僕以外に捕まらないで sideノアゼット
誘拐された時のノアゼット視点です。
「……はっ?エミリアが、いない…?」
「は、はい。先生がエミリアに用があるようで、お昼まで戻らないと…」
教室にお昼に迎えに行くと、エミリアの姿がなくて、尋ねれば、ミルムにそう言われる。
お昼まで戻らないほどの用?そんなのあったか?しかももう昼なのに。
「ちなみに誰に呼ばれてた?」
「呼ばれた時は留学生に呼ばれてて、殿下がエミリアに用があるって言ってたんですけど」
「殿下が?」
殿下が、エミリアに?
なんだか胸騒ぎがする。
「でもエミリアは帰ってこなくて、エミリアを呼んだ留学生だけ帰ってきて、先生が用があるみたいで、そのままエミリアを連れて行ったって聞きました。お昼まで借りる、とも」
「……怪しいな……」
ミルムも説明しながら怪しく思えてきたのか、顔がとんどん強ばっていく。
これは、不味いことになったかもしれない。
「あ、先生!」
その時通りかかったエミリアのクラスの担任に、ミルムは声をかけた。
「先生、エミリアどこにいるか分かりますか!?」
「ライドさんですか?何も聞いてませんが…?」
それを聞いて僕はすぐに魔力を練り上げて、魔法を使う。エミリアにあげたネックレスの位置を探る魔法を。
そしてその位置が、割り出される。
「…っ、学園の外だ。」
「えっ!」
学園内に居ない。まずい。
「ミルム嬢、グレンとレイズ卿を呼んできて貰えないか」
「は、はい!」
ミルムがかけていくのを見届けると、このクラスに在籍してるセイルが近くに来た。
「セイル。今学園内にいる生徒と、いない生徒を割り出してくれ」
「はっ」
人が多くなってざわめき始めた。
ここは人が多くて厄介だ。
僕は隣の空き教室に入って、もう一度エミリアの位置を探る。
さっきよりも正確に、鮮明に。
距離は、馬で1時間ほど走ったところくらい。そして今も動いている。何か乗り物に乗っているようだ。
そしてその行先は…。
「ノアゼット!エミリアちゃんが攫われたかもだって?」
グレンが慌てたように部屋に入ってくる。その後ろからレイズ卿も入ってきた。
「その可能性が高い。エミリアは国境に、向かってるようだ」
「国境!?」
「そして殿下も一緒だろうね。…レイズ卿、説明してもらっても?」
レイズ卿を鋭く睨みつける。
エミリアが居なくなったと思われるタイミングで、殿下も僕たちの教室から消えた。
と言っても彼は自分から、具合が良くないから休む、と言って教室から居なくなった訳だが。
エミリアが留学生に呼ばれていなくなり、殿下も見えないのだからそういうことだろう。
しかしレイズ卿だけが残ってることは違和感がある。決めつけるのは早計だが、こちらも落ち着いてはいられない。
「殿下が、そんなことをするとは…何かの、間違いだと思います」
「そうであって欲しいけどね」
レイズ卿はこぼれ落ちそうなくらい目を見開いて、驚いている。嘘は見られない。
だが、ただでさえこちらは最近エミリアとの時間を削られて気がたってるんだ。誰が犯人とかどうでもいい。早くエミリアを返してもらわないと。
「ノアゼット様。留学生のうち3人が見当たりません。」
セイルが帰ってきて、いない3人の名前が書かれた紙を手渡してきた。
それを見て、レイズ卿が声を上げる。
「この人達は…!」
「何か思い当たることでも?」
「第2王子殿下の、派閥の者です…」
第2王子。そっちが出てきたか。
第2王子は野心に溢れてると聞く。王位継承者として1番近い第1王子を消そうと躍起になっているとか。
だが彼が主導なら、なぜ第3王子を狙う?邪魔なら殺せばいいだけだろうに。
「…第2王子は、フリードリヒ殿下の魔法の腕を買っていて、何度も殿下に第1王子を蹴落とす協力を申し出ているのです。その度殿下は拒否なさってて…」
「……じゃあエミリアは餌にされただけだと?」
第3王子も攫われたと見るべきか。
僕の言葉にレイズ卿は頷いた。
