表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
59/110

逃げずに戦う

 

 それから数日は、割と平和な日々だった。よく話しかけられるのは続いてるし、リゼット様とすれ違うことも無く、普通の日々。


 身構えてたのが不思議なくらい、平和だった。


 ……のだが。


「…エミリア、大丈夫?」

「何が?」

「何がって…」


 ミルムが心配そうにこちらを見る。まぁ言いたいことは分かる。

 でも私にはなんのダメージもないのだ、本当に。


「噂でしょ?私は私の仲良い人達がわかってくれればそれでいいの」

「でも……」


 眉を寄せて悔しげな顔のミルム。

 そう、ここ数日私に関する噂が流れている。


 噂によると、私は3年前にこの国に来て、その前は隣の国で娼婦をしていたらしい。


 なるほど?

 3年より前のことは出てこないのは本当のことだし、それ以前のことは何も話せないから、弁解も出来ない。


「ちなみにノアゼット様はなんて…?」

「凄い怒って噂止めようとしてたから、しなくていいよって言っておいた」

「なんでまたそんなこと…」


 理解できないって顔をしたミルム。

 ノアもそんな顔をしてたよ。


「ノアに無理やり止められても、逆に怪しいと思っちゃうでしょ?それに実害はないのだし、ほっとけばいいと思うの」

「…あなた本当に逞しいわね」

「それに娼婦に見えるってことは、大人の色気があるってことでしょ?褒め言葉として受け取っとくよ」


 はは、と笑うも、ミルムは笑ってはくれなかった。

 中々ミルムもお怒りのようだ。ノアも相当だったけど、ミルムも相当みたいだ。


「侮辱されてるのよ、エミリア」

「うーん、私はあんまり感じないけど…」

「私が娼婦のようだって言われたらあなたも怒るでしょう?」

「それはもちろん」


 ミルムは別だよ。こんなに綺麗で可愛いのに、娼婦なんかと一緒にするな!って怒っちゃうだろうね。

 私も同じ気持ちだとミルムは言った。


 それでも私が自分のために怒れないのは、あながち間違いでもないからかな。

 まだ売ってはないけど、私の身の代わりに安全を手に入れてるわけで、似たようなものでは、と思ってしまってるのかも。


「でも、何も言い返せないから」


 過去のことを話せない私が悪いのだし。

 私の言葉にミルムは何故か傷ついたような顔をした。




 面と向かって私に何かを言ってくる人はいないけど、遠巻きにひそひそと話をされているのは分かる。

 あれだけ声をかけてきた人たちも、声をかけてこなくなった。


 ただ例外で、彼女は声をかけてきた。


「こんにちは、エミリアさん」

「こんにちは、ユフィーリアさん」


 ロットのいとこの彼女は、すれ違った廊下で私を呼び止めた。

 そしてそのまま、人の少ないところに私を連れていく。


 人のいない階段の踊り場まで連れてこられた。何か話したいことでもあるんだろうか。


 後ろを向いてたユフィーリアさんがゆっくり振り返る。


「あなた……なんで言い返さないのですか!?」


 そして怒られてしまった。

 目をぱちぱち瞬きさせて、ユフィーリアさんを見つめる。


 言い返すも何も、ユフィーリアさんにはまだ何も言われてないんだけど?


「なんで、あんな噂のさばらせておくんですの!?」


 その言葉にピンと来た。

 そっち?そっちの事か!


「ノアゼット様の婚約者なのに、あんな根も葉もない噂を流されてらどうして放っておくのですか!」

「ユフィーリアさん…」

「あなたはノアゼット様の婚約者ですわ!堂々としていていいのに、後ろ指さされるいわれはありませんの!」


 すごい剣幕で怒っているユフィーリアさん。

 だけどその言葉は私を叱るものというより、私を心配してるもののようだ。

 ユフィーリアさんは私のことは嫌いかと思っていたから、素直に嬉しく感じる。


「ユフィーリアさん、心配してくれてありがとうございます」

「し、心配なんて…!」

「ふふ、でもいいのです。私の過去は確かに誰にも分からないもので、私も言えません。だから邪推されても仕方ないのですよ」


 優しい笑顔を浮かべて彼女を落ち着かせようとする。


「それに、私の噂ひとつでノアの今後に影響は無いでしょう?それなら構わないのです。私はこれくらいで傷つくような心も持ち合わせていませんし、こうして心配してくださる方がいてくれるだけで嬉しいのです」


