もう逃げない
最後は2話続けて投稿です。
「わぁ〜エミリア、綺麗!」
「そう?ありがとう」
ひらりと私の着てるドレスの裾が揺れる。
誰が見ても上質な素材だとわかるこの白いドレスは、私のために仕立てられた1品もの。
「本当に素敵ですわ。ノアゼット様もきっと惚れ直すと思います」
「これ以上惚れられても困るな…」
「なんて贅沢な悩みなんですの」
ユフィーリアにジト目を向けられる。
でも本当に、これ以上好かれても困るって。それこそ監禁されそう。それだけは勘弁して欲しい。
「エミリア、ライオニアが来たわよ。…って、貴方も今日からライオニアになるのよね」
「ローリアさん」
「ノアゼット卿と呼ばなくてはいけないわね」
ふふ、と嬉しそうにローリアさんが笑ってくれた。
そう、私は今日、ノアと結婚する。
エミリア・ライド改め、エミリア・ライオニアになるのだ。
ローリアさんが来て話をしてると、ドアがノックされる。
「エミリア、入るよ」
ノアの声がして、ガチャ、とドアが開いた。
扉から入ってきたノアは、白いタキシードを着ていた。まさかノアも白いものを着てると思わなくて驚いた。
しかもめちゃくちゃ似合ってるし、凄くかっこいい。
「ノア、かっこいいね」
私を見て微動だにしないノアにそう声をかけると、ぴく、と動いた。そしてノアは何故か眉を寄せて顰め面をする。
「だめだ。可愛すぎて外に出せない。どうしよう」
「あのねぇ…」
本気でそう言ってるように見えるから呆れてしまう。
少し離れてこちらを見てたミルムたちもくすくす笑っている。
「…仕方ない、皆にエミリアの可愛さを見せてあげよう。本当は僕だけが見たいけど」
「みんな私達を祝いに来てくれてるんだから、そんな事言わないの」
私がそう言って苦笑すると、ノアも嬉しそうに笑ってくれた。
「緊張してる?」
「するよ。ノアはしないの?」
「あまりしないかなぁ。早く終わらせてエミリアにキスしたい」
ノアはどこでも変わらないね…。
教会の扉の前で、ノアと待機している。
この世界の結婚式は、父親にエスコートしてもらうのではなく、夫婦で歩いて神父の元へ向かう。
だからこうして、合図が来るまで待っている。
「あ、行こう」
合図が来て両開きの煌びやかなドアが開かれた。
ノアと共にゆっくり歩くと、両サイドに祝ってくれる人達がいる。
教会で神に誓うこの式では、招待客は身内と仲のいい友人くらい。だからノアのご両親もいるし、グレン様もいる。
私の方は私に親族がいないから、私の交友関係全員だ。ローリアさんとミルムとロットとユフィーリア、それとレイズ様と王子様も来てくれた。
隣国の2人は忙しくて来れないかと思ったから、来てくれて本当に嬉しい。
両サイドに座る人達が拍手で出迎えてくれて、私はノアにエスコートされて神父の前にたどり着く。
神父の前で立ち止まり、神父の言葉を聞こうと思った時、ノアが待ったをかけた。
「少し時間をいただきます」
ノアが神父にそう言うと、神父は微笑んで頷いた。
そしてノアが私の方を向いてきたので、私も向く。
一体何をするつもりなんだろう。
「エミリア、左手出して」
「?はい」
言われた通りに左手を差し出す。するとノアは、私の手袋を外して、懐から何かを取り出して私の指にスっと通す。
ひんやりした感触。ノアの手が離れてようやく、薬指にシルバーに輝くものがついてることに気づく。
「え?え、これ……」
「結婚指輪って言うんだよね?」
なん、なんで…?なんで知ってるの…?
しかもちゃんと左手の薬指。結婚の証。
この世界にはない、私のいた世界のもの。
驚いて言葉が出ない。
「交換し合うんだよね?エミリアも僕につけてくれる?」
「う、うん」
私の指より大きい指輪を渡されて、ノアの左手を差し出される。
私はゆっくりノアの手袋を取って、その薬指に嵌めた。
それを見てノアも満足そうに頷いた。
「な、なんで知ってるの…?」
「エミリアの故郷を知る人が1人居たでしょ?」
そう言われてハッとした。
レイズ様だ。レイズ様から聞いたのか。
目頭が熱くなる。私が忘れたくないっていうその気持ちをノアは汲んでくれたんだ。
私の世界の常識を、こちらに持ち込んで。
私のために。
「…ありがとう…っ」
涙をこらえてノアにお礼を言うと、ノアは嬉しそうに笑った。
手袋をつけ直して、2人で再び神父に向き直った。左手には確かに指輪をしてる感触があって、とても心が満ちる感じがする。
「ノアゼット・ライオニア。エミリア・ライドを生涯愛すことを神に誓いますか?」
「はい、誓います」
「エミリア・ライド。ノアゼット・ライオニアを生涯愛すことを神に誓いますか?」
「はい、誓います」
それぞれ受け応えると、神父は私たちに背中を向けて、教会の女神像に祈りを捧げるポーズをとる。
「神よ。この2人にどうか祝福を」
神父がそう言った時、女神像がぱぁぁっ、と光った。
眩しいくらいの光に、思わず目を閉じる。
光がやんで目を開けると、そこは教会ではなかった。
「……え?」
真っ白な不思議な空間に私は1人でいて、何が起こったのか理解できない。
え、え?ノアは?結婚式は?あれ?
