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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
64/110

逃げた過去

ちょっとだけ、過去編。

 

「成功致しました!」


 目の前に男が4人。私を見下ろしている。周りはコンクリート打ちっぱなしのような壁だし、足からひんやりとしたものを感じて、私は座ってるのだと気付く。


「すまない、お嬢さん。立てるかな?」

「え?え、はい…」


 一人の男が私に手を差し出してきたので、なんの警戒もなしにその手を取る。

 働かない頭の中、立たされる。


「君はきっと急に景色が変わって驚いただろう。説明するから聞いてくれるかい?」

「はい…」


 男は柔らかい声で私の目を見る。

 未だに動かない頭は、警戒心すら抱かせてくれない。


「初めに謝ろう。申し訳ない。僕達が君を呼んだんだ」

「よんだ…?」

「そうだ。僕達は危機に直面していて、助けてくれる人を呼んだ。そしたら君が現れたんだ」


 危機に直面してる?助けてくれる人?

 私が彼らを助けるの?


 どこかで聞いたことあるようなセリフに、脳は疑問を抱いた。


「ひとまず混乱してるだろう。お茶の準備をさせるから、着いてきて欲しい。約束する、君のことは丁重に扱うと」


 着いてきて、と言われて私は彼の後ろを歩いてついていく。部屋にいたほかの3人は、私の後ろからついてきた。

 まるで、逃亡防止みたいだ、と思った。



 コンクリート打ちっぱなしの部屋から出て薄暗い廊下を歩き、石でできた階段を上る。仕事終わりで疲れた足を働かせて、なんとか登る。


 階段を上って出た先は、少し明るくて、どこかの家のようだ。床はふかふかそうなカーペットが敷かれている。

 それでも家にしては暗めで、少し怖くなってしまう。


 どこかのホテルの廊下のような、真っ直ぐで代わり映えのない廊下を進むと、また階段を上らされる。そして登った先にあったドアを目の前の彼はあけると、中に入るよう促される。


 素直に中に入ると、彼は少し胡散臭く見える笑顔をうかべる。


「少しこの部屋で待っていて。お茶を出させるし、そうしたら詳しいことを説明しよう」


 そう言って私を部屋に一人残し、ドアを閉められた。


 部屋に1人になったところで、頭がようやく動き始める。



 私は仕事帰りで歩いていたはずなのに、こっちに向かってきたトラックにぶつかられると思った瞬間パッと目の前の景色が変わった。そして目の前に男が4人いて、あんなことを言われた。

 これはラノベあるあるの、異世界召喚ってやつなのか?それともただの夢?


 ほっぺを抓ってみると痛いし、部屋の中を物色してもテレビは無いし内線用の電話もない。昔の西洋の部屋のようで、豪華なベットには天蓋もついている。


 私が記憶が無いだけで、ここは地球なんだろうか?


 外を確認するために、窓を開けた。


 窓の目の前にはおおきな木と、その奥に塀が見えて、その先は夜の暗闇で見えない。明かりの類も外には無さそうだ。


 下を見れば少し高い。私がいるところは2階なのかな?


 そんな状況把握をしてみるものの、どうするべきか何も浮かばない。

 あの人達は信用できるのか、私は指示に従うべきなんだろうか。


 顎に手を当てて窓際で考えを巡らせていると、窓の外から声が聞こえた。


「成功、しましたね」

「そうだ。あの文献は真実だった」


 前者は分からないが、後者は私をここまで案内してくれた男の声だった。

 声がどこから聞こえてくるのか、窓を除くと、人はいなかった。恐らくこの壁沿いのどこかの部屋にいて、窓が開いてて聞こえるんだろうか。


「ということは、あのことも真実な可能性が高いですね」

「あぁ。説明しに行った時にでも、確かめてみるしかない」


 あのこと…?

 説明しに行った時にでも、ってことは、私に何かを確かめるってこと?


 私は彼らの会話に釘付けで、その場から動けなくなる。


「ですが、貴方様が試されるので?もしも爆弾を抱えていたらどうなさるのです」

「力が無かったとしても、僕に危害を加えるような力はないだろう。」

「ですが……」

「くどい。1番手は僕だ。それは譲らない」


 話の確信が掴めない。

 彼らは私が何かの力を持ってると思ってる?でも私はただの人間で…。


「なんだ?お前そんなにあの女の容姿が気に入ったか?」

「まさか。あのような子供にそんな感情は抱きません」

「よく言うよ。そんな子供をこれからお前は抱くんだろう?」

「貴方様も、でしょう?」


 くく、と笑う声がする。


 待って?抱くって言った?子供っていうのも気になるけど、抱くって言った…?

 貴方様も…?2人が私を抱くの?


「あのような子供に食指が動くのでしょうか」

「子供でも女だ。何とかなるだろう」

「まぁ媚薬の用意もございますしね。…でも本当に、あの子供を抱くだけで我らの魔力が増大するのでしょうか」

「してもらわなくては困る」


 魔力が、増大…?

