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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
56/110

新入生から逃げたい3

 

 それからはしばらく平和な日々が続いている。私を呼び出す人も、私に何か言う人もいなかった。


「エミリアさんとミルムお姉様。少しいいかしら」


 そんな時に休み時間に声をかけてきたのは、ロットのいとこ、ユフィーリアさん。


 私はミルムと目を見合わせて、ユフィーリアさんに着いていく。



 彼女は初日にノアに引っ付いてきて以来、私たちに関わりに来ることは無かった。ミルムの話では、ロットにそれはそれは叱られたらしい。

 ノアへの態度は改めるとしても、私にまで丁寧に対応しないといけないのは納得がいかなかったユフィーリアさんは、ロットから私達に接近するのを禁止されていたらしい。


 私を呼び出す人達が少なくなってからユフィーリアさんのことを思い出したから、そこまでしなくても、とは思ったけどもう後の祭りだった。



 そんなわけで彼女とはあれ以来すれ違ってすらいなかったわけだけど、今日わざわざ私たちを呼ぶのはどうしてだろう。

 接近禁止令は解けたんだろうか。


 人がいない廊下の突き当たりまで来て、ユフィーリアさんは私達の方へ振り返る。


「その…忠告に来たんですの!」

「忠告?」


 少し恥ずかしそうに、でもそれを隠すようにユフィーリアさんはそっぽを向く。


「ユフィーリア、忠告って?」


 ミルムがユフィーリアさんにそう尋ねる。

 ミルムはユフィーリアさんにはあまり警戒はしていなさそう。まぁ仲良いもんね、きみたち。


 ユフィーリアさんもミルムに話しかけられると態度をやわらげる。


「はい…その、リゼット様が、来週に控えてるガーデンパーティで、エミリアさんに恥をかかせると仰っていて…」

「ガーデンパーティか…」


 ガーデンパーティとは、全校生徒の女性だけで行う社交を目的としたパーティだ。この学園の庭園で、立食形式でお菓子をつまみ、夜会でのワインの代わりに紅茶を飲みながら社交の練習をするのだ。


 そこで私に恥をかかせるつもり、と…。


「なるほど分かりました。ご忠告感謝します」


 近くのイベントでなにかしてくるだろうとは思ってたけど、本当にそうなるとは。まぁきっとノアも予想してるだろうし、なんとかなるだろう。

 ノアが参加出来ないパーティって言うところがミソだね。


「あ、あなたのためではありませんわ!あなたに何かあるとノアゼット様やお姉様が悲しむからですわ!」

「それでも、ありがとうございます」


 典型的なツンデレのような返しをしてくるユフィーリアさんを微笑ましく思ってしまって、笑顔でお礼を言った。

 納得いかない顔でユフィーリアさんはその場から去っていく。


「ガーデンパーティか…」

「何を用意してるのかしらね」


 ユフィーリアさんの去る姿を見ながら、ミルムと会話をする。お互いに向いてる方向は同じだ。


「定番なところで言うと、ドレスにお茶をかけるとか、足をひっかけて転ばせるとか?あと持ち寄ったお菓子を否定する、とか?」

「なんでそんなに出てくるのよ…」


 私に呆れた目を向けてくるミルム。

 まぁ、この世界じゃどうかは知らないけど、向こうの世界の物語ではこれくらいが定番だからね。


「ミルムだったら何してくると思う?」

「…ロットのお母様の話だけど、わざと苦い紅茶を出されたり、会話に入れて貰えなかったりしたらしいわ」

「意外とぬるいんだね」

「……」


 また懐疑的な目を向けられた。なぜ。




 そうしてやってきたガーデンパーティ。

 ノアにも聞いて、考えうる対策をしてきた。


 と言っても、この世界の恥をかかせることは日本のいじめに比べて優しいものばかりで、そのどれを受けても私は平気な気がした。


 今日はノアはいないけど、ミルムはいる。

 それだけで百人力だし、きっと向こうも私からミルムを離そうとするだろう。でも大丈夫だ。



 ガーデンパーティが始まって少しして、ミルムは伯爵令嬢に呼ばれて私のそばを離れた。凄く私のことを心配そうにしてたけど、笑顔で見送った。


 さて。何から来るかな。


 女性だけの社交で、男性を盾に使うのは良くないらしい。自分の力が無いと見られて、貴族の女性として無力にうつる。

 それでもノアは、自分の名前を出してもいいとも言ってたし、私への溺愛具合を周りに見せてるから、そこまで無力に映らないだろうとも言っていた。


 まぁ実際私は貴族の女性としては無力だろう。ガーデンパーティだって今年初めて出たし、横の繋がりも皆無。

 こうしてミルムがいなくなれば、私の周りには誰も寄ってこない。



 まぁ、それがなんだって感じだけど。

 私はテーブルに置かれたお菓子をつまむ。うん、美味しい。

 このテーブルに置かれたマドレーヌは、私が持ってきたもので、手をつけられていない。


「あら、そちらのマドレーヌ、エミリアさんが持参したものですって?」


 そこへひとりの女性が声掛けてきた。見た事がないからきっと貴族の女性だろう。

 でも2年生から上は、ノアの教育が行き渡ってるとミルムが言ってたし、1年生かな。ノアの教育って何、って感じだけど。


「はい。宜しければおひとついかがですか?」

「頂きたいけど、ねぇ?どこのお店のものか、カードも添えられてませんもの。どちらで買われたの?」


 有名店であれば買った際に店名の書かれたカードが貰える。この会場におかれたお菓子のほとんどはカードが添えてあって、そこで買ったのだとひと目でわかる。


 そして私のお菓子にはカードは添えられてない。


「買ってません。手作りです」

「まぁ!!手作りですって!?」


 女性は少し大きめの声をだして、わざとらしくバカにした顔をする。

 やっぱり、そうなる?


