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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
68/110

どこにも逃げれない?2

 

「うーん、ちょっと成績落ちたわ…」

「私も…」


 テストの点数が張り出された掲示板を見て、ミルムと反省し合う。

 私とミルムは点数も順位も少しだけ下がってしまった。


「まぁエミリアの眠りの事件とか、ドレス選びとか色々あったからよね」

「それ免罪符になるかな…」


 確かに私は5日眠って授業を休んだし、ドレスのデザインなんかは休み時間にも考えていたほど。主にミルムが。

 アクセサリーなんかも考えなくてはいけなくて、放課後は勉強よりもそっちのことに頭を使っていた。主にミルムが。


 まぁだから成績が落ちたのも仕方ないといえば仕方ないけど…。ただの言い訳のような気も…。


「それでもノアゼット様は1位なのね。いつ勉強してるのかしら」


 掲示板の1番上には、ノアの名前があった。そして点数は満点の表記がされている。

 さすが過ぎて何も言えない。私が寝てる時だって一緒に休んでたって聞いたのに。


「ノアの勉強してるところは見たことないな…」

「そうなの?じゃあすでに学園で習うことは履修済みってこと?やっぱり天才じゃない」

「そういえばそんなこと言ってたなぁ…」


 驚きつつも呆れた顔のミルム。敵いっこない、って顔だ。


 そう言えばお義母様も言ってたな。ノアは学園に行く必要は無かったって。それってつまり、やっぱりそういうことで。

 ノアの能力の高さに怯みそうになる。頭も良くて剣も魔法も強くて、かっこよくて優しいって、どういうことよ?天はノアに何物も与えすぎでしょうよ。


 そんでそんなノアに好かれてる私ってなんなの?怖すぎる。


 そういえばノアはなんで私のことを好きになったんだろう。一体この平凡な私のどこを?

 聞いたこと無かったな。あとで聞いてみようかな。





「エミリアのどこを好きになったか?」

「そう。関わりもなかったのに、なんで好きになってくれたのかなって」


 お昼に早速ノアに聞いてみた。ちなみに今日のお昼は貴族用食堂で、半個室にてお昼ご飯。ノアは魚のランチセットで、私はパスタのランチセットを選んで食べている。


 ノアは私の質問に考えをめぐらせている。


「どこ、と言われると、ここ、と言えるところはないんだけど…」

「そうなの?」

「気付いたらもう目で追ってて、グレンに言われて好きって気づいたんだ」


 まさかのグレン様が自覚させたんだ。

 でもこれといった私の何かがノアの心を刺激した訳では無いんだ?ノアの溺愛は凄いから、ビビッときた何かがあるのかと思った。


「じゃあきっかけは?目で追うようになったきっかけ」


 自分に恋した理由を根掘り葉掘り聞くのは少し恥ずかしいけど、気になるからしょうがない。

 きっかけはノアにも分かるようで、すらすらと言葉が出てくる。


「それはね、エミリアとロット卿が話しているのを聞いた時だよ」

「え?」


 私とロットが話してる時?

 該当するシーンが多すぎて分からない。


「ミルム嬢に恋してるけど、嫌われるような態度をとるロット卿に、エミリアが苦言を呈しているのを見てね。平民なのに貴族に真っ向から向かって、正直で真っ直ぐだけど命知らずな子なのかなって思ったよ」

「えっ……」


 ノアの言葉に固まる。

 ロットに苦言を呈した時?ミルムに恋していじわるするロットに?

 それって、2年くらい前の、私がロットを校舎裏に呼び出した時のことだよね?確か私が2年生になったばかりの時だったから。


「え……どこにいたの?誰もいないことを確認したはずなんだけど…」

「その校舎の3階の研究室にいたんだ。声が聞こえたから窓を開けて様子を伺ってたんだよ。あそこの校舎裏は滅多に人が来ないからね」


 なん…だと…!?校舎にいたの!?

