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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
53/110

逃げたかったことを思い出す

 

「エミリア、昨日は本当にごめんね!」


 次の日朝会うなり、ミルムにそう謝られた。といっても別に私に被害があった訳でもないし、浮気じゃなかったし、行って良かったと思う。


 私は首を振って笑う。


「ううん。何事もなくてよかったよ」

「ノアゼット様にも迷惑かけちゃって、本当に申し訳ないわ」

「そんな事ないよ。ノアも心配してたから」


 ノアは迷惑だなんて思ってなかったと思うなぁ。


「えぇ?そんなはずないでしょ。エミリアのことならともかく、私の事よ?」

「ロットが浮気してたら、私と一緒に殴ってくれるって言ってたよ」

「それ色んな意味でロットが死ぬやつね」


 あ、その後に起こることまでミルムは理解してくれたみたい。


「でもノアゼット様が私のためにするわけないわよね…」

「そんなことないと思うけど…。私の大事な人だから大事にしてくれてるって言ってた」

「あー……察したわ」


 なにが?と首を傾げるも、ミルムは説明してくれなかった。

 うん?婚約者の大事な人って、大事にするよね、普通?でもミルムの表情はそんな感じではなさそう。


 まぁいっか。


「あのユフィーリアさんとは知り合いだったの?」

「そう。ロットの領地で何度か会ったことがあって、その時と雰囲気が全然違くて分からなかったの」


 ミルムの話によると、会ったことあるユフィーリアさんは、いつも三つ編みをしていて、前髪が長めで目を隠している感じで、オドオドした大人しい感じの子だったそうだ。


 確かに昨日見たユフィーリアさんは、ストレートのサラサラな髪をしていて、目もぱっちりしていて、自信に溢れてる感じの女性だった。


「きっと自分を変える何かきっかけがあったのね。とても綺麗になっていたもの」


 綺麗な子だった、たしかに。見た目も、その自信に満ちたオーラもそう。

 ちょっと分けて欲しいくらい。


 そんなユフィーリアさんの話題で、昨日のノアのことを思い出した。


「そういえば私、ノアのあんな塩対応初めて見たんだけど…」

「しお対応って?」


 あ、まさかの通じない。


「冷たい態度ってこと。ノアは他人にはあんな感じだって言ってたけど、そうなの?」


 言い直して聞いてみると、ミルムは少し悩む素振りをした。


「そっか…あなたは知らなかったわよね。エミリアに構うようになる前とか、ノアゼット様のこと見たこと無かった?」


 そう聞かれてうーん、と記憶を辿る。

 ノアが私に構うようになる前…。ノアのこと…。


「見たことはあるけど、どんなことしてたかまでは…」

「……そういえばあなた貴族に興味なかったわよね」

「避けてたからね」


 特に高位貴族には、関心をひかれないように、なるべくすれ違ったりもしないようにしてた。だから誰が高位貴族か、とかは知ってたけど、その性格や生活までは見たことがない。


 というかそれどころじゃなかったから。


「ノアゼット様はね、みんなにあんな感じよ」


 私に言い聞かせるようにミルムは言う。


「私やロットはあなたの友人だから、それなりに相手してくれるだけで、彼は人をそばに置きたがらない人だったし、人と関わるのに興味無さそうに見えたわ」

「へぇ……」

「まともに話をしてるのは幼なじみのグレン様くらいしか見たこと無かったわ」


 えっ、そんなに?

 人見知りじゃないだろうに…。それなら本当に、人に興味がなかった?


「それと、無表情よ。いつも無表情。昨日だってエミリアからは見えなかったと思うけど、ユフィーリアに話しかけられた時は一瞬で表情消えたのよ?」

「えぇ、そうなの?」


 逆に見てみたいかも…というと、ミルムに贅沢ね、と言われる。

 そんな、ミルムは無表情ノアを知ってるのに、ミルムのほうが贅沢じゃないか!