「手作りを貴族に食べさせるなんて、正気?あなたの作ったものなんて、何が入ってるか分からなくて怖いに決まってるわ!」


 周りにいる女性もくすくす笑う。

 ただ気まずげにこちらを見る女性も多数いるから、その人たちが2年生以上なのだろうか。それならくすくす笑ってる人達は1年生だな。


 私は少し俯いて、悲しげな表情を作った。


「そうですか…。私は美味しいと思うんですけど…。ノアの手作り…。」

「えっ?」

「沢山残ったら悲しむだろうな…。あ、すいません」


 驚いた目の前の女性を置いて、私はお皿にいくつかのマドレーヌを乗せる。そして、笑われた私を気まずそうに見ていた女性達の元へ持っていく。


「もし宜しければおひとつどうですか。婚約者が腕を奮ってくれたのです。残すのは忍びないので」

「い、頂くわ…」


 私に話しかけれて驚いた女性たちは、私の持つお皿から恐る恐るマドレーヌをひとつ手に取る。

 そして口に入れて、ふわ、と表情が和らいだ。


「美味しいわ……」

「ふふ、光栄です。婚約者も喜びます」


 にこにことノアを真似した笑顔を浮かべる。すると目の前の女性達も緊張を解いてくれたようだ。


「こちら、本当にノアゼット様がお作りになられたの…?」

「はい。お昼のサンドイッチもよく作ってくれますし、上手なんですよ」

「ノアゼット様の作られたものを食べられるなんて…」


 どうやら感動しているようだ。

 貴族が料理をするのははしたないという風潮があっても、ノアがするならそれは別みたい。さすがだね、ノアは。


 このマドレーヌも本当にノアが作ったもので、きっと私が何を持っていっても文句を言うだろうから、ってノアが作ってくれた。

 ノアが作ったものなら比べようがないし、文句も言えないだろうと。


 私はお皿が空になるのを見て、私の持ってきたマドレーヌが置いてあるテーブルに戻る。その傍にはまだ、さっき私の持ち物をバカにしようとした女性がいて、悔しそうな顔を浮かべてる。


 私は再びお皿にマドレーヌを乗せて、彼女の前に立つ。

 私に立ち向かわれて警戒心を露わにする彼女に、私はお皿を差し出した。


「他人の手作りが苦手なのは重々承知ですが、ひとつでもいいので食べていただけませんか?色んな人に美味しいって言って貰えたら喜ぶと思うんです」


 誰が、とは言わないでおく。

 すると彼女は少し驚いた顔をして、私から視線を逸らした。


「…ひとつ頂くわ」

「ありがとうございます」


 そしてマドレーヌをひとくち。

 ふわっと表情が明るくなった。


「お、美味しい……」


 そして私に見られてることに気付いて顔を戻す。


「……とても美味しかったと、ノアゼット様に伝えてちょうだい」

「はい」


 それだけ言うと彼女は踵を返してしまう。

 残ったのは私をくすくす笑ってた人たち。彼女達も気まずそうな顔をしている。


 私は彼女達に向けて、ノア直伝の笑顔を披露した。


「皆様も良ければ召し上がってください」


 そう言うと、彼女たちは恐る恐る近づいてきて、マドレーヌを食べた。食べた途端に皆表情が和らいでいて、私への態度も軟化したようだ。

 主にノアの事だけど、話しかけてくれるようになった。


 うむうむ、作戦は成功かな。



 ノアは私に社交を求めてはなくて、むしろしなくていいとも言っていた。だからこのガーデンパーティも、休むことを勧められた。

 だけど私もノアとの結婚を少しずつ覚悟しているから、こういうこともしていかないといけないと思ったのだ。ノアの妻とはそういうことだろう。


 だから、立ち向かう。貴族社会は難しいだろうし、一筋縄ではいかないのも分かる。でも、負けるものか。



「エミリアさん、あちらで話しませんか?」


 マドレーヌをきっかけに数人と話していると、別の輪から来た女性が声をかけてきた。

 そして彼女が指すあちらには、中心にリゼット様がいる。


 どうやら早くもボスの登場らしい。


「はい、お話しましょう」


 私は素直に女性の後を着いていく。



 途中すれ違った人に足を差し出されたけど、避けておいた。

 ここでわざと踏み付ける、っていう案もあったけど、やっぱり女性の足を踏みたくはないし、怪我もさせたくない。

 だからしっかり避けた。


 足が出される度に前を歩く女性がこちらを伺ってるのが分かった。リゼット様のところに着くまでに、あわよくば転ばせられればと思ったんだろうな。


 そこまで甘くはない!


「あら、エミリアさん」

「ごきげんよう、リゼット様」


 リゼット様は私に笑顔を向けている。何かを企んでいるような、気味の悪い笑顔を。

 私も負けじと笑顔を返した。ふんわりとした、優しめの笑顔を。


「初めてのガーデンパーティはいかがかしら。社交は難しいでしょう?」


 去年まで出てなかったよね、だから社交できないんだし、ノアのことは諦めたら?

 って言われているようだ。


「ご心配ありがとうございます。ですが恐ろしいことは何も起きていませんの。皆様優しくしてくださって、自信が持てますわ」


 笑顔で返すと彼女の眉が少しぴくりと動いた気がする。

 15歳の女の子を負かすと思うと少し可哀想に思えるから、あまりいじめないでおこう…。


「それにこうしてリゼット様も私を心配なさって声をかけてくださって、私とても安心しましたの」

「……それは良かったわ」


 彼女の表情がまた少し崩れる。

 いじめ過ぎないように彼女のことを持ち上げたつもりが、煽りのように取られたかもしれない。


 うーん、社交、難しい。


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