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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
54/110

新入生から逃げたい

誤字脱字報告ありがとうございます!

 

 学園に新入生が入学してきた。15歳の若者たちが、勉強や社会のことを学びに、入学してきた。



 この世界は1年の始まりと終わりを祝ったりすることはなく、素通りしていく。同じように学年も、1つ変わってもなんのお祝いもしない。


 4年生の卒業式は、卒業生だけで卒業パーティを行う。お世話になった先輩に感謝を、とかはなく、そもそも卒業が別れのような風潮は無いので、お祝いしたり激励したりも無い。


 ただ行事として、節目として、卒業するだけ。

 日本人からしたら、とても呆気ないと思ってしまう。


 でもきっとこの世界の人達は、1年のサイクルをそんなに重要視してないんだな、なんて思う。

 大事なのは誕生日くらい。

 日常が1年回ったところで、それは自然の摂理で今更祝ったりどうこうしたりはしないのだ。



 そんなこんなでさらっと4年生が卒業して、私達も気付いたら4年生になっていて、そして知らぬ間に新入生が入学している。


 …とはいえ私達の生活が何か大きく変わることはなく、新入生と同じ授業を受ける訳でもないし、教室も離れてる。

 強いて関わるとすれば、お昼にすれ違うくらい?


 だと思っていたんだけど。



「なんであなたなんかがノアゼット様の婚約者なんですの!?」

「ありえませんわ!こんな地味な女がノアゼット様の婚約者だなんて!」

「恥を知りなさい!」


 何故か、1年生の子達に囲まれている。それも女の子数人。

 なんかどっかで聞いたことある言葉だなぁ、なんて思い、あぁ、闘技大会のときの女の人もこんなこと言ってたな、なんて思い出した。


 もちろん私が彼女達に囲まれたところで、いくら彼女達が私より10センチ以上背が高くても、何も怖いと思わない。

 背は高くても、その言動は幼く見えるし、弱いからこそ威嚇してるようにも見える。


 それに何より……私より9つも離れてる。

 あ、自分で言って自分で傷ついた、今。


「なんか言ったらどうなんですの!?」

「本当のことだから何も言い返せないのではなくて?」


 思えばノアと婚約して、私を排除しようとしたのは、私をいじめろと指示したあの人だけだったな…。

 それだけで済んだのは、ノアが裏で手を回してくれてたりしたんだろうか?1年生たちを見ると、そう思えて仕方ない。


「ちょっと聞いてますの!?」


 だってあの時は先輩もいたし、それに貴族令嬢も多かった。いや今でも多いけど。その全員が私とノアのことを認めてて、1年生のこの数人が認めてないなんて、そんな極端なことある?


 いや、私を追いかけるノアを見て、ノアに幻滅した可能性も…?


「ちょっと!!」


 真剣に考えているところに、1年生の女の子が1人、私の肩を押そうとしたから、スっと避けた。

 まさか避けられると思ってなかったのか、彼女の手はスカして少し体制を崩した。顔を少し赤らめていて、恥ずかしそうに私を睨みつける。


 えぇ、何もしてないのに!


「一体どんな卑劣な手を使ったんですの!そうでなければノアゼット様があなたなんかを選ぶはずがありませんわ!」


 真ん中の女の子に睨みつけられたままそう声高々に言われる。

 卑劣な手を使ってきたのはノアの方だけどね…。


 そう思って私が苦笑いをしたから、彼女たちはバカにされたと思ったのか、かっ、と顔を赤くした。


「あなた…調子に乗るんじゃないわ!」

「私は貴族様のことはよく分かりませんが」


 真ん中の彼女が声を上げたところを被せるのように、私は声を出す。

 あくまで冷静に、まっすぐ。

 私を睨みつける女の子達一人一人をしっかり見つめて。


「私を否定することは、私を選んだノアゼット様の選択が間違っていたと、いうことになります。それはつまり、ノアゼット様は婚約者の選択1つ満足に出来ないと言っているのと同義ですが、そういうことでいいですか?」

「そ、そんなわけないでしょう!?」


 私の言葉に気付いた女の子たちは、今度は慌てだした。ノアが不敬罪なんてことはしなさそうに見えるけど、彼女達がこの態度を続ければやがて大きなところで大きなミスに繋がる可能性もある。


