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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
57/110

新入生から逃げたい4

 

「そうだわ、エミリアさんにお茶をいれて差し上げて」


 リゼット様が近くの女性にそう指示をすると、指示された女性は紅茶をいれて私にくれた。

 これが噂のあれかな…?


 いただきます、と言って口に流し込む。

 その際にちらりと見たリゼット様の顔はにやりと笑っていた。


「とても美味しいですわ」

「……それは良かったわ」

「ええ。この渋みはわざとですか?紅茶にはこんな飲み方があったのですね」


 私が顔色ひとつ変えないものだから、リゼット様は不満のようだ。

 まぁ渋いのは緑茶とかで慣れてるしねぇ。この世界には渋い飲み物ってあまりないけど。


「…渋かったかしら。新しく淹れ直させるわ」

「いえ、このままで結構です」


 自分よりも格上が淹れた紅茶を渋いと言うなど、失礼すぎて普通は言えない。それを私が言ったから、リゼット様は分かりやすく顔を顰めた。


 だけど紅茶を淹れろと言ったのはリゼット様で、この紅茶にはリゼット様の責任がある。だから嫌な思いをしても紅茶を淹れ直させようとした。


 それを私は断る。


「甘いものばかり食べていたので、口がさっぱりします。初めて飲みましたけど、美味しいですわ」

「そ、そうかしら…」

「えぇ。これだけ渋くするのは大変でしたでしょう?甘いものばかり口にしていた私へ配慮して下さり、ありがとうございます」


 最大限の笑顔を添えて!

 それが1番の武器よ!とミルムに言われた通りにしたら、どうやらリゼット様に効いてるらしく、眉を寄せた。


 でも私の言葉を否定してしまうと、渋くさせたのはあちら側なので、あちら側に非が出来てしまうから、リゼット様は何も言えない。


「…美味しかったのなら何よりだわ」


 悔しそうにリゼット様は言った。

 いやでも本当に、この世界には緑茶はないから、久々に苦いもの飲めて少し嬉しい。正確には渋いけど、似てる。


 そう言えば紅茶と緑茶の茶葉は同じだと聞いたことあるし、緑茶も作れるんじゃなかろうか。需要ないかな。てか作り方も知らないしな。

 レイズ様に聞いたら分かるかな?


 そんなことを思い浮かべていると、少し離れたところから紅茶を持った女性が歩いてくる。

 ちらりと横目で確認していると、彼女は私に近づいてきて、転んだ。


「きゃっ…!」


 彼女の持っていた紅茶が勢いよく私にかかる。そして彼女は地べたに膝をついてしまっていて、少し震えているようにも見えた。


「あら、素敵なドレスが汚れて…え?」


 リゼット様が紅茶のかけられた私をニヤニヤと笑いながら見ていて、私のドレスを確認して固まる。

 それもそのはず、私のドレスに汚れは一切ないのだから。


「安心してください、汚れていませんよ」

「…え?」


 リゼット様に笑顔でそう言ってから、まだ地べたで蹲ってる女性に手を差し伸べた。


「立てますか?大丈夫ですか?」

「え?え、えぇ…」

「お怪我は無いですか?…あぁ、少しドレスが汚れてしまいましたね。とても似合っているのに、残念です」


 彼女を立たせて、傷がないか確認した。転んだ時の傷か、紅茶をかけた時に自分にもかかって火傷していないか。


 うん、外傷はなさそうだ。


「足元にお気をつけて歩いてくださいね。怪我でもしたら大変ですから」

「…っ、はいっ…」


 彼女は顔を歪めて、少し泣きそうな顔になりながら私に頭を下げて、この場から去っていった。

 やれって脅されてたんだろうか。前に私を閉じ込めたいじめの人と似たような表情だったしなぁ。


「エミリアさんは、お怪我はありませんの?」

「はい、ご心配お掛けしました」

「…どう見ても紅茶がかかったように見えたのだけど」

「私への害を弾く魔道具を着用しています」


 あの紅茶は、温かかったから私への害に該当した。温かいのはきっとわざとだろうし、あわよくば火傷でも狙ったのだろう。それが逆に魔道具を発動させる条件になったんだけど。


