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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
65/110

逃げた過去2

 

 次に目をあけると、そこは外ではなかった。

 見慣れぬ天井に、知らない部屋。嫌な予感がしてがばりと体を起こす。

 するとすぐ側にしらないおばさまがいた。


「大丈夫よ、ここにはあなたを害するものはないわ」


 彼女はそう言って、優しく笑う。


「調子はどう?あなた馬の上で気を失ってたのよ。」

「あ、えと…具合は悪くないです」

「そう、良かったわ。あ、これ水よ、飲める?」


 おばさまは私に水の入ったコップを手渡してくれた。

 私はそれを受け取って、そっと口に運ぶ。

 思っていたより喉は乾いていたようで、あっという間に飲み干した。


「もう少し飲む?」

「……いただきます」


 おばさまは優しく微笑んで、私のコップに水を注いでくれた。

 それも飲み干すと、まだ飲むかと聞かれたので首を振る。おばさまは飲み終わったコップを私の手から受け取って、私の目を見た。


「体の痛いところはある?見えるところの傷には傷薬を塗ったのだけど、内部は分からないから」

「えっと、肌がヒリヒリするくらいです。」

「そう。なら大丈夫かしらね。」


 そう言えば洋服も変わってる。病人のようなゆったりした服を着ている。

 腕を見ると、無数にある切り傷には手当された跡が残っている。このおばさまがしてくれたんだろうか。


「名前を聞いてもいいかしら」

「あ、絵美、です」

「エミちゃんね。私はローリアよ」


 ローリアさん。名前からして日本名じゃない。

 やっぱり異世界なんだ。


「あなたをここに連れてきてくれた騎士に話は聞いたけど、あなたからも聞いていいかしら。誘拐されたのですって?」

「騎士…」


 そうか、あの人は騎士ってやつだったんだ。

 そして彼の言ってた信用出来る女の人が、ローリアさんのことなのか。


 私は頷いて、ローリアさんの目を見る。


「はい。目が覚めたら知らないところにいて、知らない男の人がいました。説明もないまま部屋に1人で取り残されて、じっとしてたら窓の外から声がしたんです。」


 私の言葉にローリアさんは頷いて、優しく続きを聞こうとしてくれてる。

 私はローリアさんの様子を見ながら話を続ける。


「その声は目が覚めた時にいた男の声で、どうやら私は犯されるために誘拐されたようでした。それが嫌で逃げ出したところ、騎士さんに助けてもらいました」

「…そう。」


 少し下を向いて、ローリアさんはぽつりと声を出す。

 信じてもらえるだろうか。


 ローリアさんは私の目と、少し視線を動かして私の頭上を見ると、再び私の目に視線を戻す。


「エミちゃん、あなたもしかして、ここじゃない世界から来たんじゃない?」

「えっ!」


 な、なんで!?なんで分かったの!?

 驚いて何も言えない私の手を、ローリアさんは優しく握る。大丈夫だと安心させるように、優しく。


「実はね、あなたのような真っ黒の髪と目を持つ人間はいないの」

「…え?」


 髪と目?

 たしかに私の髪は真っ黒だし、目も真っ黒だ。

 それがこの世界には存在しないの?


「でも過去の書物には黒髪黒目の人物がいたとされてるんだけど、それは異界からの来訪者だと推定されてるの。だからエミちゃんも異界から来たのかと思ったのよ」


 ローリアさんは優しい声で話す。

 過去の書物に、私と同じ異世界から来た人がいた。


「今は……今はいないんですか」

「いないわ。過去にもその1度だけね」


 そんな…。仲間がいると思ったのに、いなかった。

 僅かに抱いた希望は潰えて、少し落ち込む。そんな私を慰めるように、ローリアさんは私の手をさする。


「それで……あなたは誘拐されてこの世界に来たのかしら。それとも、偶然?」


 ローリアさんの疑問に、私はどう答えるべきか迷った。

 この人を信用して全て話すか、それとも誤魔化すべきなのか。


 でも。

 私の勘が言う。

 きっとこの人は大丈夫。


「…さっきも言った通り、気付いたら知らない部屋にいました。男が4人いて、私は他の部屋に移されて、部屋にひとりで取り残されました。窓を開けたら男たちの会話が聞こえてきて…」

