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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
60/110

逃げずに戦う2

 

「でも一目惚れとかじゃない。私に利用価値があったから、攫われた。だから私も逃げた。こっそり窓から外に出て、森を走って。そこを運良く通りかかった騎士さんに助けられて、ここの学園長、ローリアさんの元に連れてって貰えたの」

「…えぇ」

「私の利用価値は、人に知られると利用されてしまうもので、隠さなくてはいけない。ローリアさんは私を守るために、関係者以外が立ち入れない学園に入れてくれたの」

「攫った貴族をどうにかしようとは思わなかったの?」


 ミルムの言葉に首を振る。


「捕まえたりすれば私の秘密を明かされてしまう。そうしたらもっと色んな人に狙われるから、私は逃げるしかなかったの」

「そんなに…」

「特に高位貴族は危ないと思って避けてたんだよ。だからノアのことも避けてた。捕まったのはちょっと、私のミスだったんだけどね」


 ミス?とミルムが首を傾げた。

 あれは人生最大のミスだね。今となっては良いミスだと思えるけど。


「ノアがあまりにも私の過去のこと聞いてきて、脅迫までしてくるもんだから、結婚したら教えてあげるって言っちゃったんだよ…。」

「あぁ…あなたノアゼット様のアピール真に受けてなかったものね…」

「真に受けるわけなくない?」


 あんなイケメンの貴族から好かれるなんて思わないでしょうよ。

 好かれたくないから在り来りな色の髪と目にしてるのに…。


「でもノアにもね、私の秘密は言えてないんだ。ノアでさえ、私を利用するんじゃないかってまだ疑いが晴れない」

「エミリア…」

「ちゃんとノアにもそう言ってるし、ノアも分かってくれてる。私が信じきれないこと。でもどうしても警戒してしまって。結婚したらちゃんと明かすつもりなんだけどね」


 そうしないと、貴族の女性の役目である子供を産むことが出来ない。

 だから告げなくてはいけないのは決定事項。


「私を誘拐した人は未だに私を探している。だから私は外にも出れなくて、外部の人が来るイベントは休んでた。でもノアが見つけてくれて、動向を監視してくれて、私は外にも出れるようになって感謝してるんだ」

「外に出なかったのは、そんな理由があったのね」


 ミルムには何度も遊びに行こうと誘われた。それを私はずっと断っていた。事情があって外に出れないと言えばミルムはすぐ分かってくれて、誘うことはして来なくなった。


 代わりにお土産をよく買ってきてくれた。とても嬉しかったのを覚えてる。


「わざわざ改まって話すことでも無かったけど、私の事情はこんな感じだよ」

「…その、エミリアの故郷は」


 あぁ、そこか。やっぱり気になるか。


「ごめんね、名前は言えないんだけど、帰ることは出来ないんだ」

「えっ…?」


 ミルムの目が見開かれる。

 私はどんな顔をしてるだろうか。ちゃんと笑えてるだろうか。


「誰も知らない場所だからね。名前も知らない。ノアも知らない。だから帰ることは出来ないんだ」


 ミルムが私を見て辛そうに口を結ぶと、少し俯く。


「ノアゼット様があなたに過保護なのが分かったわ」

「えぇ、今ので?」

「あなたは自分の気持ちを抑えすぎなのね。だからノアゼット様は甘やかしたくて仕方ないんだわ」


 …なんかノアと似たようなことを言われたな。

 ミルムは顔を上げて私を見る。その顔はもういつもの顔で、悲壮感はない。


「だから私も甘やかすわ」

「えっ」

「あなたが泣きたい時に泣けるように、笑いたい時に笑えるように」


 ミルムがふふ、と笑った。

 ミルムまで、そんなこというなんて。私はちゃんと泣きたい時に泣いてるし、笑いたい時に笑ってるつもりなんだけど、そうは見えなかったのかな。


「少なくとも今みたいな、泣きたいのに笑ってるような顔は見たくないわ」

「そんな顔…してる?」

「えぇ。頑張って笑ってる顔ね」


 そうだったかー…。

 頑張って隠してるのは、ミルムとノアにはお見通しなのかな。


「あなたはもう少し素直になりなさいよ」


 見守るような優しい笑顔でミルムはそういった。




 素直になる。

 大人になった私には難しいことだ。

 でもそれが、この世界に歩み寄る第1歩なのかもしれない。


「エミリアさん」


 1人で廊下を歩いていると、声をかけられた。

 そこにいたのはリゼット様ただ1人。今回は取り巻きの人達はいないそうだ。


「こんにちは、リゼット様」


 リゼット様の顔は何も読み取れない。にこ、と微笑みを浮かべてるけど、少なくとも心から笑ってはいない。


「今まであなたに敵意を向けてごめんなさい。わたし気付いたの。ノアゼット様にはあなたが相応しいんだって」


 リゼット様が突然そんなことを言うから、私は少し警戒してしまう。

 だってとても、反省しているようには見えない。それどころか、なにか企んでいるような気すらする。


「あなたの人柄を見て、私も仲良くなりたいと思ったの。……どうかしら」

「……私で良ければ、光栄です」


 こちらも笑みを浮かべて言うと、彼女はわざとらしく嬉しい、という顔をした。


「嬉しいわ。それなら今日の放課後、一緒にお茶でもどうかしら?この間は渋いお茶を飲ませてしまったから、今日は美味しいのを飲んでもらいたいのよ」


 怪しい。すごく怪しい!!

