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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
50/110

逃げる気がおきない2

 

「エミリア、迎えに来たよ」

「今行く!」


 放課後、ノアが迎えに来るまで私はミルムとお喋りをしていた。そこにノアが声をかけてきたのでわたしはミルムに手を振ってノアの元へ行く。


 ノアの所へ行けば、すぐに私の持ってたカバンを取られて、ノアが持ってしまう。いつもそう。私に持たせてくれない。

 自分の分と私の分のカバンを2つ、片手で持って、空いた手で私の手を握るのだ。


 私だってカバンくらい持てるのに…。



「今度仕立て屋を呼ぶんだけど、エミリアは結婚式のドレスはどんな物がいいとか決まってる?」


 帰り道にノアに聞かれて、うーん、と頭をめぐらせる。

 ん?待って?


「呼ぶ…?どこに…?」

「ここに」


 ここに。学園に?でも、関係者以外は立ち入り禁止じゃ無かったっけ?っていうか仕立て屋って、学園にまで来てくれるものなの?どこにでも行くの?


 そんな疑問をどうぶつけようかと思ってノアを見ると、ノアは何食わぬ顔で私を見ていた。

 それを見て、あぁ、ノアならなんでもありなんだなと勝手に納得した。


「ドレスかぁ。着たことないからなぁ。どんなものがあるのか分からないよ」

「じゃあいくつかのパターンを試着できるように持ってきてもらうね」


 またさらりと凄い発言をしてたけど、もう気にしない。いくつもドレスを持ってこさせるとか、それは貴族では普通なのだろうか。

 うーん、分かんない。


「じゃあ色は?何色がいいとかある?」

「んー…」


 色かぁ。きっとこの明るい茶髪での式になるだろうからなぁ。なんでも合うだろうなぁ。


 日本での式ならウェディングドレスは白が定番だけどこの国ではそういうのは無いような言い方だったよな、ミルムの話は。

 で、あれば色はなんでもいいんだけど…。


 どんな色にするか思い浮かばず、あたりの景色に目を向けた。周りにも色んな色がある。


 やや広めのグレーの石で固められた歩道の、端に植えられてる新緑の色の街路樹が、綺麗に並んでいる。その間から見える夕焼けが、ザワザワと揺れる街路樹と相まってとても綺麗。


「白は?」


 風と、風に揺れる葉の音に耳を澄ませていると、ノアから提案された。

 白。何にも染まらない白。


「白……がいいなぁ」


 ぽつりと呟くように答えた。


 この世界であの国の常識を持ち込んだって、私の自己満なだけなのは分かってる。そうやって未練がましくしたって意味無いことも。


 それでも、あの世界から来たっていう確かな何かを残したくもある。私が私である証拠を。


「それじゃあ1着目は白にしよう」

「……待って、何着着るの?」

「何着がいい?僕は5着くらい着て欲しいんだけど」


 ノアの言葉に少し遠くにいってた意識が呼び戻された。

 まてまてまて。5着!?5回も着替えろってこと!?


 無理無理無理!疲れるし大変だよ絶対!っていうかドレスも無駄だし!


