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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
47/110

逃がしてあげられない sideノアゼット

 

 エミリアに、結婚を迫った。


 待つつもりだった。卒業まで待つつもりだったし、急かすつもりも無かった。本当はすぐにでも結婚したい気持ちはあったけど、エミリアの気持ちも定まってないから、ゆっくり待つつもりだった。


 だけどそうも言っていられない事態が起きた。



 エミリアが攫われ、あろうことか首謀者は隣国の王族。

 幸運なことにエミリアは国境を越えずに逃げ出したわけだけど、もしも越えてたらと思うと歯痒い気持ちになる。


 取り戻せはするだろう。正規の方法で行けば時間はかかるものの、無理やり取り戻すことは出来る。その場合少し隣国との間に亀裂が走るが、エミリアにはかえられない。


 だとしても、国内にいるのを取り戻すより国外に出てしまった方が時間も手間もかかるのは事実。その僅かな差で、エミリアが誰かに、たとえば第3王子とかに襲われでもしたら、それこそ取り戻せない。


 王子の子をなしてる可能性のある女を、余所へはやれないからだ。

 その点でいえば、国内でもその可能性は十分あるし、なんならエミリアは危なかったわけだけど。



 だから、結婚を早めたいと言った。


 結婚していれば、他国へ攫われても強引に連れ戻せる。もしも、なんて考えたくもないけど、王族に襲われたとしても、非難されるべきは男で、いくら王族の子を宿してるかもしれないとしても、僕の元に帰って来れる。


 それで子供が生まれても、僕が手放さない限りはエミリアは僕のものになる。

 他の男に体を許しても、その男の子供を産んでも、僕はエミリアを離せない。


 まぁそんなことになったら相手の男を殺しているけど。




 エミリアに結婚のことを言うと、分かりやすく動揺した。

 結婚するつもりではあっただろう。ただ、覚悟が無かったような、そんな顔だ。


 まだ先だと思って考えてなかったんだろう。まぁ僕もまだ待つつもりだったからね。


 でも結婚しても、すぐにエミリアを抱くわけじゃない。本当は抱きたいし、抱いて本当の意味で僕のものにしてしまいたい。

 エミリアはすごく魅力的で、すぐに色んな男が寄ってくるから。誰も近付けられないように、エミリアの全身に僕のものだってしるしを残したい。

 僕の重すぎる愛をこれでもかって伝えて、溺れさせたい。


 だけどただでさえ急に結婚を考えなくてはいけなくなって、僕の気持ちも伝えてしまえば、エミリアはもっと悩んでしまう。

 だから、エミリアを抱くのはまだ待つ。結婚してから、そこは考えよう。


 エミリアの秘密についても同じだ。僕はエミリアが手に入るなら秘密などどうでもいいけど、ドルトイも諦めていないし、それを知ったらほかの貴族にも狙われると言うのなら無視はできない。


