やっと捕まえた sideノアゼット
やっとたどり着いたドルトイの別宅に、正面から入る。門番がいて門も閉ざされていたのを魔法で開けて、無理やり押し入った。
そして馬から降りて、エミリアの場所を探る。どうやら屋敷の中にいるらしい。
「ノアゼット様!」
この屋敷に配置した僕の配下が、僕に寄ってきた。
「この屋敷から何人たりとも人を逃がすな」
「はっ!」
一言そう命令をして、僕はエミリアの方へ走っていく。
この屋敷にはまだ僕の配下がいるし、すぐに別の部隊もたどり着くはず。
エミリアを誘拐するのに関わった人を1人も逃がしはしない。
屋敷の中に入り、すれ違う人が僕を止めようとしたのを全てなぎ倒して、僕は走った。今までにないくらい早く走った。
そして開けっ放しのドアと、そこからライードの声がした。
すぐさま走ってその部屋の入口に立つと、にやけた顔で下を向くライードと、その手前に押さえつけられてる人影が2つ。
ひとりはミルムで、首に剣を当てられている。少し切れているのも見えた。
そしてもう1人は…。
「っ!」
エミリアが、服を切られて下着姿で押さえつけられていた。そしてそれに近づく1人のローブを着た男。
それを見た時にはもう無意識に魔法を放って、エミリアに近寄る男を吹き飛ばしていた。
「なっ!」
続けざまに魔法を放って、エミリアとミルムを捕まえていた魔法使い達の意識を削り取った。
すぐさまエミリアの元に行き、僕の来ていた上着をエミリアに被せる。
エミリアが僕を見て、安心したようにほっとしていた。
ちらりと見えるエミリアの素肌に、どうしようもなく苛立ちが募る。
スっとライードに剣を向けた。
僕に殺気と剣を向けられたライードは見るからに怯えて顔を真っ青にしている。
「まて、待て待て!仲間に入れてやる。その女を抱けば、魔力が増大するんだ!」
なんと言った、この男は。
エミリアを、抱くと言ったのか?
「エミリアを、抱くって…?」
エミリアがライードの言葉に身を固くさせた。
これか。エミリアが逃げていたのは、これだったのか。
「エミリアを抱いていいのは、僕だけだよ」
魔力がなんだ。そんなものが増えるからってエミリアを渡すわけが無い。
そんなもののために、エミリアは今まで脅かされてきたのだと思うと腸が煮えくり返る思いだ。
「ノアゼット様!全員捕らえました!」
配下が数人、部屋の入口からから入ってきて、大きな声でそう言った。
全員とはその名の通り、使用人も含めて全員だろう。誰も逃がすことなく捕まえられたようだ。
「分かった。あとはこいつを捕まえて、ミルム嬢を安全なところに」
「はっ!ミルム嬢、こちらへ」
増援も来て、気を失ってるローブの男達を次から次へと拘束していく。そして僕の配下のひとりが、ミルムを誘導した。
ミルムは去る前に、エミリアのことを振り返った。そして力強い目をして頷く。
エミリアも同じように頷き返すと、納得したようでこの場から去っていった。
そしてライードの拘束も終わり、彼が連れていかれようとしたところで、エミリアが呼び止めた。
「待って!」
「エミリア?」
なんでライードを呼び止めるの?
ダメだよエミリア。エミリアは僕のものだよ。
何を言われたかは知らないけど、僕のところからは逃がさない。
エミリアをいっそう強く抱きしめると、エミリアは逃げようとはせず、声だけをライードに届けた。
「私を帰す方法があるのは、本当なの…?」
切ない声だった。そしてその言葉の意味に、僕は焦燥する。
聞いて欲しくなかった。だから早く行かせようとしたのに。
あるって言われたらどうするつもりなんだ。僕は君を帰せないよ?
そう思っていると、ライードが大きな声で笑いだした。
心底おかしい、というふうに笑い出すから思わず警戒した。
「はは、何を言うのかと思えば…。ある訳無いだろう、そんなもの」
「…っ」
エミリアが息を飲む音が聞こえた。
「残念だったな、元の世界に帰れなくて」
それだけ言い残して、ライードは去った。
呆然としたままのエミリアに何も言わず、そっと横抱きにして僕は屋敷の外へ歩き出した。
「ノアゼット様、馬車が到着しております」
「ありがとう」
恐らくグレンが寄越した馬車だろう。流石だ。
配下の1人からブランケットを受け取って、エミリアを抱いたまま馬車に乗り込み、ブランケットをかける。
エミリアはいつの間にか眠ってしまっていた。疲れとストレスだろう。仕方ない。
間に合った…のだろうか。エミリアの下着は剥ぎ取られてはいなかったし、間に合ったのだろう。
でも、素肌を見られた。僕のエミリアの素肌を、あれだけの男が見た。
血が逆流するような思いだ。
エミリアを抱く。それだけで魔力が増えると言った。
エミリアが逃げるのも無理はない。捕まれば色んな男にまわされるだろうし、権力者に知られても同じことだ。僕から逃げてたのも僕を信じれなかったのも、理解出来る。
だけどエミリアは、僕を信じてくれた。まだ秘密を知らなかったのに、信じてくれた。
でもごめんエミリア。
僕はライードが帰る方法がないと言った時、とても嬉しかった。
エミリアは辛くて悲しいはずなのに、喜んでしまってごめん。
許して欲しい。その他の願いは全部叶えるから。
僕が全部から守るから、どうかこんな僕を許して欲しい。
エミリアを寮の僕の部屋に連れて行き、学園長についててもらうように頼んだ。ミルムも少し前に学園に着いたらしく、今はロットがそばに居るらしい。
