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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
43/110

逃げきれた後に

 

 学園について、私はノアにお姫様抱っこで寮の部屋に連れていかれた。そしてベットに下ろされるとお医者さんが来て、健康状態をチェックされる。

 問題はなかったみたいだ。良かった。


 その後はローリアさんが来てくれて、私はノアに退室してもらい、ローリアさんと二人で話した。


「お昼は馬車では食べれなかったでしょう?夕飯までまだ時間あるから少し食べておきなさい」

「ありがとうございます」


 スープを受け取って、私はそれを飲む。うん、優しい味。病人に良さそうなスープだ。


 ローリアさんも心配してくれていたのか、目に見えてホッとしてる。


「今回は肝が冷えたわ…。無事でよかった」

「心配かけました」

「川に飛び込んだと聞いた時はなんて命知らずな、と思ってしまったけど、国境を越えられたら私達にも手を出しにくいから、正解だったわ」


 あ、やっぱり命知らずな行動だったか…。

 というかそれが一番心配かけたのかな?それなら心配かけた原因は私?


 でも国境を越えたらまずいってのは王子様も言ってた。それまでに行動出来て逃げきれたのだから、結果論だけど良かったってことだ。


「あとは、第3王子に襲われてないかも心配だったわ…」


 ローリアさんが胸を撫で下ろす。

 それに私は笑って答えた。


「いやいや、殿下が私なんか襲うわけないですって。そんなことしたらノアの怒り買っちゃって、余計ノアを国に連れて帰り辛くなるじゃないですか」


 王子様はノアを連れて帰るために、ノアの機嫌は取っておきたいはずだ。私にちょっかいを掛けたりはするけど、それは私が自発的に隣国に行きたいと言わせるためで、ノアを本気で怒らそうとは思ってない。