 でもそれも、エミリアが良いって言うまで聞かないでおく。それまで何がなんでも守るだけだ。



 エミリアのことをすぐに抱くつもりも、秘密を聞くつもりもないと言えば、ほっ、と胸をなでおろしていた。

 少し残念に感じたけど、仕方ない。昨日怖がらせたばかりだし、エミリアの気持ちはそこまで育ってない。


 きっと心に余裕がないんだと思う。

 故郷の事や、自分の秘密のことで精一杯なんだと思う、エミリアは。僕がドルトイから守るようになって、余裕ができたかと思えば、そこに生まれたのは故郷への寂しさだろう。


 だから、エミリアの気持ちが落ち着くまで、僕のことを考える余裕ができるまで、待つんだ。




 次の日のエミリアは、分かりやすく悩んでいた。気付かれないように明るく振舞っていたけど、考え込んで黙ることが多かったし、遠くを見ている目もよくしていた。


 だけど僕は何も聞かず、学園長の元へ送って行った。


 学園長も僕とエミリアの結婚には前向きだったけど、エミリアの気持ちを考えたら、今回のことを後押ししてくれるとは限らない。

 でも構わない。エミリアの心の支えになるなら。


 本当は僕が全部受け止めてあげたいのに。エミリアの抱える荷物も思いも、全部預けてくれていいのに、そうしてくれない。

 もどかしい。エミリアの頼るものが全部僕になればいいのにと思うのに、エミリアが学園長や母上に甘えて楽になれるなら、それでもいいか、とも思う。




 学園長の所まで迎えに行くと、エミリアは少しさっぱりした顔をしていた。目には涙のあとがあるし、泣いたんだろうということはすぐにわかる。


 そしてエミリアは、自分の部屋に僕をいれた。


 ソファに横並びに座って、エミリアはどこから話すか考えているようだ。

 ゆっくりでいいよ、の気持ちを込めて、その膝に乗せられた手を握る。

 すると安心したのか、エミリアの力が少し抜けた。


「ローリアさんと、話してきた。結婚について、相談したよ」

「うん」

「ローリアさんにね、覚悟を決めなさいって言われた。その覚悟を決めるための時間制限を自分で設けなさいって」


 考えながら言われたその言葉には、沢山の気持ちが入っているんだろう。

 きっと覚悟のその一言に、沢山の覚悟が入っているはずだ。


 そしてそれを決めるための、時間制限。

 どのくらいかかるか分からないが、待つだけでエミリアが覚悟を決めてくれるなら待とう。


 早く結婚したい気持ちは山々だけど、覚悟が決まらないなら2年でも3年でも待とう。

 それがエミリアの望みなら、僕は全力で君を守るだけだ。



「だからね、その……半年、待ってて欲しいの」

「半年?」


 思ったよりも短くて、それがエミリアなりに僕に応えようとしているんだと分かった。

 エミリアは下を向きながら、少しずつ言葉を出す。


「……そう。それまでに、ちゃんと覚悟を決めるから。ここで生きていく覚悟をして、ちゃんと、ちゃんと……」


 ぽたり、エミリアの手を握る僕の手に、涙が落ちる。


「…帰ることを諦めるから、だからっ…ごめん…。半年……待って欲しい……」


 ぽたぽた落ちてくる涙と、嗚咽の混じった言葉に、僕は胸が痛くなった。


 僕にとってはエミリアを手に入れるための手段でしかない結婚も、エミリアにとってはそうじゃない。

 色んな覚悟が必要で、そしてそれをするのはとても辛くて苦しいということ。


「ごめっ、わがままで、ごめん…。…でも、まだ諦められてなくて、まだ…まだ諦めたくなくてっ…。でもちゃんと諦めるから、ごめん…っ!」


 僕を待たせることに罪悪感を感じて、それでもすぐに結婚すると言えないから、エミリアは苦しんでいる。


 そんなエミリアを、空いてる手で抱き寄せて、強く抱きしめる。

 縋るように僕の胸に顔を寄せてくれるエミリア。


「…いいよ、待つよ。ちゃんと待つ。僕は大丈夫だから、そんなに謝らないで」


 謝るのは、僕の方なのに。結婚を早めたいのは僕なのだから、エミリアが謝る必要は無いのに。


「それに結婚しても、諦めなくていいんだよ。僕はエミリアを帰すことは出来ないけど、もしそんな方法が見つかったら、手紙くらいは送れるかもしれないでしょ?」


 諦めても諦めなくても、僕は君を手放せない。方法が見つかったって、帰すことは出来ない。

 手紙くらいならいいけど、それだけだ。


 帰りたいと泣くエミリアを慰めるくせに、帰してあげられない僕が、一番罪深いだろう。

 エミリアの一番の願いを知ってるくせに、それだけは叶えてあげられない自分が憎くもある。


 だから、せめてそれ以外は。


「むしろ一緒に探していこう。エミリアがするのは、僕のものになる覚悟だけで十分だよ」

「…っ、ノア…っ」


 そんなことを考えてる僕の胸で、身を委ねてエミリアは泣く。僕の腕の中が安心出来る所だというように。


 でもそこが1番、安心できないところなんだよ?そんなことに気づかないで甘えてくるのを受け入れて、僕も気付かせないようにしているのだから、やっぱり僕が一番罪深い。





「大丈夫?」

「うっ…ぐす…ごめんね、ノア…」

「謝らないでって言ったよ?口塞いで欲しいの?」


 落ち着いたエミリアが謝るから、口を塞ぐと言うとエミリアはくすりと笑う。

 どうやら励ますための冗談だと思われたみたいだ。本気なのに。


「きっとこれから先、何回も泣くと思う…。帰りたいって、諦めたくないって泣くと思う…」

「僕の前でなら泣いてもいいよ」

「……いいの?」

「勿論」


 むしろ僕以外の前では泣かないで欲しい。いや、エミリアの心が楽になるならいいけど、出来るなら、僕だけが胸を貸したい。


 それに涙なら何度でも受け止める。帰せない代わりに。


「…ありがとう、ノア」


 僕に可愛い笑顔を向けるエミリアは、僕をとても優しい人だと思ってるみたいだ。

 そんなことは絶対無いはずなんだけど、まぁエミリアがそう思ってるうちは訂正することも無いだろう。


「…また待たせるね。」

「そんなことない。当初の予定より早まったんだから嬉しいよ」


 たしかに明日にでも結婚してしまいたかったけど、半年待つだけでエミリアが僕のものになってくれるんだから、どうってことない。

 本来あと1年の予定だったんだ。半分に縮まればいい方だ。


 きっと半年というのも、頑張って半年まで縮めたんだろう。僕の思いに少しでも応えようとして、頑張ってくれた。

 だから全然待てる。


 帰り道だって一緒に探そう。手紙なら許すから、それで我慢して欲しい。

 それでもどうしても、帰りたいと言うなら、僕も連れて行って欲しい。置き去りにしないでほしい。



 僕はエミリアがいればいい。それだけでいい。他に何もいらない。

 君が隣にいるなら、この国もこの地位も、全て捨ててもいい。君がいてくれるなら。


 だからどうか、そのまま大人しく僕に捕まってて欲しい。

 エミリアは逃げようと思ったら逃げてしまえる人だから。こうして僕の腕の中に捕らえていると思ってても、それはエミリアが捕まってくれてるだけ。


 エミリアが僕に捕まることを許してくれているからだ。

 それを僕も分かっているから、腕の中に留めようと必死だし、逃げられなくしてしまいたくなる。


 僕のこの胸の内を知ってもなお、彼女は逃げないでくれるだろうか。

 僕に囚われることを享受してくれるだろうか。


 してくれなくても、拒絶されても、離せないけど。

 でも叶うなら、エミリアの意思で、僕に捕まっててくれたらいいな、なんて思った。





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