 魔力…。魔力ってなに?

 よく分からないけど、自分の力を強めるために私を抱くの?私を抱いたら力が強まるの?


「そうすれば僕こそが国1番の魔法使いだ。そうだろう?」

「おっしゃる通りです。」

「そう心配せずとも、きちんとお前達にも恩恵を受けさせるさ。他にも、金払いの良い奴にはあの子供を貸してやろうか」

「あまり広めるのは如何かと。」

「もちろん、信用における人物のみだ」


 ははは、と笑う声がする。


 この人達は何を言ってるの?

 私を抱いたら力が増えて、私を呼ぶのに協力した人達には私を抱かせて、それでお金もらった人にも私を貸すって?


 はあぁぁ!?ふざけんじゃないわ!

 そんな事のためによばれたの、私は?!


 ぐわっと湧き出た怒りを、胸に手を当てて少し落ち着かせる。


 落ち着け。怒るのはあとだ。今はここから逃げないといけない。

 魔力ってものがある。魔法使いとも言っていた。真っ向から向かって勝てる相手じゃない。

 相手は男で少なくとも4人いるんだ。反抗したら捕まる可能性が高いし、それで捕まったら、それこそ酷い扱いになる可能性がある。


「あの子供、壊さないでくださいよ」

「大丈夫だろう。先程も優しく見せたし、国のためにとか言っておけば絆されるだろう」


 かちんっ。

 だからあんなに胡散臭い笑顔だったのか!

 国のためでも私の体を渡せるものか!



 バッと部屋を振り返り、出口を確認する。

 入ってきた扉はダメだ。外に見張りがいる可能性もあるし、出れたとしてもこの家の中で迷子になりそう。広そうだし。


 ならばもうひとつの出口は、窓だ。


 窓の縁に手をかけて、当たりを見る。

 下に落ちるのはナシだ。敷地内で逃げ切れる気がしない。だから、目指すは目の前の塀をこえること。


 そのためには、目の前の木に飛び移り、塀を越える。

 目の前の木の太めの枝には、窓からジャンプすれば届きそうだ。届いたとて、そのまま木に登れるかは分からないけど。


 落ちるかもしれない。でも、このまま待ってることは出来ない。

 悩んでる暇もない。やるしかない。



 私は窓の縁に足を掛け、縁の上に乗る。窓枠を手で掴んで、木を見据える。

 下は見ないようにして思い切り足を蹴り、木に向かってジャンプした。


 がっしり木の枝を掴み、ぶら下がる形になる。幸い私の体重と勢いで折れることはなく、少ない筋肉をフル稼働させて木の枝にしがみつく。

 そのまま木の幹の方にじりじりと移動し、幹を蹴りあげて木の枝の上に乗る。


 いつの間にか息を止めて居たらしく、はぁ、はぁと息切れと動悸がする。

 だけどまだ立ち止まれない。


 塀に目を向け、上の方に伸びる木の枝を掴みながら近くによる。そして塀まで飛び移る。

 厚みがが1メートルも無い塀は、勢い余ると落ちるところだった。程よい力で飛び乗ることが出来た。


 そしてそこから下を見る。


「……っ」


 高い。高く見える。そりゃ2階の窓と同じくらいの高さだったのだから、高く見えて当たり前だ。

 落ち方を間違えたら骨折するかもしれない。足を折ったら逃げられない。かと言って頭から落ちれはしない。


 覚悟を決めるんだ。死ぬかヤラれるかだ。


 私は塀に座り、そっと足を下ろす。そしてそのまま後ろを向いて、塀にぶら下がる形を取ろうとした。

 だけど塀に掴まれるところはなく、端を掴もうとしてた手はするりと滑って、そのまま地面に落ちていく。


「っ!!!」


 足から落ちて、そのまま尻もちをつく。割と痛かった。どちらかというとおしりが。


 パッと足を確認して、どうやら怪我はしなかったようだ。意図せず落ちたことが、足の力を抜いていて上手いことダメージを和らげられたっぽい。


 すくっと立ち上がると、私は一直線に森へ走る。




「はぁ、っはぁ………はぁっ」


 履いていたヒールの靴は動きにくいから部屋に置いてきた。靴を脱いで靴下のまま駆ける。たまに石を踏んだり、枝を踏んだりして足裏はとても痛い。


「っあ!!」


 むき出しになってた木の根っこにつまづいて、大きく転ぶ。夏だったから半袖のトップスと膝丈のスカートは、森に向いてない。

 むき出しの足も、腕も、傷だらけだ。


 でも、めげない。立ち止まらない!