 だけどユフィーリアさんはまだ怒った顔のまま。

 私の言葉には納得できなかったようだ。


「だからといって、あなたの過去を捏造するのはよくないですわ!害がないからと言って名誉を傷つけていいわけがありません!」

「ユフィーリアさん…」

「いいこと!?ノアゼット様の婚約者で、ゆくゆくは夫人になられるのでしたら、胸張って下さいませ!」


 言い切ったユフィーリアさんは、ふん、と胸を張っている。


 励まして、くれたんだろうか。

 とても優しい人なんだな、ユフィーリアさん。


「ありがとうございます。そこまで言ってくれるのですから、少し頑張ってみますね」

「…えぇ。くれぐれもノアゼット様の評判を曇らせないで下さいませ」


 大きく首を振って後ろを向き、去っていくユフィーリアさん。

 ノアのためにと言いつつ、私のことを思って言ってくれたんだな。その気持ちをとても感じて、心が暖かくなる。



 なんだか、心がシャキッとした気がする。

 言えないことがあっても、胸を張っていいのか。


 いや、ノアの婚約者だからこそ、胸を張っていかなければ。



 しっかり怒られて、私も反省する。

 受身をとってるばかりではいけないと。私が傷ついてないから、ノアに被害がないからいいやでは無いんだと。


 私はノアの婚約者。

 後ろめたいことなんて何も無いんだと、堂々としないといけないんだ。


 ありがとう、ユフィーリアさん。

 私頑張るよ。




 そう意気込んで数時間。私の教室に、わざわざリゼット様がやってきた。

 人を数人従えて、にやにやと意地悪い笑みを浮かべて私を呼んだ。


「はい、何でしょう?」


 入口で呼ばれたから入口まで行くも、リゼット様は動く気は無さそう。人前で私のことを貶めたいようだ。


「聞いたわ。あなた、娼婦だったんですってね」


 くすくす、とリゼット様は笑う。でも後ろにいる取り巻き的な人達は笑ってはいなくて、それどころか少し表情が沈んでいる。


「リゼット様のお耳にまで届きましたか。ですが私、娼婦になった覚えは無いのです」

「あら、本当?でもこの学園に来るまでの事が、何も出てこないらしいじゃない。娼婦だったとしてもおかしくないわ」


 ねぇ?と話を振られて、慌てて顔を作って頷いた取り巻きの女性。やらされてる感がある。不本意なのかな?


「えぇ、私の過去は誰も分からないはずです。でも、ノアゼット様は知ってますよ」

「……は?」

「婚約者ですもの、自分の過去を打ち明けるのは当たり前ですわ。ですので、私の言葉が疑わしければノアゼット様にお聞きください」


 ノアに過去なんて伝えてないけど、ノアが聞かれたところで娼婦でしたなんて言うわけが無い。上手いこと言ってくれるだろう。

 ノアに押し付けるみたいで申し訳ないけど。


「それに隣国で、という噂でしたが、私この国と隣接する国に足を踏み入れたことは無いのです」

「…何言ってるの?3年前にこの国に来たなら、その前は隣に居たって事じゃない」

「そうですよね。……実は私、誘拐されてこの国に来たのです」


 話をぶっ込んだ。周りが少しざわめいた。

 少し目を伏せて、胸に手を置いて、悲しそうな顔を作る。

 私は女優、頑張れ!


「ここより遠くの国で両親の営むお菓子屋さんを手伝って居たのですが、私を見初めた貴族の方に攫われてしまって…。そうしてこの国まで来たのです。」

「なに…何を言って…」

「偶然騎士様に助けていただきましたが、故郷は遠く、すぐに行ける距離ではないので、結婚したらノアゼット様に連れていってもらう予定なんです」


 悲しそうに声を出して、ノアが連れてってくれるってところで嬉しそうに顔をあげれば、リゼット様の取り巻きが悲しげな顔をしてるのが見えた。


 嘘をつく時は、本当のことを混ぜること。って誰かが言ってたなぁ。

 誘拐されたのは本当だし、周りもこれで私が可哀想って思ってくれるだろう。そうしたら私は悲劇のヒロインの完成だ。


 自分の秘密の1部を明かすようで嫌だけど、噂は塗り替えられる。

 あとは後でノアと話し合って、私の出身国を考えておかなくては。


「ただ、あのまま誘拐されたままなら、もしかしたら娼婦にされていたかもしれません。……私は運が良かったです」

「……そう、良かったわね」


 すっ、と真顔でリゼット様が言う。

 私が反撃してきたことが気に食わなそうな顔だ。


「はい。リゼット様も噂を心配してくださったんですね。こんないち平民を心配してくださって、ありがとうございます」

「……えぇ」


 私がお礼を言うと、リゼット様はそれ以上言うことはなく帰って行った。

 リゼット様を見送って、ふぅ、と心の中でため息をつく。


「エミリアさん、誘拐されたの…?」

「大丈夫?思い出すの辛いでしょう…?」


 遠巻きに眺めてた人達が、私に声をかけてくる。

 私の悲しげな演技が効いたんだろう。心配する声がわさわさと聞こえる。


「みなさん、心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。ノアゼット様は私を故郷に連れてってくれると約束して下さいましたし、私も悲観はしてません。今は会える日を楽しみにしています」

