捕まえさせない sideノアゼット
休暇が終わった。
警戒してる僕らに直接何かをしてくることは休暇明けすぐには無かった。
だけど数日後、エミリアの元に手紙が届いた。
クラスメイトを介して渡されたその手紙には、外に出てこないと秘密をばらすと書いてあった。
やはり、そう来るか。
エミリアは僕を信じて行かないでくれた。
クラスメイトからの手紙を防ぐことは難しい。何せ向こうが接してる人が多すぎて、後を追えないのだ。
だからエミリアには、耐えてもらうしかない。…苦しいけど。
次にエミリア宛に来た手紙は、ミルムの両親を人質に取ったもの。それにはエミリアも顔を青白くさせたらしいが、ミルムに一喝入れられて気を取り直したらしい。
やはりミルムはエミリアを立ち直させる大事な人物だ。
ミルムも内心不安だろうに、彼女には感謝しかない。
エミリアはちゃんと立ち止まってくれた。
勿論ミルムの両親につけてる護衛からはそんな報告はないから、ハッタリだろうと思う。念の為確認に行かせたけど、至って普通にいつも通り過ごしていた。
エミリアとミルムにそのことを告げれば安心してほっと息を吐いていた。
その合間にも、ミルムやロットの元に脅迫の手紙が来てることも確認済みだ。
彼らは脅迫には乗らず、しっかりエミリアのことを守ってくれていた。
その行動理由はきっと僕が頼んだからじゃない。相手がエミリアだったからだろう。
脅迫に屈しないで欲しいと頼みに行った時、2人は即答だった。
家族のために友人を売ることは絶対しないと。確たる意思が宿っていた。
きっと彼らにとってエミリアは僕が思う以上に大切な存在で、きっとエミリアもそう思ってる。
少しだけ悔しく思った。
次にエミリアの元に手紙が来た。いつも手紙が来ると、エミリアのクラスメイトであり僕の配下の生徒がすぐに知らせに来る。そして、エミリアの様子も教えてくれる。
だけどその日は配下は来なくて、代わりにエミリアが僕に会いに来てくれた。
クラスメイトに、エミリアさんが来てるよ、と言われて慌てて教室を出ると、ぐっ、と奥歯をかみ締めて苦しそうな顔をしたエミリアが、ミルムに腕を抱きつかれてそこにいた。
エミリアは僕を見るとぐしゃっと握りしめられてシワのできた手紙を渡してくれた。
『1度でいい。その後は家に帰してやる』
手紙にはそう書いてあった。
バッ、とエミリアを見る。強く拳を握りしめて、耐えるように顔を歪ませている。
行きたいんだろう。あれだけ帰りたいと願ってた。その方法があるかもしれないのなら、行って確かめたいんだろう。
だけどこれは罠だ。その方法を知っていても、ライード・ドルトイがエミリアを帰すわけが無い。ただ捕まるだけだ。
だから、行かないで欲しい。
行かないで、僕を信じて。
エミリアはゆっくり腕を上げて、僕の手を両手で包んだ。
「……お願い、私を捕まえてて。今にも飛び出しちゃいそうだから」
苦しそうに眉を寄せて、エミリアは僕にそう言った。
だから僕はエミリアの言葉通り、エミリアを抱きしめた。離さないと、強く。
捕まえてる。ちゃんとエミリアのこと捕まえておくよ。
行かせないから、大丈夫。逃がさないから、安心して。
エミリアは僕の胸で静かに涙を流した。
あの後僕とエミリアは早退して、一緒に僕の部屋に戻った。エミリアをあのまま教室に戻すことなんて出来なかった。
今にも飛び出して逃げてしまいそうなエミリアを捕まえておくために、ちゃんと僕の腕の中に捕らえたままにしたかった。
部屋で一緒にいつものように過ごせば、エミリアは少しづつ心を落ち着かせた。そして夜にはミルムに迎えに来て貰って、自分の部屋に帰って行った。
エミリアは今、ミルムと寝泊まりしている。ミルムからそう提案された。夜や夜中にエミリアが外に出たくなっても、私が阻止すると息巻いて言われた。
それはこちらとしても有難かったため、お願いした。勿論その他に護衛もついてる。ただエミリアが1人になって思い詰めたりすることは無くなるだろう。
ミルムはエミリアを立ち直らせることが上手だから、上手く前を向けるだろう。
「グレン、どう思う」
「この1度っていうのは、外に出ろって意味じゃあないよな…」
夜自室で、エミリアから受け取った手紙を、グレンに見せる。
グレンの言葉に、僕も同じ意見だ、と返す。
わざと言葉足らずに書いてるような感じがする。だからこそこの1度というのは、1度外に出ろ、ってことでは無いのだろう。
恐らくエミリアの秘密に繋がる何かを、1度だ。
エミリアに1度何かをするのか、なにかしてもらうのか。
エミリアが頑なに秘密を言わないのは、その行動をしたくないからなのか?それとも、それをした結果が嫌だから、秘密にするのか。
「それと、あの別宅に、ライード・ドルトイとその配下が集まってる」
「…なにかするつもりなんだな」
さっさと諦めろよ、とグレンは言う。
僕もそう思う。だけどライオニア家を敵に回してまで、エミリアを欲している。それほどのエミリアの秘密。
そしてまた別宅に集まっている。…となれば。
「まさか、禁術か?」
「その可能性は無くはないけど、別宅で人払いはされてない。間違いなくバレるし罪に問われるはずだけどね…」
