やっと捕まえた2 sideノアゼット
会議が終わり、国王陛下に寄ってけと言われて陛下の執務室に寄った。そこには王太子殿下もいらっしゃった。
「まぁ座れよ」
「申し訳ありません。婚約者が待ってますので、手短にお願いします」
「ほんと変わったなぁ」
陛下がけらけら笑う。会議の時の重い雰囲気とは違って、彼は本当は気さくな方だ。
陛下の言葉に王太子殿下も頷いていた。
「お前が私を脅すほど女にのめり込むとはなぁ。長生きはするもんだ」
「全くです。お会いしてみたいものですね」
会わせるわけがないだろう。この人達なら絶対にエミリアを気に入る。それを分かって合わせようとするわけがない。
「そんな睨むな。取ろうとはしないさ」
「……似たような立場の方が以前もいらっしゃったので、警戒しておりました」
「あぁ、あの第3王子か」
やっぱり報告は行ってる。恐らく殿下がエミリアを好きになったことも、知ってるんだろう。
「大物ばかり引っ掛けるな、エミリア嬢は。ますます気になるな」
鋭く目を細めると、陛下は睨むな睨むな、と笑った。
そして陛下の纏う空気が少し重くなる。
「まぁそれはさておき。ノアゼット、あそこまで言うからには、お前とエミリア嬢の離縁は絶対に許さないが、いいか?」
何を言うかと思えば、そんな事か。
僕は陛下に笑みを浮かべて返事をした。
「願ってもないことです」
「……こりゃエミリア嬢の方が可哀想か?」
「私もそう思いました」
陛下が空気を緩めて殿下にそう尋ねると、殿下も頷いた。
離縁を許さないなんて、僕に好都合じゃないか。
そんな僕の気持ちが顔に出たのか、2人は引きつった顔をした。
「……陛下、早まったかもしれませんよ」
「そうだなぁ…。今度はノアゼットから守る勅令を出さなくてはいけないか?」
させるわけないだろ。
「丸く収まって良かったな」
「予定通りだね」
帰りの馬車もグレンと一緒で、学園に向かう。
これで懸念すべきことは全部解決した。あとはエミリアが、逃げずに居てくれることを願うだけ。
「ライードはどうだった?」
「全く話さなかったぜ」
僕が国王陛下や貴族と会議している時、グレンはライードの取り調べに参加して貰っていた。僕の知らない情報が勝手に出回ると困るからだ。
だけどグレンがそういうのなら、僕が最初に取り調べした時以上のことは出てない。
つまり、エミリアの出自は分からない。
「まぁそこまで重要じゃないから、拷問とかはしてないが」
「そこまでするほどじゃないね。エミリアに聞けばいいだけだし」
個人的には拷問したいが。
牢の中に入ってる罪人に、拷問以外での暴力は禁止されている。捕まえる前に殴っておけば良かったかな…。いやでも、あの時はエミリアがいたから、そんなところは見せられない。
「ただ、言わないというよりは、言えない、っていう感じだったな」
「言えない?」
「言おうとしても声が出ないって感じだ」
どういう事だ?エミリアの出自に関することは口に出せないのか?
そんな魔法は存在しない。
「…魔術か?」
「それも聞いたが、違うらしい」
「……どういう事なんだ?」
「ライードは、神によるものだ、と言った」
グレンが僕の目をじっと見て、そう言う。
神によるものだって?
「神が、エミリアの出自を隠そうとしてるってこと?」
「ライードの言葉が正しければそうなるな」
なぜ神が。神が個人を気にするなんて。
エミリアの出自には、神が関わってるってことなのか?それが表に出るのは良くないのか?
「もしかしたらエミリアも口に出せないかもしれない。一応聞いてみるけど」
「そうだな。本当に神の制約ならできない可能性がある。エミリアちゃんの言葉次第だな」
グレンとそんな話をしながら僕は馬車の窓の外を見る。
エミリアはもう、起きてるだろうか。
僕のことを待っててくれるだろうか。
学園に着いたけどエミリアはまだ目覚めておらず、エミリアのそばに居たかったけど学園長に拒否されてしまった。
今回だけは私に譲ってと言われてしまった。
それがダメなら学園長権限で、学園長室に連れていくとまで言われて頷かざるをえなかった。
そこまでしてなぜ、エミリアが目覚める時にそばに居たいのだろうか。今までは僕がいることに何も言わなかったのに。
今までと違うことといえば、秘密がバレたことくらい…。
…そういうこと?
逃げたいのなら、逃がそうとしてるってこと?
