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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
72/110

僕に捕まってて sideノアゼット

 

 春の長期休みにエミリアが僕の屋敷に来た。

 今回はエミリアに、侯爵夫人の部屋を与えた。

 さすがに僕の隣の部屋で、僕の部屋と扉1枚で繋がっているのは、警戒されるだろうと思って前回は客室を用意した。


 でももう、結婚は間近。だから今回は、今後エミリアの部屋になる部屋に泊まってもらった。

 エミリアの好きそうな内装にはしてるけど、エミリアの好きに変えてもらって構わない。


 今回の休暇では主寝室には立ち入らないと約束した。前回がこの屋敷に馴染んで貰うためなら、今回はあの部屋に馴染んで貰うことが目的だ。



 今回の休暇は、僕に休みはあまりない。

 僕は卒業と同時に父から侯爵を譲り受ける。そして宰相補佐になることも決まっている。それらの仕事と、エミリアの事についてで忙しい。


 ドルトイの行動は逐一報告させているし、そこから彼の行動を予測して対策を立てること。

 それと、エミリアの秘密がなんであれ、多数の貴族や国から守るための準備もしている。


 いざとなったら他国に逃げるための準備もしている。

 そのために多数の他国と関わりを持ち始めた。



 それらが全部重なって、今回はとても忙しい。




 エミリアとの時間をあまり取れなくて、正直悔しくはある。それでも、朝昼晩のご飯は無理してでも一緒にとってるし、少しの合間を見つけてはエミリアに会いに行った。


 会える時間は少なくても、同じ家に住んでいると言うだけで心が踊る。エミリアもだいぶ屋敷に馴染んで来たようだし、屋敷の使用人達からも彼女が楽しんでいる様子を報告される。



 エミリアは今回、夫人教育を受けている。

 本人の熱い希望により、手配して、1週間のうち5日、1日計6時間の勉強をしている。筆記から礼儀まで全て。


 僕は心底そのままのエミリアでいいと思ってるけど、エミリアは僕の隣に相応しくなりたいみたいだ。それを聞いた時はとんでもなく嬉しかった。

 まだ覚悟は出来てないだろうに、僕の隣に立つための努力をしてくれているのだから。


 嬉しくないわけが無い。


「エミリアの様子はどう?」

「勉強は順調のようです。飲み込みが早く、意欲もあるとの報告です」

「そっか」


 執事のロインに聞くとそう返ってきた。

 飲み込みは早いだろう。彼女は馬鹿じゃない。この国のことを知らなくて、自分への好意に鈍感なだけだ。


 彼女の教師には、口が固くて信用のおける人物を選んでる。だからエミリアにも、どんなことを聞いてもいいと説明したし、教師にも、エミリアに何も聞くなと言ってある。あの教師なら大丈夫だろう。


「あぁそうだ。庭師に、夏は向日葵を植えてくれと頼んでおいてくれる?」

「承知致しました」


 この屋敷でひまわりは咲いてるのを見た事がないけど、エミリアはきっと喜ぶだろう。エミリアに贈る花のために、僕は屋敷の花壇にある花の種類を増やした。



 毎朝エミリアに花を贈っている。完全な僕の自己満足だ。

 学園にいる時よりもエミリアとの時間がとれないから、少しでも僕を思い出して欲しくて、毎日違う花を1輪か2輪贈っている。


 休暇の2日目の朝に花を贈った時、エミリアは断りにくいやつだ、と笑った。あれは僕がエミリアにアピールしてた時のことを思い出しての発言だった。

 僕も釣られて笑ってしまった。

 あの時と同じ行動なのに、関係性も気持ちも全然違う。それに幸せを感じる。


 明日は何をあげよう。




 朝五時に起きて庭に行く。そしてエミリアに贈る花を選んで、鍛錬してエミリアと朝食をするのがこの休暇に入ってからの日常だ。


 今日も花壇で花を見る。

 今日は何を贈ろうかな。昨日はピンクのラナンキュラスを贈った。今日は赤系統以外にしよう。


 かすみ草なんかはどうだろうか。小さな花がたくさんついていて、ふんわりしている。きっと喜ぶだろう。

 でもかすみ草なら4本くらいとった方がいいだろう。


 きっとエミリアはもう、花束を贈っても受け取ってくれるだろう。だけどエミリアが懐かしいと思ってくれた、あのアピールしてた日々を追想しては今との違いに幸せを感じるから、今でも少ない数の花を贈る。


