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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
42/110

僕以外に捕まらないで2 sideノアゼット

 

「おい!そろそろ戻るぞ!」

「だめだ!エミリアが先にいるかもしれない!」

「落ち着けノアゼット!!」


 レイズ卿に誘拐犯を任せて、グレンとともに川沿いを馬に走らせた。

 しかしエミリアの影は見当たらない。痕跡もない。


 だからもっと先にいるんだ。エミリアが僕を待ってるはずなんだ。

 そう思う僕をグレンは引き止めて、僕はレイズ卿の待つ橋の近くのキャンプ地に引き戻される。


「いいかノアゼット、落ち着け。もう暗いし、捜索は困難だ。明日の早朝から、沢山騎士を動かすから我慢しろ」

「……くっ」


 キャンプ地となったこの場には、ここから1番近い領地の騎士団が十数人いる。僕とグレンが川沿いを走ってる時にレイズ卿が伝書を送ってくれたそうだ。


 彼らが明日から、エミリアと殿下の捜索に加わってくれる。


 グレンの言うことも理解してるつもりだ。暗い中は効率がどうしても落ちるし、獣を呼ぶ可能性もある。遭難者が増えることもある。


 分かってはいる。分かってはいるが、それでも探しに行きたくてたまらない。

 今この時も寒くて震えてるかもしれない。そしてそれを殿下が暖めているかもと思うと腸が煮えくり返る思いだ。


「生きてれば1晩くらいで死にはしない。だけど生憎あの二人には魔法封じの首輪が着けられている。それで川から生還しても、濡れた体じゃ…」

「生きてる」


 分かってる。魔法の使えない2人が、川から生還することも難しいし、生還したところで体は冷えきっている。この当たりは夜と朝は冷えるし、食べるものも無ければ体力が尽きるのも時間の問題だ。

 だけど。


「エミリアは生きてる」

「…俺もそう思いたいけどな」


 僕を置いて死ぬなんて、そんなこと許すわけが無い。間違っても殿下と一緒に死ぬなんてことは到底許せない。そんなことされたら僕は狂ってしまうだろう。


 もうなんでもいい。殿下に暖められていても、殿下に心を寄せてしまってもいいから、生きて欲しい。生きて、僕の元に帰ってきて欲しい。


 ただ、それだけなんだ…。




 明朝、騎士団と捜索ルートを確認して、皆馬を走らせる。騎士団のうち数人は誘拐犯を連れて領地に帰るようだ。この騎士団を貸してくれた領主に多大な礼をしないといけないな。


 川沿いにゆっくり馬を進める。万が一痕跡があっても見逃すことのないよう、隅々まで見ながら馬を進める。


 だけど何も見つからない。痕跡も死体も何も。



 日が暮れるギリギリまで捜索して、引き戻した。

 何も見つからない、エミリアは一体どこに…。


 焦燥しながらキャンプ地に戻る。キャンプ地に戻ってる全ての騎士が、痕跡が無かったと話した。

 あと戻ってきてないのはひとチームのみ。このチームが見つけてなければ、エミリア達はもっと下流に流されてることになる。


 そしてそこまで流されてしまっていては、生存は絶望的だ。長く流されすぎだ。死んでしまってるから流されてると思っていいくらい。


 グレンは僕に何も声をかけず、場の空気も暗い。


 日没から1時間ほどして、最後のチームのひとりが帰ってきた。


「見つかりました!」

「!!」

「お二人共無事です!今は村に身を寄せています!」


 生きてる…生きてる…!!

 わぁっ、と周りが歓声をあげる。


 胸が大きくどくどくなっている。


 良かった、生きてた。生きていた…!!


 グレンに肩を叩かれ、慰められた。

 涙が出てるようにでも見えたのだろうか。


「は…エミリアに怪我は!?」

「エミリア嬢に外傷は見られませんでした。ただ、殿下が歩けないほど足に怪我を負っておられました」


 良かった、エミリアに怪我はないようだ。

 でも、殿下が怪我か。川でやられたんだろう。

 足を失う程ではないと聞き、皆が安堵のため息をついた。


 戻ってきた騎士のチームの残り2人を、エミリア達の護衛に置いてきたそうで、彼女達は明日まで守られる。安心だ。


「ですが…ちょっと不可解なことがありまして」


 騎士が不思議そうな顔でそんなことを言い出す。


「川の緩やかになったところから、血痕があったので、おそらくそこからあがったんだろうと思い、その血痕を辿ったのですが…」


 緩やかなところならその可能性は高いな。それにしても大分流されたとは思うが。


「血痕の先に、その……焚き火跡を見つけたんです」

「焚き火跡?」

「あと食べたであろう魚の骨も。」

「魚の骨」


 魔法が使えないのに、焚き火?そして殿下が足を怪我してるなら、魚はエミリアが?


