私を捕まえて2
ぱち、と目を開けると、見たことあるけど見慣れてない寮の天井。
「エミリア、起きたかしら」
そして横からローリアさんの声がして、そちらを向くと、心配そうな顔のローリアさんが椅子に座ってそこにいた。
「ここは…」
「ここはライオニアの部屋よ。彼があなたから離れたがらなくて」
くすくすと笑うローリアさん。
そうか、ノアの部屋の寝室だったのか。だから見たことはあっても、見慣れない天井だったんだ。
豪華だもんね、ここ。
窓から差し込む光は眩しくて、かなり日も高い。お昼頃だろうか。
「私、どうしてここに…」
「ライオニアに救出されて、意識を失ったのよ。」
そうか、私ノアに横抱きにされたまま、そのまま意識が飛んだのか…。
「ねぇエミリア」
ローリアさんが私の手を握る。
そしていつもの優しい笑顔を浮かべた。
「ライオニアは、あなたの秘密に気付いたわ。あなたがどこから来たのかはまだ知らないみたいだけど」
「……」
「どうする?逃げるなら今のうちよ」
私を抱いたら魔力が増大するってことが、ノアに知られてしまった。
まだ結婚前だったのに。
逃げるなら、今のうち。今ならローリアさんが手伝ってくれるんだろう。
何がなんでも私をノアの元から逃がしてくれるだろう。
そしてこの機会を逃したら、きっともう、逃げられない。
…でも。
私を抱くのは僕だけだと、言ってくれた。
ライードに本気で怒ってくれた。
「私は、ノアを信じたい、です」
「エミリア…」
「いや、信じます」
信じると決めた。決めたんだ。それを進むんだ。
好きだと気づいたのもあるけど、それだけじゃない。
私はノアを信じてる。
彼なら私を悪いようにはしないって。
私の言葉にローリアさんは微笑んで、分かったわ、と言ってくれた。
「じゃあライオニアを呼んでくるわ」
「……はい」
そう言ってローリアさんが部屋から出る。
大丈夫、大丈夫。ノアなら大丈夫。
信じる、信じてるんだから。
かちゃ、と扉が開いて、ノアが顔を見せた。
ノアは私の顔を見るなりその顔を泣きそうなくらいに歪ませて、ゆっくり私の傍に座る。
ノアは私に手を伸ばしかけて、止めた。
「エミリア……抱きしめていい?」
「…うん」
ノアが私に許可をとって、私を抱きしめた。強く抱き締めた。
離さないと言われているような掻き抱くような抱擁。
私がノアを怖がると思ったのだろうか。警戒してると思ったのだろうか。
そんなわけないのに。
「ノア、来てくれてありがとう」
「無事で良かった…っ!」
苦しそうな声でノアが言う。
少し体も震えていて、私が無事な事に心から安堵してるように見える。
ほら、こんなにも心配してくれて、私が無事なことを喜んでくれる。
こんなの、信じちゃうよ。
「ノア、あのね…」
「うん、なに、エミリア」
「好き」
かち、と固まった。
分かりやすくノアの体が硬直した。
「ノアが好き」
固まった腕を緩めて、ノアの顔を見ると、信じられないって顔をしていた。
それがなんだか可愛くて、ふふ、と笑ってしまう。
ノアの頬を両手で挟んで、その固まったままのノアの唇にそっと触れるだけのキスをした。
キスされてさらに驚き目を丸くするノアに、私は笑顔で言った。
「私と結婚してください」
「……当たり前だっ…!」
意識が戻ったノアが、絞り出したような声を出してさっきよりも強く抱きしめてきた。
うん、少し…苦しい…けど。全身から喜びが伝わってくるから、緩めてって言えない。
「好きだよ、エミリア。……愛してる」
「…うん、私も」
少し落ち着いて、ノアは椅子に座り直した。私の手を離すことなく、ベット脇の椅子に座った。
そしてノアは、あの後どうなったのかを説明してくれた。
「ライード・ドルトイは、今日の夕方には処刑にされる。しっかりとした禁術の跡があるからね。そしてそれを一緒に行った3人の魔法使いも然りだ。その他のライードの配下は、監獄へと送られる」
禁術を使ったら極刑。だからライードは、処刑になる。
分かってはいたはずのに、なんでそこまでしたんだ、ライードは。
「そしてエミリアの事だけど、エミリアの体のことについては上層部にはバレてる。…貴族の間で広まるのも、時間の問題だと思う」
「…っ」
ぐっ、と体を強ばらせた私の手を、優しくノアが撫でてくれた。ゆっくり力が抜ける。
うん、分かってた。あんなに人がいる所で私を犯そうとしてたし、取り調べを受けたライードが言わないわけがない。
心配する私に、ノアは優しく微笑んでくれた。
「でも安心して。僕が全部ねじ伏せたから」
「え、ねじ伏せた…?」
「そう。エミリアは僕のものだから、手出ししたり僕から奪おうとしたら許さないって言って、ちゃんと国王の名のもとに、エミリアに手出し禁止と勅令を出させたよ」
ぽかん、と開いた口が塞がらないというのはこの事だろう。
え、なに?国王に勅令出させたって言った?え?