 そう思って眺めていると、人が来る気配がした。恐らくロインだろうと思って気にしないでいると、愛しの人の声がした。



「ノア」


 そこには、寝間着に暖かそうなカーディガンを羽織っただけのエミリアがいた。


「エミリア?」


 慌てて駆け寄る。

 朝早くに会えて嬉しい気持ちと、なんでこんな朝早くに、って気持ちがせめぎ合う。


「こんな朝早くにどうしたの?嫌な夢でも見た?」


 もしや怖い夢とか、故郷の夢とか見て眠れなくなったんだろうか。それなら勿論話し相手になるし、眠れるまでそばに居たっていい。

 そう思って聞くと、エミリアはふふ、と笑った。


「違うよ。ノアが私にあげる花を朝早くに摘んでるって聞いたから、起こしてもらったの」

「……どうして?」

「私も一緒に選ぼうと思って」


 私も一緒に選ぼうと思って?

 僕がエミリアに贈る花を、エミリアに選んでもらうの?


 どういうことかと思っていると、エミリアが花壇を眺めて、やがて花の方に歩いていく。


「これはなんて花?」


 そう聞かれて意識を戻し、彼女の目の前の花を見ると、そこには青い花が。


「それはブルースターだよ」

「ブルースターかぁ。これが摘みたいな。どうやって摘むの?」

「ハサミで切るよ」


 今日はブルースターの気分なんだろうか。まぁエミリアが欲しい花を摘むのが1番だよね。

 そう思って僕が切ろうとすると、エミリアは自分で切りたいようだ。


 素直にハサミを渡すと、彼女はブルースターの花の茎をパチン、と切る。


「それを部屋に飾るの?」


 そう聞くと、エミリアは首を振った。

 え?飾らないの?

 そう思ってると、エミリアはブルースターの花を僕の方に差し出した。


「これは、ノアに」

「……僕に?」

「いつもくれるから。私が育てた訳じゃないけど、受け取って欲しいな」


 少し恥ずかしそうに、エミリアがそう言う。


 僕のために、花を選んで自分で切ったの?僕に渡したくて?

