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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
67/110

どこにも逃げれない?

 

「うーん…これもいいけど、こっちも…」

「エミリアさんはこっちの方がいいのではなくて?」


 目の前でミルムとユフィーリアがドレスを見比べている。違う形で同じ色のドレスが何枚もあるのに、彼女達には違いがわかっているみたい。


 ミルムはふたつを手に取って眉をしかめてうーん、と悩んだ後、1つを私の方に向けた。


「エミリア、次はこっち」

「はい……」


 渡された方を受け取って、お針子さんと寝室に向かう。そして着替えを手伝ってもらった。


 さっきと違いのよく分からない白いドレスを着て、再びリビングに戻ると、私の姿を見た2人は私を抜きにあーだこーだ話し始めてしまう。


 うーん…もうなんでもいいよ…。


「プリンセスラインもいいわね…」

「ならばこちらの刺繍のものは?シンプルなものもいいですわね」


 なんでこうなったんだっけな…。




 結婚式のドレスを決めるのに、ノアの頼んだ仕立て屋がドレスを沢山持って学園に来てくれた。そこで、私はノアではなくミルムにドレス選びを手伝って欲しいと頼んだ。

 それはもちろん、同じ女同士だし、ミルムも結婚を控えてるから詳しいと思ったからだ。


 そして当日、ミルムはユフィーリアを連れてきた。

 ユフィーリアも私のドレス選びを手伝ってくれると言うのだ。



 ユフィーリアとはあの毒の件から仲良くなった。というのも、あの茶会をユフィーリアは心配してくれていて、影から見ていてくれたそうだ。そこで私が毒を飲んで倒れたのを知っていち早く医者を呼んできてくれたのがユフィーリアだ。


 ちなみにリゼット様達は何を思ったのか、ユフィーリアと医者が到着するまで、その場から動かなかったらしい。あわよくば死んでくれとでも思われていたんだろうか。



 そんなこともあり、ユフィーリアには感謝していた。お見舞いにも来てくれて、相変わらずツンツンしていたけど、優しさが隠しきれていなかった。俗に言うツンデレってやつだね。


 そしてミルムも交えて話をしていると、打ち解けることが出来て、ユフィーリアからさん付けを撤廃させられた。敬語も禁止させられた。

 ユフィーリアは自分が歳下だからと私にさん付けをする癖に。



 そんなこんなで仲良くなり、今日も一緒にドレスを選んでくれている。

 ちなみに私の部屋だと狭すぎるから、ノアが部屋を貸してくれている。


「エミリアさん、こちらとこちらならどちらが好みですか?」

「ん、んー……こっちかなぁ…」

「なるほど、分かりましたわ」


 2つ見せられて、1つを指さすとユフィーリアは頷く。彼女は実は伯爵令嬢で、ドレスも私達より詳しいし、似合うものもよく分かっている。


 この場にいてくれて助かった。いくらミルムが結婚を控えていても、私と彼女は平民。やっぱり生粋の貴族、しかも伯爵家ならドレスも何十回と着てるだろうから、勝手も分かるだろう。


 予想通りユフィーリアは、これは動きづらいだの、これは作法がしっかり身についてないと恥をかくだの、よく分かっていた。

 さすがです、ユフィーリア先生。



 というかそもそも、最初は私が選んだのを試着して2人に見てもらっていた。だけど私がドレスの違いをよく分からなくて、数着着てこれでいいかなーと言ったら、2人に怒られてしまったのだ。


 そこからは着せ替え人形になっている。でも2人は私に似合うのを選んでくれてるし(多分)、私の好みをちゃんと反映してくれてる(多分)から、心配はない、はず。



「でもなぜ白なんですの?」


 ミルムがドレスを見比べて唸ってる最中、ユフィーリアが私に尋ねてきた。


「理由は特にないけど、ノアが白はどう?って勧めてきたからかな」

「そうなんですか?ノアゼット様はてっきり、ご自身の水色になさるかと思いました」


 ユフィーリアは少し言いづらそうに、ノアゼット様は独占欲が強めでございますから…と言う。それには苦笑いだ。


 でも確かに、なんで白を勧めてきたんだろう?私は日本のウェディングドレスの事なんて話してないから、それを参考にしたってことはないだろうに…。

 ただ白が似合うと思ったから?