「でもそんなにエミリアの可愛い姿を皆に見せることないか。僕だけが見れればいいしね。そしたら3着くらいにしようか」

「う、うん…」

「それと、今後の普段用の服とか、パーティドレスとか、幾つか仕立ててもらおう」


 あれとこれと…と仕立て屋さんに頼む予定のものをつらつら並べていくノア。

 普段用の服とか言ってたな…。この国の貴族はみんなオーダーメイドなの?めちゃくちゃお金かかるじゃん…。


 でもノアはやめてくれそうにもないし、私は遠い目をした。




 ノアの部屋のソファで、ノアの足の間に座ってくつろぐ。いつもの場所、いつもの時間だ。

 この状態でお互い別の本を読んだり、おしゃべりしたり、おやつを食べたりしている。たまに勉強もする。


 最初はドキマギしてたこの空間も、今では落ち着くものになっていて、背中から感じるノアの体温には安心させられる。


「あ、そうだエミリア」

「ん?」


 ノアが何やら紙の束を手に持って見ていたので、私は本を読んでいた。ノアの持つ紙が私の頭上でパラパラめくれる音がする。


「この前約束したこと、報告しておくよ」

「なに?」


 この前言ったこと、ってどれのことだろう。

 本から顔を上げて、上半身を捻って後ろをむく。紙の束でノアの顔が見えなかったけど、私が振り向いたことに気づいてノアは紙の束から顔をのぞかせた。


「エミリアの事で分かったことがあったら教えるねっていったこと」


 その言葉にピンと来て、そして同時に身構える。

 何か分かったんだ。私のことに関する何かが。それをノアは約束通り私に伝えようとしてる。


 何を、言われるんだろう。何が分かったんだろう。


 体を固くした私の頭を優しく撫でて、ノアは持っていた紙をテーブルに置く。

 そして私には、柔らかくも真剣な目を向けた。


「結論から言うと、分かったのは、エミリアがどこかから召喚されただろうってことだ」

「召喚…」


 そこに、辿り着いたんだ。もう、そんな所に。

 ノアの落ち着かせるように撫でる手が、暖かい。バレたら私にとってノアは危険なのに、その手に身を委ねてる自分が怖い。


「今のところ、エミリアがどこから呼ばれたのか、なんのために呼ばれたのかは分かってない。」


 わかって、ない…?異世界からということも、その理由も?

 そういうもの、なのかな?召喚したことはわかっても、その中身までは分からないのかな?


 少しほっとしてしまった。

 そんな私を見たノアがくすりと笑った。


「きっとそこがエミリアの秘密なのかな。…あいにく、魔術の事は今は調べられることが限られていてね。なかなか進まないんだ」

「魔術?」

「そう、魔術。知らない?」


 尋ねられ、こくりと頷いた。

 私の髪を撫でる手はそのままに、ノアはそっか、と呟いて説明をしてくれる。


「魔術はね、はるか昔に使われていたもので、魔法と似て非なるものなんだ。魔法とは違った現象を起こすことが出来る。離れた位置に一瞬で移動ができたり、植物の成長を早めたり。エミリアがされたのは、召喚魔術だね」


 召喚魔術…。俗に言う転移とか、そういうのが魔術ってことか。

 この世界における魔法は、自然から成るものだから、それ以外の現象が魔術なのかな?


「そして魔法と魔術には決定的な違いがある。それは、使い方だ。簡単な詠唱と、自身の魔力を糧にして自然の力を起こすのが魔法なのに対し、魔術は、決められた魔法陣を床に描き、決められた長い詠唱を唱え、それ相応の糧を必要とする。」

「魔法陣…?あっ、私が最初にいた部屋に、丸い何かが床に書かれてた!」

「それがきっとエミリアを召喚した魔法陣だね」


 僕もそれが見つかったから、召喚魔術を使われたんだと確信したんだよ、とノアが言った。

 それって、あの家に忍び込んだってこと…?それとも、スパイとか送り込んでる…?いやノアは学生だし、いつも私と一緒にいるし、後者っぽいな。


「でも魔術は、ものによっては大きな代償を必要とする。召喚魔術に使う糧が何なのかはまだ分からないけど、人の命が必要とされるものだってある」

「人の命を糧に…?」

「まぁエミリアの召喚される前に、あの家で行方不明とか誰か死んだとか、死体が持ち込まれたような形跡もなさそうだったから、エミリアを呼ぶのに命は使わなかったんだろうね」


 あ、それは少しほっとした。良かった。

 自分のせいじゃないとはいえ、私が呼ばれて誰かが死んだなんて聞いたらもうどうしていいか分からないところだった。


 でもそんな危険な魔術、知らなかったなんて怖い。学園でも習わないし…。

 ん?そんなに危険なのに、習わないの?注意喚起とか、ないの?


「今は魔術使う人少ないの?もう失われた技術だったり?」


 そもそも知る人が少ない?だから習わないし知らなかったのかな?

 ノアは私の言葉にうーん、と否定も肯定も出来ずにいる。


「失われた技術というのは合ってるよ。それに、使う人が少ないんじゃなくて、使っちゃいけないんだ」

「使っちゃいけない…」

「魔術はその対価が大きいことや、魔術の影響が自然やこの世界の秩序を乱すものもあり、ほとんどの国で禁止されているんだよ」


 だから、禁術とも呼ばれている、とノアは言う。

 それもそうか。異世界から人を呼ぶものなんて、世界の秩序乱れまくりだ。


「といってもこれは神からの警告により禁止されたもので、ほとんどの国と言ったけど、恐らく神の声の届く全部の国が禁術とした。僕の知らない国もきっと。」


 この世界は神様を信じてる。そして魔術を禁止したのは神様。

 本当に神様がいるの?神様がこの世界の人達に語りかけてくるの?

