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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
49/110

逃げる気がおきない

 

「はい、これ」

「?…あっ!」


 日常の戻ったお昼休み。穏やかなガゼボでノアの作ったサンドイッチを食べ終えると、ノアが何かを手渡してきた。


 それを見ると、そこには水色の石のついたアクセサリーが。

 私が引っ掛けて壊したネックレス!!


「あれ、短い…?」

「ちぎれたチェーンを全て変えるには時間がかかるみたいだったから、短くしてもらったんだ。アンクレットとして付けてくれる?」


 なるほど、だから短いのか。

 私はノアにお礼を言って、その場で足首につける。うん、可愛い。


「良かった。気に入ってたから、別の形になってでも付けられて嬉しい」

「気に入ってくれてたんだ。新しい魔道具を作り直そうとしてたんだけど…」

「ううん、これがいい!」


 これだからいいのだ。初めてノアにもらった大切なものだから。

 それにこれを作るのに1ヶ月はかかっている。おいそれと別のものに変えることは出来ない。


「これ凄く時間かけて作ってくれたんでしょ。知らなかった。ありがとう、ノア」

「誰から聞いたの?」

「殿下が見て驚いてたよ」


 あの時聞いてなかったら、そんなに凄いものだとは思わなかった。勿論大切にはしてたけど、聞く前と後じゃ全然違う。


 これは失くしてはいけない。ノアが頑張って作ってくれたものだから。


「…もしかして、効果も?」

「聞いたよ。攻撃を弾くのと、結界を張るのと、位置が分かるものでしょ?そんなに込められるの凄いね」


 魔道具の勉強はさらっとしか習っていないから、あまり詳しくは知らないけど、これだけの魔法を込めた物は凄いっていうのはわかる。


 ノアと魔道具店に行った時だって、ひとつにひとつの効果がついてるものしか売ってなかったし、私のこのアンクレットについてる効果はひとつも売ってなかった。

 単純なものしか売ってなかった。

 それってつまり、難しいことをノアはしてるんでしょ?


 そう思って褒めたのに、ノアは少し暗い顔をしている。


「……やっぱり嫌?」

「?なにが?」

「さすがに位置がわかるのは、気持ち悪いかな。…でも、出来れば付けて欲しい」


 もしかしてノアが隠したかったのはそれだったのかな。位置情報が分かるようにするなんて、ストーカーっぽいとでも思ったのだろうか。


 たしかにこの世界の人だったらそう感じるかもしれない。


「もちろん付けるよ。気持ち悪くもないよ。むしろ有難いよ」

「…本当?」

「うん。私が攫われても迷子になっても、ノアは来てくれるんでしょ?」


 こんなに安心できるものが他にあるか。

 ノアの行って欲しくないところに行くつもりも無いし、別になんの問題もない。


 …それに。


「私の国じゃ、位置を共有しあってたからね」

「……共有しあってた?」

「そうそう。友達とか恋人とか、自分の子供とかの位置を把握してて、あそこに友達いるから遊び行こう、とか、恋人との待ち合わせに使ったりとか、子供の安全を確認してたりとかしてたから」


 GPSを共有してた人、結構いたなー。自分の位置をオンオフで表示の切り替えしたり、SNSに投稿した時に位置を乗せたりもしてたしなぁ。


 だからこういうのには慣れてて嫌悪感とかは感じない。勿論知らない人とかそんなに仲良くない人にされるのは嫌だけど。


「……エミリアのいた国は、凄いね」


 ノアはなんともいえない表情だった。




 お昼を食べてゆっくりしたあと、ノアに教室まで送って貰って、早速ミルムに話しかけた。


「ミルムはロットといつ結婚するの?」

「へっ!?」


 私の質問にミルムが狼狽えた。それを見て久々な反応だなぁと感じ、そう言えば最近ミルムの恋バナ聞いてないなぁ、なんて思う。


 私がノアと婚約する前は、よく聞いてたのに…。いつの間にか聞かれる側に…。


「な、何よ急に!」

「いつするのかなぁって」

「…卒業して1年後よ」


 少し顔を赤くしてそっぽ向くミルム。

 そうそう、この照れてるのが可愛いんだよね。


 ニマニマしてると、昔とは違ってカウンターを食らった。


「そういうエミリアこそ、卒業と同時くらいなんじゃないの?」

「あー……諸事情により、半年後…」

「半年後!?」


 だ、だよねぇ、驚くよねぇ。

 目を丸くしたミルムは、やがて達観した表情を作った。


「さすがノアゼット様だわ…。彼に出来ないことなんてないんだわ…」

「なんか色々凄いよね」


 本当、ノアに出来ないことってあるんだろうか。弱点のひとつくらい知りたいけど。

 まぁ聞いて教えてくれるとも思わないしなぁ。知ったところで使うことも無いし…。


 いや、万が一逃げる羽目になったら使えるか?今度聞いてみた方がいいかな?