 とはいえ断る理由も何も無く、平民の私は頷くことしか出来ない。


「…喜んで」




 ミルムには怒られた。理由をつけて断るべきだと。

 ノアは今からでもいいから断ってくると言っていた。

 でも行くと決めたのは私。戦うと決めた。素直になるって。


 リゼット様は私と戦おうとしている。なら私も正面から向かってやる。

 15歳だからと子供扱いはしてられない。ここは貴族社会だ。歳はあてにならない。


 私の決意にノアもミルムも負けて、色々注意をされた。

 呼ばれた茶会でされそうなことを。


 毒を盛られることはないだろうとは言われた。足がつきやすいし、この状況で盛ったら犯人にされるのは目に見えてるからしないだろうと。

 暗殺の心配も無さそうだ。そういう明らかな攻撃はしてこないと思われる。

 疑われるのは間違いなくリゼット様だから。


 外部の人間は学園内には入れないから、出来ることは限られる。

 されるとしたら、言葉での攻撃や脅迫。脅迫が1番可能性が高そうだった。まぁそんなものに屈しはしないけども。



 それに30分でノアが迎えに来ると言っていて、絶対に連れ出すと約束してくれた。

 ノアがついてる。ミルムもついてる。大丈夫、私は負けない。




「いらっしゃい、エミリアさん」

「招待頂きありがとうございます」


 ガゼボのテーブルにはリゼット様と数人の取り巻きが座られている。

 穏やかな笑顔をうかべるリゼット様。彼女の許可を得て、私は席に座った。


 そして近くのテーブルに置かれているティーセットのところに、取り巻きの1人が立つ。どうやら紅茶をいれるらしい。


「彼女が淹れる紅茶はとても美味しいのよ。」

「そうなんですか。楽しみです」

「エミリアさんは紅茶を淹れるのは得意?」

「え?いえ…」


 紅茶をいれる音がこぽぽぽと聞こえる。


「なら練習しましょう?私達が飲むから、次はあなたがいれてくれない?」


 いいこと考えた、と胸の前で手を合わせて笑顔を浮かべるリゼット様。

 そう来たか…。でもそれでみんなの前で私の紅茶がまずいって言う?それだけのために茶会に呼んだの?


 ちょっと腑に落ちない気持ちを抱えつつ、目の前に置かれた紅茶を飲む。

 うん、美味しい。

 でもやっぱりノアの淹れてくれる紅茶が1番美味しいかも。



 紅茶を飲み終えると、リゼット様が私をティーセットの前に誘導する。

 さぁさぁ遠慮しないで、と言われて、ティーセットの前に立たされた。


 ううーん…。紅茶淹れるの、得意じゃないんだよなぁ。

 仕方ない。やるしかない。


 用意されている温まったポットに茶葉を入れて、お湯を注ぐ。このお湯は魔道具で湯の温度が一定になっている。便利だなぁ。

 蓋をして蒸らす。


 しっかり蒸らしたら、それをカップに注ぐ。

 至って普通のお茶の淹れ方だ。

 正直どうやって美味しくしてるのか分からない。ノアに聞いておくんだったな。


 うん、色はいい色出てるなぁ。

 でも、大丈夫かなこれ。苦くなってないかな。


「淹れられたの?ならちょうだい。味をみてあげるわ」

「はい」


 リゼット様に催促されて、私はティーカップをソーサーに乗せて手に持つ。

 それをリゼット様のところに持っていこうとして、足が止まる。


「…どうなさったの?」

「……いえ、美味しいかどうか自信が持てなくて」


 いくら私を言葉でいじめるのが目的だとしても、美味しくない紅茶を飲むのは嫌じゃないだろうか。私は嫌じゃないけど。


「いいのよ。初めから上手くできる人はいないわ」

「ありがとうございます。…ですが」


 たしかに初めから上手くできる人なんていないけど。

 でもこの練習段階は、少なくともよく知る人に飲んでもらうべきでは?

 私の淹れた紅茶に何か入ってるとか思われても嫌だしなぁ。


「すいません、やっぱり味見してから渡します」

「え、ちょ…!」


 制止の声も聞かずに私は紅茶を飲んだ。


 うん?あ、普通の紅茶だ。思ったより苦くないけど、ノアの紅茶と比べちゃうとやっぱり普通。

 ノアが紅茶淹れるのうますぎるんだよなぁ。


「思ったより普通で……あれ?」


 なんか目の前が揺れてる?頭を揺さぶられているかのように目の前が揺れている。

 奇妙な光景に私は立っていられず、膝を着いた。


 なんか、気持ち悪い。

 少し、喉も痛い。


「え?…え?」

「え、エミリアさん!」


 リゼット様の慌てる声が聞こえてる。

 だけど私はもう意識も朦朧としていて、目の前も真っ暗だった。


 頬にひんやりとした地面の感触を感じて、私の意識は途絶えた。


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