 騎士もエミリアを見てきたからか、そんなこと出来るようには見えないと思ってるらしく、首を傾げる。


「でも確かにその焚き火の先の村に居たんですよね。しかも村の人に聞くと、エミリア嬢は怪我した殿下を背負って歩いていたとか」

「背負って!?」


 エミリアが殿下を?逆ではなく!?

 そんなに力があるようには見えなかったし、背負われた殿下が少し羨ましいと思ってしまうし、エミリアに触れるなとも思ってしまう。


「エミリアちゃん、強すぎない?」


 けらけらとグレンが笑った。それに感化されて、エミリアの不思議さを皆も面白がるように笑う。

 真剣に考える人はいなさそうだ。グレン、ナイスだ。


 エミリアの特異さは、あまり深堀りされるのは困る。僕らでさえ知らないのだから。

 ただエミリアが、僕らの知らない知識を持ってることは確かだ。それはきっと、エミリアの秘密に繋がるんだろう。


 あとでこっそり聞いたら教えてくれるだろうか。


「大の男を背負って歩くなんて、男前だな、エミリアちゃんは。負けるなよ」

「負けるわけあるか」


 グレンにふざけたように背中を叩かれ、直ぐに言い返す。

 こんな軽口が叩けるようになったのも、エミリアが見つかったと分かったからだ。


 ただ、殿下とエミリアは外で1晩過ごした。そして今夜も屋根の下で、1晩過ごす。

 それを思うと黒い気持ちが溢れ出しては来るものの、頑張って鎮める。

 無事なことを喜ばなければ。無事だと分かったら嫉妬なんて、どういうつもりだ。


 生きていればいいと本気で思っていたのに。

 知らない間にエミリアが殿下のものになっていないか、不安になる。


 そんな僕の心を見透かしたのはグレンだ。


「大丈夫、エミリアちゃんはお前のところに帰ってくるよ」

「…そうだね」


 僕がそれを信じないと。

 エミリアは僕を信じてくれなくても、僕がエミリアを信じないと。


 エミリアを信じると決めて、意識を固める。

 あぁ、早くエミリアに会いたい。




 次の日の明朝、僕達は出発した。

 数時間かけてたどり着いた村の入口で、エミリアたちが来るのを待った。


 やっと会える。エミリアに、会える。


 迎えに行きたい気持ちを抑えて、入口で待った。

 でも彼女の存在が確認できた瞬間走り出していた。


「エミリア!!」


 彼女も私に気付いて、手を振ろうとしたんだろう。だけどそんなことさせるまもなく私は彼女を腕の中に閉じ込めた。


 あぁ、エミリアだ。本物だ。

 生きてる、ちゃんと心臓がなってる。ここに居る!


 エミリアの存在を確かめるように強く抱きしめて、全身でエミリアを感じた。

 この小さな体も、その声も、その手つきも、全てがエミリアそのもので、安心した。


 あぁ、本当に、いきててよかった…。




 馬車の中ではエミリアをずっと抱きしめていた。もうどこにも行かせないために。

 最初は少し嫌そうにしていたけど、グレンの後押しもあってされるがままになってくれた。


 それからはあまり口を挟まずエミリアとグレンの話を聞いていた。僕はただ、余計なことを考えないでエミリアを抱きしめていたかったからだ。


 ただエミリアが殿下の名を出す度に、言い表せない不快感が巡る。エミリアと殿下が2日間も一緒にいた事を思い出して、どうしようも無い嫉妬に駆られる。



 分かってる、エミリアが怪我をしてないのは殿下のおかげだ。そして今回攫われたことは、殿下に非が全くない訳じゃないけど、殿下のせいには出来ない。


 しかも馬車から飛び降りてくれなければ、僕達は間に合わなかったかもしれない。だから殿下の判断は正しかった。


 それでもどうしても、エミリアを助けたのが殿下で、エミリアの心の中の殿下の存在が大きくなったことに、腹を立ててしまう。



 エミリアを見つけて抱きしめている時、一瞬だけ殿下を見た。

 目が合うことは無かったが、その顔はもう自覚している顔だった。


 殿下はエミリアを好きだと自覚した。きっと誘拐されてすぐに。だから身を呈してエミリアを守ったんだろう。

 でもエミリアはそれに気付いてなさそうだから、恐らく告白したり分かりやすく迫ったりはしなかったんだろう。


 だからって落ち着く感情ではない。

 エミリアを抱きしめてこの腕に捕らえていてもなお、激しい嫉妬が渦巻いている。



「エミリアちゃん、焚き火とか、した?」


 湧き上がる仄暗い感情を少しでも落ち着けるために、グレンとエミリアの会話に耳を傾けた。

 どうやらあの不可解な焚き火の謎を明かすつもりのようだ。


 エミリアは焚き火はしたというし、魚も食べたと言う。ということはあの焚き火跡はエミリアたちで間違いないのだが、同じことを思ったグレンが考え込むと、エミリアは焦った様子になる。


 どうやら魚のゴミを捨てたことや火の不始末を怒られると思ったらしい。

 だけど火はちゃんと消されてたし、ゴミも自然のものだから問題ない。


 と言ってグレンが火のつけかたを聞くと、エミリアの顔がさぁっ、と青くなった。


 …なに、グレンまでエミリアの心に巣食うつもりなの?

