私を逃がさないで2
その後から、手紙はパタリと止んだ。
それがいい事なのか、分からない。本当に、帰る可能性を消されてしまったのかもしれない。
それは分からないけど、自分で決めた事だから。
進むしか、ない。
でも脅されないだけでも心のストレスは消えていって、少しづつ冷静に考えられるようになってきた。
きっと家に帰れるからとドルトイに捕まっても、あいつが帰してくれることはなかっただろう。
冷静になれば余計にそう思う。だって凄く野心家だし、あの男。
あの時ノアに捕まりに行って良かったと思う。そうじゃなきゃ外に飛び出してたし、そしたら捕まってた。
私は帰れることなく奴に囚われることになってただろう。
必死で止めてくれたミルムとノアには感謝しかない。
その日は放課後にミルムと教室を出ようとしたところ、ミルムが人に呼ばれてしまった。ミルムは私と一緒じゃないと行かないと言ったが、ミルムだけに来て欲しいらしくて、相手も譲らない。
そこでミルムは仕方ないとばかりに、違うクラスに私を連れてって、そこにいたロットに私を預けてどこかへ行った。
私を預けられたロットは、私に真面目な顔を向ける。
「おいエミリア。お前あんまりミルムを泣かせるなよ」
「ロット…」
ロットに、そう言われると、私はごめんなさい、としか言えない。心配かけて沢山泣かせて来ちゃったから、怒られるのも分かる。
「お前が居なくなったら悲しむ人間が沢山いるんだってこと、ちゃんと自覚しろよ」
「はい…」
「言っとくけど、その中には俺もいるんだからな」
え?今、なんて?
ロットを見ると、少し照れたような顔をした。
私がいなくなって、ロットも悲しんでくれるの?
「そりゃお前は、俺とミルムを繋げてくれた大事な友人だ。ミルムにとっても、俺にとっても。いなくなったら悲しむに決まってるだろ」
「ロット…」
なんていい男なんだ。さすがミルムの婚約者。
「ありがとう、ロット。私もロットのことは大事な友人だよ。でも、浮気したらノアと一緒に報復するけど、ごめんね」
「するわけねぇし怖ぇよ!」
びくっと怯えたロットを見て私は笑った。
ミルムとユフィーリアと放課後に一緒にお喋りしていると、ミルムがまた誰かに呼ばれて私たちのところからいなくなる。
それを見てユフィーリアはため息をついた。
「ミルムお姉様がいなければどうにかなると思っているのが腹立たしいですわ」
「そう?」
「えぇ。わたくしだけならエミリアさんを売ると思われているのですわよ」
少し苛立った様子でユフィーリアが言う。
なるほど、このメンバーで居てミルムだけを連れていったってことは、そういう事なのか。
そしてそう見られてユフィーリアは怒っている、と。
「ユフィーリアと私が仲良いこと、相手は知らないのかもね」
「な、仲良い…!?んん、仲良いですわ。ええもう、とっても仲良しですわ!」
ユフィーリアが少し顔を赤くして言い切る。
うん、そうだね、私たちは仲良い。でも学年も違うし、昼はいつもノアと食べてるから、関わりは少ない。だからこそ、相手は知らなかったんだろう。
「…まぁ恐らく、わたくしが以前エミリアさんに向けてた態度も関係あると思いますわ…」
「あー…かもね」
ドルトイがどういう情報収集したのかは分からないけど、以前ユフィーリアはノアにしつこく声をかけてあしらわれていた。
それを見ていた人ならば、私とユフィーリアが仲良いだなんて思いもしないだろう。
「あの…エミリアさん」
二人で話しをしていると、知らない男の生徒が話しかけてきた。
ユフィーリアの目付きが鋭くなったのが分かった。
「お、お願いです。一瞬でいいので、僕と外に出てくれませんか」
「……」
ぷるぷる震えてる彼は、恐らく脅されているんだろう。
以前の私なら、可哀想だと思って自分を犠牲にしただろう。
でも、もうしない。
それをするのは、私を守ってくれる人達に失礼だ。
「ごめんなさい、行けません」
「っ、なんで!!」
「ごめんなさい」
私が断れば、彼は分かりやすく逆上した。
「外に出るだけだ!なんでだめなんだ!」
「ごめんなさい」
「お前が外に少しだけ出てくれるだけで、俺の家族が…っ!」
「ちょっとあなた」
怒り大声をあげる彼に、冷静なユフィーリアの声が響く。
彼女は変わらず鋭い瞳で彼を見ている。
「エミリアさんが外に出て何かあったら責任取れますの?彼女はノアゼット様の婚約者で、次期侯爵夫人ですわよ」
「何も…ないかもしれないだろ!」
「何も無いのにどうしてあなたを脅してまでエミリアさんを外に出すよう命じると言うの。もう少し考えたらいかが」
ユフィーリアは吐き捨てるように言い切る。
それを言われた男の人も、思うところがあったらしく、少しづつ怒りを鎮火させていく。
「でも、家族が…っ。どうしたら……」
膝を着いて、悔しげに地面を叩く男の人。
ドルトイはこんなに学園の人を巻き込んでいるのかと思うと、怒りが込み上げてくる。
「私がノアに頼んで、あなたの家に人を向かわせます。だから安心してください」
彼の名前を聞いて、私は彼を見送った。
彼の姿が見えなくなると、ユフィーリアがふぅ、と息を吐いた。
「まぁあの人の家族は無事だと思いますわ」
「そうだといいけど…」
「いちいちそんなことしてたら、エミリアさんを捕まえる前に奴らが騎士に捕まってしまいますもの」
なるほど、たしかに。
私よりも全然歳下なのに、ユフィーリアはちゃんと貴族の令嬢なんだ。そういう所をしっかり分かってる。
面目ないけど、ユフィーリアが私を守ろうとしてくれたことが嬉しかった。
「ユフィーリア、守ってくれてありがとう」
「べ、別にエミリアさんのためではありませんわ!」
ぷいっとそっぽを向いて、ノアとミルムのためなんだと言葉を続けたユフィーリア。
それが照れ隠しだってもうバレてるよ。
ユフィーリアはユフィーリアなりに私を守ってくれようとしてくれた。
「エミリア、気をつけて欲しい。ライード・ドルトイは何かの準備を始めたみたいだ」
「準備?」
なんの?
