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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
62/110

捕まえてもすり抜ける2 sideノアゼット

 

「エミリアっ!!」


 勢いよくドアを開けて、そのベットに横たわる愛しい人を見つける。

 彼女は目を閉じていて、少し青白い顔をしてはいるが、生きてはいるようだ。


 生きてたことに少しほっとして、僕は側にたっている医者に声をかける。


「エミリアの、容態は」


 医者が振り向いて、大丈夫ですよ、と言った。


 力が抜けて、近くの空いたベットに腰掛けた。


 あぁ、良かった。無事だった。

 毒を飲んだと聞いた時は心臓が止まるかと思った。


「エミリアさんの飲んだ毒は、ラドゥムの葉でした」

「ラドゥムの葉…。なら解毒薬はいつ頃?」

「毒を飲んで15分ほどした頃です」


 ラドゥムの葉は、死に至る毒だ。だけど解毒薬もよく出回っている。それに即死ではない。

 毒を飲んで意識を失ってから3時間くらいかけて死に至る。それまでに解毒薬を飲めば助かるが、少し問題がある。


 毒を飲んでから解毒薬の摂取が早ければ早いほど、目覚めるのが早いのだ。

 5分くらいしかたっていなければ、その日のうちに目覚めるだろう。

 ただエミリアは15分後くらいに解毒薬を飲んだ。となれば…。


「目覚めるのは早くとも2日後か…」

「おそらくは。」

「……っ」


 僕の判断が間違えていた。リゼット様がまさか毒を使うなんて思わなかった。そこまでしてエミリアを傷つけようとするなど。


 自分の見通しの甘さに吐き気がする。もっと深く重く考えていれば。リゼット様が毒を手に入れられる立場なのは知っていたはずなのに。

 そこまでしないと甘い考えを捨てていれば。


 エミリアはこんな目には合わなかったはずなのに。


 自責の念にかられて、拳を強く握りしめる。



 でも、後悔して反省するのは後だ。今はあの女たちをどうにかするんだ。僕にはやるべきことがある。

 これは僕が招いた失態だ。早急に解決せねば。


 ベットに眠るエミリアを見る。顔色は悪いけど、ただ眠っているだけのようだ。

 そのまま起きないんじゃないかと思ってしまったが、すぐにその想像を頭から消した。


 エミリアなら、大丈夫。じきに目覚める。

 僕がエミリアを信じないと。彼女は戻ってくると。

 どこに行ってもちゃんと戻ってきたのだから。今回も大丈夫だ。



 僕は後ろ足をひかれながら、医者にエミリアを任せて、医務室から出た。



「だから私じゃありませんわ!」


 甲高い女の声が聞こえる。その声を聞いてマグマのような怒りが全身を駆け巡った。


 荒ぶる気持ちを辛うじて抑えながら、部屋に入ると、数人の女性がソファに座っていて、彼女達の前には2人の騎士。

 女性の真ん中にはリゼット様が座っていて、ふんぞり返っている。


 その姿をみて更に怒りが沸き起こってきて、冷静さを欠きそうになる。


「あっ、ノアゼット様」


 騎士がこちらに気づいて振り返る。そして僕に気付いたリゼット様もこちらを見て、なぜか嬉しそうな顔をした。


「ノアゼット様、聞いてください!私では無いのです!あの子は自分で用意して自分で飲んだのですわ!その罪を私に着せようと!」