気持ちが焦る。
どうしよう、学園長がエミリアの1番の理解者だ。彼女のために僕から逃がすことも、学園長ならする。
この学園内で、学園長がこっそりエミリアを逃がしてしまったら、それも本気だったら。エミリアを見つけられない可能性もある。
学園長は中々手強い。横の繋がりも広いし、平民でありながら貴族の学校の頂点に立つほどの人物だ。
迂闊だった。1番注意しなきゃ行けない人物が、近くにいた。
とはいえ学園長が入った僕の部屋を無理やり開けることはできない。
強力な結界の魔道具が張られているし、これを壊すとなると周りの被害もすごい。その振動がエミリアのところまで届く可能性もある。
エミリアに被害が出そうなことを、僕は出来ない。この結界は壊せない。
つまり、僕は待つしかない。
念の為寮の周りに人を配置しておく。だけど学園長はそれすらも見越しているだろう。
寮のエントランスで、椅子に座って待つ。
時間が過ぎていく。こうしてる間にも、実はエミリアはもういないかもしれないと思うと、いてもたってもいられない。
でも僕にできることはないから、ここにいるしかない。もどかしくて、自分の無力さに呆れてしまう。
グレンが途中声をかけてきたが、なんて答えたのか記憶にない。そのくらい頭がいっぱいいっぱいだった。
どうか、僕を信じて逃げないで欲しい。
お願いだ。逃げないで…。
お昼くらいになって、学園長が姿を見せた。すぐさま立ち上がって、彼女の前に立つ。
学園長は切羽詰まった僕に、ふわりと微笑んだ。
「エミリアが待ってるわ」
「…っ、失礼します!」
そう聞いて、エミリアがいる僕の部屋へ走った。
僕の部屋に入り、寝室のドアを開ける。
そこには僕のベットの上で上半身を起こしたエミリアがいた。
エミリアが僕の顔を見てふわ、と笑う。
僕はゆっくりエミリアに近づき、その体を抱きしめようと手を伸ばし、止める。
僕のことを警戒してるかもしれない。秘密がバレたから。
もしくは、ライードに乱暴されそうになったから、男を怖がるかもしれない。
そう思うと、すんなり抱きしめられない。
「エミリア……抱きしめていい?」
「…うん」
尋ねれば、一瞬きょとんとして頷いてくれた。
そしてエミリアを強く抱きしめる。
あぁ良かった。僕の腕の中にいる。逃げないでくれた。僕のことを信じて待っててくれた。
エミリアが、無事に戻ってきた。
「ノア、来てくれてありがとう」
「無事で良かった…っ!」
ライードに手を出される前で良かった。本当に良かった。
そして僕のところにちゃんと帰ってきてくれて、良かった。
エミリアのこの小さな体を抱きしめていると、安心する。心の底から安堵する。全身でエミリアがここにいることを感じて、僕の場所はここなんだと実感する。
「ノア、あのね…」
「うん、なに、エミリア」
僕の胸の中でエミリアが、何かを言いかけた。
その声すらも愛しくて、その先を聞く。
「好き」
え?
今、なんて?
「ノアが好き」
え?え??
好きって言った?僕をすきだと、エミリアは言ったの?
頭が混乱する。
エミリアが、僕を好き?本当に?
固まる僕に、エミリアは僕の頬を両手で挟み、触れるだけのキスをしてきた。そしてふんわりと可愛く微笑んだ。
「私と結婚してください」
エミリアが、僕を好き。
エミリアが、エミリアが…!
ぶわっと胸が熱くなった。
「……当たり前だっ…!」
エミリアの事を強く抱きしめた。もう離さないとばかりに強く。力加減が出来ているかも分からない。
でも、エミリアも僕を抱きしめてくれた。
「好きだよ、エミリア。……愛してる」
「…うん、私も」
ずっと、ずっと好きだった。ずっと好きで、想いを返して欲しいと切に願ってた。
でもエミリアには僕に言えない秘密があったから、僕のことを信じることが出来なかった。
それでもいいと思った。とりあえず僕のものになってくれるなら、気持ちは後からでもいいと。
エミリアの壁は中々固くて、そう簡単には壊れてくれない。どれだけ僕が望んでも、エミリアからは何も返ってこなかった。
辛くないといえば嘘になる。
ずっと一方通行だ。苦しくもなる。
エミリアと婚約できたから、それだけで満足しようとした。
婚約したばかりは、それで十分だった。満足だった。
でも、少し手に入れてしまうと次を求めてしまう。エミリアと婚約できたら、その手に触れたくなり、その口に口付けたくなる。
湧き上がる欲望は留まることを知らず、それでもエミリアが僕に向かって笑ってくれるから、なんとか耐えられた。
どれだけこの日を願っただろう。
沢山嫉妬して、沢山耐えてきた。
いつか、いつかきっとって希望を抱きながら。
いざその時がきたら、こんなにも心が満ち溢れる。
今までの全ての僕が報われたような、そんな気がする。
あぁ、やっとだ。
やっと僕は、ちゃんとエミリアを捕まえたんだ。
次回、最終話です!