しまったな、国境を越えられると困る。やりにくくなる。
「急いで追いかける。エミリアの位置は分かってるけど、国境までに追いつくかは五分五分だ。」
「分かった。俺も行く」
「私も行きます」
僕はセイルに後のことを託して、グレンとレイズ卿とともに学園を出た。
学園の馬を借りて、止まることなく駆け抜ける。
殿下がエミリアを気に入ったのは分かってたが、こんな事件にまでなるとは。
レイズ卿がエミリアの故郷を知ってると知って、激しい嫉妬に襲われた。僕の知らない話で盛り上がって、僕の知らないエミリアを、レイズ卿が知ってることに、凄く黒い感情に覆われたのを覚えてる。
それでも留まってられたのは、エミリアがその分僕を甘やかしてくれて、僕を安心させるようにエミリアなりの言葉をくれた。
そしてレイズ卿に、エミリアへのそういう気持ちが無いと分かっているのも、落ち着けた要因だろう。
2人はどう見てもただお菓子で盛り上がってるだけで、お互いに見てるものはお菓子でしかなかった。作り方や応用まで、よく話しているのを見ていたが、職人同士の会話のようにも見えた。
レイズ卿は僕を気にして、エミリアにレシピを渡す時は僕を介してくれたし、昼を一緒にする以外の場所でエミリアに話しかけることはしなかった。
だけどレイズ卿がエミリアと話したいと言って再び学園長室に行った時。途中で殿下が来たと聞いた。
エミリアの話では、レイズ卿も知らなかったらしく、その日もエミリアとレイズ卿はお菓子で盛り上がっていたそうだ。
そこに殿下が割り込んできて、直接エミリアを国に誘った。
エミリアは一応他国の王子だからか、僕と他国との関係を気にしてか、詳しい話の内容は僕に言わなかった。でも結構怒っていたから、たぶん脅されたんだろう。それくらいしそうな王子だ。
きっとエミリアは僕の時のように、真正面から向かってぶつかって、屈することはしなかったんだろう。
それが、殿下の何かに触れた。
次の日から殿下がエミリアに興味を持ったのは、すぐに分かった。
いつもならレイズ卿とエミリアの話を邪魔せずに、2人が仲良くなるのを望んでいるようだったのに、割り込んできてエミリアに声をかけた。
困惑するエミリアを見て、殿下はどこか楽しそうな顔をしていた。それを見ていた僕は、嫌な予感がしたんだ。
嫌な予感は的中して、殿下はどんどんエミリアが気になるようになった。
教室で僕を昼食に誘うと、エミリアをミルムに預けると気付いた殿下は、僕を誘うことはなくなった。代わりに、僕とエミリアのお昼に突然割り込むことが増えた。
割り込んでくると、殿下はエミリアによく話しかけ、レイズ卿も殿下の変わりように驚いて戸惑っているようだった。
それが気に入らなかった僕は、2、3日に1回エミリアをミルムに預けた。そのくらいのペースで彼が昼に割り込んでくるから、その時を狙った。
すると今度は、エミリアとミルムのところに割り込みに行った。そして王族に恐縮したミルムが逃げ、エミリアと殿下とレイズ卿の3人でお昼を食べることになっていた。慌てて僕も割り込みに行った。
極めつけには、エミリアの教室に行って直接彼女をお昼に誘った。あくまで誘い文句には僕の名前を入れて。
もちろん、エミリアが断れるわけもない。
その頃にはレイズ卿も確実に勘づいていたし、僕も警戒を強めた。
殿下に何度もエミリアに近付くなと言ったし、エミリアは僕のものだと何度もアピールした。
レイズ卿も、殿下を窘めてるのをよく見かけた。だけど殿下には伝わっていない。
そう、殿下は自分がエミリアを好きだと気付いていなかった。
余計タチが悪い。
気づいていなかったから、こんなことになったんだろう。
誘拐されて、エミリアへの気持ちに気付いてしまうとまずい。そのまま敵に従って他国に渡るかもしれない。
エミリアが殿下の気持ちに気付くことはほぼないだろうけど、気付いた殿下がエミリアにそれを告げてアプローチしてしまえば、恋に落ちる可能性もゼロではない。