「黙れ」


 あまりにもその声と言葉が煩わしくて、殺気を込めた声を放った。我慢できなかった。

 エミリアを眠りにつかせておいて、自分のことを棚に上げてエミリアに罪を被せようとしてるこの女が、憎くて憎くて仕方なかった。


 まだ剣を抜いてないだけマシだと思って貰いたい。そのくらい、今の僕は殺意に満ち溢れているだろう。


 僕の怒りの言葉と態度にリゼット様は静かになり、その周りにいる女は顔を青白くしている。


「逆でしょう。毒の入った茶葉を用意して、エミリアにいれてもらった紅茶に毒が入っていたと訴えるつもりだったのでしょう」

「そんなわけ…!」

「ならなぜあなたの友人が解毒薬を持っていたのですか」


 毒を飲んで、すぐに解毒薬を飲ませてもらって、エミリアを断罪しようとでもしたのだろう。浅ましい。


 そこまでしてエミリアを排除したかったのか。そうまでして僕の妻の座が欲しいのか。

 心底軽蔑する。


 エミリアが犯罪者になったって僕はエミリアを離さないし、仮にエミリアが死んでしまっても、お前のような女を選ぶわけが無い。

 それにエミリアが死んだら僕も後を追うだけだ。僕の隣はエミリア以外はありえない。


「あなた達の部屋は既に騎士が入っているし、毒の入手経路も洗ってる。なによりエミリアは自作自演する必要が無い。だってエミリアは僕に愛されてるのだから」

「…っ!」

「だからこそ僕はお前たちを許さない。覚悟しておけ」


 はっきり言いきって部屋を出た。この学園に常駐してる騎士達は優秀だから、彼女たちの部屋から何かしら見つけるだろう。

 もちろんこちらも動かせてもらう。


 騎士と連携して証拠を漁るつもりだし、毒の入手経路も既に洗ってもらってる。逃がしはしない。


 エミリアを傷つけたことは万死に値する。




「驚くくらいザルだな」


 グレンが調べてきたことを纏めた紙を、どさりと僕の前の机に置く。僕はそれを手に取って、一つ一つ流して見る。


「毒を使うのはあの娘には早かったようだな」


 リゼット様の毒の入手経路がありありと書かれている。その証言や裏付けまでしっかり取れていて、彼女が手を回すというのを知らないようにも見える。


 こういうことをしたのは初めてなのだろう。だから手を回すことも、アリバイを作ることもしなかった。

 そしてこうやって全て明かされてしまっている。


 まぁ頭が弱かったからこそあの作戦を立てたわけだし、彼女や彼女の取り巻きの部屋からも同じ毒と解毒薬が見つかっている。

 言い逃れはできない。


「助かる、グレン」

「良いってことよ。エミリアちゃんのためだしな」


 グレンがいるのといないのとでは、情報の入る時間が全然違う。流石裏に精通した人間だ。


 さて、あとはこれを公爵と、リゼット様の取り巻きの親に送る。彼らは自分の娘にどれだけの罰を与えてくれるだろうか。

 それによっては、ライオニア家はその家との関係を改めることになる。


 それを向こうも分かってて、しっかりした処罰をしてくれる事だろう。




 次の日の夕方、僕宛てに手紙が届いた。今回の加害者の家からだ。


 彼女らに対する処罰は想像通りの事だった。

 北の労働用の監獄に20年収監する。貴族子女の罰の中で、死刑の次くらいに重い罰だ。ただ幽閉なだけでは貴族には罰にはならない。汗水垂らして働くことをしたことが無い貴族だからこそ、働くことが罰になる。


