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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
51/110

浮気者は逃がさない

 

 ある日の朝。


「エミリア……今日の放課後空いてない?」


 ミルムが神妙な顔つきで聞いてきた。

 何かあったのかな。深刻そうな顔だ。

 こんな深刻な顔のミルムは久しぶりで、私も思わず身構える。


「空いてるよ」

「本当?じゃあ、一緒に街に出てくれないかな…」

「街?それはちょっとノアに聞いてからでいい?」

「勿論よ!」


 学園の外に出るとなると、ノアに聞いてみないと。ドルトイの人たちがいるかもしれないし、ノアに心配かけちゃうし。


 ミルムは硬い表情のまま、少し俯く。

 私はミルムの横の席に座って、俯いたミルムの背中をさすった。


「どうしたの?なんかあった?」

「……それがね…」





「浮気?ロット卿が?」

「街で女の子と歩いてるのを見た人がいるんだって。数人も」


 お昼にノアに、朝のミルムのことを説明した。

 街でロットが知らない女の子と2人で歩いているのを、目撃した人が数人いるんだそう。そしてそれをミルムに伝えてくれたらしい。


 それが本当なら、とんでもない事だ。浮気だ。

 あれだけミルムのこと大切にするって誓ったくせにそんなことになったら、私は1発殴るだけでは許せそうにない。


 だから是非ともミルムについて行って、ミルムの心を軽くしたい!


「それで今日もロットは街に出るって言ってたらしいから、確かめたいらしくて、でも1人じゃ心細いんだって」


 たしかに心細い。1人で恋人と女の人が歩いてるのを見るのは辛いだろう。

 だから出来ればついて行ってあげたいけど、私は守られてる身だからそんなに我儘は言えない。


 ノアは顎に手を当てて、少し悩む素振りをする。

 やっぱり難しいかな…。


「なるほど。うーん、ミルム嬢には申し訳ないけど、僕も一緒だったらいいよって伝えてくれる?」

「え、いいの!」


 思わず立ち上がった。絶対だめだと思ったからだ。

 そんな私にノアが優しい眼差しを向けた。


「ドルトイの見張りから近くに来たって連絡はないから大丈夫。ただ女性2人は心配だから、僕にも行かせて。」

「分かった、言ってみる!」


 保護者付きだけど許可が出た!

 守ってもらっておきながら、我儘言うなんて本当に申し訳ない。でもとても嬉しい!