僕はグレンを連れて馬車に乗り、王城まで走らせた。
そして事の経緯を説明すると、当然のごとく彼は驚き怒った。
「はっ?エミリアちゃんを抱けば魔力が増える?そんな最低なことしようとしてたのかあいつら!」
「腹立たしい事にね」
本当に腹立たしい。そのために喚んだ事も、癪に障る。
しかもエミリアを捕まえたら、その所有者となって多数の人に貸そうとしてた。怒りがふつふつ湧いてくる。
「エミリアちゃんが逃げるのも無理ないな…。確かにその力が本当なら、エミリアちゃんは危険だ」
グレンの言葉に僕も頷く。
学園長が以前言っていた、エミリアの力がバレたら周りも気づくと言ったあの言葉。
あれは恐らく、エミリアと肌を重ねれば、増えた魔力に周りが気づくからだろう。
魔力はある程度の人なら察知できる。多少の量の変化なら分からないが、学園長が言うくらいだから、分かるくらいには増えるんだろう。
というのも、確証はないが。
「色々準備しておいて良かったぜ」
「グレン、もう少しだけ頼むよ」
「当たり前だ。もうエミリアちゃんヘの疑念は晴れたからな。俺はお前たちの味方だ」
エミリアを国に渡さない。
そのための戦いを、これからしに行く。
「ふむ…肌を重ねると魔力が増えるとな?」
早朝なのに、禁術を使われた犯罪と、エミリアの能力の異質さに、多数の有力貴族たちが集められた。
そこには国王陛下も、この国の王太子殿下も参加している。
僕とグレンはこの会議が始まる少し前に、捕まえたライードたちの元へ行っていた。尋問をするためだ。
ただあれ以上の情報は出ず、意外にもエミリアの出自を話すことはしなかった。
「それで、婚約者のノアゼット・ライオニアは、どう考えている?」
「はい」
国王陛下に話を振られ、周りの視線が集まる。
絶対にエミリアを守りきってみせる。
「エミリアのその力を利用するならば、ライオニア家は全勢力を持って対抗致します」
「……そうか」
僕の言葉に国王陛下は小さく笑みを漏らす。そう言うと分かっていたかのように。
「そしてそれさえ許されないのであれば、僕はこの知識を持ってエミリアと共に亡命いたします」
「亡命だと…?」
貴族の1人が声を出す。
それには目もくれず、僕は国王陛下を真っ直ぐ見つめた。
「国王陛下。エミリアは大変特殊な立場に立たされております。どうか彼女を害さないような勅令をお出しください」
「勅令だと!」
また違う貴族が声を上げた。
勅令を出されると、それは法律と同じ意味を持つ。エミリアを害したものはどんな立場の人間であれ、罰せられる。例え王でも。
そしてそれは、1個人に出されるようなものでは無い。だけどこちらも譲れない。
「私からエミリアを奪うようであれば、私はエミリア共々この国から去ります。既に受け入れ先の国はいくつも用意してあります」
声を上げた貴族が息を飲んだ。僕が本気だと分かったのだろう。
国王陛下からしても、この国の貴族からしても、僕に他国に渡られるのは困るはずだ。僕は既に国の中枢に入り込んでいて沢山の情報を持ってる。
それを持って他国に行かれるのは遠慮したいだろう。
それに、貴族が反対しないように、彼らの弱みも握ってる。
学園長に、国を敵に回すと言われたあの時から、有力貴族の弱みを探ったり、味方してくれそうな貴族とは親睦を深めて、裏切れないようにしている。
「私はノアゼット卿に従いますよ」
スっと手を挙げたのは、グレンの兄、クレッツィオ公爵だ。
誰よりも1番に賛同してくれて、感謝を込めて小さく会釈した。
親睦を深めた貴族の筆頭はもちろん、グレンの家だ。
あいつの家は公爵だし、軍事力も影響力も大きい。そんな家が味方してしまえば、敵になる方が難しい。
周りもクレッツィオ公爵が僕に従ったことに驚いたようだ。
「エミリア嬢を世に放ったらそれこそ争いの種になるでしょう。それにノアゼット卿を敵に回してまで魔力を増幅させる力が大事かと言われると、そうは思えない」
「それも…そうだな…」
ぽつぽつ賛同の声が増えてく。
否定はさせない。
「エミリア嬢の力が本物かも分からないし、勅令に関しては真偽が分かってからでもいいのでは?」
「真偽が分かる前にエミリアを害そうとするものが沢山現れるでしょう。勅令が出せないというのであれば、勅令を出せる立場を狙うのもやぶさかではありません」
周りが驚き目を見張る。それもそのはず。
これだけの貴族と国王陛下の目の前で、その首を取るぞと脅しているのだから。
それだけの覚悟で僕はここに立ってるし、本当にそのつもりだ。
「…分かった、勅令を出そう」
国王陛下は僕の目をじっと見て、そう言った。その顔は諦めでも何でもなかったが、少し呆れたようにも見えた。
「だがもしエミリア嬢にその力が無かった場合、勅令は取り下げる。それでいいな?」
「ご温情に感謝致します」
「はぁ、こんな若造に脅されるとは…」
分かりやすくため息をついて、国王陛下は王太子殿下から受け取った紙にペンを走らせた。
「お前に国を取られるより、お前を他国に渡す方が惜しいよ。国もエミリア嬢を守るから、ノアゼット卿はこの国に尽くしてくれよ」
「もちろんでございます。この国の平和のために努力を惜しみません」
やっぱり、そっちの方が陛下にとっては惜しい事だったらしい。
こうして僕は、「エミリアを害さない」という勅令を出してもらうことに成功した。




