僕は捕まえたい2 sideノアゼット
彼女はなにか隠してる。だから学園長に守られてる。
それは恐らく、彼女が逃げてきた何かが関係してるんだろう。
もしや学園に来たのは、関係者以外が入れないからか?学園長の睨みが効くというのもあるだろう。
卒業して外に出たら、彼女はその何かに捕まってしまうのか?それとも、それから逃げるためにどこかへ身を隠すのか?
嫌だ。誰にも渡したくないし、何処へも行かせたくない。
グレンに相談すると、グレンからはたった一言。
「婚約しちまえば?」
婚約だけなら破棄も出来るから、上手いこと言いくるめれば出来るだろうと。婚約さえしてしまえば、そばに居る口実にもなるし口説きやすい。そしてその何かから彼女を守ることも出来る。
いい案だ。
とはいえ、一筋縄で行くわけない。
彼女に婚約の打診をしても首を振られる。試しに学園長にもしてみたが相手にされず。
うんって言ってくれるまで帰さない、と彼女に言いよったら、逃げられてしまった。
そこから数日、目が合えば逃げられてしまい、それを追いかけるのは思ったより楽しかった。
彼女が僕のことを探してくれて、見つけたら逃げる。今まで以上に彼女の心に僕がいることに歓喜をおぼえた。
そして今日、ようやく追い詰めた。すれ違う人にエミリアの向かった方角を教わり、誰もいない音楽室の隅で、彼女を腕の中に閉じ込める。まだ逃げ場を探す彼女は強情で、この殻を壊したくなる。
このまま抱きしめたい。でも抱きしめたら顔が見えない。今はこの強気で少し怖がってるその目を見つめたい。彼女にも僕だけを見てほしい。
逃げたいという彼女に、逃がさないと言った。
少し脅えたその顔が可愛い。すごく可愛い。
「それで?君はどこの誰?どんな理由でここに来たの?誰に追われてたの?」
「っ、それを言う義務ないよね」
「そうだね義務はないね。でも僕は君が教えてくれるまで何処かに監禁することも出来るんだよ。権力があるからね」
分かりやすく脅してみる。彼女を警戒させることはあまりしたくないけど、こうでもしないと逃げられちゃうし。
それでも彼女は負けない。
「閉じ込められても話さないよ。大人しくもしない。やりたきゃやればいい」
「ふぅん?強情だね」
「私の秘密を黙ってるのは、私の身を守るために大切なことなの。脅されたくらいじゃ喋らないんだから。」
彼女の秘密は彼女の身を守るためのもの。
それを明かしたら身が危ないということだ。
「うーん、じゃあどうしたら喋ってくれるかな。少なくとも君はその秘密のせいで誰かに追われてたんでしょ?君を脅かすもの全てから守ると言っても教えてくれない?」
「い、や!あなたが利用するかもしれないでしょ」
「なるほど。僕も利用するくらい魅力的な秘密なのかな」
その秘密は彼女の出自?それとも別の何か?
僕でも利用したくなるくらいらしい。高位の貴族を避けてたのはそれが理由?貴族に利用されるくらいの何かなのか?
「じゃあ、僕のできる範囲で願いを叶えるよ。どんな欲しいものも用意するよ」
「いらない!」
「うーん、この手はなるべく取りたくなかったんだけど…。君が喋ってくれないなら、学園長に話してもらうしかないかな?」
「っ!!」
「でも学園長もきっと素直に話してはくれないよね。どうしようか?」
分かりやすく動揺した。学園長のことをチラつかせるのは当たりだったようだ。
「…なんでそんなに知りたいの。あなたには地位も権力もなんでもあるでしょ。学園長を敵に回してまでやることじゃないよ」
確かに学園長は発言力がある。平民の代表と言っても過言じゃない。あの人に睨まれるのはあまり得策ではない。
でも、それで君が手に入るのなら。
「確かにあんまり良くないね。だから僕のためにも、学園長のためにも、喋ってくれる?」
「だからっ、なんでそんなに知りたいの!理由を説明して!」
「理由…ねぇ?」
それを僕に聞いていいの?僕のこの黒く濁った心を、受け止めてくれるの?
そっと手を添えたエミリアの頬はすべすべで、吸い付きたくなる頬だ。
「それを聞いたら、君はもう逃げられないけど、いい?」
「は?…今現在すでに逃げられないけど…?」
「あはは、それもそうだ」
頬を触ってた手をばしっ、と弾かれたから、再び彼女を閉じ込めた。
「ふふ、理由、理由ね?僕が君を気に入ってるからだよ」
「…は?」
「出来ることなら君を僕の私室に閉じ込めて、僕だけに世話して貰って、僕無しじゃ生きられなくしたいんだけど」
「え?え??」
「そうしたら学園長もうるさいだろうし、あんまり君に嫌われるのもなぁ、なんて思ってね」
理解できない、という顔をしてる。僕は正直に言ってるだけなんだけどなぁ。
君が僕しか見れなくなって、僕なしじゃ生きれなくなったらどれだけ嬉しいだろう。閉じ込めて、僕が世話して、僕だけが彼女を愛でればとっても楽しいだろうな…。
でもグレンに閉じ込めるのだけはダメだと言われた。あいつは女の扱いはピカイチだ。従っておいた方がいい。
「だから周りから囲もうかなって思って、君のこと調べてたんだけど…正体が掴めなくってさ。君が僕以上の権力者と繋がってると逃げられちゃうからさ」
「…はぁ」
「だから君の背後に誰かいるなら、その人にも根回ししたいなぁって思ってたんだよ。それが理由」
「……ちょっとよく分からない」
「分かんないかぁ。うーん、なんて言ったらいいかな…」
話しすぎてよく分からなくなってしまったようだ。
まぁ僕の気持ちはこれから嫌という程伝えるからいいんだ。今は、婚約さえ出来れば。
「と、とにかく、私の背後にいる権力者が知りたいってことでいい?」
「それだけじゃないけど、そうだね。教えてくれるの?」
君を囲むために知りたいだけだからね。
彼女は教えてくれるようだ。諦めたのかな?