 新しい謎が出来てしまった…。


「神からの警告ということで、魔術の書かれた本などは全て燃やされた。魔術は魔法陣、詠唱、糧のどれかひとつでも間違ってれば発動はしないから、可能な限り魔術についてを葬った。そして今でも、僅かな方法が記されてるものさえ見つかり次第葬られる」


 こっそり使われたらたまらないもんね。


「そんなものを、ドルトイが?」

「そう。彼の先祖の遺品に、情報があったんだろうね。それはまだ見つかってないけど」


 ドルトイの先祖に…。

 そういえばローリアさんも、自分の先祖に召喚された人がいたって言ってたな。ドルトイも同じ家系なのだろうか。それか、別口…?

 さすがに別口か。そんな繋がるわけないよね。


「…あっ、召喚魔術から、元の場所に帰す魔術とかって…」

「ううーん、聞いたことは無いけど、無いとも言いきれない。何せ情報がほとんどないからね。どんな種類の魔術があったのか、僕でも少ししか知らない」


 それもそうか…。神様の指示でほとんど消したんだもんね…。

 でも、聞いたことないのか…。無いとも言いきれないと言ってたけど、ノアでも手に入らない情報が、私に手に入れられるとも思わないしなぁ…。


 仮に少し情報を得ても、必要なのは完璧な魔法陣と詠唱と糧。

 帰るのに人の命がいるとか言われたら、私は帰れる気がしない。


「まぁそんな所かな。分かったことは。ドルトイの三男が禁術の召喚魔術でエミリアを召喚した。理由は分からない、ってところ。」


 ノアが真面目な顔から少し表情を弛めて、私の頭に顎を擦り寄せる。


「ノア、ちゃんと教えてくれてありがとう」

「約束だからね」


 私がニコリと笑ってお礼を言うと、ノアも笑顔を返してくれた。

 黙ってても分からないのに。それでもノアはしっかり私との約束を果たしている。


 信頼度がぐっと上がる。

 良いような、良くないような…。

 ってそうか、私を逃がさないために、信用を得るためにしてるのか。



 それにしても、魔術…。ローリアさんの先祖の召喚された人も、同じやり方だろうか。その時はもう禁止されていたのかな?

 今度ローリアさんに聞いてみる?でも、ローリアさんは帰り方の乗ってる本があったら私に教えてくれるはずだ。


 それにノアが探しても見つからないくらいの情報だ。私がちょっと頑張ったところで見つかりはしないだろう。


「禁術は、使ったらどんな罪に問われるの?」

「どんなものであれ、使ったら極刑だね」


 極刑…。この世界での極刑は死刑だ。

 禁術と言われているからにはやっぱり罰も重いのか。その知識を外に出さないためでもあるのかな。


 神様の言葉は絶対なんだ。凄いな…。


「でもドルトイを罪に問えば、エミリアの秘密を明かされる可能性もある。だから今すぐには捕まえられないんだけど、ごめんね」

「ううん。ありがとう」


 そっか、そうだ。今ドルトイを捕まえたところで、私の知らない人に私の秘密をバラされてしまったら、私を狙う人が増えてしまう。


 ということはやはり、ノアに秘密を話して協力してもらってからじゃないと、ドルトイのことはどうにも出来ない?


 それなら…とノアをちらりと見る。

 相変わらずの優しい笑顔。

 その笑顔の裏でたくさんのことを考えて、たくさん策を練ってくれてることを知ってる。


 これからの私の道は2つだ。

 ノアを信じて頼るか、ノア含めこの国から逃げるかだ。


 ただ逃げる場合、かなり遠くに行かないと行けないだろう。ノアからもそうだし、ドルトイが協力者を得る可能性もあるのだから。

 それに逃げたらきっと、ずっと逃亡生活になるだろう。ここまで落ち着いた生活はきっと出来ない。


 それならノアを信じることが出来るのか。

 ノアが私を利用しないと、信じることが出来るのか。


 私はどちらを選ぶのだろう。


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