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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
55/110

新入生から逃げたい2

 

「エミリア、あーん」

「あ、あーん…」

「美味しい?」

「う、うん…」


 視界にリゼット様がいて、素直に味わえない。

 でもノアは全く気にしていないし、むしろそこまで存在を無視出来るのが凄いとさえ思う。


「ノアゼット様……!」

「エミリアは可愛いね」


 私の頬にちゅ、とキスを落とす。それはよくある事だし、送り迎えとかでもされていて人目にも晒されているから、割と慣れてきた。


 けど、リゼット様には刺激が強かったようだ。


「は、破廉恥ですわ!ここは学園なのですよ!?」


 リゼット様の言葉にびくっ、と体が反応する。

 そこで思い出す。


 そうだよ、学園だよここ!破廉恥だよ!

 誰も何も言わないから、ここがそういう世界だと思ってたけど、違うみたいだよやっぱり!!


 また顔を近づけてきたノアに、小さく首を振る。

 するとノアの目がすっ、と細くなって、今まで見向きもしなかったリゼット様に目を向けた。


「私は婚約者と仲を深めているのです。破廉恥だと思うのならば立ち去られてはいかがですか」

「…っでも!」

「元々私達がいたところに来られたのはリゼット様でしょう。風紀を乱す行動をしてる訳でもないのですから、不快ならばそちらが去って下さい」


 冷たい声で反論も許さないという圧をかけられて、リゼット様は何も言えなくなった。

 そして悔しそうに少し俯いて、やがて去っていく。


 リゼット様がいなくなって、ノアは私に笑顔を向けた。


「居なくなったよ。キスしていい?」

「え、で、でも、やっぱり学園でするのは良くないんじゃあ…」

「彼女が箱入りなだけだよ。普通のことだよ。ね?」


 ほ、本当かなぁ…。

 少し疑っていると、その思考を鈍らせるように口にキスを落とされた。

 流石のノアも、外では深いキスはしない。しても触れるだけのもの。それ以上はやはり人前では良くないんだろう。


 触れるだけのキスをして、ノアは私を優しく抱きしめる。


「エミリア、何かされたら直ぐに言うんだよ」

「分かった」


 耳元に響く優しい声。柔らかくて頭にすぅっと入ってきて、安心する声。


 ノアが何を危惧しているかは分からないけど、何かが起きそうな予感でもあるんだろうか。

 あいにく、私には全く分からなかった。




「今年の1年生は勇敢ね…」

「ね……」


 ミルムがぽつりと呟いたので、頷いた。


 あれから毎日のように女の子達が私に抗議しにくるのだ。ノアゼット様と婚約破棄しろ、と。

 教室まで言いに来たり、呼び出されて言われたり。

 大抵同じ人達だし、言ってることも同じことだし、彼女達も飽きないんだろうか。


「エミリア、まさかとは思うけどノアゼット様には…」

「ちゃんと言ってるよ」

「そうよね、良かったわ…」


 ミルムがほっと息をついた。うん、私には前科があるからね。

 ちなみにミルムは、私が人に呼ばれて2度も姿を消したことがトラウマになってるらしく、どんな用事でも絶対に着いてきてくれる。


 私だけを呼んだから席をはずせ、と言われても、ノアゼット様に命令されてると言って着いてくる。本当かどうかは知らないけど。


「ノアゼット様はどう対処なさるのかしら…」

「あ、ノアにはね、何もしないでって言ってるんだ」

「えっ?」


 ミルムが目を大きく見開いてこっちを見た。

 あれ、なにかおかしなこと言ったかな。


「だって、言われてるだけだし…。なにも被害ないし…」

「……あなたねぇ!全く懲りてないのね!」


 わ、私が怒られるの!?

 でも、あの子たちまだ15歳が多いし、私は立派な大人なわけで、本当に私はなんとも思っていない。

 むしろ若いって凄いなーと感心しているくらい。


 とはいえまぁミルムは私の歳を知らないから、私のこの気持ちもわからないだろう。

 ちなみにノアにはちゃんと言っている。不満そうな顔をしてたけど、私が傷ついてないっていうのは伝わったらしく、仕方ないとばかりに頷いてくれた。


 その後、大人なら普通だよね?と揚げ足をとられて、大人のキスをノアの気が済むまでされたことはもう忘れたい。

 いつもより長かったししつこかったし、息も出来なかったし止まってもくれなかった。


 あれでキスだけで済んだのが不思議なくらい、雰囲気があった。

 それもノアが我慢してくれたんだろう。雰囲気作ったのはノアのくせに、我慢してくれてありがとうと思ってしまって、もうなにがなんだか分からない。



 ミルムは眉尻を釣り上げて、いかにも怒ってます、という顔をしている。


「前回もそんなこと言って大変なことになったでしょう!被害が無いうちに対処をしなきゃいけないのであって、被害があってからでは遅いのよ!」

「でも」

「でもじゃないの!これだけで終わるわけがないんだから、早くどうにかしてもらいなさい!」


 ミルムの頭に角が見える気がする。なんか背後に雷とか落ちてない?大丈夫?