 む、と頬をふくらませると、ミルムは私を見てクスッと笑う。


「だからね、あなたがノアゼット様に声をかけられた時、とても驚いたのよ。必要な時以外でノアゼット様から声をかけられることなんて私は聞いたこと無かったわ」

「え……」

「私今でも覚えてるの。エミリアが、ノアゼット様に友達になってくれって頼まれたけど断ったって聞いた時。もうエミリアとは会えないと思ったわ」


 待って。待って待って?


「ちなみになんで会えなくなると…」

「そりゃあノアゼット様に話しかけられたにも関わらず、友人の誘いを断ったのよ?平民の分際で。命知らずもいい所だし、消されると思ったわ」

「うわぁ」


 だからあの時ミルムはあんなに顔を真っ青にしてたんだ。凄い青白くなったから、ミルムの体調が悪いのかと思って、医務室に連れてっちゃったんだよね。


 私の言動が原因だったのかぁ。ごめんねあの時のミルム。


「なのにあなたは消えてないし、それどころかノアゼット様があなたに声をかけるのを何度も見るようになって。あれは本当にノアゼット様なのか疑ったわ」


 今まで無表情で、必要以上に人と関わらなかったノアが、いち平民に声をかけてる。

 なんか乙女ゲームにありそうな展開だけど、実際に起こると周りからはおかしくみえるね。


「だからノアゼット様は心が広い方なのかと思って安心したら、今度はあなたよ!」

「私?」


 びしっ、と指を指されて、私も自分を指さした。

 だけど私は何もしてないはずだ。


「私が見た事ないくらいあなたが無表情でノアゼット様を突き放すから、そっちも別人かと思ったわよ!」

「あー…」


 それは…自覚あるなぁ。

 興味を持って欲しくなくて、関わって欲しくなくて、出来るだけ真顔で冷たく、言葉は短く、不敬にならない程度に対応してたなぁ。


 あの時の私は、過剰なくらいに高位貴族に敏感だったから。


「あーじゃないわよ!こっちはいつエミリアが消されるのかハラハラしてたのよ!?」

「消されなくて良かったぁ」

「ほんとよ!」


 ノアの心が広くて良かったぁ。じゃなきゃ今頃私はこの世には…。

 うん、そうならなかったんだから、そんなことは考えずにいよう。


「ハラハラしてたのに、ノアゼット様は余計エミリアに話しかけるし、エミリアは冷たいし…。ノアゼット様が何をしたいのかよく分からなくて、私もどうしていいか分からなかったの」

「それは私も」


 何企んでんのって思ってたね。

 都合のいい女でも探してんのかなって。いい手慰みになるような女を。

 だから余計突っぱねてたし、冷たくした。


 だってあんなにイケメンの貴族が、平々凡々な私に声をかけてくるんだよ?何かあると思うじゃん!可愛い理由なわけないって思うよ!


 私の言葉にミルムも頷きながら、でも、と言って思い出すように目を細めた。


「ある日私1人のところを声かけられて、エミリアの好きなお菓子や花を聞かれたの。凄くびっくりしたし緊張したけど、あ、もしかしてこの方は、エミリアの事が好きなんだろうかって思って」


 ミルムに聞いてたのか、私の好物…。


「素直に答えたら、エミリアにそれを渡してるのを見かけるようになって」

「…貰いました」

「しかも少しずつ」

「…断りにくいやつでした」


 お菓子を包み紙に2つくらい包んだものとか、1つ包んだものとかを、余ったから貰って、とか、知り合いが作ったから感想が聞きたいらしいんだ、とか、断りにくい理由をつけて持ってきていた。