「えっと…私の後ろに権力者はいないよ。学園長しかいない。」
「本当?」
「本当に。なんなら知り合いもいない。この学園に来るまでの知り合いは、学園長と、追われてるのを助けてくれた騎士の人だけ。」
あの騎士か。ファスト街へ行こうとしたところを、彼女が助けを求めてきたと言っていたな。
僕がその場にいたかった。悔しい。
「ふぅん…。親は?」
「いるけど、ここにはいない。」
「住んでたところは?」
「覚えてるけど、すごく遠く。」
「場所の名前は?」
彼女の目が、少し様子を変える。
「……それは言えないけど、あなたも知らないところだよ。」
「…僕の知らないところがあるなんてね」
「調べても分からないと思うよ。すごくすっごく遠くて、とてもじゃないけど帰れないところだから」
その目ははるか遠くを見ていた。少しの絶望と、寂しさと諦め。帰りたいのに帰れないという表情。
嫌だ。僕の行けないところに帰すわけないだろ。
というかどこだそこは。帰れないところから来たのか?どうやって?
「……。じゃあ、誰に追われてたの?」
「えっと…分からない」
「分からない?」
「うーんと、私は誘拐されて逃げたんだけど、攫ってきた人達の名前も知らないし、騎士さんに助けて貰ってからは気絶しちゃったから、どこにいたのか分からないし…」
「君を助けた騎士から君を助けた場所は聞いてるよ。ファスト町から西に向かった所の道の途中だって」
「あ、そうなんだ?でも私方角も分からなくて逃げてたからなぁ…。森の中だった事しか…」
森の中?
あの辺には森はひとつしかない。
「わかる範囲で、話せる?」
「えっと、起きたら知らない屋敷にいて、そこから逃げたら森の中で、ひたすら真っ直ぐ走ったよ」
知らない屋敷。森の中の屋敷。
それが事実なら、あの森にある館はひとつしかない。
ドルトイ伯爵家の別宅がある。
じゃあドルトイ伯爵家が誘拐してきたのか?
「誘拐犯の顔は覚えてる?」
「顔をフードで隠した人が3人と、指揮とってた偉そうな人が20代くらいの男の人で…暗かったから、あまりはっきりは分からないんだけど、髪の毛は暗めのいろだったと思う…。それ以外は見てない」
暗めの髪の男。それも20代。あの家の暗めの髪の男は三男だ。長男と次男は父親譲りの金髪だ。三男は母親譲りの暗めのブルーの髪だ。
確定は出来ないが、可能性は高そうだ。
それより、貴族の別宅からどうやって逃げたのか。
知り合いもいなかったと言うし、そんな無理やり逃げれるような所じゃないとおもうんだけど…。
「20代くらいの男…。ちなみにどうやって逃げたの?」
「窓から木に飛び移って、そこから屋敷の塀を飛び越えて、あとはひたすら走った」
え?木に?飛びうつった???
想像したら笑けて来た。
変わった子だと思ってたけど、こんなに面白いことする子だったなんて。
俯いて笑いを耐えるけど、むり、耐えきれない。
「ノアゼット様?」
「…っく、ははは。ええ?窓から木に?そこから塀を?だめだ、面白すぎる。あー、面白い。なるほどね。じゃあ君を閉じ込める時は、窓のない部屋がいいんだね」
「!!」
いいこと聞いたなぁ。思ったより行動力があるみたいだ。
窓から木に飛び移るのもそうだし、塀から飛び降りるのだって怖かっただろう。着地に失敗すれば骨が折れてる。
そこまでして、逃げたかったんだ。怖さを塗り替えるくらい、嫌だったんだ。
「それで、君の身を守るための秘密はやっぱり教えられない?」
「……だめです」
「君を誘拐したそいつからも守ると言っても?」
そこは教えてくれないみたいだ。
まぁ背後に誰もいないと聞いたし、それは確かなようだし。彼女を狙う奴にも予想がたてられた。
秘密がなんであれ、僕のものになるなら興味はないから、あとは婚約さえ結べば…。
と思った時、とんでもない事を彼女が言い出す。
「……っ、私の秘密が知りたいなら、私と結婚して!」




