逃げる気がおきない
「はい、これ」
「?…あっ!」
日常の戻ったお昼休み。穏やかなガゼボでノアの作ったサンドイッチを食べ終えると、ノアが何かを手渡してきた。
それを見ると、そこには水色の石のついたアクセサリーが。
私が引っ掛けて壊したネックレス!!
「あれ、短い…?」
「ちぎれたチェーンを全て変えるには時間がかかるみたいだったから、短くしてもらったんだ。アンクレットとして付けてくれる?」
なるほど、だから短いのか。
私はノアにお礼を言って、その場で足首につける。うん、可愛い。
「良かった。気に入ってたから、別の形になってでも付けられて嬉しい」
「気に入ってくれてたんだ。新しい魔道具を作り直そうとしてたんだけど…」
「ううん、これがいい!」
これだからいいのだ。初めてノアにもらった大切なものだから。
それにこれを作るのに1ヶ月はかかっている。おいそれと別のものに変えることは出来ない。
「これ凄く時間かけて作ってくれたんでしょ。知らなかった。ありがとう、ノア」
「誰から聞いたの?」
「殿下が見て驚いてたよ」
あの時聞いてなかったら、そんなに凄いものだとは思わなかった。勿論大切にはしてたけど、聞く前と後じゃ全然違う。
これは失くしてはいけない。ノアが頑張って作ってくれたものだから。
「…もしかして、効果も?」
「聞いたよ。攻撃を弾くのと、結界を張るのと、位置が分かるものでしょ?そんなに込められるの凄いね」
魔道具の勉強はさらっとしか習っていないから、あまり詳しくは知らないけど、これだけの魔法を込めた物は凄いっていうのはわかる。
ノアと魔道具店に行った時だって、ひとつにひとつの効果がついてるものしか売ってなかったし、私のこのアンクレットについてる効果はひとつも売ってなかった。
単純なものしか売ってなかった。
それってつまり、難しいことをノアはしてるんでしょ?
そう思って褒めたのに、ノアは少し暗い顔をしている。
「……やっぱり嫌?」
「?なにが?」
「さすがに位置がわかるのは、気持ち悪いかな。…でも、出来れば付けて欲しい」
もしかしてノアが隠したかったのはそれだったのかな。位置情報が分かるようにするなんて、ストーカーっぽいとでも思ったのだろうか。
たしかにこの世界の人だったらそう感じるかもしれない。
「もちろん付けるよ。気持ち悪くもないよ。むしろ有難いよ」
「…本当?」
「うん。私が攫われても迷子になっても、ノアは来てくれるんでしょ?」
こんなに安心できるものが他にあるか。
ノアの行って欲しくないところに行くつもりも無いし、別になんの問題もない。
…それに。
「私の国じゃ、位置を共有しあってたからね」
「……共有しあってた?」
「そうそう。友達とか恋人とか、自分の子供とかの位置を把握してて、あそこに友達いるから遊び行こう、とか、恋人との待ち合わせに使ったりとか、子供の安全を確認してたりとかしてたから」
GPSを共有してた人、結構いたなー。自分の位置をオンオフで表示の切り替えしたり、SNSに投稿した時に位置を乗せたりもしてたしなぁ。
だからこういうのには慣れてて嫌悪感とかは感じない。勿論知らない人とかそんなに仲良くない人にされるのは嫌だけど。
「……エミリアのいた国は、凄いね」
ノアはなんともいえない表情だった。
お昼を食べてゆっくりしたあと、ノアに教室まで送って貰って、早速ミルムに話しかけた。
「ミルムはロットといつ結婚するの?」
「へっ!?」
私の質問にミルムが狼狽えた。それを見て久々な反応だなぁと感じ、そう言えば最近ミルムの恋バナ聞いてないなぁ、なんて思う。
私がノアと婚約する前は、よく聞いてたのに…。いつの間にか聞かれる側に…。
「な、何よ急に!」
「いつするのかなぁって」
「…卒業して1年後よ」
少し顔を赤くしてそっぽ向くミルム。
そうそう、この照れてるのが可愛いんだよね。
ニマニマしてると、昔とは違ってカウンターを食らった。
「そういうエミリアこそ、卒業と同時くらいなんじゃないの?」
「あー……諸事情により、半年後…」
「半年後!?」
だ、だよねぇ、驚くよねぇ。
目を丸くしたミルムは、やがて達観した表情を作った。
「さすがノアゼット様だわ…。彼に出来ないことなんてないんだわ…」
「なんか色々凄いよね」
本当、ノアに出来ないことってあるんだろうか。弱点のひとつくらい知りたいけど。
まぁ聞いて教えてくれるとも思わないしなぁ。知ったところで使うことも無いし…。
いや、万が一逃げる羽目になったら使えるか?今度聞いてみた方がいいかな?