 それは想定外だった。だってあの校舎は先生達の研修室があったりする校舎で、生徒は滅多に行くことの無い場所だったからだ。

 だから安心して選んだのに…。


 ノアが研修室に入る許可を得ていて、さらにそこに居ただなんて。


 驚く私を見てノアはふふ、と笑う。


「だから2回目にもう1人連れてきてたのは正解だよ。僕という目撃者がいたからね」

「2回目も居たの!?」

「気になっちゃってね」


 なんてこった。しかもあの時誰かに見られてロットとの仲を邪推されたらまずいと思って立ち会ってもらったユーリのことも知ってる!


 誰にも見られてないだろうとは思ったけど、もしこの先ロットが私に相談してたことを明かして、その時二人きりだったとバレた方が良くないと思って、ユーリを呼んだ。


 それがまさか、人に見られてたなんて。

 …呼んどいて良かったぁ。


「それからロット卿の恋が成就するまで、ずっと聞いてたよ」

「えっ、ずっと!?」


 嘘でしょ!?あそこでの話、ずっと聞いてたの?ロットがミルムと付き合うまで?


「そうしたらもうエミリアはあそこには来てくれなくなって、なんか寂しくて、目で追うようになったんだよ」


 少し寂しそうな顔をするノア。

 そりゃあ、用がなければあんな所行かないからね。何も無いし。


「エミリアを目で追って、ずっと見てた。エミリアはいつも真っ直ぐに正直で、でも当初の印象の命知らずではなかった。それどころか賢いし、言葉も人もちゃんと選んでる。だからかな。エミリアの周りにはいつも人が沢山いた」


 そんなことは…ないと思うけど…。

 あれ?でも、ノアと婚約してから話しかけられることが減ったような…。まさかね?


 ノアは過去を懐かしむように微笑む。


「エミリアが色んな人に好かれているのが面白くなくて、男と話してるのを見ると怒りが湧いてきて。僕にもこの感情が何なのか分からなくて、でも心がざわつくから、エミリアを閉じ込めようと思ったんだよ。」