 私の説明にリゼット様は、再び顔を歪める。

 笑ったりゆがめたり、表情が忙しい人だなぁ。


「…その魔道具も、ノアゼット様が?」

「はい。私のために1ヶ月もかけて作ってくれました」


 リゼット様の周りに集まる令嬢が驚いている。

 うんうん、1ヶ月もかけて作った魔道具なんて、凄すぎるよね…。


 歯ぎしりすらしてしまいそうなくらい悔しそうに顔を歪めるリゼット様。

 少し虐めすぎただろうかと思いつつ、少し遠くにいるミルムが私を呼んでるのが見えたので、ここは退散しよう。


「では、他の方にもご挨拶に参りますので、失礼致します」


 ぺこりと頭を下げて、ミルムの元に行った。



「ちょっと、大丈夫だった?」

「全然平気。大したことされてないよ」


 コソッと状況を伝えた。ミルムも遠くから見ていてくれてたらしく、紅茶を持った女性が転びに行った時なんかは悲鳴が出そうだったと言ってげんなりした顔をした。


「まぁ無事ならいいわ。それより、私の知り合いに挨拶に行くわよ」

「りょーかい」


 ミルムはまだ平民の地位だけど、ロットと婚約して勉強のように沢山社交場に出て、知り合いや仲間を増やしたんだそう。

 そのほとんどが下位貴族らしいが、貴族は横の繋がりが大事だから、下位の貴族とはいえ侮れない。


 そして今、ミルムの知り合いに紹介してもらうみたいだ。



 ミルムに連れられ、数人の女性の輪に入り込む。視線を沢山受けるけど、嫌な視線ではない。

 それに見た事ある顔ばかりで、2年生以上だなとすぐに分かった。


「皆様、紹介致します。私の友人のエミリア・ライドですわ」

「初めまして、エミリア・ライドと申します」


 ぺこりと頭を下げると、周りの女性達も優しい声で自己紹介してくれた。多すぎてちょっと、今すぐは覚えられそうにない…。


「エミリアさん、リゼット様のこと、止められなくてごめんなさい」


 そのうちの一人が、申し訳なさそうな顔をした。

 その言葉に同調して、周りも同じ顔になる。


「今この学園に公爵家の令嬢は彼女しかいなくて、誰も手が付けられないの。本当にごめんなさい」


 リゼット様の事なのに、なぜ彼女たちが謝るのだろう?