「エミリアさん…!」

「なんて健気な…!」


 ううーん…ちょっと大袈裟すぎただろうか…。


 周りの人の対応に困っていると、ミルムがそれとなく連れ出してくれた。そして人の少ない窓際の席に座る。


「やりすぎじゃない?」

「ちょっと思った」


 こそっと小声で会話をした。やっぱりミルムもそう思った?私もそう思ったところ。


「まぁインパクトは大きいから、噂は完全に塗り替えられるでしょうね」

「なら良かった」

「でもだからって、誘拐されたなんて…」


 ミルムはちょっと話が大きすぎると思ったのだろう。

 ミルムにも言ってなかったからね、ごめんね。


「嘘には真実を混ぜるのがいいんだって」

「……真実?」

「……ミルム、今日はお昼、一緒に食べようか」


 ミルムにずっと黙っておくのが、申し訳なく感じた。




 いつも深くは聞かないミルム。私の事情を察して、踏み込んでくることは無い彼女だから、私はここまで心を許せた。

 だけど私がミルムにしてあげられることは何も無い。


 こうして、過去を少し話して、信用しているんだと示すことくらいしか。



 お昼に迎えに来たノアに、事情を説明して、今日はミルムと2人でご飯を食べることになった。

 場所は庭のガゼボ。ノアとお気に入りのところ。人がいないところだ。


「あなたの噂、凄いことになってるわよ」

「え?なに?」

「誘拐されて知らない土地に来たのに、諦めずに学園で生きる道を探す、勇敢な女性、ですって」

「わぁ、誰それ?」


 あなたのことでしょ、と呆れた目を向けられた。

 なんかそう聞くと壮大な物語の主人公のようでむず痒いなぁ。


「でも帰りたいからノアを利用してる、っていう風にはうつらないの?」

「それは大丈夫でしょ。ノアゼット様があなたに袖にされてるのを2年生以上はみんな知ってるから」

「あぁ…」


 私が全く相手にしてなかったあれを、みんな知ってるのか…。それもそうか…。


「それについても、人に頼らないで自分の力で頑張ろうとしてたとか、貴族に攫われたから貴族との関わりを避けてたとか色々言われてるわ。しかもノアゼット様に捕まったわけだから、大恋愛のような扱いもされてるしね」


 それはちょっと……恥ずかしい…。


 貴族に好かれて攫われたから避けてたのに、再び貴族に惚れられた。でもノアは私を攫ったりすることはなく、正面から口説いた。

 その真摯な姿に私は心を打たれて、憎むべき貴族なのにノアを好きになった…。


 という筋書きが出回ってるらしい。

 なんだその恥ずかしい話。ほとんど捏造。

 むしろあの誘拐の話でここまで広げられるのが凄いな。


「まぁ応援ムードだし、悪いどころか良い傾向よ」

「うーん…そこまで求めてなかったのになぁ」


 むしろ恥ずかしいからやだ、なんて言ったらミルムに叱られそうだ。

 サンドイッチにかぶりつきながらそんなことを思った。


 ミルムは口の中のものを飲み込んで、紅茶を飲む。


「それで?私に話す気になったの?」

「……うん」

「別に私はこのままずっと聞かなくてもいいのよ。あなたの友人なことは変わらないわ。それでも?」


 ミルムが私の目をじっと見る。

 きっと言わないままでも、ミルムはそのままでいてくれる。私の友人として、私の味方をしてくれる。


「…うん。私なりの、誠意」

「そう。なら聞くわ」

「といっても全部は言えなくて、言えるところだけなんだけど…」

「分かってるわよ」


 私は紅茶を飲んで口の中をさっぱりさせた。

 この話をしたところでミルムの態度が変わることは無いとはわかってるけど、こうやって改まって説明するのは、少し緊張する。


 ふぅ、と溜めてた息を吐いて、意を決して話し始める。


「私は3年前、誘拐されたの。この国の貴族に」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