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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
73/110

私を逃がさないで

 

 休暇が終わり、学園生活がまた始まる。

 少し身構えていたけど、特にこれといった異変も変化も見当たらなくて少しほっとした。


 ただ、ミルムも少し警戒してるようで、話を聞くと、私と仲いいミルムやロットも人質になったり人質を取られたりすることがあるかもしれないらしく、警戒しているようだ。


 大丈夫なのかと思ったが、ノアが2人と、2人の親族に護衛をつけてるらしい。根回しが早すぎる。

 だからミルムはそこは心配していないらしく、私に近寄ってくる悪意に警戒しているのだそう。


「私は家族が人質になっても絶対にあなたを売らないわ!!」


 わたしの寮の部屋に来て、わざわざ大きな声でミルムはそう宣言した。

 そういえば私が逃げる気があったら、家族に被害があっても私を逃がしてくれるって言ってくれたことあったなぁ。


 ミルムの気持ちがとても嬉しくて、感動して泣きそうになるのをなんとか堪えた。

 日本人としては、巻き込んでごめんねと言いたいところだ。

 でもミルムはそれを喜ばないだろう。


「ありがとう、ミルム…」


 良い友人に出会えたのは、この世界に来て良かったことのひとつだ。




 そのまま数日、普通の日々を過ごし、少し気も緩んできたところで、敵はやってきた。


「エミリアさん、これ友人に渡して欲しいって言われて」


 クラスメイトの1人に、そう言われて手紙を受け取った。

 それを見たミルムがそのクラスメイトを鋭い目で睨むも、クラスメイトはなんの事だか分からないみたいだ。


 手紙を渡してくれと頼まれたそのクラスメイトは、本当に何も知らないんだろう。知らないで、ただ頼まれたから渡しにきた、それだけ。


 意を決してゆっくり手紙を開くと、予想通りの内容が書かれている。


『みんなに秘密を知られたくなければ、外に出てこい』


 ぐっ、と手を握りしめる。

 怒りでどうにかなりそう。

 その秘密を握らせてきたのはそっちの癖に。


 そんな私をミルムが心配そうに見てきたので、安心させるように笑っておいた。


「大丈夫、行かないよ」

「エミリア…」


 痛々しそうに見えたのか、ミルムは私の握りしめてた拳を優しく握ってくれた。




 お昼になって、ノアに手紙を見せると、ノアの顔がスっ、と鋭くなる。


「やっぱりね…」


 ノアを信じると決めた。大丈夫か分からない。分からないけど、進んでみないと答えは出ない。

 だから、1歩進んだんだ。


 後悔するかもしれないけど、これが私の選んだ道。


「エミリア」


 優しく名前を呼ばれて、俯いてた顔を上げる。

 ふわっとした柔らかい表情で、ノアは私を抱きしめてくれた。


「僕を信じて、行かないでくれてありがとう」

「……うん」


 ノアの腕の中に収まり、安心するその抱擁を受けて考える。


 信じてよかったのか、行かなくて本当に良かったのか。

 私にも、ノアにも、誰にも分からないんだ。

 その先に進んでみてようやく、あの時の判断は合っていたのだと分かる。進んでいる段階では分からない。


 信じるか信じないか、それしかない。

 私は信じた。それだけ。




 怯えてたことは何も無く、私の秘密が噂されることも無く数日が過ぎた。

 まぁドルトイからしても、私の秘密がバレるのは本当は嫌なはずだ。だって自分と仲間だけがその恩恵を受けたいのに、周りに知られたらもっと私を手に入れにくくなるから。


 だからそう簡単にバラすわけないとは思っていたけど、やっぱり少し心配だったから、ほっとした。



 少しして、また手紙が来た。今度は違う人から渡された。

 ミルムに隣にいてもらって、警戒しながらその手紙を開く。

 そこには、私が外に出てこないと、ミルムの両親を殺すと脅しが書かれていた。


 すーっと背筋が凍って、固まってる間にその手紙をミルムに見られた。

 固まる私にミルムは自信満々に言う。


「私の親は大丈夫よ!ノアゼット様が大丈夫だと言ったんだから大丈夫なのよ!」


 どこからそんな自信が出てくるんだろう、って思った。どうしてそこまでノアを信用できるんだろう、とも。


 でもミルムが絶対に大丈夫だと念を押してきた。

 正直不安だし、何かあったら顔も合わせられない。でも、ミルムがそんなにも大丈夫だと言うのだ。


 はやる気持ちを抑えて、私は行かないことにした。




 それを昼にノアに報告すれば、ミルムの両親の護衛からは、人質に取られたとかいう連絡はないと言ってくれた。しかもそのあとちゃんと確認に行かせて、しっかりミルムの両親が安全なことを私とミルムに教えてくれた。