 だから殿下が私を襲うはずがない。


「それに殿下は女性に優しいですからね。いくら危機的状況で気持ちが昂っても、酷いことはしないですよ」


 体をボロボロにしてまで私を守ってくれたくらいなんだから。嫌がる女性を襲うなんてことしないだろう。矛盾してる。


 ローリアさんは困ったように笑う。


「鈍感なのも考えものね…」

「え、なんか言いました?」

「いえ、独り言よ」


 なんかぽつりと聞こえたけど聞き取れなかった。大したことは言ってなかったのかな。


「まぁ今日と明日は安静にしてなさい。疲れもあるだろうから」

「はーい。」


 そう言われた時、扉がノックされる。


 誰が来たのかローリアさんが確認に行くと、ミルムが入ってきた。


「ミルム!来てくれたの!」


 ミルムは私を見て顔を歪ませて、突進するように私を抱きしめてくる。


「エミリアのばか!心配したわよ!!」

「うぐ、ぎぶ、ぎぶ!」

「川に落ちたって聞いたわよ!?死ぬかもしれない方法を選ぶんじゃない!」

「うぐぐ…」


 ミルムに力強く抱きしめられて、息が出来なくなるところだった。ギリギリで腕を離してくれたから良かったけど。


 気道を確保して、息を整える。

 ミルムはいつか私が窓から飛び降りた時のように涙目になっていて、怒ってる。


「本当に、心配したんだから…っ」

「ごめんミルム。また泣かせちゃった」

「エミリアが、帰ってこないかと思って…!」

「帰ってきたよ、ちゃんと」


 ぽろぽろ涙を零すミルムの背中を摩る。

 あぁ、こんなに泣かせて。私がロットに怒られちゃうな。


「無事でよかったぁ……」


 ミルムはわんわん泣き出してしまった。


 ミルムがこんなに心配してくれて、ローリアさんも、グレン様も、そしてノアも、とても心配してくれた。

 なんだかここに私の居場所があるような感じがして、とても胸が満たされる。



 ミルムの気持ちを落ち着かせると、ミルムは私を睨みつける。


「心配かける行動はしちゃダメってこと、私がお説教してあげるわ!」

「えっ……」


 川に飛び込むなとか危ないことはするなとか助けを待てとかつらつらとミルムからお説教をされる。

 でも、とか言おうものなら厳しい目が飛んできて、私はただそのお説教を聞くしかない。


 ミルムのお説教は2時間にも及んだ。





 やっとミルムが帰って、入れ替わりでノアが入ってきた。

 ノアは入ってくるなり、ベットに腰掛ける私をぎゅっと抱きしめた。


「…本当に、無事でよかったよ…」

「…ノア…ありがとう」


 何度も噛み締めるように無事でよかったとノアは言う。想像以上に心配かけたんだなぁ…。ごめん。


「エミリア、今回は凄く心配したんだ。生きてることもそうだし、エミリアが僕以外のものになってしまわないか、不安だった。」

「?」

「…ねぇ」


 ノアが言いかけて、そしてそのまま私に体重を乗せてくる。

 ノアの重さに耐えられず、私はベットに倒れることになり、私の顔の横に手を着いたノアが、ギラギラした目で私を見つめた。


 …あれ?なんか、押し倒されてる?


「エミリアは、僕のものだよね?」

「え?えっと…」

「僕のものなんだよ」


 私は私のもの、なんて言わせては貰えなかった。

 唇を押し付けられて、すぐにその口付けは深みを増す。いつもより性急で、乱暴のようにも思える口付けだ。


「この口も、その声も、この綺麗な髪も」


 そっと髪をひと房取られ、そこにキスをされる。


「君の全ては僕のものなんだよ、エミリア」

「…ノア?」

「なのに…」


 ノアが、怒ってる?私に?

