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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
6/110

僕は捕まえたい3 sideノアゼット

 

「…えっ?」

「私の秘密は、私の旦那となる人にしか言っちゃいけないの!私と結婚して、あらゆることから守ってくれるなら教えてあげてもいいけど!?」


 え?え??何言ってるの、この子。

 僕ずっと婚約しようって言ってたよね?


「絶対にどんなことからも守るって約束して、結婚してくれるなら、結婚した日に教えてあげる」


 僕の想いは伝わってなかったみたいだけど、この機会を逃すわけない。


「分かった」

「はぁ?」

「結婚でしょ。うん、しよう。してくれるよね?言質とったよ?嫌だとは言わせないからね」


 ローブの内側から婚約届けとペンを取り出す。ここ数週間、いつ彼女を追い詰めて書かせてもいいように、自分の欄は書いて常に持っていた。


「僕はもう書いてあるから。君も書いて?」

「え?…えっ?」


 彼女の肩を抱き、書きやすい教卓まで案内する。


「え、婚約届…?」

「すぐ結婚でもいいけど、準備もまだだしね。とりあえず婚約だけしてくれれば、あとはもう逃げられないからさ」

「…本気?」

「もちろん。ほら、書いて?結婚してくれるって言ったよね?」


 やっぱなしは聞かない。絶対聞かない。


「早く」


 再び僕の腕で閉じ込める。

 早く婚約して、この腕に閉じ込めたい。


「…えっと、学園長に相談してから…」

「だめ。学園長は親ではないでしょ?許可はいらないはずだよ」


 まだ逃げられると思ってるの?


「逃げられないって言ったよ?諦めて、僕と結婚しよう?」


 君が捕まりに来てくれたんだよ。

 僕と結婚してくれるって。


「…さっきの約束、守ってくれる?」

「もちろん。あらゆることから守るよ。君の秘密も、結婚する日まで聞かないよ」


 誰にも渡さない。秘密なんてもはや何でもいい。

 大事なのは君が僕のそばにいて、僕のものでいること。



「これで婚約したね。ふふ、君はもう僕のものだね」

「…はぁ、そうだね…」


 少し諦めた顔のエミリア。

 でもこの顔は、まぁあとで破棄しようとか思ってるね?


「破棄する気は無いからね?」

「!」

「逃がさないよ?」


 破棄は両者の合意、もしくは片方の過失が明らかになった場合できる。

 絶対にそんなことはさせない。

 やっと捕まえたんだ。絶対逃がさない。奪わせない。


 僕が全てから守るから、僕に捕まっててね?