 まぁ恋人の浮気調査に、友人の婚約者も着いてくるのは嫌だとは思うけど、ミルムは多分嫌とは言わないだろうな。


 まぁミルムにできるか分からないけど、ノアのことは空気だと思ってもらおう。


 座って落ち着くと、ノアが私のお皿にお菓子を乗せてくれた。


「でもロット卿が浮気…。信じ難いけどね…」

「私も、何かの間違いだと思うんだけど」


 ノアが紅茶を飲みながら、うーん、と悩む素振りをする。

 ノアから見ても、ロットは誠実な人のようだ。


 ロットは普段つんつんしてるように見えるけど、ミルムのことは大好きだ。もうそれは凄く好きだ。

 ツンデレだと思うけど、ツンで拗れることも無く、ミルムに惜しみない愛を注いでいる。そしてそれをミルムも分かってるはずなんだけど。


「やっぱり目撃者が多いと、気になっちゃうのかな」

「自分の目で確かめたいんだね」


 ちなみにこの世界において、貴族が2人で街を歩くのはそういう風に見られてもおかしくない。平民や親族なら別だけど、貴族の2人歩きはそういう関係に見られる。


 それをロットも分かってるはず…。生粋の貴族だし…。


「ミルム、今も落ち込んでないといいけど…」

「今日は早めに解散して、ミルム嬢のところ行く?」

「いいの?」


 ミルムの為にこの時間を削ると言ってくれたノアを、私は見つめた。ノアは私にいつもの優しい顔を向けていてうん、と言う。


「エミリアはミルム嬢が心配なんだよね。僕は大丈夫だよ。夜も会えるからね」

「ノア…ありがとう」


 私の気持ちを分かってくれてるノア。その優しさにいつも救われる。


「ノア…私、ミルムを励ましてくるね。まぁまだ、浮気と決まったわけじゃないんだけど。」

「まぁそれも、今日見てみれば分かるだろうからね」

「うん。浮気なんかしてたら私が殴る!!」

「殴るのはいいけど、怪我しないでね」


 ノアは私が殴ることは否定せず、私の怪我の心配だけをしてくれた。




 ミルムはノアも行くことを了承してくれて、放課後は3人で街歩きをする事になった。


 そして放課後、ミルムはノアがいることにはじめは少し恐縮していていたから、空気だと思って、と言うと無理に決まってると言われた。

 でもノアが私達の会話にあまり口出さず、見守ってくれてるだけだったので、ミルムもだんだん慣れたのか、いつもの調子に戻った。




「みてミルム!これ可愛い!」

「ほんとだわ!お揃いで買いましょ!」


 きゃっきゃっとはしゃぐ私たちをノアが穏やかな目で見つめてる。

 目の前にはたくさんのヘアアクセサリー。値段も庶民向けで、そんなに凝ったものはないものの、種類が多くて可愛い。


 リボンにシュシュにヘアクリップ…。色も柄も多彩で見ていて楽しい。


 お揃いで買おうと決めたのでどれにするか2人で選ぶ。

 2人で色違いのヘアクリップを買うことにした。私が水色で、ミルムが赤だ。


「店主、2人分これで」

「はい、まいど」


 私たちが二人で、これにしようか!と決めた瞬間に、ノアが店主にお金を渡した。

 それを見たミルムが慌てる。


「ノアゼット様!私の分は自分で買います!」

「ミルム嬢は僕を、婚約者の友人に奢りすらしないケチな男にするつもりかな?」

「…ありがとうございます!」


 ノアの笑顔と言葉に勝てなかったミルムは、潔くお礼を言って頭を下げる。

 私もノアにありがとうと言えば、ノアは私からそのヘアクリップを取って、私の髪に付けてくれた。


「うん、似合うね」

「ありがとう」


 それを見たミルムも自分の髪に付けていて、お互いにそれを見て褒めあった。



 楽しい。楽しい!目的が目的だから、手放しで楽しめないけど、楽しい!

 ミルムに街歩きは何度も誘われてきたけど、今まで断っていた。だけど今はノアがいるから、こうして大好きな友人と街を歩ける。


 この世界を満喫してるような気分になって、とても楽しい!


 この街にはノアとこの前来たけど、あの時とは違う楽しさだ。やっぱり仲のいい女同士でのショッピングは、何ものにも替え難い楽しさがある。


 それにミルムは、気持ちを紛らわせるためにもわざと明るく振舞っているようにも見えて、少し痛々しい。

 でも確かめてみないと、慰めようもないから、今は私もミルムに合わせて楽しむだけだ。



 3人で花の咲き誇る街を歩くと、ミルムがどこかを指さす。


「あっ、あのジュース美味しくてオススメなの!どう?」

「飲みたい!」


 ミルムのオススメのジュース屋さんに足を運んだ。

 色んなフルーツのジュースが売ってる。注文が入ってから生の果物を絞ってくれるようだ。美味しいやつだ。


「ノアゼット様のお口に合うか分かりませんが、ここは私に出させてください!」

「気にしなくていいのに。…でもお言葉に甘えようかな。ミルム嬢のオススメを貰える?」


 ノアはちゃんとミルムの顔を立ててくれて、ミルムの申し出を受け入れてくれた。ちゃんと恥をかかせないように対応するなんて流石だ。


「エミリアは何にする?私のおすすめはピンクグレープフルーツだけど、エミリアはいちごの方が好きそう」

「じゃあいちごにする」

「了解」


 ノアはミルムオススメのピンクグレープフルーツで、私はいちご、ミルムは林檎のジュースにしていた。


 ミルムがお金を払って、3人でジュースができるのを待つ。

 待ってる間、ミルムは道行く人達を観察していた。


「ロットはどこにいるのかしら…」

「すれ違ってたら困るね」


 この広い町の中で、待ち合わせもせず会うなんて難しい。

 だけど目撃者はみんな大通りで見かけてるらしいから、大通りを通ればいいよねってことで大通りにいるのだ。


 ただ運悪くお店の中にいたり、隣のストリートにいたりしてすれ違っちゃうと困る。


 今ジュースを頼んだ瞬間に通り過ぎてたりしたら笑えない。


「ここで飲んでればきっと来るよ」


 ノアがニコリと笑ってそう言うと、そんなような気がしてくるから不思議だ。




 私たちはジュースを受け取って、店の前で飲みながら立ちすくんでいる。


「次はどこに向かう?あ、これ美味しいね」

「美味しいでしょ?私大好きなの。…もう少しまっすぐ進んでみない?」


 ジュースの感想を言いながらこの後の進路を考える。ノアのジュースも1口貰ったけどさっぱりしてておいしかった。


 ちなみにいちごはめちゃくちゃ甘くておいしかった。

 いちごだけのジュースは初めてだったけど、ハマりそう。


「あ、ミルム嬢」

「はい?…!」


 ノアはどこかを指さしながらミルムの名を呼んだ。呼ばれたミルムは1度ノアを見て、その指の指す方を向く。


 そこにはロットと、女性が二人で歩いていた。


「ロット……」


 親しげに話す2人。女性の方はロットより年下のように見える。でもその距離感は家族くらい近くて、友人には見えない。


 やっぱり…浮気?ミルムというものがありながら?こんなに可愛くて一生懸命で素敵な女性を婚約者にしながら?


 ミルムのことを思うと怒りがぐわっと湧いてくる。


 ミルムが私の服の裾をぎゅっと握った。

 見たくない、信じたくない、でも聞きにも行けない。

 そんな顔だ。


 私も思わず拳を握りしめた。

 これ以上こんな顔のミルムを見たくない。こんな顔をさせたくない!



 私はたまらずそっちに歩き出して、堂々とロットの目の前に仁王立ちする。

 私が目の前に立ち塞がってようやく、ロットは私に気づいて、目をぱちくりとまん丸くさせている。


「あれ、エミリア。お前も散歩か?」


 隣の女性のことなどなにも気にせず、ロットが不思議そうに言いやがるから、怒りが爆発した。


「ロット、弁明は?」

「は?なにが…」

「歯ぁ食いしばれぇぇ!!」





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