それってめちゃくちゃ大事な時用の命令だよねぇ?
にこにこしてるノア。その優しい顔からは想像できないくらいのことを王城でやってきたんだな…。
「だから安心して、僕に捕まって。エミリアを抱くのは生涯僕だけだよ」
「……ありがとう、ノア」
信じてよかった。ノアを信じると決めてよかった。
大丈夫だった。ノアは私の味方だった。私を利用しようとしたりはしなかった。
安堵と嬉しさに涙が出た。
ポロポロ零れる涙を、ノアがハンカチで優しく抑えてくれる。
ありがとう、本当にありがとう、ノア。
「でもね、ライードもその配下も、エミリアがどこから来たのかは話してくれなかったんだけど…。聞いてもいいかな?」
ノアが、ゆっくり言葉を選びながら話してるのがわかる。
私のことを気遣ってくれてる。好きだと自覚すると、その様子がたまらなく愛しい。
「うん。ノアにも聞いて欲しい」
私が頷くと、ノアも真面目な顔になる。
私はゆっくり口を開いた。
「私はこことは全く別の世界から来たんだ」
「別の…世界?」
全く予想してなかったのか、ノアの目が見開かれる。
「そう。こことは違う世界。だからどれだけ歩いても行けないし、行き方も分からない。私の世界は全ての国の地図が公開されてるんだけど、それにこの国は無かった」
「………うん」
「それと、私の世界には魔法が無くてね。魔力も存在しない。だから魔法が無くたって火も起こせる。なんでここに来た私に魔力があるのかは分からないけど、魔法のない世界から来たからここは全くの異世界なんだ」
異世界、とノアが呟く。
異なる世界という概念がそもそもこの世界にはないからね。理解し難いよね。
だから私はそっと、ローリアさんに貰った腕輪を外した。
すぅっと私の髪色が黒くなる。目もきっと黒くなっただろう。
ノアが驚いてこちらを見ていた。
「私のいた世界の私の国では、みんなこの色。色を変える人もいたけど、半分はこれだよ」
「黒い、髪…」
「この世界に黒髪はいないってローリアさんに言われたから、変えてたの。驚いた?」
ノアは未だ驚いた顔のまま、私の髪を見つめる。
そして私の髪をひと房取ると、優しく撫でる。
「……綺麗だね」
「ありがとう」
褒めてくれて嬉しい。
でもノアの驚き様から、やっぱり黒髪はこの世界には居ないんだな、って思った。
「私の出自はこんな感じだけど…。何か聞きたいことある?」
「……魔法がないって、どういうこと?」
話を終えると、ノアから質問された。
うーん、魔法か。やっぱり気になるか。
「無いって、そのままの意味だよ。魔力を持ってないし、魔法を使える人もいないし、使おうとも思わないし…」
「どうやって生活してるの?」
「それはね、化学っていうのが発展してるんだけど…」
専門じゃないから説明するのは難しいなぁ。
特別な何かを使うわけでもなく、色んなもののエネルギーを貯めて、そこから色んなものを動かすと説明する。
何となく、理解してくれたみたいだ。
「とても発展してる世界なんだね」
「そうかな。まぁ、沢山の戦争を繰り返して発展したから、なんとも言えないけどね」
私のいた時代には私の国で戦争は無かったけど。
それでも、沢山のものを犠牲にして積み上げてきたものだから、複雑な気持ちだ。
「…このことは、内緒にしておいた方が良さそうだね」
「そうかも。文明を急に発達させるのは良くないからね」
そんなようなことを聞いたことがある。
発展はいいことだけでは無いから。
「ノアが信用できる人にだけ話して」
「うん、わかった」
ノアに任せよう。彼ならきっといいようにしてくれる。
私がノアに任せるとノアは嬉しそうに笑った。
「あとは?もう何でも答えるよ」
「そうだなぁ…」
ノアは少し悩んで、あっ、と声を上げた。
「エミリアは向こうで、付き合った人はいた?」
「え?彼氏?」
何を聞くかと思ったら、それ?
だけどノアの顔は真剣で、真面目な質問らしい。
「……いなかったよ。この国と違って身分制度も無かったし、生涯結婚しない人も沢山いたしね。それにわたし、恋愛があまり得意じゃなくて」
「そっか、よかった」
ノアがほっと息をついた。そんなに心配だったのか…。
恥ずかしいことに、ノアが初めてなんです。
「まぁ聞きたいことは、これから出てきたら聞こうかな。もう僕には秘密にしないでしょ?」
「うん。しないよ」
ふにゃ、と嬉しそうに笑うノア。可愛い笑顔だ。
「エミリア、僕を信じてくれてありがとう」
満面の笑みでノアが言う。
そんなの、お礼を言うことでもないのに。
「こちらこそ、信じさせてくれてありがとう」
ノアが信じさせてくれたから、私も信じて待つことが出来た。
ありがとう。信じさせてくれて。