「じゃあ結婚後の学園はどうするの?辞めるの?」
「いや、卒業までいるよ」
「人妻が学園に通うのね…」
人妻て。
ノアと相談して、結婚後も学園に通うことに決めた。私が通いたいと言った。
だって学園は、ローリアさんに入れてもらって、私にとってこの世界の全てだったから。しっかり卒業したかった。
私の気持ちをノアはちゃんと汲んでくれて、一緒に卒業しようと言ってくれたのだ。
「あ、それでさぁミルム。私この国の結婚詳しくないんだけど、どんな事やるの?」
「近くなったら説明して貰えると思うけど、一応教えておくわ」
この世界の結婚式を見たことも、聞いたこともない。何せ周りは生徒だらけで、結婚はまだ先の話。
この世界において結婚とは何をするものなのか、私には分からない。
「平民は、大体結婚の書類を出して、手作りのドレスや親のお下がりのドレスを着て、夫婦で街を歩くの。花束と花かんむりを付けて、知り合いのところを回ったら家に帰って、ちょっと豪華なご飯を食べて終わりって所かしら」
「ふむふむ」
なるほど、街の人に祝ってもらうんだ。そして花束と花かんむり。なんだか可愛らしいイメージが湧く。
「貴族は同じく書類を出して、まず教会で神様に誓うのよ。そのあと屋敷に戻って、知り合いを沢山呼んでパーティをする。そしてその日の夜に初夜をするって感じ」
「初夜…!?」
初夜!!そんなものが!
その他は知ってるものとあまり変わらないのに、初夜!
「まぁこの国はそこまで処女性にこだわっては無いけど、後継を産むのが女性の役目だから。」
「な、なるほど…」
そっか。貴族夫人の役目はまず子供を産むことか。
でも私は簡単に身を許すことは出来ない…。きっと初夜には許せないだろう。
早速夫人としての役割は果たせなそう。ごめん、ノア…。
俯いた私にミルムはすぐ気づいた。
「なに?初夜が怖いの?」
「いや…。結婚しても、私が許すまで手を出さないって、ノアが約束してくれて」
「………さすが過ぎて何も言えないわ」
ミルムは絶句していた。
やっぱり良くないことだよね、うん、分かってる。でも出来ない。
初夜をしなくちゃいけないなら、結婚をもっと待ってもらわないと行けなくなる。
「まぁノアゼット様がいいならいいんじゃない。それだけあなたの気持ちを大事にしたいのね」
ミルムはそう言ってくれた。私のことを励ますように。
そう、私の気持ちを考えて、自分が我慢しちゃう人だから。
結婚したら我慢しないって前言ってたのに、結婚しても我慢する気になっていて、ノアが少し心配ではある。
「ま、あなたなら大丈夫よ。不安は全部ノアゼット様に聞いてもらいなさい。すぐ解決してくれるわ」
「ちょっと頼りすぎじゃない?」
「何言ってるの、あなたに頼られることを待ってるのよ、ノアゼット様は」
ミルムは人差し指を私に突きつける。
ビシッと真っ直ぐ腕を伸ばして、私に分からせるように強めに言う。
「エミリアは自分で抱えすぎなの。ノアゼット様はそれを一緒に持ちたいの。好きってそういうことでしょ?」
伸ばしてた腕を戻して腕を組んだミルム。
彼女の言葉は私に刺さるものがある。
私の抱える荷物を、ノアも一緒に持ちたいの?それが好きってこと?
私の方が年上なのに、分からない。
勉強は苦手じゃないのに、これは理解できない。
「甘えて頼ったって、ノアゼット様は喜びこそすれ、辛いとかそういうのは思わないから。むしろ抱えて辛そうにしてるのを見る方が辛いと思うわ」
「…ミルム…」
「私はエミリアの半分は持てないけど、私だって少しくらい持てるわよ。あなたの友人だから。私が頼ったら、あなたも持ってくれるんでしょ?」
「もちろん」
ミルムが頼ってきたらもちろん助けになるし、どんな荷物も一緒に持つ。
でもミルムのことを恋愛で好きではないよ?
そんな気持ちが出てたのか、ミルムは私に目をしっかり合わせてきた。
「でも私は、あなたに半分は預けられない。信用出来ないとかじゃないけど、自分の半分を友人に託すことは出来ない。」
「……うん」
「でも、私はロットなら半分預けられるわ。ロットの半分を背負う覚悟もある。…言葉にするのは難しいけど、ちゃんと友人と恋人はちがうわ」
ミルムも言葉にするのは難しいのか。じゃあやっぱり説明しにくいものなんだね。
半分預けて、半分背負う覚悟…かぁ。
私にノアの半分を背負えるのだろうか…。
「……ノアの半分…無理な気がしてくる…」
「ちょっと!?」
「だって、ノアって凄い人だよ。その半分って、無理じゃない?」
権力があって、力がある。それがかなりの大きさで、私が背負うには大きすぎないか。
ちょっと自信ないよ…?
そんな私に、ミルムは慌てて言葉をかけてきた。
「諦めないで!背負うって言ったって、そういうものじゃないわ!」
「じゃあ、どういう…?」
「肩書きとかそういうのじゃなくて、うーん、なんて言ったらいいの?気持ちとか、胸の内に抱えてるものとか、悩みとか、そういうものよ!」
心の問題?
「まぁ、それなら…」
「良かった…」
何でミルムがホッとしてるのか分からないけど、私も少し気持ちが上向きになった。
ノアの抱えてる気持ちとか不安とか、そういうものなら私も持てる気がする。
あとは、預けられるかどうか…。
こればっかりは、結婚して秘密を明かさないと何も始まらないけど…。
少しずつ、好きの形が見えてくるような気がした。




