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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
7/110

逃げた先は?

 

「…あれ?」


 平和に過ごしてた日々に異変が現れたのは数日後。机に入れてた私の教科書が無かった。

 どこかに置き忘れたことも考えたけど、持ち歩くものじゃないし昨日確かに入れたのを覚えてる。


 …とすればこれは、もしやいじめ?

 ノアの婚約者になったことを疎んだひとの仕業かな?


 あれだけかっこよくて地位があって人気者の婚約者になったのだから、こういうことがあるだろうなとは思っていた。

 でも、思ったよりも早かったな?


 まぁ別にこんな事くらいじゃ何も思わないんだけどね。


「ミルム!教科書忘れちゃった。見せて?」

「珍しいわね、エミリアが忘れるの」

「昨日眠くて…」


 隣の席のミルムに見せてもらうことにした。



 その次の日は教科書が破られていた。

 なるほど。

 私は机の中のものを全部持ち帰ることにした。少し重かったしいつも帰りに寮まで送ってくれるノアには不思議がられたけど、勉強したいからと言えば代わりに持ってくれた。ごめんね。


 すると今度はお昼休憩の後にノートが破られていた。念の為新しいノートを用意していて、2冊に同じことを書いていたため、犠牲は1つで済んだし実被害はそんなに無かった。


 うーん、でもこれずっとやられるの困るなぁ。

 犯人は同じ教室なのだろうか。それとも別の教室?

 まぁずっと無視してればそのうち飽きるだろう。




「…ねぇエミリア。あなた、なにかやられてない?」

「なにか?ってなに?」


 朝教室に行くと、ミルムは少し小声で私に話しかけてきた。

 ミルムは周りを少し気にして言う。


「イジメとか、そういうの」

「あー」

「あーじゃないわよ、もう!なんで言わないの!」

「いや、そんなに被害ないから気にしてなかったよ」


 ミルムは私が相談しなかったことを怒ってるみたい。優しい子だな。


「被害ないって…教科書とかノート破られてるでしょ?」

「うん。でもノートは最近2冊書いてるから1個破られても平気だし、ちゃんと部屋帰ってまとめてるからバックアップも完璧だし、教科書も先輩に古いの貰ったよ」

「ばっく…?わかんないけど、そういう時はちゃんと言いなさい!それで対策立てるわよ!」


 バックアップは通じなかった。しかもまた怒られた。

 一緒に対策を立ててくれようとするミルム。ミルムと友達になれてほんとよかったなぁ。


「とはいえ相手が分からないからね…。破いたりとかはちょっと面倒だから違うのに変えて欲しいんだけど…」

「変えて欲しいってあなた…食堂のメニューじゃないんだから…」

「ノアとのことアピールしたらもっと怒って分かりやすいのにしてくれるかなって思ったんだけど、どこにいるか分からないからやりようが無くてさ」

「問題はそこじゃないと思うけどね」


 はぁ、と呆れた顔のミルム。

 うん、私も呆れてる。ちまちましたいじめで面倒くさい。


「…ノアゼット様はこのことは?」

「え?言ってないよ?大したことじゃないし」

「ばか!言いなさいよ!」

「えぇ〜。」


 言うほどの事じゃなくない?

 特にノート以外の被害ないしなぁ。

 どちらかと言うと現行犯捕まえて文句言いたいんだよね。


 そういうと、ミルムはまたため息をつく。ちょっと、幸せ逃げるよ?