 彼女との婚約は、帰って直ぐに早馬を出して、僕の名前で誰よりも優先して処理させた。今朝には受理された証明書が届いた。

 これでもう正真正銘彼女は僕のもので、逃げられなくなった。



 お昼に誘えば逃げたそうにしながらも、投げやりに一緒に食べようと言ってくれる。投げやりでも嬉しい。一緒にいることを認めてくれたことが。


 一緒にお昼食べるのも幸せすぎた。

 目の前で僕だけを視界に映してご飯を食べてる。距離を詰めすぎて逃げられないように、今まではさりげなくしか見てなかったけど、じっと見つめても許される。


 今までは軽く流されるだけだった僕の言葉に反応して少し気恥ずかしげにしたり、あんまり信じてなかった僕の言葉をしっかり受け止めてくれるようになった。


 婚約とは、こんなに変わるものなのか。

 なんて幸せなんだ。


 彼女はもう僕から逃げられない。あとは彼女の心が欲しいところだけど、それはゆっくりでいいだろう。彼女が僕のものなことに変わりはないんだから。

 むしろ、距離を縮めすぎて怖がらせるのも得策じゃない。1度覚えた恐怖を拭うのはなかなか難しい。


 ゆっくり、ゆっくり僕の方に堕ちてもらう。





「やっと捕まえたか。あんなに相手にされなかったのに、どうやったんだ?」


 放課後、彼女を寮まで送り届けたあと、僕の部屋にグレンが来た。僕の部屋には防音の魔道具があるから、僕の部屋に集まることが多い。


 来るなりグレンはにやにやしながらそう言った。


「…エミリアの秘密を教えてって言ったら、結婚しないと教えないって言われた」

「ぶっ、なんだそれ!」


 はははっ、と笑うグレン。まぁそんな反応にはなるよな。

 僕のアピールは何も本気にされてなかったって事なんだから。


 多分彼女の秘密が結婚する人にしか教えないと言うのが本当だとしても、あの言葉が出たのはきっとあそこまで言えば僕が引くと思ったからだ。

 それはつまり、僕が婚約してって散々言ってたことをまともに受け取ってなかったのだ。


「あーははは!いや、凄いなエミリア嬢!こりゃ大物だわ」

「笑うなよ」

「そこからよく婚約届書かせられたな?少し時間が開けば逃げたくもなるだろ?」

「その場で書かせたよ。僕の分は記入済みのやつをいつも持ってたからね」


 あの場所から移動でもしようものならすぐ逃げられただろう。彼女は逃げるのが上手だし、すぐ逃げる。まぁそれも、彼女の秘密のせいなんだろうけど。


「……は?記入済みの婚約届を常に持ってたの?」

「そうだよ。何?」

「……そういえばお前ヤバいやつだったな」


 なんだヤバいやつって。常に囲う算段をたててたんだ。いつでも捕まえられるようにしとくのは当たり前だろう。


 グレンは目を細めて僕をじとーーっと見る。少し疑うような目だ。


「お前のことだから、脅迫とかするんじゃないかって心配してたが…」

「したよ。閉じ込めるって言ったし、学園長を脅すとも言った」

「ばっ……馬鹿か!してたのかよ!」


 するに決まってるだろ。ずっと逃げるんだ。正攻法で捕まらないんだよ彼女は。

 今はもう手に入ったから、怖がらせることはしたくないが、手に入れる為なら怖がらせても構わないと思ってた。


「……それでよく婚約出来たな」

「脅迫は全くと言っていいくらい効かなかったよ。だから彼女の秘密は分からずじまいだ」


 ドルトイ伯爵子息に狙われるほどの秘密。気にはなるけど、時期が来れば教えてくれるんだ。急ぐことは無い。

 貴族に狙われやすそうだったから、出来ることなら教えて貰って守りたいが、彼女だけの秘密にして守れるならそれでもいい。


「…まぁ、あんまりぐいぐい行ってやるなよ。とんでもない方法で逃げるかもしれないぞ」

「分かってるよ」


 真面目そうに見えてとてもアクティブだ。逃げるために自分が犠牲になってもいいと思ってる。逃げられるなら、なんでも使うだろう。


「んで、ドルトイだっけ?全くと言って良いくらいなんにも出てこないぜ」


 グレンには昨日の夜、ドルトイ伯爵家のことを調べてもらった。もちろん僕の方でも調べた。

 でも、後ろ暗いことは何も出てこない。彼女が誘拐された時、三男があそこにいたのは確かだが、その前後で馬車が動いた気配もない。


 誘拐したのはもっと前ということ?でもエミリアの言い方だと、誘拐されて日は経ってなかった。意識はなかったらしいが。

 どうやって女性一人をあそこに運んだんだ?


「ただ、2年前からドルトイ伯爵家の私兵が数名動かされてる。どうやら人探しをしてるみたいだな」

「…エミリアだろうね」

「だろうな。なんでも探してるのは暗い髪と暗い瞳の15くらいの女だ。あの子が学園長のところで保護されたのは運が良かったな」


 本当にそう思う。エミリアの腕に着けてるバングル。あれはきっと姿を誤魔化す魔道具だ。きっと見つからないように、髪と目の色を変える魔道具を学園長から貰ったんだろう。

 それでもエミリアは顔も見られてるから、他者が入れない学園に入ることにして学園長はエミリアを保護してるんだ。



 あの魔道具はおそらく学園長の作ったかなりの性能のものだった。近付いてすごく観察してようやく分かったが、あれが髪と目の色を変える魔道具だと言うのはすぐには気づけなかった。

