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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
58/110

新入生から逃げたい5

 

「そっか。何事もなくてよかったよ」


 夜にノアに報告すれば、ノアはほっとしたように後ろから私を抱きしめてきた。それを甘んじて受け入れて、紅茶を飲む。


「ノアの手作りマドレーヌ、美味しかった。ありがとうね、いっぱい作ってくれて」

「エミリアのためだからね」


 いつもより多くお菓子を作るのは時間もいるだろうし、大変だっただろう。私が恥をかかないためにとはいえ、申し訳なかったな。

 とはいえ、ノアが言い出したことだけど…。


「ノアがお菓子作りが上手だって、みんな驚いてたよ」

「あはは、それもそうだろうね」

「料理するの好きなの?」


 貴族子女でも料理はあまりしない。稀にお菓子を作る人もいるが、料理は料理人がやることで、貴族のやることではないとされている。

 だからノアが作ると聞いてみんな驚いていた。しかもノアは男だから余計だ。


 私がノアを振り返って聞くと、ノアはふふ、と笑う。


「好き、とは違うかな。エミリアの食べるものも僕が用意したくてやってるだけなんだ」

「えっ…。……趣味じゃなかったの?」

「まさか。エミリアと会うまではやりたいと思ったことすら無かったよ」


 不思議だよね、とノアはそう言って笑う。


 え。私に食べさせたくて作ってたの?それまで作ったこと無かったの?

 サンドイッチもマドレーヌも、私に食べてもらうために?


「いつかエミリアの食べるもの全て僕が用意したいとも思うんだ。……まぁ時間も無いし、料理人の仕事を奪うことになるから、現実は無理だけどね」


 そんなに?そんなに私に食べさせたいの!?

 ノアの考えが分からない。


「ふふ、分からないならそれでいいよ。ただ僕はエミリアに食べてもらうのが好きだからやってると思ってくれれば、それで。」


 ぎゅうー、と私を抱きしめて、私の頭に顎を置いた。


 今更だけど、ノアって結構尽くすタイプだよね…。献身的というか…。

 侯爵家の次期当主であり次期宰相様にそんなことさせていいのだろうか。しかも私は平民なのに…。


 久しぶりにそんなことを思い出した。


 でもまぁ、ノアが離してくれるとも思えないし、ノアの両親も歓迎してくれたのだから、頑張るしかないか。


「エミリア」

「ん?…んっ…」


 後ろから手が伸びてきて、顎を取られる。そしてそのまま後ろを向かされて、ノアの唇と私の唇が重なる。


 最初から啄むようなやさしいキス。そして徐々に舌が絡まるディープなキス。


 目は瞑ってるけど、時折薄目を開けると、ノアはいつも私を見てる。しっかり掴んで離さないような、逃がす気のない目。それでいて私のことが愛おしいって叫んでるような目。



 毎日ノアとキスしていれば、慣れては来るもので、一々心臓を大きく高鳴らせたりはしなくなった。とはいえドキドキはしている。普段の優しさ満載のノアとは違う、獲物を前にした獣のような男らしい顔にドキリとする。


 そしてそのキスは優しいのに、決して逃げられない。少しでも後ろに下がろうとすれば、腰を取られ頭をがっしり掴まれ、ノアが満足するまで離しては貰えない。


 それに慣れたからと言ってキスそのものに何も感じなくなる訳じゃなく、慣れたらそれが気持ちのいいものだと感じてきた。

 ふわふわして息も乱れて、もっとしていたいような、でも苦しいような。どこが苦しいのかも分からないけど。


 だから私も応えることが多くなった。ノアが絡ませてくる舌に、私も絡ませるようになったのは少し前の話。


 最初に応えた時はノアはキスしながら驚いた顔をしていたし、その時はより激しいキスにされてしまった。

 あの時は本当に死にそうだった。



「…エミリア……可愛い…」

「ふ…はぁ、はぁ……ふぅ……」


 唇を離してもらえて、そのままノアの胸にもたれ掛かる。

 ただキスしてただけなのに、なんでこんなに疲れるんだ、毎回。口しか使ってないのに全身の力が抜けるのはなんでなんだ、もう。


 私の頭を優しく撫でて、頬を擦り寄せて来るノア。


「エミリア」

「ひゃっ…!?」


 耳元にヌルッとしたものが当たって変な声が出た。

 びくっと体を強ばらせてノアを振り返ると、ノアは艶めかしい顔をして私をじっと見てる。すごい色気に溢れてる。


「エミリア、耳、舐めていい?」

「へ!?み、耳!?」

「そう、耳。だめ?」


 ダメも何も、何を聞いてるの!?