「じゃあ結婚後の学園はどうするの?辞めるの?」

「いや、卒業までいるよ」

「人妻が学園に通うのね…」


 人妻て。


 ノアと相談して、結婚後も学園に通うことに決めた。私が通いたいと言った。

 だって学園は、ローリアさんに入れてもらって、私にとってこの世界の全てだったから。しっかり卒業したかった。


 私の気持ちをノアはちゃんと汲んでくれて、一緒に卒業しようと言ってくれたのだ。


「あ、それでさぁミルム。私この国の結婚詳しくないんだけど、どんな事やるの?」

「近くなったら説明して貰えると思うけど、一応教えておくわ」


 この世界の結婚式を見たことも、聞いたこともない。何せ周りは生徒だらけで、結婚はまだ先の話。


 この世界において結婚とは何をするものなのか、私には分からない。


「平民は、大体結婚の書類を出して、手作りのドレスや親のお下がりのドレスを着て、夫婦で街を歩くの。花束と花かんむりを付けて、知り合いのところを回ったら家に帰って、ちょっと豪華なご飯を食べて終わりって所かしら」

「ふむふむ」


 なるほど、街の人に祝ってもらうんだ。そして花束と花かんむり。なんだか可愛らしいイメージが湧く。


「貴族は同じく書類を出して、まず教会で神様に誓うのよ。そのあと屋敷に戻って、知り合いを沢山呼んでパーティをする。そしてその日の夜に初夜をするって感じ」

「初夜…!?」


 初夜!!そんなものが!

 その他は知ってるものとあまり変わらないのに、初夜!


「まぁこの国はそこまで処女性にこだわっては無いけど、後継を産むのが女性の役目だから。」

「な、なるほど…」


 そっか。貴族夫人の役目はまず子供を産むことか。

 でも私は簡単に身を許すことは出来ない…。きっと初夜には許せないだろう。


 早速夫人としての役割は果たせなそう。ごめん、ノア…。


 俯いた私にミルムはすぐ気づいた。


「なに?初夜が怖いの?」

「いや…。結婚しても、私が許すまで手を出さないって、ノアが約束してくれて」

「………さすが過ぎて何も言えないわ」


 ミルムは絶句していた。

 やっぱり良くないことだよね、うん、分かってる。でも出来ない。

 初夜をしなくちゃいけないなら、結婚をもっと待ってもらわないと行けなくなる。


「まぁノアゼット様がいいならいいんじゃない。それだけあなたの気持ちを大事にしたいのね」


 ミルムはそう言ってくれた。私のことを励ますように。

 そう、私の気持ちを考えて、自分が我慢しちゃう人だから。


 結婚したら我慢しないって前言ってたのに、結婚しても我慢する気になっていて、ノアが少し心配ではある。


「ま、あなたなら大丈夫よ。不安は全部ノアゼット様に聞いてもらいなさい。すぐ解決してくれるわ」

「ちょっと頼りすぎじゃない?」

「何言ってるの、あなたに頼られることを待ってるのよ、ノアゼット様は」


 ミルムは人差し指を私に突きつける。

 ビシッと真っ直ぐ腕を伸ばして、私に分からせるように強めに言う。


「エミリアは自分で抱えすぎなの。ノアゼット様はそれを一緒に持ちたいの。好きってそういうことでしょ?」


 伸ばしてた腕を戻して腕を組んだミルム。

 彼女の言葉は私に刺さるものがある。


 私の抱える荷物を、ノアも一緒に持ちたいの?それが好きってこと?


 私の方が年上なのに、分からない。

 勉強は苦手じゃないのに、これは理解できない。


「甘えて頼ったって、ノアゼット様は喜びこそすれ、辛いとかそういうのは思わないから。むしろ抱えて辛そうにしてるのを見る方が辛いと思うわ」

「…ミルム…」

「私はエミリアの半分は持てないけど、私だって少しくらい持てるわよ。あなたの友人だから。私が頼ったら、あなたも持ってくれるんでしょ?」

「もちろん」


 ミルムが頼ってきたらもちろん助けになるし、どんな荷物も一緒に持つ。

 でもミルムのことを恋愛で好きではないよ?


 そんな気持ちが出てたのか、ミルムは私に目をしっかり合わせてきた。


「でも私は、あなたに半分は預けられない。信用出来ないとかじゃないけど、自分の半分を友人に託すことは出来ない。」

「……うん」

「でも、私はロットなら半分預けられるわ。ロットの半分を背負う覚悟もある。…言葉にするのは難しいけど、ちゃんと友人と恋人はちがうわ」


 ミルムも言葉にするのは難しいのか。じゃあやっぱり説明しにくいものなんだね。


 半分預けて、半分背負う覚悟…かぁ。

 私にノアの半分を背負えるのだろうか…。


「……ノアの半分…無理な気がしてくる…」

「ちょっと!?」

「だって、ノアって凄い人だよ。その半分って、無理じゃない?」


 権力があって、力がある。それがかなりの大きさで、私が背負うには大きすぎないか。


 ちょっと自信ないよ…?


 そんな私に、ミルムは慌てて言葉をかけてきた。


「諦めないで!背負うって言ったって、そういうものじゃないわ!」

「じゃあ、どういう…?」

「肩書きとかそういうのじゃなくて、うーん、なんて言ったらいいの?気持ちとか、胸の内に抱えてるものとか、悩みとか、そういうものよ!」


 心の問題?


「まぁ、それなら…」

「良かった…」


 何でミルムがホッとしてるのか分からないけど、私も少し気持ちが上向きになった。


 ノアの抱えてる気持ちとか不安とか、そういうものなら私も持てる気がする。

 あとは、預けられるかどうか…。


 こればっかりは、結婚して秘密を明かさないと何も始まらないけど…。


 少しずつ、好きの形が見えてくるような気がした。



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