 目が暗い。いつも澄んでる湖の色した瞳が、澱んでいるように見える。

 その感情の読めない目を向けられ、身震いする。


「殿下の前で、下着姿になったの?」

「えっ…いや、後ろ向いてもらって」

「振り向いたら見えるでしょ?」


 王子様に下着姿なんて見せてないって言いたいのに、ノアが言い訳もさせてくれない。

 こんなに怒ったノアは、初めて見る。


「振り向くだけで見えるんだよ、ねぇ。僕がエミリアを脱がすよりも、よっぽど簡単なんだ」

「の、ノア…」

「それとも何かな。襲われても良かった?」

「そんなわけ…!」


 必死で否定しようとして、また口を塞がれる。


 ノアが、私の言葉を聞いてくれない。

 なんだか怖い。


「っは……ねぇ、この足も。この太ももに、殿下の頭を乗せたんでしょ?」


 服の上からノアが私の腰から太ももにかけてをなぞる。その手つきがいやらしくて恥ずかしくなる。


 その手がそっとスカートの中に侵入してきて、足の先の方からゆっくり素肌に手を滑らせて、登ってくる。


「ノアっ…!」

「嫌?でも殿下の頭は乗せるんでしょ?なのに僕に触られるのは、嫌?」


 さわさわと、太ももを撫でられる。

 ノアは確かに私を見てるのに、その表情にはいつもの優しさは欠片もない。暗い瞳を私に向けている。


 分からない。分からないけどノアが怖い。このノアは、怖い。


「あぁ…泣かないで。怖がらせたいわけじゃないんだよ」


 知らない間に涙が出ていたのか、私の目尻をノアの手が優しく拭う。その手はいつもの優しい手つきだったのに、顔は少し恍惚としていて余計怖い。


「やだ……ノア、怖い…」

「僕が怖い?でも僕も怖かったよ。君がこんなことをされていないか、怖くて仕方なかった」


 ノアの感情のない声が、耳元で響く。

 いつもの優しい声が聞きたくて、また涙が出てしまう。


 私はいつも、ノアに優しくしてもらってたんだ。

 きっとこのノアもノアの一部で、見せないようにしてくれてたんだ。


 私が怖がるから。


「ごめん…ごめん、ノア……。謝るから、いつものノアに戻って…っ」


 言いながら大人気なくも涙がぽろぽろ零れてしまう。怖くて泣くなんて、子供か私は。


 それでも怖いノアは嫌だ。ノアの一部だけど怖いものは怖い。

 いつもの優しいノアに戻って欲しい。

 私が悪いのは分かった、謝る。何でもするから。


「ノア…っ」

「……っ」


 ノアが私を見て、顔を歪めて辛そうな顔を浮かべた。そして私の太ももを触っていた手を離して、私の体をぎゅっと抱きしめてくれた。


「ごめん……八つ当たりだ。分かってる、エミリアは悪くない」


 いつもの声が耳に届く。

 痛いくらい強く抱きしめられてるけど、それが安心の要素になってしまってる。


「…一緒にいたのは他国の王族だし、濡れた体で歩くよりは服を絞るのは賢明な判断だ。怪我で熱出た殿下を介護するために膝枕した事も、褒められるべき事だ。分かってはいるんだけど…っ」

「……うん」

「僕が我慢してる事をいとも簡単に殿下ができると思ってしまうと、どうしようもなく……嫉妬してしまうんだ…っ」


 絞り出すような辛そうな声。

 私は未だに泣いたまま、その大きな体を抱きしめる。

 ノアに負けないくらい強く。


「好きなんだ…誰よりもエミリアが好きなんだ…っ。他の誰にも、渡したくないっ!」

「うん、うん……」

「どうしようもないくらい…好きなんだ…」


 泣いているのではと思うくらい、切ない声。何度もうわ言のように好きだとノアは言った。


 それに今は答えられない。胸が痛くなる。


 私はノアが落ち着くまで、その体を強く抱き締めていた。




 ノアはすぐに落ち着いた。落ち着いて腕を緩めると、私を抱き起こしてくれた。


「ごめんね、怖がらせて…」


 その顔はもう怖い顔ではなくて、それよりかは後悔したような、悲しげな顔をしている。

 その澄んだ湖の瞳が、ゆっくり私を見る。


「まだ、怖い…?」


 まるでノアが怖がってるようだ。さっきまで怖い思いをしたのは私だと言うのに。

 その様子がなんか可愛く見えて、私は頷いた。


「怖い」

「…そっか」

「だから、優しく抱きしめて」


 隣に座るノアに向けて、手を広げた。


「いつもみたく優しく抱きしめて。いつもみたいに優しいキスして?」

「…エミリア…」


 ノアは泣きそうな顔になりながら、そっと私を抱きしめた。ゆっくり、怖がらせないようにしてるのがよく分かる。

 そして程よく力を入れて、いつもの優しい抱擁をしてくれた。


 そして腕を離すと、私の頬に手を添えて、私の目をじっと見た。分かったとばかりに私が目をつぶると、触れるだけのキスがおりてくる。


 ただ触れるだけの、優しいキスを。


 そしてまた、私を抱きしめた。


「…さっきのノアは、すごく怖かった」

「…ごめん」

「でもあれは、普段ノアが隠してる姿でしょ?……その、怖かったけど、こうしてくれたら許すから」


 あれはノアの隠してた本心。私を怖がらせないために押しとどめてた本当の気持ち。

 それを無くすなとか、二度と見せないでとは言えない。言いたくない。


「だから……その、きっとまた怖くて震えるし、泣いちゃうかもしれないけど、ちゃんと許すから…」

「…また怖がらせてもいいの?」

「あんまり良くはないけど、無理に気持ちを押し込めないで欲しいというか…」


 伝わるかな。私の気持ち。

 怖いのは嫌だけど、出来ればして欲しくないけど、だからってノアの本当の気持ちを無理に押し込めて、なかったことにして欲しくない。


 怖くても、嫌なものは嫌だったと言って欲しい。


 ノアは私をだく腕の力を強めた。


「……うん、分かった。なるべく無いようにしたいけど、もしまた怖がらせちゃったら、優しく抱きしめて、優しくキスするから」

「うん。そしたら許すよ」

「…ありがとう」


 あんなに怖い目にあってもなお、私はノアから離れようと思わなかった。怖くて泣くくらいなのに、同じ人に抱きしめられて安心している。


 この気持ちがなにか、私にはまだ分からない。

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