そう聞くと、ノアにも分からないらしく、困った顔をされた。
「何をする気かは分からないけど、エミリアを捕まえるための準備なことに間違いないだろうね」
それはそうだ。私を捕まえるためなことに変わりない。
とはいえ何をする気か分からないと、警戒のしようも無い。
ノアは真剣な顔をしたまま話を続ける。
「ただ、今まで散らばってた奴の手下が集められた。これから何か仕掛けてくることは確かだろうね」
手下が、集められる。
一体何をしようとしているんだろう。何をしてもノアに弾かれるというのに。
私だって確固たる意志を持って、ドルトイに対抗している。
ノアの鉄壁の守りがあったら、私が自ら行動しない限りは無理じゃないか?それとも動くってことは、何かしらの策がある?
ノアもきっと同じ考えだから、何をするつもりか分からないんだろう。
本当に、何をするつもりなんだろう。
「とにかく、警戒はしておいて。僕ももちろん警戒を強めておくから」
「うん。…ありがとう」
私がお礼を言うと、真剣な顔をしていたノアが、ふわっと笑う。
「こちらこそ、信じてくれてありがとう」
ノアを信じてドルトイと戦って、もうすぐ1ヶ月になる。
ノアがそろそろかな、と警戒をさらに強めた。
何をしてくる気だろう。どんな罠を仕掛けているんだろう。
分からないし検討もつかないけど、私はノアを信じるだけ。
「私が絶対にエミリアを守るわ!」
「程々にしてね…?」
「するわけないでしょ!」
夜にミルムとベットに寝転びながらそんなことを言い合う。私の言葉にご立腹のミルム。
ミルムは最初の手紙が来てから、ずっと私の部屋に泊まってる。私を絶対に外に出さないためだと彼女は言っていた。それを聞いた時は笑ってしまった。
そこまでして私を守ろうとしてくれる事が嬉しくて、ミルムはミルムなりに私のために頑張ってくれてるんだと思って胸が熱くなった。
「でも何をするつもりなのかしらね」
「ほんとにね…」
ノアから聞いた、準備をしてるという報告。
なんの準備をしてるのか。どうやって私を捕まえようとしてるのか。
ノアにも分からないくらいだから、今度こそ私は捕まっちゃうのだろうか。
そんな私の不安が顔に現れたのか、ミルムは私のことを抱きしめてくれた。
「大丈夫よ!私がどこにも行かせないわ!」
「……うん、そうだよね。ありがとう、ミルム」
力強い彼女の言葉は、まっすぐ心に入ってくる。
どれだけ私が落ち込んで心を沈めても、彼女はちゃんと私を叱責して奮い立たせてくれる。
それが私のことを思っての行動だから、私も立ち直れる。前を向ける。
「ミルム、私にどんな秘密があっても、友人でいてくれる?」
私の秘密をノア以外に話すとしたら、次はミルムだ。予定は無いけど、もしそんな時が来たら、ミルムも私を利用したりしないで仲良くしてくれるだろうか。
「当たり前でしょ!今更何言ってんの!」
怒られてしまった。でも怒られたのが嬉しい。
そこまで言いきれるミルムが凄いなと思って、くす、と笑う。
もう、いいよ。
信じてしまおう。ノアのこともミルムのことも。
裏切られたらその時考えることにしよう。
これだけ私のために頑張ってくれるノア達を見てると、そう思ってしまう。
それに、ここまでしてくれたんだから、利用したいならできる限りの事はしてあげよう。
それだけのものを貰った気がする。
身を委ねてしまおう。ノアに全部打ち明けて、任せてしまおう。
そう意気込んだ時だった。
途端に目の前がパァっと明るい光で満ちて、驚いた私の手をミルムはしっかりと握ったのが見えた。
「……はっ」
光がやんで、視界に映ったのはどこかで見たことある石の壁。座り込む私を中心に書かれてる、円形のもの。
そして目の前に。
「久しぶりだな、エミリア・ライド」
ライード・ドルトイ。
私をこの世界に召喚した、張本人だ。




