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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
52/110

浮気者は逃がさない2

 

 強く握りしめた拳を振り上げると、ふわっと後ろから抱きすくめられて、動けなくなってしまう。

 犯人なんてわかってる。だから私は力を込めて離れようと暴れた。


「ノア!離して!」

「落ち着いてエミリア。彼の話も聞いてあげよう。本当にそうなら止めないし、僕も加勢するから、ね?」


 私の必死の抵抗は見事に抑えられ、どれだけ力を入れようともビクともしない。

 それどころかよしよしとあやすように頭を撫でられ、少しずつ怒りが緩やかになっていく。


 そうだ、落ち着け…。私は大人私は大人…。


「の、ノアゼット様!?一体なにが……ミルム?」


 ノアの登場に驚いたロットが、その後ろからやってきたミルムに気付いた。

 ミルムは怒りと悲しみの混じった顔でロットを見つめる。ただ言葉が出ないようだ。


 ミルム…。そんなに辛そうな顔をして…。

 くっ…やっぱり1発、いや3発くらい殴りたい!


 そう思って再度暴れるも、やっぱり私を抱く腕を解けない。寧ろ強く抱きしめられて動きが制限される。


 くっ…!ノア細いのに筋肉ありすぎでしょ…!


 私がノアに必死に抵抗してる時も、ミルムはロットを見つめて何か言いたげにしている。しかし言葉が出ない。


 そんなミルムに声をかけたのはロットではなく、隣の女性だった。


「ミルムお姉様?」

「えっ…?」

「お姉様、わたくしですわ!ユフィーリアですわ!」

「えっ、ユフィーリア?」


 ん?ん??まさかの知り合いですか?


 彼女の言葉と返したミルムの言葉に唖然として、私は抵抗をやめた。


 ミルムが驚いた顔でロットの隣のユフィーリアさんを見つめる。ユフィーリアさんはミルムに優しい目を向けてるし、敵対しては無さそう…。


「えっ……。凄く綺麗になったから、分からなかったわ」

「うふふ、嬉しいですわ」


 驚きつつも笑顔を向けたミルムと、ミルムに穏やかな笑みを向けたユフィーリアさん。


 どうやら本当に知り合いだったみたいだ。2人の間は仲のいい雰囲気が流れて、その2人を見てロットも頷いている。


 それをぽかんとして見てたのは私だけで、それに気づいたミルムが慌てて私を振り返る。


「ごめんエミリア!彼女はユフィーリア。ロットのいとこよ!」

「初めまして。わたくしユフィーリア・ハイラスと申します」

「初めまして、エミリア・ライドです…?」


 とりあえず名乗られたので名乗ってみた。

 なんだか生粋のお嬢様って感じの子だなぁ…。


 って、ん?いとこ?ロットのいとこって言った?


「あれ、じゃあロットは浮気してないってこと?」

「浮気!?俺がそんなのするわけないだろ!」


 私の言葉にロットが声を上げる。しかし私を後ろから抱きしめるノアに気づいて直ぐに矛を収めた。


 疑われて眉をしかめるロットにミルムはそっと声を出した。


「ごめん、私がエミリア達について来てもらったの。ロットが知らない女性と歩いてるって色んな人から聞いて…」

「そうだったのか…。誤解させてごめん。でも俺はミルム一筋だから。ユフィーリアはもうすぐ入学だから、学園近くの街を案内してたんだ。言っとけばよかったな」


 俯いたミルムの頭を抱き込んで、慰めるように頭をポンポンする。二人の間にはいつもの甘い空気が流れていた。


 うん……とりあえず、浮気じゃなかった、ミルムたちはラブラブでした、でおっけー?


 そう思った時、ぱちりとユフィーリアさんと目が合った。ユフィーリアさんは私から、私の上へと視線を移動する。

 そして目に見えて顔を綻ばせた。


「ロットお兄様、こちらの方をご紹介頂いても?」

「えっ?あ…彼はエミリアの婚約者の、ノアゼット・ライオニア様だよ」

「彼が……」


 紹介されたというのにノアは一言も喋ることなく、私を抱きしめる腕も離さない。無作法に見えるが、ノアだから許されるんだろう。


 そんなことを思ってると、ユフィーリアさんは先程と変わって少し照れたような表情で笑顔を浮かべる。

 その視線の先は、もちろん私の上。


「初めまして、ノアゼット様。わたくしはユフィーリア・ハイラスと申します」

「うん、初めまして」


 動かず一言。それだけ。

 えっ、それはちょっと酷くない?せめて名乗っても良くない?


 ほら、ユフィーリアさんもえっ、て顔してる。

 しかもこんなに可愛い子なのに、そんな対応でいいの?


 私もユフィーリアさんも絶句してる中、ノアはミルムに声をかける。


「ミルム嬢、この後はロット卿と帰るのかな?それとも僕たちと帰る?」

「あ、私は…ロット、お邪魔してもいいかな?」

「勿論だ。ノアゼット様、私が誤解を招くことをして、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。ミルムは私が送り届けます。エミリアも、ごめんな」

「何も無いならそれで良かったよ。ね、ノア」

「うん。エミリアの大事な友達の一大事だからね。これからも2人、仲良くね」

「はいっ!」


 2人は嬉しそうに返事をしているし、ノアはユフィーリアさんのことなど何も気にせず、もう帰る気満々である。

 それに気づいたユフィーリアさんが正気に戻り、ノアに縋るような目を向けた。


「ノアゼット様、わたくしにお時間を…」

「じゃあ僕はエミリアとデートして帰るから、また明日」


 ノアはそう言って2人に軽く手を振ると、私の体をくるっと半回転させて、そして手を引いた。


 え?あれ?