「うん」

「…っ、私を抱けば、魔力が増大するって、言って…。国1番の魔法使いになりたいから、よんだって…。1回抱いたら、仲間にも抱かせて、お金をくれた人にも抱かせるって…!」

「エミちゃん」


 そっと、ローリアさんが抱きしめてくれた。

 優しい腕の中に捕らわれて、そのまま背中をさすられる。


「酷い目に合ったわね。でも大丈夫よ。そんな酷いやつらにはエミちゃんを渡さないし、そんな酷いことをさせたりもしないわ」


 私から離れたローリアさんは、私の目にハンカチを優しく押し当てる。

 どうやら涙が出ていたようだ。

 悔し涙か、悲しくて出たなみだなのか、私にも分からないけど。


「一緒に考えましょう。これからどうしていくか。でもこれだけは信じて。私はあなたを道具になんかさせないわ」

「ローリアさん…っ!」


 ローリアさんの暖かい言葉と、私の手に添えられる暖かい手にポロポロ涙がこぼれる。

 ローリアさんはまたハンカチで私の涙を拭ってくれた。



 少し心を落ち着かせて、これからの事を話し合うことにした。


「確認だけれど、あなたはそいつらに抱かれてはいないわね?」

「はい。その前に逃げました」

「それは良かったわ。よく行動したわね」


 褒められてまた目に涙が込み上げてくる。

 やばい、涙腺が緩んだままだ。でも今は話し合うんだ!

 必死で涙を押しとどめる。


「あなたを抱いたら本当に魔力が増大するのか。確認はとれないし確認したくもないけれど、戯言だと切り捨てることも出来ないわ」

「…というと?」

「過去にも異界の人が居たと言ったでしょう?その人は女性だったのだけど、彼女の旦那さんは国1番の魔力を持つ魔法使いだったの。それも、結婚してから。」


 どきりと胸が鳴る。

 まるでそれを証明するかのような出来事だ。


「だから、あなたにそういう力があると仮定して、これからを考えましょう。」

「はい」


 違かったらただの人だ。違くてよかったね、で終わりだ。

 違ってて欲しいけど、言いきれない。過去にそんなに事例があるなら尚更。

 寧ろ信ぴょう性があって困る。


「まずその髪と目の色ね。それは私が魔道具を作ってあげるから、それで隠しましょう」

「魔道具…?」

「魔法の力を込めた道具よ。」


 魔法云々は、後で聞こう。とりあえずそれをローリアさんが作ってくれれば、私の外見は誤魔化せるんだ。


「とはいえ普通の人は、あなたの黒髪黒目を見ても、珍しいなとしか思わないわ。異界からの来訪者なんて、限られた人しか見られない古い書物の一部分にしか書かれていないから、ほとんどが知らないはずよ」

「…はい」

「ただ、その珍しい髪と目の色を調べられてしまうと、そこにたどり着く可能性がある。だからあなたも、異界の来訪者だというのは絶対言ってはダメよ」

「はい!」


 大きく頷く。

 知らない人の方が多いとはいえ、わざわざ危険を犯す必要は無い。

 ローリアさんの意見にはもちろん賛成だ。


「そして異界の来訪者が魔力を増大させる力を持つというのは、もっと限られた人しか知らないわ。それも明言されていないし、普通に呼んだらそんな考えには至らない。」

「そうなんですか…?」

「えぇ。私はその異界の来訪者の遠い子孫でね。異界の来訪者のことが書かれた日記が、代々受け継がれていたからうっすらとその考えに至っただけなのよ」


 なるほど。なんでローリアさんは分かったのかと思ったけど、そういうことだったのか。

 遠い子孫。ローリアさんには異世界人の血が混じってるのかもしれない。


「きっとあなたを召喚したのも、私と同じ遠い子孫か、その関係者でしょう。そちらにはきっと異界の来訪者を呼ぶ何かが書かれていたのね。」


 なんでそんなものが…。そんなものを残さないでくれ、頼むから!