 しかも北の監獄はかなり過酷で、面会の条件も厳しいし、逃げることはまず無理だ。そこに20年。出た頃には35歳で結婚も出来ず、先の未来は暗いだろう。


 まぁ当然の罰だろう。次期侯爵夫人を狙ったんだ。殺害未遂でもある。年齢に関わらず、これは重い罪だ。



 彼女達は同じ監獄へ送られることになり、手紙とともにそれぞれの家から迎えの馬車が来ていて、彼女達は嫌々ながら乗って帰って行った。


 もちろん彼女達がちゃんと監獄に送られたか、見張りもつけている。

 逃げ出すことは許さない。




「エミリア。エミリアを傷つける者は居なくなったから、そろそろ目を開けて欲しいな」


 エミリアは自室にうつされて、ずっと眠っている。大抵ミルム嬢か学園長がそばに居て、僕が来ると席を外してくれる。

 学園長の許可を得て、僕は寝泊まりもここで行っていた。


 怖くて離れられないのだ。本当に眠っているだけなのか、そのまま死んでしまったりしないか…。


 怖い。エミリアを失うことが、こんなにも怖い。

 このまま目覚めなかったら、二度とその目を開けてくれなかったらと思うと、自分の部屋で一人で寝れる気がしない。


 エミリアに会うまでは1人だったはずなのに、今は1人残されるのが、こんなにも恐ろしい。



 エミリアの頬をつん、と人差し指で触れる。


「どんな夢を見ているの?早く起きないと、閉じ込めちゃうよ?」


 早く起きて笑いかけて欲しい。心配かけてごめんね、って申し訳なさそうな顔で抱きしめて欲しい。甘くて落ち着く声をきかせてほしい。


 その小さな体を、全身で感じたい。


 いつもそうだ。僕はこんなにもエミリアを追いかけてるのに、君はいつも置いていこうとする。僕のことなんて気にしないで走ってしまう。

 捕まえてもすり抜けて、こうして手の届かないところにいこうとする。


 その心を捕まえたいのに、中々捕まえさせてくれない。伸ばした手が空を切るのが、悔しい。


 僕の思いなんて露知らず、エミリアはすやすやと眠っている。そんな彼女のほおを優しく撫でる。反応はない。


「エミリア…置いていったら許さないよ」




 次の日、エミリアはまだ目覚めない。


「そろそろ起きてもいい頃だよ、エミリア」


 寝返りひとつ打たず、昨日と同じ顔ですやすや眠っている。

 その胸はちゃんと上下していて、息はしている。ただ眠っているだけみたいだ。


 あまりにも普通に寝てるように思えて、エミリアが目覚めないなんて変な夢を見ているようにも感じる。


 こんなにも僕が心配してるのに、どうしてそんな穏やかに眠っていられるんだ。起きたらお仕置だな。




 だけど次の日も、その次の日もエミリアは目覚めない。


「どういう事だ…っ。解毒薬は合っていたんだろうな!?」

「間違いなく、ちゃんとしたものを処方しました!」

「なら、なんで…!」


 なんで、エミリアは目を覚まさない?!

 もう眠ってから丸4日は経っている。あまりにも起きなさすぎる!


 感情を爆発させて医者に詰め寄った。だけど納得いく答えは得られない。


「でも毒に犯されている様子も見られないわ」


 学園長がエミリアの顔を覗いてそう言った。

 分かってる。解毒薬が合ってなければ、エミリアはとっくに死んでたし、毒が微量に残っていたとしても、今頃苦しがっていたはずだ。穏やかに寝てる、それこそ毒が抜けた証拠でもある。


「……すまない、八つ当たりだ」

「いえ、気が動転されるのも当たり前のことでしょう。私にも初めてのことです」


 動揺している。どうやら焦燥に駆り立てられているようだ。

 医者に謝ると許してくれた。申し訳ない。


 でも、ちゃんと毒は抜けてるのに、なんで起きない。

 もう起きてもいいのに、なんでそんなに寝てるんだエミリアは。そんなに寝坊するタイプじゃないでしょ?


「……恐らくなんだけど」

「なんです」


 学園長が声を出した。顎に手を当てて悩むような顔で。

 学園長にはエミリアの目覚めない原因が予想できるというのか?

 ならば聞くしかない。どんな些細なことでも、聞くしか…!


「エミリアはこの国の人ではないから。……はるか遠くの国の人だから、毒も解毒薬も体が合ってなくて、こんなに時間がかかってるのではないかしら」


 学園長の言葉に、僕は固まった。


 遠くの国だから?それだけで、こんなにも変わるものなのか?

 そう思うも、学園長は確信めいた顔をしている。


「生きた場所が違えば体質も違うとは聞いたことはありますが…ここまでとは…」


 医者はそう呟く。

 なるほど、この医者もそのことを多少は聞いたことがあるらしい。ならばその仮説は合ってるのかもしれない。


 僕でさえ知らない遠くから来たのだから。体質が違くてもおかしくは無いのかもしれないが。


「なら本当に……解毒されているんですよね?」

「それは間違いないと思うわ。苦しんでいないし」


 本当に死なない…だろうか。

 それすらも、怪しい。

 確かに苦しんではない。…でも。


 ポン、と肩に手が置かれる。学園長の手だ。


「大丈夫よ。エミリアはあなたと結婚すると約束したのでしょう。あの子は約束を破る子じゃないわ」

「……知ってます」

「あの子が予定通りに動かないことなんて良くあることよ。信じてあげて」


 そう言って学園長は医者とともに部屋を後にした。



 ベットに横たわるエミリアを見つめる。

 信じてる。エミリアはちゃんと僕のところに帰ってくる。


 信じてるから、早く、目を覚まして……。





 頭をさらさらと撫でる感触に、意識が浮上する。どうやらエミリアのベットに突っ伏して寝てしまっていたようだ。

 状況を思い出して、自分の頭を撫でる感触を思い出してばっ、と顔を上げた。


「あ、起こしちゃった?ごめんね。おはよう」

「え、エミリア…」


 ふにゃといつもの穏やかな笑顔を浮かべてエミリアは言う。

 その笑顔もその声も、ずっとずっと切望していたもの。


 たまらず僕はエミリアを抱きしめた。

 強く強く抱きしめる。


「エミリア…っ!!良かった…!!」


 本当に、良かった。ちゃんと生きてて、ちゃんと目を覚ましてくれた。

 エミリアの体も暖かい。しっかり暖かい…。

 喋って、動いて、笑ってくれる。

 エミリアがここにいる。


 思わず頬を伝ってしまう涙に気付かないふりをして、僕は暫くエミリアを抱きしめた。

 エミリアも僕を抱き返してくれた。


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