 というか忘れてた…。ミルム怒ると怖いんだった…。


「いい?お昼に言いなさい。絶対よ。あの人達になにかするのが申し訳ないなら、ノアゼット様と一緒に対処法を考えなさい。貴方を悲しませるようなことはされないはずよ」

「は、はい」

「次に私を心配で泣かせたら許さないんだからね!」


 いつも心配かけてごめんなさい。

 私はミルムの怒りを抑えるために必死で謝った。




「……という訳でして…」

「あはは、さすがミルム嬢だね。エミリアを納得させるなんて」


 お昼の時間に、朝ミルムに言われたことを洗いざらい話すと、ノアは笑った。


「ミルム嬢には感謝しなくちゃいけないね。僕も同じ意見だから」

「やっぱり対処するべき…?」

「そうだね。何かあってからでは遅いから」


 ニコニコしてるノアに、私は笑顔を返せない。

 だって対処も何も、悪口を面と向かって言われてるだけ。それだけなのだ。

 しかも私の心にダメージは一切ない。


 なのに対処するとか…なんか、そんなことで、と思ってしまう。


「何も対処と言ったって、その子達に直接注意するとか、そうじゃなくてもいいんだよ」

「え?」


 ノアの言葉に顔を上げる。

 ノアは紅茶を飲みながら、私にひとつずつ説明をしてくれた。


「彼女達に何がするのが嫌なら、別の方法もあるんだよ。例えば前みたいに、僕が校内放送を流したり。あれなら彼女達だけではなくて、全校生徒に向けてるから、彼女達だけを非難するものにはならないでしょ?」

「た、確かに…」

「あとは僕が暴れたのをエミリアが抑える、っていうのもいいね。僕を抑えられるのがエミリアだけなら、彼女達も納得せざるを得ないでしょ?」


 なるほどだけど、暴れるって何。抑えるって何。


 でもそっか。直接じゃなくて、間接的にそういうことをしないように働きかけることも出来るのか。そっちの方法は思いつかなかった。


「僕として1番オススメなのは、僕のエミリアへの愛を認知してもらうって方法かな」

「……なにそれ?」

「僕がいかにエミリアを愛しているか、ありとあらゆる場面でそれを見せつけて、分からせるんだよ」


 にこにこ笑うノア。私は顔を引き攣らせた。

 それって、私がただ恥ずかしいだけのような…。


「基本的に平民と貴族の婚約を平民側からは破棄できないからね。僕がエミリアの事が大好きなのは当たり前のことだし、それを分かりやすく見せびらかせば、彼女達は文句言えないはずだよ」

「……」


 なんだろう、この…言ってることは合ってるし、平和的解決なのに、何故か嵌められてる感じがするのは…。


「ね?」


 確証も何も無いけど、罠にハマったことだけは分かった。




「エミリア、好きだよ。早く僕を好きになってね」

「早く結婚したいね。そしたらずっと一緒にいられるよ」

「誰を見てるの?僕だけを見てよ」



「………甘い!甘すぎるわ!!」


 目の前でミルムが机に突っ伏している。

 気持ちは分かる。私も以前は飲めなかったはずのコーヒーが飲みたい気分。この世界には無いけれど。


「あなたよく平然としてられるわね…」

「あー…2人の時は割とあんな感じになるから…」

「……尊敬するわ」


 とても言葉通り尊敬してるようには見えないミルム。それどころか顔をゆがめて苦そうな顔をしている。


 私も慣れてなかったらこんな顔になっていたんだろうか。慣れてしまった身が怖い…。


「でも確かに、呼び出されること減ったよね…」

「そりゃそうよ。ノアゼット様があれだけ公衆の面前で愛を囁いていたら、ノアゼット様に恋してた子だって諦めるし、あれは引き離すのが困難だって誰だってわかるわよ」


 流石よね、とミルムは言う。


 ノアはあの話をした次の日から、私への態度を変えた。主に人前での態度を。

 私に対して紳士な婚約者の態度をとっていたノアは、2人きりの時のように甘い言葉を人前でも吐くようになった。


 というか人前、主に1年生の見てるところで狙ってやっていた。


 甘い言葉と甘い顔。そして私の頬や額、手の甲や手のひらにまでキスを落として、その度周りからざわめきが聞こえたものだ。


 ちなみにたまたまそれを見たグレン様もドン引きしていた。


 ノアの行動の甲斐あって、私を呼び出す人や、私に直接何かを言ってくる人は減った。ここ3日はひとつも無い。

 ノアが私を溺愛してることを見せつけることで、私に何かしたらノアが黙ってないというのを分からせたんだそうだ。



「でも、ここからが本番だって言ってた」

「まぁ…そんな気はするわね」


 ノアの話では、この方法で落ち着くのは、ノアより下の貴族だけ。ノアと同じ、もしくはそれ以上の貴族には効かないし、むしろ火に油を注ぐことになる。


 そしてノアは、そうして判断力が鈍って何かをやらかそうとするのを狙っているんだと。

 判断力も鈍って使える人もいなくなれば、何かしてくるとしても大それたことは出来ないし、こちらもある程度予想して対処出来る。


 主に、リゼット様に対する対策のことだ。


「彼女は諦めてなさそうだしね…」


 ミルムも同じ人を思い浮かべていたらしい。


 リゼット様はあの昼に邪魔しに来てから、1度も私の前に直接は姿を見せていない。だけど、ノアのことを諦めていないのは知っている。

 遠目で見つけると凄い睨まれるし、ノアもよく声をかけられているらしい。ノアはガン無視してるってグレン様に聞いた。


 ガン無視は可哀想じゃないかな…なんて思ったけど、ノアはリゼット様が嫌いっぽい。

 まぁ性格合わなそうだよね。


「でもま、ノアゼット様に任せれば何とかなるでしょ!」


 ミルムはノアに絶大な信頼を寄せているようだ。まったく人心掌握が得意なんだから、あの人は。


 目の前でたらしこまれた友人を見て、なんとも言えない気持ちになる。


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