「まぁ過去の事例もかなり昔で、今の今まで1度も同じことは無かったから、きっと他に残ってるものは無いでしょうね。」


 私と同じような犠牲者がこれ以上出ないことを、祈る。

 出来れば私という犠牲者も出しては欲しくなかったけど。


 ともあれ、異世界人だとバレてもそんなに驚異ではないと分かる。ただバレて研究されると不味いんだろうな。

 本当に魔力を増大させるなら、被害者が増える可能性もある。私もただの魔力増幅器に成り下がる。


 そもそも珍しい容姿の私は、姿を見せたらすぐ捕まるだろう。誘拐犯に。


「エミちゃんの髪と目は、1番多い茶髪にしましょう。少し明るめにしようかしらね」


 私の顔を見ながらローリアさんは頷く。

 髪を染めずとも色が変わるなんて、面白いな。目の色も変わるなんて、カラコンいらずだ。


 そんなどうでもいいことを考えないと、とても心が耐えられそうになかった。




 疲れてるだろうからと、話は一旦中断して、私は眠った。

 起きてローリアさんに食欲はあるかと聞かれたので頷くと、ダイニングルームに案内される。

 テーブルの上には料理が並べられていて、ローリアさんが作ってくれたようだ。


 席について、向かい合って料理を食べる。


 想像はしてたけど、もちろんお米はないし味噌汁もない。シチューとパンと、野菜とお肉のトマト煮込みのようなもの。

 どれも美味しかったけど、どこか外国感があるのは仕方ないんだろう。


 しっかりがっつり食べさせて貰って、食後に紅茶も出してくれた。


「あっ、そういえば私を助けてくれた騎士さんは…?」


 思い出したように声に出す。彼も私の髪と目を見たはずだ。大丈夫なのだろうか。

 そう思ってると、ローリアさんは大丈夫よ、と言ってくれた。


「彼は凄く信用できる人でね。あなたの事を何も聞かなかったし、このことは他言しないと約束して行ったわ。あの人は絶対約束を守るから大丈夫よ」


 ローリアさんの信用出来る人なのか。それならまぁ、いいかな。

 納得して、紅茶を再び飲む。

 彼は命の恩人といっても過言じゃないから、せめてお礼は言いたかったけど、彼はもうこの街を発ったらしい。


「ところで、突然なんだけど、エミちゃん。あなた、学園に通うのはどうかしら」

「学園ですか…?」


 学校のことだよね?どうしていきなりそんなことを聞くんだろう、と思った。

 でもローリアさんが何の意味もなくそんなことを言い出さないのは、まだ短い時間しか一緒にいない私でも分かる。


「私はある学園の学園長を務めてるんだけど、もう少ししたら戻らないといけないの。でもあなたをひとりで置いていくのも心配なのよ」

「ローリアさん…」

「だから学園に一緒に来てもらおうと思って。この世界のことも学べるし、そこで学びながらその先を考えましょう。もしかしたら良い方法が見つかるかもしれないわ」


 ほうほう。それはいい案かも。

 というかローリアさんは学園長だったのか。どうりで安心感があるはずだ。


「学園には寮もあるし、私も普段は学園で寝泊まりしているわ。それに普通の日でさえ、関係者以外は学園内には入れないから、どこかの街で暮らすより安心だと思うわ」

「でも私、身分も何もないんですけど、通えるんですかね?」


 戸籍もないし身分証明書だってない。

 そんな正体不明の人間が、関係者以外立ち入れない学園に通うことが出来るのだろうか。


 そう思ってたら、ローリアさんは企んだような笑みを浮かべる。


「ふふ、そこは任せて。私は平民だけど、そこそこ発言力がある地位なの。だから私を後見人とすれば、誰も文句は言えないわ。」


 あ、だからそんな怪しい笑顔を浮かべてるんですね…。


 それにしても、平民、か…。

 この世界には身分制度が存在しそうだな…。その辺の常識も、学園に行くまでに教わらなければ。


「学園には何年通えばいいんでしょうか」

「学園は4年制よ。15から19までの4年間。退学は出来るけど、途中入学は出来ないからエミちゃんには15歳のつもりで行ってもらうわ」

「15…ですか…」

「あら、なんだか納得いってない顔ね。15くらいだと思っていたのだけど、違うようね」


 15!?