「結婚式で白いドレスは初めて見ますわ」

「えっ、そうなの?」

「はい。結婚式の神の前で違うドレスは、お相手の瞳の色のドレスやスーツを纏う人がほとんどです。白い瞳の人はいないので…」


 な、なるほど。そうなんだ…。だから白いドレスの人はいないわけだ。


 ミルムは白なことに何も言わなかったけど、それはミルムが私の特異性をよく知ってるからだと分かった。

 普通の人なら疑問に思うんだ、この色は。


 尚更、ノアがなんで白を提案してきたのか分からなくなった。


「…まずいかな?水色の方がいいかな?」

「そうでなくちゃいけないという決まりは無いので、ノアゼット様がよろしいのでしたら平気だと思いますわ」


 ユフィーリアの言葉を聞いて胸を撫で下ろす。


 ノアがなんで白を提案してきたのかは分からない。でも、ノアが良いと言うなら私は白がいい。

 その意味がわかる人はレイズ様以外居ないだろうけど、それでも白がいいな。


 白いドレスを眺めてそんなことをおもっていると、悩んでいたミルムが顔を上げて振り返った。


「エミリア、最後よ!これとこれ、どっちにする!?」

「うーん……こっち!」

「よし、これに決まりね!」


 どうやら決まったみたい。ホッと胸をなでおろした。

 一体いつまでこの拷問が続くのかとひやひやしていたのだ。


 安堵のため息をつく私に、ユフィーリアはとんでもないことを言い出す。


「形は決まりましたわね。次はデザインですわ」

「ひぇぇ……」


 まだまだ解放されそうにない。




「つ、疲れた……」


 ドレス選びが終わって、ミルムとユフィーリアが帰った。そして1人でソファに項垂れる。


 本当に疲れた…。あんなに疲れるんだ…。今日はもう1歩も動きたくない…。


 安物のソファに身を委ねる。


 でもあの2人のおかげで、きっと私に似合ういいドレスが選べた。とても感謝してる。疲れたけど。

 ただ別日に、お色直し用のドレスを2着選ぶらしい。また大変な目に合うのかと思うと今から体が震える。



「…結婚か…」


 ドレスを見て選んで、結婚が近づいてることを感じた。

 そして本当に結婚するんだな、とも。


 この知らない世界で結婚して家庭を作って、そんなことが私に出来るんだろうか。

 相手がノアだから、何とかなってる気がするけど…。


 変な気持ち。不安と言うより、漠然とした空虚な気持ち。

 結婚式をしても見てくれる親族はいないし、親孝行にもならない。私が結婚することを、私の親は知らない。



 なんだかなぁ。本当にここで、生きていくんだなぁ。

 それでいいのかな。いや、それ以外に選択肢はないんだけど。


 正式にエミリア・ライオニアになったら、私の本当の名前はどこに行ってしまうんだろう。

 エミリアって呼ばれることに違和感も無くなってしまったし、自分の名前がエミリア・ライドだって心に刻まれてる。

 むしろ今更日本の苗字で呼ばれても、すぐには振り向けないかもしれない。


 でも私の名前は、親から貰った名前は…。



 この世界に馴染みすぎてしまったのかな。自分はこんなにも馴染んでるつもりなのに、世界からしたら私は異質に見えるんだろう。

 そしてきっと日本に帰っても同じなんだろう。この世界に慣れた私はあちらに行っても、きっとすぐには馴染めない。


 どちらにも居場所がないように感じてしまう。私はどこにも行けないの?


 あぁ、でも、ノアは…。

 ノアは、私の居場所になろうとしてくれてる。

 それを信じても、いいのかな…?




 コンコン、とノックの音が聞こえて、ノアの声がした。

 入っていいよ、と告げるとドアを開けてノアが入ってくる。


 ソファに項垂れる私の表情を見て何かを察したノアは、私の隣に座って少し悲しげな顔をして頭を撫でてくる。


 ノアは何も言わなかった。ただただ私の言い表せない空っぽな気持ちを、慰めてくれていた。



 さぁっと静かな空気が流れる。でも不思議と居心地は良くて、頭に触れてるノアの手の動きに意識を持っていかれる。

 優しくて、暖かい手。


 安心するこの空気が、私の口を開かせる。


「えみ」

「ん?」

「篠宮絵美」


 久しぶりに呟いた、自分の名前。

 22年も使った名前なのに、少し浮いてる気がするのは何故だろう。


「ノアは覚えておいて欲しいの。私の名前」

「……エミリアの、名前」

「そう」


 ゆっくり立ち上がって、机からノートとペンを持って、再びノアの隣に座る。そしてノートの空いてるページを乱暴に千切ってそこに書いた。


 篠宮絵美。


「これが、私の名前」

「…シノミヤ、エミ?」

「……うん」


 久しぶりに名前を書いた。こちらの言葉のエミリア・ライドしかしばらく書いてなかったから。


 ノアは私の書いた紙を手に取って、その文字を指でゆっくりなぞる。


「難しい文字だね」

「たしかに、そうかも?」

「これでシノミヤと読むの?」

「こっちがシノ、こっちがミヤ」


 ノアから紙を受け取って、自分の名前の上にこっちの言葉でふりがなをふった。それを見てノアはなるほど、と頷く。


「本当はエミって言うんだね」

「うん。……呼ばれるの久しぶりだなぁ」


 なんだかむず痒い。名前を呼ばれてるだけなのに。

 そんな私にノアが優しく笑いかける。


「エミ」

「うん」

「2人の時はエミって呼ぼうか」

「えっ、いや、そこまでしなくていいよ。エミリアも私の名前だから。」

「そう?」


 首を傾げられて、こくこくと頷く。私にとってはもうエミリアも私の名前になってしまったから。どちらも私なことに変わりはない。


 ノアはもう一度紙を見る。そして私を見る。


「忘れないよ。僕が絶対、忘れない。エミリアの名前を」

「……うん」


 決意に漲る表情をしたノアが、真剣な眼差しを私に向けた。


 なんで私もノアに名前を明かそうと思ったのか分からない。ただなんか、覚えておいて欲しくなった。

 私が私であったことを。私には私の両親から貰った苗字と名前があったことを。


 そしてそれを私だけでなく、ノアも覚えててくれる。

 まるで胡蝶の夢を見ていたような気分が、さぁっと晴れやかになる。



 私はちゃんと、あの世界で生きていた。

 そしてこの世界で生きていく。


 少しづつだけどたしかに覚悟ができ始めていた。


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