「ようこそ、エミリアさん」
声が聞こえてそちらを向くと、ふわふわと浮いている女の人がいた。
上品に微笑んでいて、真っ白のワンピースを着た綺麗な女の人が。
「あぁ、安心して?今は時を止めてるし、きちんと貴方はあの場所に戻すから」
全く何も分かってないけど、そう言われてとりあえず頷く。
帰れるなら、いっか。時を止めてる、とか言ってたけど、それはどういう事なんだろうか…。
疑問に思う私に、女の人はふふ、と笑う。
「初めまして。私はあなたが今いた世界の神よ」
「か、神様!?」
本当に!?神様出てきたの!?
え、神様ってそんな簡単に出てくるものなの?
「本当はこうやって一人の人を呼ぶことはしないのだけど…。あなたとは話しておきたかったの」
「私と、話ですか?」
「そうよ」
神様が私に話をしたいなんて、一体何を話したいんだ?
私は至って普通の女だけど…。
「あなたはこの世界の人間ではないでしょう?」
「……はい」
神様の言葉に少し俯いて、頷く。
その話だったか。いや、それしかないよね。
「誤解しないで。謝りたいのはこちらなの」
「え?」
「私がしっかり異世界への穴を塞がなかったから、あなたは来てしまったの」
どういう、こと?
神様の言葉を頭で何度も復唱するけど、意味がわからない。
「初めから説明するわ。始まりはもっと昔。魔術が発展して、この世界の魔術は他の世界から人をよぶことに成功してしまったの。私も気づかないような小さな異世界への穴を、魔術が見つけて通ってしまった」
「……はい」
「異世界から人をよぶのは危険だと私は思ったの。よばれた方も可哀想だし、どんな知識を持ってるか分からない。この世界をかき乱される可能性もあったから、私は異世界への穴を封じて、魔術を禁止とした」
魔術が禁術になったのは、危険だからとかじゃなくて、異世界に通じてしまったから…?
それなら、ローリアさんの先祖の異世界人が、その最初で最後の1人だったってことか。
「だけど私も気づかないうちに、穴の封印が解けかけていたの。そこに再び魔術を使われて、あなたが喚ばれてしまったの。私の管理不足だったわ、ごめんなさい」
「…いえ」
「もう穴は完全に消したわ。もっと未来に交流出来るかもと思って残してしまってたけど、それがまた悲劇を産んだから、完全に消した。だからもう異世界から人は来ないわ」
神様はふんわり微笑んだ。
穴は、完全に消した。そう言った。
「…もう、絶対に戻れないって事ですね…」
「……穴があっても、帰ることは出来なかったわ。あの穴はここに繋がる落とし穴のようなもので、落ちてくることはできるけど登ることは出来なかった。神の私の力をもってしても」
神様の声をちゃんと聞く。
…うん、大丈夫。思ったより辛くない。
覚悟、ちゃんと出来てたから。
しっかり前を向いて神様に向き直ると、神様は笑みを浮かべた。
「それとね、貴方の世界から来る人は何故か、自然界の魔力を圧縮してその身に貯めてしまうの。そしてそれを、体を重ねた人に譲渡してしまうのよね」
「えっ…」
私と体を重ねると魔力が増えるって、そういうこと!?
私が知らない間に自然界の魔力ってやつを集めて、体に溜め込んでるの?
それをエッチして相手に渡すってこと?
「でもそれであなたは大変な目にあってきたでしょう?あなたがここに来たのは私のせいでもあるから、罪滅ぼしをさせて頂戴?」
「罪滅ぼし、ですか…」
「ええ。あなたには私の祝福を授けるわ」
神様の祝福?
聞いたことない単語が出てきたな。
首を傾げた私に、神様はくすくす笑って説明してくれた。
「詳しいことは旦那さんにでも聞いて。とりあえず私が祝福すれば、あなたに手を出せる人はいなくなるわ」
「そうなんですか?じゃあ有難くいただきます」
「ふふ、面白い子ね」
面白そうに神様が笑う。
ううん、面白いことは言ってないんだけどね?
「さぁ、そろそろ貴方を戻しましょうか。気が向いたらどこかの教会に来てちょうだい。また話しましょう」
「はい。神様もお元気で」
「うふふ」
神様の微かな笑い声を最後に、再び視界が白く染まる。
パッと目を開けた時には、教会に戻っていた。そして背中を向けてた神父様がこちらを見て驚いた顔を浮かべていて、隣を見ればノアも信じられない顔で見てる。
「えっ……。なに?」
「エミリア…神の祝福を受けたの?」
「えっ、なんで知ってるの?」
凄い、エスパーなのか、ノアは。
私の見た目は何も変わってないように見えるけど、何か祝福受けましたって照明でも見えるのだろうか。
「エミリアに神の祝福が宿ってるように見えるんだけど…本当に?」
「うん。祝福が何かよく分からないけど、詳しいことは旦那さんに聞いてって言われた」
「言われたって……。神に会ったの?」
「え?うん」
ノアが絶句してる。神父も口を手で押えてわなわなとしてる。
え?なになに、そんなに驚くこと?
神様の言葉だと、悪いようなものでは無さそうだったけど…。
「神の愛し子様…!」
「え?」
神父が私の方に両手を合わせて頭を下げてきた。
それに驚いて思わずノアの腕を掴む。
「うん…とりあえず結婚式を終わらせよう。エミリア、説明は後でいいかな?」
「う、うん」
「大丈夫、とても光栄な事だよ。神父、続きを」
不安がった私の顔を見て、ノアは私を安心させるように笑いかけてくれた。
こうして私にとっての不思議な結婚式が終わって、私は正式にエミリア・ライオニアとなった。