「もう一段階酷くなったら私がノアゼット様に告げ口するからね」

「えぇ?やだ、なんか怒られそう私が。」

「当たり前でしょ!それが嫌なら自分で言いなさい!」


 うぐぐ…。今軽く怒られるか後でガツンと叱られるかって事か…。


「分かった、今日のお昼言ってみるよ」

「そうしなさい」


 小さい事だけど大事にされそうで嫌だなぁ。

 私はお昼までに覚悟を決めなければ…。




「エミリアさん、ちょっといい?」


 3時間目が終わったあと、御手洗に行ったらその帰りに声をかけられた。隣のクラスのダリア男爵令嬢だ。

 少し青い顔で、ぷるぷる震えてる彼女を見て察した。


 あっ、彼女がいじめの犯人で、立場が上の人に脅されてるな?と。


 彼女の人柄は大人しくて争いとは無縁の人だ。嫉妬してもこんな事する度胸はない。

 そう思った私は素直に彼女についてった。



 大人しく着いていくと、彼女は持ってた鍵で清掃準備室を開ける。


「お、お願いです、ここに入ってください…!」

「分かりました」

「えっ?!」


 指示通り清掃準備室に入ると、彼女はすごく驚いた顔をした。


「な、なんで言うこと聞くんですか?こんな、怪しいのに…」

「だってあなたが望んでじゃ無いですよね?大丈夫です。ここにいるだけだから。あなたは言われたことやってください」


 ぷるぷる怯えてるダリア様。やりたくないんだろうな、こんなこと。目に罪悪感がめちゃくちゃ浮かんでる。


「ほら、授業始まっちゃいますよ。はやく。」

「っ、ごめんなさい!」


 ダリア様は謝ってドアを閉め、鍵を閉めてどこかへ走っていった。

 小さな5畳くらいの部屋に、清掃用具が沢山ある。そして窓。


 窓をあけてみると、そこは東の庭園があった。ここは2階だけど、下には整えられた低木が沢山ある。落ちても擦り傷くらいで済みそう。


 うん、どうしようもなくなったら逃げよう。逃げるのは得意だ。

 椅子もあるし、とりあえずはここで待ってようかな。




 やがて授業をはじめる鐘が鳴り、私はぼんやり空を眺めてた。



 異世界に来ても空は似てるし、太陽もひとつ。星は沢山あるけど月はない。似てるようで違う空なんだなって思った。

 空は繋がってるなんて歌があったけど、この空は私の故郷の空とは繋がってない。

 喋ってる言葉は日本語なのに、書くのは全く知らない言語。それでも何故か読めるし書ける不思議。


 もう2年も経ってるのに記憶は色褪せない。それでも段々書ける漢字が減っていって、やがて私はほとんど書けなくなってしまうんだなと思う。

 忘れないように毎日日本語で日記を書いてるけど、最近思い出せない漢字が増えてきた。

 そうやって日本語を忘れてくんだ。


 日本にいた頃は、ストレスが溜まった時や悩んでる時は趣味のお菓子作りをしてた。カラオケに行ったりもしてた。

 でもこの世界にカラオケはないし、ああいう歌は存在しない。ここでの音楽は楽器で鳴らす演奏か、詩人が詠む詩のどっちかだ。

 お菓子作りも、寮に住んでるからキッチンも借りられないし外に出たら危ないから外にもでてない。


 吐きどころが…見当たらない…。

 この気持ちはどこにぶつければいいのかな…。



 私を呼んだドルトイの三男を捕まえれば、私は帰れるのかな?帰る方法あるのかな?あいつを殴れば私の鬱憤は晴らせるのかな?

 いやたぶん晴れないな。余計悲しくなるな。


 忘れかけてる懐かしい歌を口ずさむ。うろ覚えだから歌詞もキーも間違えまくってるんだろう。

 でもそれを訂正してくれる人も居ないし、もはや正解は分からない。



 街に出たいな。街に出て買い物したりしたら、気は晴れるかな。でも今もドルトイの三男は私を探してるって言ってた。髪色も目も違うけど、あの場にいた三男含む4人は私の顔を覚えてるはずで。

 そのうち1人が私を見つけたら、私はまた捕まってしまうんだろう。


 この2年間体力もつけたし、筋肉もつけた。同じクラスの平民の子に腕の立つ人がいたから、護身術とかも学んだ。それなりに魔法も使えるようになった。

 逃げられる。万が一逃げれなくても抵抗はできる。

 大丈夫。



 大丈夫?



 たとえ犯されなくて、五体満足で逃げれたところで私はどうするの?

 帰る家も家族もないのに、このまま生きてていいの?

 私はこの世界で生きていくの?


 自殺するほど病んではないけど、たまに考える。

 死にそうになってこちらに来たんだから、こちらで死にそうになったらあちらに帰れるのかな?なんて。


 だからって死を選んだりはしないし、そんな勇気もない。だけど、もしもって思ってしまう心が居なくなってくれない。




 授業の終業のチャイムが鳴った。

 うーん、ノアに心配されそうだから、そろそろ出た方がいいかな。

 そう思って窓の方に近づいた時、鍵を開ける音がした。


 がらがら、と扉が開く。


「こんにちは」

「こんにちは」


 鍵を開けたのは男の人で、たしか先輩の平民の人だ。見たことはあるけど名前までは知らない。

 彼はこの部屋に入ると、扉を閉めてまた鍵をかける。


 うーん、なんか良くない予感する。


「君、3年のノアゼット様の婚約者なんだって?」

「そうですけど」

「婚約…破棄してくれない?」


 なるほど、いきなり暴力沙汰にはならなそうだ。


「私の一存では出来ません。」

「そうだよね。片方に過失があればいいんだっけ?いまから作ろうか、過失」


 過失は作るもんじゃないと思います!

 これは私を傷物にして、婚約を破棄させるってことだな!?


「私にそんなことして、先輩は大丈夫なんですか?」

「何?」

「ノアは私の事それはそれは愛してくれてますよ。私が襲われたくらいじゃあの人は婚約破棄しません。むしろ貴方が殺されるかと」

「はっ、あんなすごい人がただの平民に本気になるわけないだろ」


 あ、本性出てきた。

 でもあんまり煽るのも危ないから…。


「ノアからの報復を受けてまで、あなたがこれからすることの報酬はいいものなんですかね?」

「……」


 お、少し考えてくれた?

 と思ったのもつかの間、彼はニヤリと笑った。


 あ、良くない予感パート2。


「お前がノアゼット様に飽きられれば俺への報復も来ないだろ?」

「うーん、そう来ますか」

「大人しくしてれば手荒な真似はしねぇよ」


 さっきと言葉遣いが180度違うんですが。

 ジリジリと近寄ってくる先輩を見て、私は覚悟を決めた。

 窓の縁に足をかけ、そのまま縁に乗り上げる。


「お、おい!!」

「私逃げるのは得意なんですよ。知らなかったですか?」


 慌ててる先輩を尻目に、私はなるべく体を広げて背中から低木にダイブした。

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