ベットにはノアが上半身を起こした状態でいた。
ノアは私に気付いて、私に向けて両手を広げる。
「エミリア、おいで」
少し緊張しながら私はベットに乗り上げて、ノアの腕の中に収まる。いつものように優しく、振り解けないほどには強く、抱きしめられる。
「エミリア…やっと結婚できた」
すごく嬉しそうな声でノアが言う。私も思わず笑ってしまう。
幸せそうに笑うノアの顔が、愛おしい。それを見るだけで私も幸せに包まれる。
「ねぇノア」
「ん?」
ベットの上でノアの胸にもたれ掛かりながら、私はノアに話しかける。優しげなその返事ですら、聞くだけで心がふんわり暖かくなる。
「私と体を重ねると、魔力が増える…。でももしかしたら、違うことも起きるかもしれない。何が起こるか分からないけど…」
言葉を切って、ノアの顔をじっと見つめる。ノアも私のことを見つめてくれた。
「それでもいいなら、私を貰って欲しい」
「エミリア……いいの?」
ノアが少し眉を寄せて、耐えるような顔で聞いてくるから、私は笑って頷く。
するとなんの言葉もなく、私の体がひっくり返されて一瞬のうちに私は仰向けにされて、目の前にノアがいた。
……ん?もう押し倒された?
そして目の前にさっきの顔から一変してギラついた目のノア。その顔は獲物を前にした猛獣のようで、捕食されるような恐怖で身震いした。
「本当に、いいの?」
…なんか前もあったな、このやり取り。
そしてもしかしなくても、私早まったかな?
「えっと…」
「やっぱなし、は聞かないよ」
にやりと怪しい笑みを浮かべて、初めてキスしたあの時と似たようなことを言うノア。追い詰められたような気持ちになって思わず後ろに下がりたくなるけど、生憎逃げ場はない。
やっぱり逃げたい。
これで完結になります!
長らくお付き合いくださってありがとうございました!
番外編も予定してるので、良ければもう少しお付き合い下さい。