 ローリアさんの言葉に目を丸くする。

 日本人が幼く見えるのは聞いたことあるけど、幼すぎやしないか。


「ローリアさん私もうすぐ22なんですけど……」

「あら。失礼したわ。……大丈夫、15でも何もおかしくないわ」

「それは喜んでいいんですかね…?」


 ふふふ、とローリアさんは笑った。

 若いと褒められてるような、大人に見えないと言われたような、複雑な気持ちになった。




 それから私はローリアさんの家から1歩も出ず、ローリアさんの家で暮らした。家事を手伝ったりして、空いた時間にはこの世界のことを教わりながら過ごした。


 そして学園に帰る日。私はローリアさんにローブとブレスレットをもらった。


「これをはめれば、エミの髪と目を誤魔化せるはずよ」


 ローリアさんは私が大人だと知って、ちゃん付けをやめた。聞きなれないちゃん付けは、子供だと思ってたからか、と遠い目をしたのが記憶に残る。


 ローリアさんから受け取ったブレスレットを腕にはめる。すると、ブレスレットが淡く光って、おさまる。


「うん、ちゃんとなってるわね」


 ローリアさんは手鏡を渡してくれて、私はそれを覗く。そこには明るめの茶髪で茶色い目をした私がうつっていた。


「すごい…!」


 こんなに簡単に、変わるものなのか。一体どういう仕組みなのか。きっと聞いても理解できないんだろう。

 魔法とか魔力とか、聞いたしやってもみたけど、その原理や仕組みはよく分からないままだった。ローリアさんはそれを疑問に思ったことすらないらしく、当然理論は分からない。


 きっと私も、一生分からない。


「それと、馬車で行くから人目は避けてるけど、乗り降りの際にもし誘拐犯に見つかったら危ないから、フードを深く被ってちょうだいね。」

「はい」


 もらったローブを着て、フードを深く被る。

 髪や目の色を変えても、私の顔は見られてる。

 あの4人がもし運悪く私を見つけてしまわないように、念には念を重ねる。


「ローリアさん」


 玄関で荷物の確認をし終えて、ローリアさんの名前を呼ぶ。ローリアさんは、なあに、と言って優しい顔をこちらに向ける。


 ローリアさんは私になんでも教えてくれた。私の服や下着、靴とか生活必需品も、揃えてくれた。

 私には何もないのに、何も返せないのに、与えてくれた。

 私の未来を、明るくしてくれた。


「ありがとうございます。ローリアさんのおかげで、私は諦めずに済んでいます。」

「…そうね」

「私は諦めません。誘拐犯から逃げ切って、ちゃんと生きていきます。…そして、いつか絶対恩返しします。…だから、もう少しだけ、お世話になります」


 ぺこり、90度、頭を下げた。

 ローリアさんのおかげで、私の心が死なずに済んだのだ。この恩は絶対忘れないし、絶対いつか返す。私がどうなっても、絶対返す。


 ローリアさんは私に近づいて、私の頭をあげさせた。


「ありがとう、エミ。でもね、恩返しとかはいらないわ」

「えっ」


 言われた言葉に顔を上げてローリアさんを見る。

 ローリアさんは、いつもの優しい顔で、私の手を握る。


「私には子供がいないのだけど、エミは娘のように感じているの。だから、どうか幸せになって欲しいの」

「ローリアさん…」

「それを見れたら、それだけで十分だわ」


 ローリアさんの言葉に、目頭が熱くなる。

 もう会えないかもしれない両親の代わりのように、ローリアさんが愛を注いでくれる。私の幸せを願ってくれる。


 それだけで、なんと幸せなことか。


「…っ、ありがとう、ございますっ…!」

「ふふ、いいのよ。」


 さぁ、行きましょう。

 そう言ってローリアさんは私に手を差し伸べる。

 私は荷物を持ってない方の手を差し出す。



 これから始まる、新しい世界での生活。そこで私は何を得て、何を選択するのか。

 あの誘拐犯達から逃げる、もしくは撃退する何かが見つかるのか。

 分からないけど、今は進むしかない。


 未来に光を。


過去編終わりです。

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