 耳を舐める?!


「な、舐めるところじゃないと思う…」

「そうかな?この国では愛する人達はすることだよ」


 えっ、そうなの?耳舐めるの?

 それってどんなプレイよ?


 混乱する私に、ノアはその色っぽい顔を私に近付けた。


「じゃあ、試しにやってみようよ」

「え?」

「嫌だと思ったら言って?すぐにやめるから」


 ね?と聞いてくるけど、私に選択肢は無いんだろう。

 仕方なしに頷くと、ノアは嬉しそうに私を抱きしめた。


 瞬間、また耳にぬめっとしたものが当たる。

 ノアの舌だ。そう思うと顔がかぁっ、と赤くなる。なんか恥ずかしい。


 見えないけど、耳の周りを舐められて、耳たぶも甘噛みされている。そして耳元だからか、その唾液の音がやけに卑猥に聞こえるし、やたら響いている。


「んぅ、ひゃぁ……うっ…ふぅ…」


 ぴちゃぴちゃと聞こえる水音が、脳内を支配している。全意識がその音とそこの感触に支配されて、下腹辺りが疼くのを感じる。


「……気持ちよかった?」

「わ、わかんない……」


 短かったはずなのに、永遠に感じたその時間。終わったとき私の体はカチカチに固まっていて、それを解すようにノアが優しく頭を撫でてくれる。

 そしていつもの様に優しく啄むだけのキスをされて、体から力がふっと抜けた。


「今は分からなくてもいいよ。…ゆっくり、一緒に覚えていこう」


 なにを?

 そう思ったけど、なんか聞くのが怖くて何も言えなかった。




「……うーん。なんか今日はみんな話しかけてくる…」


 次の日、朝はノアといつも通り登校したけど、休み時間の移動中に声をかけられることが増えた。主に女性。

 私のクラスは平民ばかりと下位貴族だから、普段から話す仲ではあるけど、今日話しかけられたのは上位貴族の女性ばかりだ。


 頭を捻って唸っていると、隣に座っているミルムがくすっと笑った。


「昨日のガーデンパーティのおかげね。みんなエミリアの魅力に取り憑かれたのよ」


 やっぱり昨日のせいか…。でもそんなに話しかけてもらえるほど、なんか魅力的なことをした覚えはないんだけどな?


「なんか勘違いしてるんじゃ?」

「なわけないでしょ。どんな嫌がらせもスルーして、あの場で1番身分の高い方に臆することなく真正面から向かっていったのよ。それなのに不敬なことをするどころか、あの人のことをフォローするように立ち回っているのを見て、凄いと思わない方がおかしいわ」


 ぐいぐいと言葉で押されて、思わず体が引く。

 ミルムがすごい褒めてくれてる。嬉しいのにちょっと言いすぎな気もする。


「そんな大層なことしてないよ…」

「してるのよ。少なくともこの学園に通ってる生徒に、そんなことは出来ないわ」


 ビシッと言いきられてしまった。

 ならそれは、異世界人である私の強みなのかも。


 身分のない世界から来たからこそ、身分を見ないで接することが出来るっていう強み。

 でも一歩間違えたら不敬罪になるし、素直に喜べないなぁ。


「それにあなたの事をあまり知らなかった人達が、あなたの人柄を知って仲良くなりたいと思っているのよ。でもエミリア、気をつけて」

「?」

「その中には勿論、あなただけじゃなく、ライオニア家と仲良くしたい人も沢山いるわ」


 ほほう。なるほど?その手があったか。

 まだ婚約者だけど、ノアの私への溺愛ぶりから結婚までは秒読みだと見られている私に近づいておけば、結婚した際にはライオニア家とも仲良くなれると。


 はぁ、貴族って大変だね。

 そこまで考えて行動するんだね。横の繋がりを広げていくのは、家を守るために大事なことなんだろうな。


「私も積極的に仲良くなった方がいいのかなぁ…」

「うーん、私としてはその方がいいと思うけど、ノアゼット様の意見は違うかもしれないわね」

「どうして?」


 私も貴族の一員になるなら、ノアも私に横の繋がりを広めて欲しいと思うんじゃないのかな?