 お花も同じく。1輪か2輪。それもバラとか大層なものじゃなくて、チューリップだったりスイートピーだったり、受け取りやすいものばかり。


 心底何がしたいんだろうって思ってたなぁ。


「だから私、本気なんだな、と思って見守ることにしたの」

「待って、私は逃げたかったんだけど?」

「それはだって無理に決まってるもの」


 何言ってるの、って目で見られて、私は落胆した。

 ノアが本気だなんて、ミルムから聞いてたら絶対逃げようとしてただろうな。むしろ学園からも逃げてたかも。


 いやでも、学園から逃げて諦めるかな、ノアは。諦めないような気もする。

 え、ミルムが無理に決まってるって言ったの、そういうこと?婚約した時も、やっと捕まったのねって言われたし。


「エミリアがそこまで鈍感だと思わなかったから、思ったよりも捕まるまで長かったけど。最後の方はノアゼット様も本気で追いかけてたしね」

「あれめっちゃ怖いんだよ。私びくびくしてたんだから」


 会うなり婚約しようとか、婚約できない訳を教えてとか言われて、逃げるしかない。

 なのに行く先行く先にノアが現れることが多くて、何度も心臓が飛び跳ねた。


 本当に心臓に悪い。


 私の言葉にミルムは眉を寄せて不満げな顔をした。


「私だって怖かったわよ。授業終わって直ぐにエミリアは走り去って行ったでしょ?そのあとノアゼット様が走って来て、エミリアはどっち行ったのかってすごい剣幕で聞いてくるんだもの。」


 情報源はお前か!!

 思わぬところに伏兵が…。そもそも最初からノア側の兵かも。

 私は肩を落として呟く。


「学園内に私の逃げ場は無かったんだね…」

「ノアゼット様の手にかかれば国内にだって逃げ場はないわよ」


 わぁ、詰んでる。

 でもそれでも逃げてたから、ノアは私を脅しにかかったのか。そしてその手には乗らなかったけど、勘違いした私が間違って罠にかかってしまった、と…。


 今だから笑えるけど、当時だったら笑えない。

 結構本気で学園から逃げることを模索した。学園長からノアとの婚約継続を勧められるまでは。


「でも私今でも驚きなのが、ノアゼット様が好きな人には甘いってことよ」

「甘いよね…本当」

「エミリアに対してもそうだし、エミリアを見る視線もそうだし、空気もそう。エミリアの前だと表情も柔らかいし豊かだし、本当に別人のよう」


 うん…甘いのは、分かる。雰囲気も甘々だよね…。

 私を見る目はいつも優しいし、私に触れる手も優しい。たまに強引だったり黒いこともあるけど、そこから溢れ出る私への愛は本当に甘い。


 甘すぎて、麻薬のようにやめられなくなったらどうしよう。


「面白い話してるね?」


 そこに聞こえたノアの声。

 何も悪いことはしてないのに、必要以上に2人してびくりとなってしまう。


 だっていると思わないから話してたのに!本人が来るなんて!

 ていうかさっき別れたばかりだよね?なんで来たの!?


「の、ノア?どうしたの?」

「昨日エミリアが僕の部屋にリボン置いていったの、さっき渡すの忘れたから来たんだけど…」


 あ、そういえば忘れたな。ノアに髪を結んでたリボン解かれて、髪で遊んでたなぁ。


 なんて昨日のことを思い出してると、ノアはツカツカ私の方へ歩いてきて、私の髪をひと房とる。

 少し目を細めてにやりと笑い、その顔は少し艶めかしくて。


「僕はもっと甘くしたいんだけど?」

「っ!!十分です!!」


 ちゅ、と髪にキスを落とされて、何故か身震いした。

 蛇に見込まれた蛙のように、逃げ場がなくて逃げれない。


 そんな私の頬に1つキスを落としたノアは、くすりとわらって私に手を振った。


「それはまぁ、おいおい、ね。じゃあね」

「じゃあ…ね…」


 やや放心気味に手を振り返す。

 ノアが見えなくなってようやく私もミルムも息を吹き返した。


「…………私、糖分過多で死ぬかも」

「……私も死にたくはないから、これ以上甘いのは部屋でやって頂戴」


 これ以上甘いノアに耐えられる気がしなかったのに、ミルムにはあっさり捨てられた。


 薄情者め…。化けて出てやる。


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