 ぐっ、と足に力を入れて走り出す。


 止まっちゃいけない。止まった時が、終わる時だ。

 暗くて獣がいるかもしれない。分からない。分からないけど、立ち止まることはだめだ。



「はぁ、はぁ、はぁ」


 あまりに息が切れて、体の限界よりも息の限界を感じる。


 私は近くの木の幹に寄りかかって座り込む。走ってきた方を背中にして、見つかりにくいように。


 少し息を整えたら、また走ろう。



 少し心を落ち着けると、体に張り付いた汗が冷えて、そこに森の空気が当たって寒さを感じる。このままこうしていたら風邪をひきそうだ。


 3回ほど深呼吸をして、立ち上がり、また走り出した。

 ただ、長く遠く走れるように、全力疾走ではなく、マラソンくらいのペースで。その方がきっと体ももつだろう。




 それから、無我夢中で走った。たまに木の幹に寄りかかって息を整えて、深呼吸してまた走った。

 走ってる間は、何も考えなかった。考える暇もなかった。

 ただただ終わりの見えない暗い森が、私の未来の様で、何も考えたくなかった。



 私が何時くらいに召喚されたのかは分からないけど、段々辺りは白くなり、暗くて恐ろしかった森の全容も見えるようになった。

 見えるようになると怖くはなくなるもので、寧ろ木々は青青としていて空気も美味しく感じる。


 太陽が顔を見せる前に森を抜けることが出来て、私は未来に光を感じた。

 まだ大丈夫。きっと大丈夫。



 森の先にはありえないくらいの草原が広がっていた。


 広々した草原。その端は見えない。

 ここまで広い空も、見たことがない。


 ゆっくり草原に足を踏み入れて進むと、その草原に道が引かれてることを発見する。

 道と言ってもコンクリートではなく、土だ。ただそこだけ草を毟っただけのような、土の道。


 とはいえ道は道。ここを辿ればいつかは人のいるところに着く。



 私はなるべく来た方向から遠くなる方向へ、その道を進んだ。




 少し進むと、正面から何かが見えるようになった。道の延長戦に、何かがあるようだ。

 少し警戒をしながら、それを見てると、それは段々と形になる。


 それは、馬に乗った人だった。

 マントをつけた、見慣れない服を着た人が、馬に乗っている。



 その時私はなんも考えずにその馬の前に飛び出した。

 馬上にいた人も驚いて、馬をとめてくれた。


「ちょっと、君…」


 言わせるかっ!


 私は馬上の男の人が何かを言う前に、地面に頭をつける。日本人最大の敬意、土下座をして見せた。


「お願いします!助けてください!!」

「えっ!?」


 突然の土下座に、彼の驚きの声が聞こえた。

 地面に降りる音を聞いて、彼は馬から降りたんだと分かる。そのまま私に近づいて私の肩に軽く触れ、彼は私を立たせようとする。


 だけど私も、譲れないものがある。

 助けてくれるまで、立ってやるもんか!


「お願いします!!誘拐されて、逃げてきたんです!どこか、どこでもいいので何処かに送ってください!!」

「ちょ、ちょっと頭上げて…」


 いいよって言うまであげない!ここに私の人生がかかってる!

 軽い気持ちでこんなことをしてるんじゃないんだと、本気なんだと伝えたい。本気で助けて欲しい。


 知らない女がこんなところで靴も履かずこんなことして、怪しいことこの上無いけど、お願いだから頷いて欲しい。


 彼は一息小さくため息を吐いて、諦めてくれた。


「分かった、安全なところに送り届けるから、頭上げて?」

「ありがとうございます!!」


 バッ、と顔を上げて、笑顔でお礼を言う。

 彼は私を見てぴしっ、と少し固まると、顎に手を当てる。


「えーっと、どこに行って欲しいとかあるのかな?」

「えっとこの辺わからなくて…。誘拐されて、逃げてきたんです。」


 それだけ言うと彼は何かを悩み、そしてひとりでに頷く。

 彼は着ていたフード付きのマントを脱ぐと、私にそっと被せてくれる。そしてマントの前のボタンをプチプチ止めて、フードを被らせてくれる。


「君の格好と、その髪と目の色はちょっと目立つから、着くまでこれで隠してもらえる?」

「はいっ!」

「ひとまず僕の信用する人のところに送るよ。大丈夫、優しい女の人の所だから」


 女の人!それはありがたい。

 こくこくと頷く。彼もわかったようで、乗って来た馬に手をかける。


「馬は乗れる?」

「乗ったことはないです」

「そっか。じゃあ僕の前に座ってもらおう。」


 彼はそう言って私の脇に手を入れて、そのまま抱き上げて私を馬に跨らせようと高く持ち上げてくれた。

 突然のことに驚きながら、私は馬に跨る。


 私の後ろに軽々と彼は跨り、私を抱えるようにして手綱を握る。そして馬を走らせた。


 走らせると言っても、馬はゆっくりめにぽくぽくと歩いていて、出会った時はもっと早く走ってるのを見てたから、初心者の私に合わせてくれてるんだろう。


 背中に感じる人の温もりに、緊張してた体がゆっくりほぐれていく。慣れない馬の上なのに、適度な揺れが心地よくて、私は意識を手放した。

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