 年長者としては諭してあげないと。


「ではノアゼット様は素晴らしい選択をできる人ですね?それならこの婚約も素晴らしかった。私を選んだことも間違いではないということになります」

「…でも、あなたは地味だわ!平民だし、普通の女じゃない!」


 ううん、言ってることは間違ってないんだけど。その通りなんだけど。


「でもノアゼット様からしたら、みんな地味だしみんな地位は低いし、みんな普通ですよ?」

「……」

「ノアゼット様はなんでも出来る方ですからね。彼からしたらどんな人も普通に見えるでしょう」


 私がひとりで頷いてると、彼女たちは何も反論できなくて黙ってしまった。そして悔しげに口を結んで踵を返し、一人去ればまた1人、とどんどん続いて人が居なくなって行った。


 ふぅー。いなくなったぁ。

 いやぁ、若いと行動力もあるのかな。猪突猛進だね。

 変な風にねじ曲がってないといいけど。



「とんでもない人達ね」

「あれ、ミルム?」


 物陰からミルムが顔を出して、私に寄ってきた。彼女達が消えた方を見て、ミルムは呆れたようにため息を着く。


「心配だから着いてきたのよ。あなたいつも呼び出されると何か巻き込まれてるから。……でも今年の1年生は、頭が弱いのかしら」

「今後が心配だよね…」

「今後ってあなたね…」


 私の言葉にも呆れたような顔を向けるのはなんで?




「今日のお昼は買っていこうか。何にする?」

「ん〜今日は甘いパンが食べたいなぁ…」


 お昼にノアが迎えに来て、私はノアと廊下を歩く。ノアとのお昼は、ノアの作ったサンドイッチか、購買でパンを買うか、食堂で食べるかの3パターン。


 ちなみに食堂は平民用と貴族用のふたつあり、平民用に行くと周りが恐縮するから、貴族用の半個室を選ぶことが多い。


 でも外で食べることが多いけど。私ガゼボ好きだし。


 今日は買って外で食べるから、何を買おうか今から悩んでしまう。今日は甘い気分なんだよなぁ〜。


「ノアゼット様!」


 と、そこにノアを呼ぶ女の人の声が響いて、私は後ろを振り返った。そこにはこの間見たユフィーリアさんが居た。


 あ、ユフィーリアさんだ、と思うも、ノアは振り返った私の体を再び前に向けさせて、歩かせてきた。


「ちょ、ノア?呼ばれてるよ?」

「ん?興味ないからいいよ」

「ノアゼット様!お待ちくださいまし!」


 えぇ、嘘でしょ?無視?