「えっ」

「だけどそれはグレンにダメだと言われてね。仕方なく諦めたよ」


 はは、と笑うノアを見て、私も苦笑した。

 やっぱり、グレン様には頭が上がらない…。彼がいなければ私は監禁されてたんだよね…。


「グレンがこれを恋だというから、僕はエミリアがロットにした助言を思い出してやってみたんだよ」

「ロットへの助言を?」

「貴族から平民へのアピール。ロットも僕も、同じ立場でしょ?」


 ちょっと爵位が違いすぎるけど、大きくは間違ってないね。


「人のいない所で友達になってくださいって、エミリアの助言通りにしたのに、断られたんだよ?」

「あー…あはは…」


 ノアにジト目を向けられて、少し目を逸らした。

 あれはそういう事だったのか…。


「いや……からかわれてるのかなって思ってた…」

「だったら人目のつくところで話しかけるでしょ?」

「それもそうか」


 でもあんなの誰も本気にしないと思います。

 だってノアはみんなの憧れで、地位もあって、誰もが認めるいい男。そんな彼に、いち平民が友達になってって言われてまともに受け取るわけがない。


「頑張って贈り物したり、声をかけたりしたんだけど、全く効いてなかったよね」

「…女性の遊び相手でも探してるのかなって」

「はは、僕がそんなもの必要とするように思う?」

「今は思わないけど…」


 あの時は、思ってた。

 ノアが周りに無表情なのも知らなかったし、女性に興味がないのも知らなかった。

 ただ女性にとても好かれてるし貴族だし、女性の遊び相手も取っかえ引っ変えなのかと思っていた。


「婚約してって言ってもスルーされるし」

「ごめんってぇ」

「あはは」


 諦めたような顔でノアが言うから、私は思わず謝った。過去のノアに割と酷いことをしていたみたいで、申し訳なくなった。


 そんな私にノアは優しく笑いかけてくれる。


「いいよ。今なら分かるから。エミリアが高位貴族を避けてた理由も、僕から逃げてたわけも」

「ノア……」

「それにエミリアは鈍感だし…。まぁそのおかげで婚約出来たんだけどね」


 あれは運が良かったとノアが笑った。


「私は終わったと思ったよ…。高位貴族に捕まったって…」

「あの時のエミリアは凄い顔してたもんね」


 それを思い出したようでくすりと笑うノア。

 だけどその後すぐに、私に柔らかい眼差しを向ける。


「本当はね、エミリア」

「ん?」

「エミリアは僕に捕まったんじゃなくて、エミリアが僕に捕まってくれているんだよ」

「???」


 ノアの言ってる事の意味が分からず首を傾げた。そんな私に説明するようにノアは言葉を紡ぐ。


「エミリアは逃げたくなったら逃げれる人だ。どんな手を使っても、どれだけ身動き取れなくても。だから僕が捕まえられてるのは、エミリアがそれを許してくれてるからなんだよ」


 私が、許してるから…。私がノアに、捕まることを許してる…。


「これからも、僕に捕まっててくれる?」


 ノアが優しい顔で私にそう聞いてきたから、私はなんだかくすりと笑ってしまう。


「プロポーズみたい」

「そういえば僕はプロポーズしてなかったね」

「まぁ、婚約から始めたからね」


 通常なら恋人になってから婚約になると思うけど、そこは貴族だからだろう。ミルムとロットの時も、恋人関係になったらすぐに婚約者になっていた。


 貴族だからこそ、結婚を見据えた関係を築かないといけないんだろうな。


「この国の平民は花束を持ってプロポーズするんだけど、エミリアの国ではどうだった?」

「私のところでは、婚約指輪っていう高めの指輪を贈ってたなぁ…。あぁでも、近年ではお揃いの腕時計とかもあったなぁ…」

「うでどけい?」


 ノアが首を傾げたので、私はあぁ、と察した。

 この世界に腕時計は無かったや。時計は所々に置かれていて、それの他に2時間に一度鐘もなるから、それでみんな時間を判断している。


 私が腕時計の説明をすると、ノアは驚愕の表情をしたあと眉を寄せる。


「…エミリアのいた国は凄いんだね。 なんだかこの国より文明が進んでる気がする」

「進まざるをえなかった感じもするけどね」


 ここと違って魔法もないし、大きな戦争も沢山した。戦争は文明を発達させるというし、この世界はあまりいがみ合ったりはしてないから仕方ないだろう。

 かと言って文明を発達させるために戦争なんてのは嫌だし。


「このあたりの国は戦争とかしないの?」

「戦争か…はるか昔はしてたらしいけどね。神が国同士で争うことは禁止したんだ。だから争いが起こるとしたら、国内での争いだね。まぁそれも、この国では100年ほど起こってないけど」

「へぇ…」


 また出た、神様。

 この世界はそんなに神様の干渉を受けてるの?そんなに口出してくるの?

 なら私が来る時も干渉してくれれば良かったのに。魔術を禁止したくらいなんだから、ちゃんと使われないように見張ってて欲しかった。


 まぁ、今更だけど。


「ノアは、神様に会ったことある?」


 不意をつかれた顔をしたノアの目を真っ直ぐ見つめる。

 きっとおかしな質問をしてるだろう。これがこの世界でもおかしな質問なのは分かってる。


 ノアは私から目をそらさないで、小さく首を振る。


「無いよ。神が最後に地上に声をかけたのは、400年前に魔術を禁止した時だね」

「……そうなんだ」


 ノアでも会ったことはなかったか…。いや、当たり前か。

 聞いてるとなんか大きな出来事がないと現れないような感じだしね。


「神に会ってみたいの?」

「…どうだろう」


 私にも分からないんだよね、と笑って見せた。


 会って何がしたいんだろう。文句でも言いたいのかな。帰してって頼みたいのかな。


 自分でも分からないや。




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