 ミルムは少し言いづらそうに目をそらす。


「……ノアゼット様は既に横の繋がりが広いし、それに…」

「それに?」

「…エミリアの交友関係が広がると、エミリアとの時間が無くなるから嫌かもしれないわね」


 はい?私との時間?その方が大切だって?

 言いそうだから笑えない。


 私がため息をつくと、ミルムはまぁまぁ、と窘めてくる。


「ノアゼット様はあなたに社交とかは求めてないでしょ。だからあなたが友人を増やしたいなら増やせばいいと思うし、そうでないなら無理しなくていいと思うわ」


 ミルムまでノアみたいなこと言う…。

 全く、みんな私のこと甘やかそうとしすぎじゃない?


 嬉しいけど。


「……でも、私も夫人として恥ずかしくないくらいにはなりたいよ」

「……そう。それなら協力するわ」


 私がミルムを見つめると、ミルムはふっ、と笑う。


「私はあまり上位貴族とは関わってないから分からないけど、私の知る範囲で、信用出来る貴族のリストを作っておくわ」

「ミルム…!」

「上位貴族の女性に関しては、ノアゼット様のお母様に聞くのが1番だと思うわ」


 なるほど、お義母様ね!その件に関してはノアに聞いてみよう。可能なら手紙を出してもらおう。


 きっと古くから仲のいい家とかもあったりするかもしれない。恩のある家とかも。

 そういうのもノアに聞いて、ノアからもリストを作ってもらおう。


 それで、自分でも見極められるようにならないと!


「まぁ、あなたなら変な人には引っかからないと思うけどね」


 ミルムは私のことなのに自信満々だ。分けて欲しいくらい。


「むしろ、また大物を引っ掛けてきそうで怖いわよ」

「またまたぁ。今までのは偶然だよ」

「偶然なわけないでしょ」


 大物って、ノアと隣国の王子様達のことを言ってるよね、ミルム。

 とはいえ王子様とレイズ様は、私が勝手に思ってるだけだけど友人だし、そんなに大層なものでもない気がするけど…。


「というか、交友関係を広げるのもいいけど、まだあの人収まってないんだから気をつけなさいよね?」


 人がいるから名前を出さないようにしているミルム。

 リゼット様の事だろう。

 私はしっかり頷く。


「もちろん」

「絶対まだ何かしてくるわよ。ほんとに、本当に気をつけてよ?」

「任せて!」


 ノアの魔道具もあるし、怪我はつけられないはず。

 心配なことといえば誘拐くらいで、私だけならまだしも、ミルムを人質に取られたりしたらまずい。


 とはいえノアの話だと、あまり大きなことは出来ないだろうとの事だ。

 リゼット様が私を目の敵にしてるのは誰もが知ってる事で、そんな時に私が大きな被害を受けるようなことがあれば、疑われるのは間違いない。


 だから暗殺も誘拐も、そうそう出来ないだろう、と。


 とはいえ対策も立ててある。暗殺は魔道具があるし、誘拐も、ノアが1時間に1回は位置を確認してくれてる。


 だから心配なのは……。


「ミルムこそ、人質になったりしないでよ?」

「ありそうね…。私も1人にならないようにするわ」

「うん、そうして」


 関係者以外立ち入り禁止のこの学園は、護衛だって余程の理由がなければ付けられないのだ。

 まぁ同じ理由で、外からの暗殺者や誘拐犯も入れないのだけど。


「このまま何も無いのが1番なんだけどね…」

「まぁ、無理でしょう。被害が少ないことを祈るわ」


 うーん、平和が遠い…。





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