「ユフィーリアさんが何か言いかけてたよ?」

「うん、知ってるよ」


 後ろを振り向きたくとも、そう思った途端にぐいっとノアに手を強く引かれて振り向くことが叶わない。


 女性が話途中にも関わらず無理やり切り上げて帰るなんて、珍しい。

 なんだか、ノアらしくない…。


「話、聞いてあげなくて良かったの?」

「うん。興味無いからね」


 うわ、塩…。

 きっぱり興味無いと言い切るし、明らかに態度が違ったし、初めて見るノアだ。


 手を繋いでゆっくり歩きながら、ノアに尋ねる。


「ノアは他の人にはあんな感じの態度なの?」

「そうだよ。知らなかった?」


 ふわっとした優しい笑顔を向けられて、頷く。

 私以外では、私の友人かノアの友人としか話してるところ見ないから、塩対応のノアは見たこと無かった。


「僕は他人にはあんな感じだよ。冷たいかな?エミリアは嫌?」

「嫌じゃないけど……。珍しいなって思って…。」


 少し眉尻を下げてノアが聞いてきたから、私は首を振る。

 嫌とかじゃない。ノアがそういう性格なだけだ。少しあの子が可哀想ではあったけど。


「でも、ミルムにもロットにも優しいよね…?」

「エミリアの大事な人だからね。そりゃあ僕も優しくするよ」


 なるほど。私が関わっていたからか。だから塩対応のノアを見たことがなかったのか。

 ふむふむ、納得した。


 納得して前を向けば、ノアもそれに気づいてふふ、と笑った。


「あっ、そういえば、ノアはロットが浮気してないって信じてたの?」


 私が手を挙げた時も冷静だった。まぁあれは私が感情的過ぎた部分もあったけど。

 それでもロットが女の人と歩いてて動揺もしないし、至っていつもの表情だった。


「信じてたというか、知ってたからね」

「へ?」


 あっけらかんと言うノアに、変な声が漏れてしまった。きっとアホな顔をしてるだろう私がノアを見ると、ノアもこちらを見た。


「エミリアにお昼に言われたから、調べたんだ。そしたらいとこだって分かったから、浮気じゃないって知ってたよ」


 昼に聞いて、放課後までの間に調べた!?行動が早いし結果も早い!


「でも僕が言うより、彼に直接聞いた方がミルム嬢も安心すると思ったんだ。それにエミリアも、ミルム嬢と出掛けるのは初めてでちょっと楽しみだったでしょ?」


 楽しみだったことを見抜かれて言葉につまる。友人が悩んでいるというのに、楽しみにしていた自分に罪悪感だ。

 実際楽しかったし、もっとタチが悪いかな。


 にしてもノアは、そんな私の事や、ミルムのことも考えて、黙っててくれたのか…。


「それに街でどこにいるか、随時報告させていたから、すれ違うこともなかったと思うよ」

「いつの間に?!」


 だからジュース屋さんであんなこと言ってたのか!

 え、でも報告させていたって、ノア、私たちといるときに誰かと接してた…?してないよね…?


 え、どうやって…?


 その謎に気付いてしまった私に気付いたノアが、怪しい笑みを浮かべて自分の口元に人差し指を当てた。


 内緒、ってことだ。

 おそろしい。


「でも、本当に浮気してたらどうしたの…?」


 先に結果を聞いていたなら、その可能性だってあったはず。そうしたらノアはどうしていたんだろうか。

 街歩きしてバッタリ出くわして、修羅場にさせていたんだろうか。


「その時はまっすぐロット卿に会いに行って、エミリアと一緒に殴る予定だったよ。」


 あ、勿論エミリアには厚手の衝撃を吸収する手袋を付けてもらうからね、とノアがつけ加えた。

 いや待て、そこじゃない。


「ノアも殴るの?」

「そうだよ。エミリアの力じゃ大してダメージにならないし、避けられることもある。だから代わりじゃないけど、エミリアの分も僕が殴るんだよ」


 そ、そうなの…?私鍛えてるけど、ダメージにならない…?

 でもそうか、避けられることもあるか。ロットは剣も使えるくらいだし。


 でも私の代わりにノア…。絶対避けられないだろうし、凄く痛いだろうなぁ。……骨折れそう。


 素直に私に殴られた方がいいかもしれない。


「そして僕に殴られたロット卿は、ライオニア家の怒りを買ったとされて、貴族社会で爪弾きにされるだろうね」


 あはは、と笑いながら言うノアに驚く。

 そうか。ノアがそういうことをしたら、それはノアの家も総意と取られ、ライオニア家に睨まれたロットは居場所が無くなるのか!


 うわぁ……。中々苦しい罰だな。

 …でも。


「エミリアの大切な友人のミルム嬢を粗末に扱うやつなんて、それくらいしても自業自得でしょ?」

「間違いない」


 寧ろざまぁみろだ。

 まぁ今回はそうはならなかったし、そうなってたらミルムはもっと落ち込んだだろうから、これで良かったんだ。


 力強く頷いた私を見て、ノアは笑っていた。


 それにしても、ノアはあんなに塩対応なのに、過激派だ。熱いのか冷たいのか分からないな。


 でもノアはてっきりミルムとロットの問題は、傍で見てるだけで我関せずだと思っていたから意外だ。

 ミルムの味方をしてくれるとは思わなくて、少し嬉しかった。



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