 何も悪いことしてないのに。


「謝らないでください。皆様は何もしてないではありませんか」

「止められなかったわ。何も出来てないのよ」

「それは仕方の無いことです。それに見守って下さっていたではありませんか。十分です」


 一緒になって笑ったりするのではなく、見ていただけ。止めないのは同調する事だと思う人もいるけど、今回私はそうは思わなかった。


 この世界には私の理解の及ばない、身分制度がある。その影響力や強制力は、私が思う以上なんだろう。

 だから、身分の高いリゼット様に付き従って共に笑うのではなく、見てるだけを選択してくれた彼女達は、すごいと思う。


 だから、見守ったと言った。

 それを選ぶのも、中々大変な事だと思うから。


「……エミリアさんは、不思議な方ね」


 私の言葉に女性が表情をやわらげてくれた。

 そしてその女性の言葉に、隣の女性も頷いている。


「えぇ。なんだか、想像していた方とは違ったわ」

「とても優しくて慈悲深い方なのね。ノアゼット様はこういった所に惹かれたのかしら」


 穏やかな表情を浮かべた彼女たちは、ふわりとした笑顔を浮かべて話し出す。

 私に対してすごい過大評価されている気がしないでも無い…。


「ノアゼット様は最近とてもエミリアさんに甘い空気を出しているけれど、普段からあんな感じなのかしら?」

「ノアゼット様がお料理が得意って本当?お昼のサンドイッチは手作りだとか」

「エミリアさんはノアゼット様のどこが好きなのかしら?」


 わいわい、きゃいきゃい。女性が何人もいれば姦しいもので、話題はもちろんスーパーイケメンのノア。

 今まで婚約者も女の影もなく、無表情で何考えてるか分からないノアだったからこそ、皆は、知りたいことが沢山あるらしい。


 答えられるものばかり選んで答える。

 と言っても知らないものも沢山あるし、あまり答えるとボロも出る。だから控えめに答えた。


 それでも彼女たちは満足してくれて、私の言葉にきゃっきゃっ言いながらはしゃいでいる。


「エミリアさん、今度うちの茶会に参加されたらどうかしら」

「ずるいわ、私の家の夜会にも是非来てちょうだい!」


 機会があれば是非、と言って私はミルムとその場を離れた。

 ふぅ、久々の女性の輪は、やはり大変だ…。しかも若いから勢いがすごい…。


「人気者じゃない、エミリア」

「社交って大変だね…」

「こうやって関係を広げていくのよ」


 ミルムが紅茶をいれて渡してくれた。それを飲んで一息つく。

 ミルムはいつもこんなことをしてるのか…。尊敬するな…。


「にしても、婚約者がいてもノアゼット様は人気なのね」

「凄いね」

「あなた、嫉妬とかしないの?」


 そう言われてうーんと悩む。

 嫉妬、しっとかぁ…。


「まだしたことは無いなぁ」

「そうなの?」

「うん。だってあの人たちも、本気でノアを好きなわけじゃないでしょ?かっこいいなー素敵だなー、見てるだけで十分だ、ってやつ、恋愛とはちょっと違うよね」


 皆がノアを見る目は、アイドルを見る目と同じだ。推しのようなもの。

 要はノアは観賞用なのだ。だから何も思わないのかもしれない。


 まぁ私がノアに恋してないからっていうのもあるのかもしれないけど。


「そうなの?…私には分からないわ」

「まぁ浮気に取られることもあるかもしれないから、ミルムは分からない方がいいかも」

「それもそうね」


 ミルムにとって1番かっこよくて素敵なのはロット。好きな人も推しもロット。それでいい。


 私たちは紅茶を飲みながらお菓子をつまむ。

 ふとそこで、視界に知ってる人が写った。


「あっ」


 ミルムに手招きして、そちらに向かって歩く。

 偶然1人になった彼女に私は声をかけた。


「ユフィーリアさん」

「エミリアさん、お姉様」


 私には無表情、ミルムには笑顔を向けるユフィーリアさん。分かりやすくて助かるわぁ。


「この間はありがとうございました。おかげで対処出来ました」

「いえ…」


 お礼が言いたかった。彼女のおかげで色んな対策が取れたし、身構えることも出来た。

 素直にお礼を言うと、彼女は少し顔を赤くして横をむく。照れてるらしい。


「ユフィーリア、私からもありがとう。エミリアに忠告してくれて助かったわ」

「お姉様のお役に立てて良かったです」


 にこりとミルムに笑顔を向けるユフィーリアさん。

 うん、私は嫌われているみたいだ。何もしてないはずなんだけどね。


 まぁいいかと2人を眺めていると、ユフィーリアさんが私に真面目な目を向けた。


「…まだ諦めてはいないと思うので気をつけて下さい」

「ありがとうございます。お優しいのですね」

「…っ、べ、べつに!」


 またそっぽを向かれてしまった。ツンデレだなぁ。

 そこまで嫌われてないのかも?



 ツンデレなユフィーリアさんを、ミルムと一緒に微笑ましく眺めながら、ガーデンパーティは終了した。


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