 後ろから着いてくる足音が聞こえて、思わず気になってチラチラしてしまう。


「ノアゼット様!」


 あまりにも何度も声をかけられて、私もちらちら気にしていると、ノアはようやく足を止めて振り返った。

 そしてユフィーリアさんに、感情の抜け落ちた顔を向けた。


「僕とエミリアの大切な時間を邪魔しないでくれる?」


 そしてパッと私に向き直った時にはもういつもの優しい顔に戻っていた。

 呆然とする彼女を置き去りにして、ノアは私の肩を抱いて歩き出す。


 ノアの顔の変化の激しさに驚きを隠せない。あれがミルムが言ってた無表情ノアか…。確かに無って感じだったなぁ…。


 ちら、とノアの顔を見る。楽しそうに口の端を釣り上げていて、目元も優しげに微笑んでる。

 とてもさっきの無表情と同じ顔とは思えないな…。


 観察する私の視線に気付いたノアが、私に目を向けた。


「どうかした?」


 うーん、やっぱり優しい顔。穏やかで好青年って感じの、人好きのする顔。


「無表情のノアって初めて見たなって思って」

「そう?エミリアがいないといつもああだよ?」


 そうなんだ…っていうか、本人も自覚してるんだ…。


「エミリアがいないのに笑えるわけもないからね」


 さっきの無表情からは想像できないくらいの笑顔を向けられて、なんだか言い表せない追い詰められた感を感じる。

 私がノアから逃げたら、ノアの表情が無くなるのではと思うと逃げにくいような…。


 そう思ってると、ノアが私を見る目が細くなった。

 捕まったな、って感じがした。




 パンを買って、2人でお気に入りのガゼボに行く。ここはお花だけでなくて緑も多くて、静かで好きなのだ。

 2人でいつもの席に座って取り留めのない話をしながらお昼を食べる。円形のテーブルに、横並びだ。


 そして食べ終わったら、ノアが紅茶をいれてくれて、一緒に食後のおやつを食べる。これがいつもの流れだ。


「えっ?どら焼き!?」


 今日のおやつはなんとどら焼きだった。とても驚いた。

 ノアが作ったのだろうか。どら焼きを?


「エミリアが美味しそうにしてたから練習したんだ。食べてみて」

「いただきます…!」


 ぱくり、ひとくち。

 ふわっとしていて優しい甘さの生地。そしておいもの餡も一緒に口に入ってくる。


「う、うまぁ……」

「良かった」


 あの時のレイズ様の作ったどら焼きと、全く同じだ。再現度100パーセントである。

 いくらレイズ様からレシピ貰ってるとはいえ、ここまで完璧に作れるものなの…!?


 ノアは自分で作ったどら焼きを一口食べて、頷いている。


「うん、美味しいね。今度はカステラも作ってくるよ」

「カステラも!?」


 な、なんという事だ…。というかいつの間にそんなに作れるように?練習したとは言っていたけど、そんな時間がどこに…。


「ノア…その、無理はしてないよね?」

「ん?無理?」

「その…お菓子作る練習時間を無理して作ったりとか…」


 ノアの目にくまは見えないけど、寝る時間を削ったりしてないだろうか。他に大切なことを後回しにしてたりしないだろうか。


 いくらノアが天才でも、時間はみんな平等なんだから。


 私の言葉にノアはふふ、と笑った。


「無理なんてしてないよ。お菓子の練習だって、毎日少しずつしていただけだから」

「そっか…」


 毎日少しずつ…。ノアがそれをしてるのをちょっと想像出来ないけど、そうまでして作ってくれたんだ。私のために。


「ありがとう、ノア。とっても美味しい!」


 精一杯の笑顔と共にお礼を言う。

 今は返せるものはこれくらいしかない。だから、今はこれで。


 ノアは私の言葉に嬉しそうな笑顔を返してくれた。



 さっきのことなんて吹っ飛ぶくらい平和で幸せな時間に、1人の女の人の声が響いた。


「ごきげんよう」


 声のした方をむくと、どこかで見た事のある顔。

 どこだっけ。なんか怒ってた顔を見たようなー…。


 っあ!闘技大会の最後に会った女性だ!

 その女性はノアに目線を向けてから、私を見た。


「初めまして。私はリゼット・フィラーと申しますわ」


 あの時とは違ってしっかり自己紹介をしてくれて、綺麗なお辞儀まで見せてくれた。

 だから私も答えようと思って立ち上がろうとしたら、近い位置に椅子を移動させてたノアが私の腰をしっかり掴み、立ち上がらせてくれない。


 ノアの手をぺしぺし叩いたけど効果はない。


「この状態で失礼します、エミリア・ライドと申します」


 仕方あるまい。ノアが立たせてくれないんだもん。

 申し訳なさそうな顔を浮かべてそう言えば、リゼット様は少し眉を寄せた。


 あぁうん、不敬だなって思うよね、だよね。分かってるよ、うん。


「……今年から入学致しましたので、ノアゼット様に挨拶をしたく、参りました」

「お気遣いなく。お気持ちだけいただきます」


 ノアはリゼット様の方などちらりとも見もせず、手に持ったどら焼きを私の口に近づける。

 あーん、と言われて仕方なく口を開いた。どら焼きが口に突っ込まれる。


 お、美味しいけど…。空気読んで!?


「っ、ですが、1年生を代表してっ…!」

「それならば4年生を代表しているグレンの所に挨拶に行かれた方がいいと思いますが」


 悔しそうに顔をゆがめるリゼット様。私に甘い笑顔を浮かべながら冷たい声をリゼット様に向けるノア。

 板挟みの私。


 ……どうしよう?



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