だってエミリアは、まだ僕に恋をしてない。ハグもキスも許してくれているけど、そこに恋情を感じない。
だからエミリアが殿下に恋をすることはありえなく無い。
そんなことを許すわけにはいかない。エミリアは渡さない。僕のものだ。
エミリアが殿下を好きになっても、離せそうにない。考えただけでも僕の心は張り裂けそうなくらい痛いし、苦しい。
それでも、そばに置きたい。彼女のいない生活はもう無理だ。
それにエミリアが殿下を好きになっても、今まで僕がした恩を彼女は覚えてるだろう。だからそれを捨てて殿下の方にはいけないはずだ。
そうして彼女を僕の元に閉じ込めて、ずっと愛を囁けば、優しい彼女のことだから、そのうち絆されてくれるだろう。
まぁそれも、彼女を取り戻さないと始まらない。
まずは彼女を取り戻すことが優先だ。
「エミリアの反応が止まった!急ぐぞ!」
学園を出た時からずっと探ってたエミリアの居場所が、ある場所で止まる。
まだ国境は越えていなくて、チャンスだと思って僕達は馬を走らせる。
エミリアの位置を示す場所に、馬車が止まっていた。橋を渡って少ししたところに馬車が1台。
それと、その傍で話し合っている人が3人。
こいつらだ。
僕らに気付いた3人が、魔法を放とうと準備した。それよりも早く魔法を放って、相手の足止めをする。
逃げられないようにしてから僕は剣を抜いて馬を飛び降り、奴らに斬り掛かる。
強くはない奴らだったから、僕一人で制圧するのも一瞬だった。
後から来たグレンが素早く3人を縛りあげ、僕は馬車の鍵を壊して中を開ける。
「…っ、いない!!」
「なんだって!?」
いない。エミリアが。
「おい、これ!」
グレンの言葉に意識を持ち直し、彼の声の方を見る。
グレンのいる方の窓は割られていて、その窓に僕のあげたネックレスが引っかかっていた。
僕はたまらなく悔しくなって、縛られてる3人の元に行く。そして彼らに剣の切っ先を向ける。
「どこにやった。エミリアをどこにやった!!」
僕の剣幕に3人は震え上がった。
そんなものを求めてるんじゃない。エミリアの居場所を求めてるんだ!!
「し、知らない…!俺達もどこに行ったか分からなくて困ってるんだ!」
「何を言ってる!お前らが誘拐したんだろう!!」
「攫ったのは認める!だけど、馬車を走らせてたらガラスの割れる音がして、気付いて馬車を確認したらもう居なかったんだ!」
信じてくれ!と男は叫んだ。
ぎり、と歯が鳴る。本当に知らなそうだ。
「ノアゼット様、これを」
レイズ卿が隣から、手に持つロープを見せてきた。
短いロープの束は、その切り口がボロボロだ。
「この束が2つ、馬車内にありました。きっと、手首を縛ってたものかと」
「…自力で抜け出したと言うことか」
「恐らく」
ロープを切れる何かが手元にあって、それでロープを削った。確かにそんなような切り口だ。
そして窓ガラスの割れる音と、窓ガラスに引っ掛かったエミリアのネックレス。
「……自分で、逃げ出したのか」
エミリアはじっとして助けられてはくれない。いつ来るか分からない助けより、自分で行動して現状を打開しようとする。
それは何も信じていない証拠でもある。
信じてもらえてないことは知っていたし、それでもいいと言った。だけどやっぱり少し悔しい。
しかも逃げたのが1人じゃなく、殿下も一緒だろうから尚更だ。
「ロープを切れる何かがあって、逃げる算段が着いていたなら、場所も選べたはずだ。なぜここを選んだのか…」
「川だろ」
グレンの言葉が聞こえた。
今、なんと言った?川と言った?
「ここには川が流れてる。比較的広くて、この先には滝もない。運が良ければ死にはしない。」
「川に……川に、落ちた?」
「地面に馬車から落ちて、傷を抱えながら逃げるよりかは確かに勝率は高いな」
言ってることは分かる。分かるけど。
エミリアは殿下と川に流されたのか…?