 僕なんかは魔道具研究もよくしてるから気づけたけど、よほど詳しくないとあれはただの幸運の魔道具だ。


 だから誰もエミリアが髪と目の色を変えてるなんて気づきもしない。本当は暗い髪の色で暗い目の色なんだろう。


 聞いたら教えてくれるだろうか。見たいと言ったら見せてくれるだろうか…。

 いやいや、距離を詰めすぎないと決めたんだ!見せてくれるようになるまで待とう。結婚したらきっと見せてくれる。楽しみにしておこう。



 にしても、やっぱりグレンでもさえも僕と同じだけの情報しか得られなかったか。

 僕とは繋がってる人が違うから、もしや違う情報が、とは思ったが徒労に終わったようだ。


「貴族から逃げるならもっと上の貴族に保護してもらうのはいい案なのになぁ。なんでお前との婚約を相手にしてなかったんだ?」

「……彼女の秘密は、僕ら高位貴族に利用される可能性があるらしい」

「へぇ?」


 僕らの方が利用したくなるだなんて、どんな秘密だ。

 その血筋がどこかの王族のものであるとか?


「エミリアの故郷は、どうやっても行けない場所らしい」

「…なんだそれ?」

「場所の名前も教えてくれなかった。ただ、僕の知らないところで行けないところで、調べても分からないよと言われた」

「なぞなぞかぁ?」


 そう思うよな。僕の知らない行けないところからなんでドルトイの三男は誘拐できたんだって。

 でも嘘をついてるようにも見えなかったし、少しの絶望も見えた。


 それにきっと帰れるなら学園長がとっくに帰していただろう。学園長もかなりの力がある。ドルトイからバレずに帰すことくらい出来たはず。

 それをしなかったのだから…それはおそらく本当なんだろう。


「…お前も魔道具贈っておいた方がいいんじゃないか?」

「今日贈った」

「はっや。準備しすぎだろ」

「アクアマリンのネックレスをあげた。」

「……お前の目の色か。…重っ」


 本当はアクアマリンの上位のサンタマリアを贈りたかった。でも、あまり高い宝石は彼女自身を危険に晒しかねない。高いのにしたからそのネックレスを盗まれては本末転倒だ。だから値段は抑えた。


 でも僕の目の色なのは外せなかった。だって彼女は僕のものだから。



 あれを彼女に贈ったときの反応と言ったら…思い出したらにやけてくる。申し訳なさそうにしながらも受け取ってくれた。僕からの形の残る贈り物を。


 アクセサリーはずっと贈るのを我慢してた。受け取ってくれないからだ。それを身を守るためと言って受け取らせた。でもあの反応からして、これが宝石だって気づいては無いんだろうな。


 それでも首につけてあげるとにこっと笑ってくれて、心が鷲掴みにされた。これ以上僕を好きにさせてどうするんだ、エミリアは。



「位置情報が分かる魔法と、彼女に危険が迫ったら結界を張る魔法、あと彼女への攻撃を弾く魔法を1ヶ月かけてつけた。」

「1ヶ月!?…お前すごいな…」

「エミリアのことを考えたらそうでも無い。」


 僕の魔力量で1ヶ月かけて作った魔道具なんて、1つで貴族の家1つ買える値段になるだろう。しかも表向き魔道具に見えないように、ただのアクセサリーに見えるように念入りに調節を行った。


 僕の魔力をありったけこめたから、それでもエミリアに危害を加えられるとしたら、僕以上の魔法の使い手じゃないと出来ない。少なくとも、僕の2倍は魔力量が高くなければ。


 現実的に考えて僕の魔力量は国の中でも上位10位に入る。僕の2倍となると、この国にはいないのではないか?



「はあ。相当好きなんだな、エミリア嬢のこと」

「何を今更。彼女は僕のすべてだよ。誰にも渡さないし、逃がさない」

「こわ〜」


 ドルトイにだって渡さないし、僕の行けないところにだって帰さない。

 絶対に逃がさない。


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