 ミルムも内心少しは気になっていたんだろう。ほっとした様子で私をノアに預けて帰って行った。


 ノアが私を安心させるように、優しく抱きしめてくれて、何度も頭を撫でてくれる。

 ここ最近は甘い雰囲気をノアはあまり出さず、私の気持ちを落ち着けて安心させることに集中している。


 そのおかげか、いまのところまだ外に出たいとはあまり思わない。手紙が来て中身を見ると、行かないと、と思ってしまうけど、すぐに考え直すことが出来てる。


 ちゃんとノアを信じて、ドルトイに反抗出来てる。



 でも、怖い。次に何を言われるのか。

 誰を引き合いに出されて、どこにどんな被害が及ぶのか、怖い。

 私に被害ならまだしも、私の親しい人やその関係者、もしくは全く知らない人達に被害が出るのが怖い。


 私がやった訳じゃなくても、私の行動のせいでそうなったと考えると、不安に苛まれる。


 そんな気持ちがバレたのか、ノアは私の目を見てしっかりと断言した。


「絶対に僕が全部守るから」


 ノアのその自信もどこから来るんだろう。

 でも、ノアが言うと本当に出来そうな気がする。本当に全部守ってくれそうな気がする。


 少し、安心した。




 ミルムの両親に被害が何も無いまま数日後。また違う人から手紙を貰った。

 怯えてちゃだめだ。立ち向かわないと。

 ペーパーナイフで封筒を切って、中を取りだした。


『1度でいい。その後は家に帰してやる』

「っ!!」


 息を飲んだ。

 家に帰してやる…?


 帰れるの?私、あの世界に。

 ずっとずっと切望していた、あの場所に。


「エミリア!落ち着いて、これは罠よ!」


 混乱している私を廊下に連れ出して、ミルムがそう声を上げてくれた。

 その声も、少し遠く感じる。


「だめよ、1度でも外に出たら相手の思うつぼだわ!」


 1度。ミルムはこの1度を、外に出ることだと思ったのだろう。

 違う。これは、1度ヤラせろってことだ。

 1回だけ体を許せば、家に帰してやると、こいつは言ってる。


 1度だけ。たった1度だけ体を開けば、私は家族の元に帰れる?


「エミリア、お願い。ノアゼット様を信じて」


 ミルムの声が、私を現実に戻した。

 ミルムは私をぎゅっと抱きしめてくれる。そこで体が震えてたことに気付いた。

 ミルムがそんなことを言うくらい、私は今にも駆け出しそうに見えてるのだろうか。


 それもそうか。

 だって、外に出て捕まれば、家に帰れるかもしれない。

 あの世界に、帰れるかも。

 そう思ったら、手紙の言うことを聞きたくもなる。


「っ……」


 手をぐっと強く握りしめる。

 色んな気持ちや考えが頭を巡る。


 ドルトイに捕まれば、家に帰してくれるかもしれない。それともこれは嘘で、そんな気はさらさらないかもしれない。帰す方法もないかもしれない。

 でも、本当に知ってたら?知ってて、私が行かなかったことでその方法を消されたら?そうしたら、それこそ本当に帰れなくなる?


 帰りたい。外に出たい。捕まりたい。家族に会いたい。

 いやだめだ。罠だ。信じるんだ、ノアを。


 どうしよう、どうしたらいい。

 私はどっちに足を踏み出せばいい?



 無意識に1歩足を踏み出した時、足首にあるものが揺れたのを感じた。

 それはノアがくれたアンクレット。

 私を守るために、1ヶ月もかけて作ってくれたもの。


 それを思い出すと、余計どうしていいか分からなくなる。



「……ミルム」

「なに、エミリア。私は行かせないわよ」


 ミルムが離さないとばかりに私に抱きついている。少し泣きそうにも見える。

 少しの罪悪感を覚えながら、私はミルムに言った。


「……ノアのところに、行こう」




 休暇が終わってから私を1人で歩かせるのは禁止されていて、ミルムが常に着いてきてくれる。だからミルムと共に、ノアのクラスに足を運んだ。

 その間もミルムは私の腕を抱き抱えていて、離す気は無さそうだ。


 普段のミルムなら、高位貴族だらけのクラスに恐縮して下がりそうだが、今はそんなもの目にも入らないらしい。人の目なんて気にせずに、私の腕を抱きしめているのだから。


 私がクラスに近付くと、私に気付いた生徒が、ノアを呼びに行ってくれた。

 それを待って足を止めると、すぐにノアが出てくる。


「エミリア」


 ノアが心配そうな顔をして、私を見た。ミルムも、ノアが現れて安心して私の腕を離した。

 私はノアに手紙を渡す。それを見たノアは悲痛な顔をして私を見る。



 ノアを見つめる。ノアも私を見つめた。



 そっと手を持ち上げて、ノアの片手を両手で握る。

 優しい顔から想像できない、男らしく角張って、剣だこのできてる強い手。

 いつも私を安心させてくれる手。私を守ってくれる手。


 この手のおかげで私は今までドルトイに捕まらずにいれて、尚且つこの世界を知ることが出来た。色んなことを学べたし、色んなことを楽しんだ。

 この手に沢山慰められてきたし、救われてきた。どきどきもさせられたし、沢山愛を注いでくれた。


 ぎゅっと強くノアの手を握る。



 この手を、私は信じる。


「……お願い、私を捕まえてて。今にも飛び出しちゃいそうだから」

「……っ、うん」


 ノアは息を飲んで、ノアの手を握る私の手ごと、私を抱きしめる。



 お願い、私を離さないで。決意が揺らいじゃいそうだから。

 今にも飛び出して、帰りたくて、ドルトイに捕まりそうだから。

 ノアのその手で、私を捕まえてて欲しい。

 私が外に出て捕まらないように、ノアがしっかり捕まえてて欲しい。


 じゃないと今にも外に出てしまう。

 帰れる可能性に少しでも希望を抱いてしまって、どうしようもなく帰りたくなる。


 でも、ノアを信じると決めた。

 決めたんだ。



 私は選んだ。家に帰れる可能性と、ノアが守ってくれる可能性から、ノアを。


 もう、後戻りは出来ない。



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