 スっと目を細めて加減も出来ずに睨みつけると、グレンは慌てた。


「わー、待て待て、なんで知ってるかとかは聞かないから!火の付け方が知りたいだけだから!ノアゼット、そんなに睨むな!」


 睨むに決まってる。エミリアのことを怖がらせたし、その心にグレンというものを入れようとしたんだ。怒るに決まってるだろ。

 今の僕は心が狭いんだ。少しでもエミリアの中の殿下の存在を小さくしたいし、他の存在を入れたくない。


 僕でいっぱいにしたい。



 グレンはエミリアから火起こしのやり方を聞いている。グレンもエミリアの過去を深堀しないと知って、エミリアは安心していた。

 ということはやはり、この技術はエミリアの故郷の、にほん、のものなんだ。


 エミリアが実際にやってみせると言った時に、僕は口を挟んだ。

 エミリアが直接グレンに教える必要は無いよね?僕がエミリアから聞いてマスターすれば、そこからグレンでいいよね?

 エミリアの時間は全部僕のものなんだから。


 エミリアはよく分からないけどいいや、って顔をして、グレンは僕の嫉妬深さに苦笑していた。



 グレンはあの焚き火跡を、別の人の物だと報告するようだ。それは助かる。

 エミリアが僕らや騎士たちでさえ知らない野営の技術を持ってるなんて知られたら、周りの目を引くし、僕との時間も取られるに決まってる。


 しかもその技術はどうやって思いついたのかと言われても、エミリアには誤魔化せない。彼女は正直だから。



 エミリアは靴にナイフを仕込んでいた。それには僕もすごい驚いたし、エミリアはまたやっちゃった、という顔をしていた。

 魚の取り方も驚愕だった。ドロワーズを袋状にして掬うなんて、考えもつかない。


 エミリアは殿下に言わないでと言ったが、勿論言うわけが無い。殿下が知ったらきっと喜ぶ。わざわざそんなことはしない。



 そして僕の浮かんだ予想を、恐らくグレンも気付いただろう。

 エミリアのいた国では魔法はあまり使われなかったのかと。魔法がなくても平気な技術が多すぎる。


 この国や周辺の国は、魔法でほとんど補える。野営も、魚を獲ることも。だから魔法封じの首輪を付けられてしまってはほぼ逃げ出せないし、そもそもそんな代物は国宝扱いだ。重罪人、もしくは魔力の多い罪人に使うもので、許可なしに持ち出しはできない。


 今回は誘拐犯も誘拐された方も王族だから使われたんだろう。


 生きる上で大切な魔法を封じるというのは、それだけやってはいけないことなんだ。

 それでも生きる術を持ってるエミリアは、やはり国ではあまり使わなかったのだろう。エミリア自身も魔力は多いのに魔法の使い方はまだまだだし。


 そんな国が本当にあったら大変だ。魔法に対抗する何かを持ってる可能性もある。

 ただエミリアの話だと絶対行けないところとは言ってるから、交わることはないだろう。


 とはいえ、エミリアがそういう知識を持ってるとバレると、最悪国に引渡しを命じられる。その知識を有効活用するために。

 そうなったら僕はエミリアを連れて逃げるしかなくなる。それは出来るなら最終手段にしたい。


 にほんを知ってるレイズ卿も、知ってるのだろうか。でも殿下も知らないようだったから、レイズ卿はその危険性をしっかり分かった上で、言わないことにしてるんだろう。それが正解だ。



 未だに腹を抱えて笑っているグレンを、少し頬をふくらませたエミリアが睨んでいる。笑われてるのは納得いかないらしい。


 殿下のことをおぶったとも言うし…。そんなに力があることも驚きだけど、おぶったなんて抱きしめられてるも同然じゃないか!

 ぐっ……。ここで殿下に怒る筋合いはないけど、怒りが沸く。


 エミリアがネックレスを無くしたと落ち込んでいたから、きちんと拾ってあることを告げると、その顔は綻ぶように喜んだ。


 あぁ、可愛い。僕のエミリア。

 その笑顔は僕だけに向けるんだよ。他の人に見せちゃいけないよ?


 新しくエミリアに付ける魔道具をどうするか僕は考えた。ネックレスだとちぎれるかもしれないから、指輪にするべきか?それともアンクレット?

 ピアスもいいな。もういっそ全て付けてもらえば安心では?


 エミリアの笑顔が頭に浮かんで、思わず口が緩む。


 あぁ本当に、君がいないと僕はダメみたいだ。



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