「切羽詰まった人間は何しでかすか分からないぜ」
「そうだよね…。一応別宅には数人送り込んでる。そこに集まってるってことは、エミリアをそこに連れていくつもりだろうから」
あいつの別宅に忍ばせてる人間を増やした。
禁術を使われると、防ぎようがない。しかもどんなものかも分かっていない。
召喚魔術が個人を特定出来るものなら、エミリアを喚ばれる可能性もある。
ただ今までそれをしなかったのだから、恐らく個人を特定して喚ぶことは出来ないか、その条件が揃わなかったかのどちらかだ。
でも今何かを準備してる。
より一層警戒を強めるしかない。
エミリアへの手紙がぱたりと止むと、今度はミルムをエミリアから剥がす動きが出てきた。エミリアを引き止めて守るミルムを剥がし、そこに脅された生徒がエミリアを外に連れ出す算段らしい。
それでもミルムはエミリアから離れなかったし、どうしてもという時はロットの元にエミリアを預けに行った。
ロットがいるとミルム同様、絶対にエミリアを外に行かせることは無かった。
その後はエミリアとミルムとユフィーリアの3人でいる所を、ミルムが呼ばれる。
恐らくユフィーリアがエミリアを嫌っていると思っての行動だろう。
だけど2人はもう仲のいい友人だ。
エミリアを呼びに来た生徒を、ユフィーリアはしっかり追い返してくれたらしい。
ユフィーリアの家のハイラスとドルトイは、同格の家だ。だからライード・ドルトイはユフィーリアに脅迫をすることは出来ない。危害を加えることも、出来ない。そんなことをしたらエミリアを捕まえる前に騎士に捕まる。
それでも一応ユフィーリアにも護衛をつけてるし、彼女にも脅迫に乗らないで欲しいと頼んだ。
僕が直接頼みに行ったからか、すごく驚いていたけどしっかり頷いてくれた。
ライード・ドルトイが何かの準備を始めて数日後の夜。部屋で1人今後の対策を練っていると、部屋のドアが乱暴に叩かれて、人が入ってきた。
焦った様子で入ってきたのは、エミリアにつけていた護衛だった。
背筋が凍る。
なぜ、エミリアの護衛がこんな時間に1人で。
「エミリア様とミルム様が、消えました!」
「消えた…?!」
エミリアが、消えた。
すぐにグレンを呼んできてもらって、エミリアにつけてた護衛から報告を受ける。
「お2人がベットで談笑していた最中です。急にエミリアさんを光が包んで、収まった頃にはおふたりが消えていました。一瞬のことでした…」
「ミルム嬢もか…」
グレンが呟く。
そばに居たミルムも巻き込まれた。2人してどこかへ消えてしまった。
きっと今2人がいるのは、あの別宅だ。
「禁術を使った…!」
あいつらは、エミリア欲しさに再び禁術を使った。そうして彼女を呼び寄せた。
込み上げてくる怒りを、拳を強く握りしめることによって何とか抑える。
僕からエミリアを奪おうとするなんて。
絶対に許さない。許してやるものか…!
エミリアは渡さない。エミリアの故郷にも、ドルトイにも渡さない!
僕を信じてくれたんだ。初めて、僕を信じてくれたんだ。
絶対に、渡さない…!
「グレン、僕は行く」
「あぁ、急げ。こっちは任せろ」
グレンに後のことを託して、僕は部屋を飛び出す。
学園長の許可を得て学園に置かせてもらってた僕の馬の所まで走り、ひらりと跨って走らせた。
暗い夜道を、ただひたすら駆ける。
馬も僕の気持ちを分かってか、いつも以上に頑張って足を動かしてくれた。
ライード・ドルトイがエミリアに何をするつもりなのかは分からない。1度、というくらいだから、本来なら何度か出来るものをするんだろう。
ならば直ぐに命をとられることはない。
だけど禁術を使ってまでエミリアを呼び出したということは、そうして得たエミリアに何かをしてもらうことで、禁術を使った罪から逃げられるくらいの何かを得られるんだろう。
それが一体なんなのか。
エミリアの隠された地位とか、そういう物じゃない。エミリアはきっと、僕らの持たない何かの力を持っている。
それをドルトイが狙っているんだ。
エミリアがあれだけ逃げる程のものだ。相当その力が脅威になるか、その方法が逃げるほど嫌なものか…。恐らく両方だろう。
力が脅威になるだけなら、尚更権力者に囲ってもらった方がいいはずだから。
学園長が女だからエミリアを守ったと言った。
女性の尊厳を破る何かなんだろう。
もしかして…抱く、とかじゃないよね?
いやいや、抱いただけで何かを得られるなんて、そんなわけが無い。聞いたこともない。
だけどエミリアの隠された力は、ただでさえ分からない力。その使い方も想像つかない何かなんだろう。
エミリアは結婚した人にしか明かせないと言った。あれは僕を諦めさせるための文句だと思ったが、半分本当なら…?
エミリアの許可なしに抱かないと言ったときのほっとした表情は?
頑なに高位貴族から避けてた理由は?
エミリアが抱かれることでなにかの力を得られるなら、辻褄があってしまう。
嫌な想像が頭を巡る。
だめだ、そんなことはさせない。
ただそれが本当なら、猶予はない。
そんなものどこでもすぐに出来てしまうのだから。
「お願いだ、間に合って…!」