 ぶわっと溢れ出た歓喜が、胸を占領する。嬉しくて苦しすぎるくらいに。


 エミリアから何かを貰うなんて、考えてもなかった。叶うなら思いが欲しい、それしか思ってなかった。

 なのに、こんな花1輪貰うだけでこんなにも嬉しいなんて。


「…ありがとう、エミリア…っ」


 花を受け取ってエミリアを抱きしめる。ぎゅっと強く。


 嬉しい。嬉しい嬉しい。

 今までどんな人に何を貰っても何も嬉しくなかった。心は欠片も動かなかった。

 なのに花一輪。それだけでこんなにも胸がいっぱいになる。


 分かった。花1輪が嬉しいんじゃないんだ。エミリアが僕に花を贈ろうとしてくれたその気持ちが嬉しいんだ。

 こんなにも、物を贈られることが幸せなことなんて知らなかった。


「ノア、嫌だった?花好きじゃない?」

「嫌なわけないよ」

「でも、あまり嬉しくなさそうな…」


 僕の態度にエミリアが不安そうになるから、腕の力を強める。

 勘違いしないで、エミリア。


「……違うよ。嬉しすぎて辛いんだ。エミリアが僕に花をくれるくらい、好意を持ってくれたことが、嬉しくて…」


 きっと嬉しさのあまり変な顔になってるんだろう。目に熱いものも込み上げてくるし、必死で耐えている。

 声が少し震えてる気がする。バレないことを祈る。


「ありがとう……ありがとう、エミリア……」

「ううん。こちらこそ、毎日お花くれてありがとう」


 こんな幸せを、僕にくれてありがとう。




 エミリアはあの後、僕からかすみ草を受け取ってくれた。

 そして、毎朝起きるから、花を贈りあおうと言ってくれた。


 毎日僕に花をくれるつもりなの?なにそれ、可愛すぎるし幸せすぎる。


 その申し出はとても嬉しいし、断る理由もない。だけどそのために朝早く起こしてしまうのは可哀想だから、鍛錬の時間を先にとることにした。

 鍛錬して、シャワーを浴びて、花を摘んで、一緒に朝食をとりにいく。うん、これで完璧だ。


 朝からエミリアと時間が取れるなんて思わなかった。1日いい日になる、これは。


 エミリアのくれたブルースターは執務室に飾り、事ある毎に眺める。

 この執務室には花ひとつない。あまり飾り気のない部屋。

 そこにぽつんと挿してあるブルースターは、一際目を引く。


 初めそれを見たロインも、どうしたのか聞いてきたから、エミリアがくれたと言えば微笑ましそうな顔をされた。




「お?花なんか飾ってるの珍しいな」

「エミリアがくれたんだ」

「良かったじゃん。ノアゼット、顔緩みっぱなしだぞ」


 数日後、花を初めて贈られたあの日を思い出してにやけてたのか、グレンにからかうように言われて急いで顔を戻す。


 仕方ない。毎朝エミリアと過ごす庭園での時間が幸せすぎて、花を見ると朝のことをすぐ思い出す。顔が緩まないわけが無い。


「んで、これな。休暇明けが怪しいぜ」


 グレンに紙の束を渡されて、目を通す。


 うん…やっぱりそう来るか。まぁ予想はしてたし、対策もとってある。


「ロット卿とミルム嬢の周辺は?」

「今のところは何も」


 グレンが空いてるソファにどかっと座る。


 エミリアを学園からおびき出すために、ロットとミルムが使われる可能性は高い。

 だから僕は、彼らの周囲にも護衛をつけてるし、彼らの家族にも護衛を付けてる。もちろんこのことは彼らにも忠告している。


 あとはエミリアに直接脅しにかかるだろう。学園の生徒を使って、手紙とかで脅迫してくるだろう。

 そこは後でエミリアに言って、出来れば無視してくれるように頼まないと。


 …頷いてくれるだろうか。

 来なければ秘密を暴露する、なんて脅迫が来たら、それを無視して秘密がバレるのは避けたいはずだ。

 勿論そんなことはさせないし、もしエミリアのことを噂されても、消す用意もできている。


 とはいえエミリアがそれを信じてくれるかは分からない。

 エミリアの秘密を知らない僕が、信用を得るのは難しい。



 だから夜、話があると言ってエミリアの部屋に行った。


 エミリアにこれからのことを説明する。学園内ではエミリアにもちゃんと護衛をつけてるし、直接なにかしてくることは出来ないだろうけど、されても大丈夫。


 エミリアは護衛がついてたことに驚いていた。

 まぁそうだよね。バレないようにしてもらってるし、学園に関係者以外が入れるとも思ってないだろうし。


 そこは学園長の手を借りてる。

 エミリアを守るために、あの人も二つ返事で許可してくれた。


「もし誰かに脅されたりしても、絶対についていかないで欲しい」


 言った。どうだろう。エミリアは僕を信じて頷いてくれるだろうか。


「…来なかったら秘密をばらすと言われても?」


 真剣な声で、エミリアに聞かれる。僕は何も言わず頷いた。


 信じて貰えないのは知ってる。どれだけ僕が言っても、信じられるわけが無い。

 それでも、どうかお願い。僕に守らせて欲しい。



 エミリアは、僕の目を見て、頷いた。



 信じてくれた。

 僕のことを信じてくれた。

 胸が震える。初めてエミリアに信じて貰えた。


 エミリアはいつも、1人で何とかしようとするから。

 僕の助けも他の人の手も借りないで、自分一人でどうにかしようとするから。


 でも今回は、僕を頼ってくれた。

 それがとても嬉しくて、感極まる。



 1度頷いてくれたエミリアは、きっとドルトイ三男に何を言われてもついて行くことは無いだろう。

 本当に、良かった。


 あとはエミリアの信用を裏切らないように、何がなんでも守って、その秘密が何であれ守り通す。


 信じてくれたこと、後悔はさせない。


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