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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
39/110

捕まってくれない sideフリードリヒ

誘拐された時の王子様視点です。

 

 ガタン、と馬車の振動が体に伝わった。こっち方向は多分国境。国境を越えるまでこの馬車は止まることはないだろう。


 ちらりと目の前に眠る女を見る。

 在り来りな茶髪に在り来りな茶色い目の女。我が国が取り込みたいノアゼット・ライオニアの選んだ婚約者。


 彼女が巻き込まれてしまったのは私のせいで間違いはない。私が少しばかり彼女に興味を持ってしまったから、狙われてしまったんだろう。


 見た感じ外傷は無さそうだし、恐らく薬かなにかで眠らせられたんだろう。

 かくいう私も、エミリアを人質に脅されて眠らされた。馬車のカーテンの隙間から見えた太陽の位置を見るに、攫われて4時間といったところだろうか。



 さて、これからどうするか。魔法は封じられてるし、手を縛る縄も厳重に巻かれてる。ちょっとやそっとで抜け出せそうにはない。

 自分一人ならまだしも、彼女を連れてとなるとかなりの難易度だ。


 呑気に寝ている彼女の寝顔を見て、考える。





 少し、気になっただけだった。

 はじめは気にも留めなかった。ノアゼットを抱き込むのに有用なものとしか認識していなかった。


 エミリアはレイズとどこか通ずるところがあるらしく、レイズに抱き込んでもらえばいいだろうと思っていた。


 特にこれといった特徴はない女。特別美人でもなければ、悪い訳でもない。どこにでも紛れ込むような、普通の女。

 ただ…そうだ、私にも臆することなく対峙してたのは少し驚いた、そのくらい。


 あまりにもレイズがエミリアを引き入れるのに時間がかかっているから、私が出るしかないか、と思い彼女と話す機会を設けた。


 

その時からだ。彼女を気になりだしたのは。



 私が王族であろうと、真っ直ぐ見つめてきて、負けじと逸らさない。言葉にもそれが現れていて、強い意志を感じた。

 私が圧をかけても脅迫をしても怯むことなく、立ち向かってきた。だけどその手は強く握りしめられていて、少し震えていた。


 内心怖いんだろう。怖さを気合いだけでどうにかしているようにも見えた。


 平民で、普段の態度を見ていても身分の高いものとの関わりは少なそうなのに、何故こうも歯向かえるのか。


 向こう見ずなその勇気は無謀にもとれるし、命知らずにも思える。だけどこうして歯向かうことで立場が悪くなることを分からないほど馬鹿では無いはずだ。


 で、あるならば。失うものがないのか?

 あのノアゼットとの婚約ですら、彼女には失ってもいいものなのか?


 その割には、諦めていない目をしている。

 そのちぐはぐな感じが、私の気を引いた。




 彼女ともっと話してみたいと思った私は、ノアゼットとのお昼に乱入したり、ノアゼットが彼女を遠ざけるからわざと彼女を誘いに行ったりと、何かにつけて接点を持った。


「殿下。エミリアを巻き込まないでください」

「君の婚約者なのだから、仲良くして当然だろう?」


 ノアゼットは何度も私にエミリアと関わるなと言う。それは明らかな嫉妬で、ノアゼットがそこまで執着するなんてと、もっと気になってしまう。


「……エミリアは、渡しませんからね」

「何言ってるんだ。エミリアは君の婚約者でしょう。欲しいとは思ってないよ」

「…そうですね」


 どこか訝しげな目を向けてくるノアゼットに、私はいつもの笑顔で答える。



 欲しいなんて思ってない。ノアゼットのような恋情は彼女に抱いてない。

 ただ少し、少し気になるだけ。


 私に恐縮することも派手に敬うこともせず、どちらかというと敬う振りをしているエミリア。

 振りをするだけで、私への態度とレイズへの態度は大して変わらない。寧ろ教室に話に行ったりすると、迷惑そうな目を向けられる。



 その態度がなんだか、私を1人の人として見てくれてるような気がした。


 王子として生まれて王子として生きて、それに不満を抱いたことは無くはないが、納得しているし恵まれてるとも思ってる。

 第2王子である兄からは邪魔扱いをされ、第1王子の兄からは特に気にされることもなかったけど、私について来てくれる臣下もいるし、満足だった。


 一人の男として見てもらいたいなんて、思うことは無かった。私は王子だし、それは変わらない。


 なのになぜ、エミリアに一人の男のように扱われて、喜ぶ自分がいるのだろう。




「……殿下、殿下はエミリアさんをどうするおつもりですか」


 寮の部屋で、レイズに聞かれたこともあった。あの時は、なんでそんなことを聞くのか分からなかった。


 私にとってエミリアは、ノアゼットの婚約者。どうするも何も、どうもしない。


 そう言うとレイズは、少し辛そうな顔をして分かりました、と頷いただけだった。



 私が気付かないうちに、彼女を人質に出来ると思われるくらい、私は彼女を気に入ってたんだろうか。だから、狙われてしまったんだろうか。

 エミリアに危害を加えると言われて、平民を人質に取られたくらいでは動じないはずの私が、言うことを聞いてしまった。


 捨てるべきだった。彼女を捨てて、急いで対策を立てて助けるべきだった。

 何故それを選べなかったんだろう。

 少しでも傷がついて欲しくなかったから?





 よく分からない気持ちを抱えたまま、眠るエミリアに声をかける。

 少しして起きたエミリアはどこかぼんやりしていて、周りの状態に気付くと混乱していた。


 そして私がエミリアを人質に取られたといえば、怒られてしまった。

 自分1人くらい見殺しにしろと。本気で言ってるように見えるからタチが悪い。


 それにそれを言われたところで、私にも自分の行動の理由が分からないのだから仕方ない。

 エミリアが友人だからでは、と思っても、私は同じく友人のレイズが人質にされても捨てられる。レイズもそれを望むだろうし、そうするべきだと分かってる。


 でもエミリアは捨てることが出来なかった。その違いはなんだろう。女性だからなのか?



 縛られて誘拐されても、彼女は諦めていない。過去に誘拐された経験があるからか、割と落ち着いて状況を把握していた。


 彼女のネックレスは、ノアゼットの作った魔道具らしい。

 言われてもそうは見えなかった私は、よくよく観察させてもらう。するとそれは確かに魔道具で、性能がとても凄かった。


 攻撃を弾くものに結界を貼るもの、位置の分かるものをつけて、尚且つ魔道具に見えないように調整されている。しかも込められてる魔力の量も凄い。



 これは作るのに時間と労力を掛けただろう。最低でもひと月はかかるはずだ。

 だけど彼女はこの魔道具の凄さに気づいてはいないようで、性能を告げると驚いていた。


 しかも婚約した次の日に渡されたと言う。

 囲う気満々だったっていうことだろう。


 その魔道具のおかげで位置が分かり、ノアゼットは私達をすぐに助けに向かえるだろう。

 嬉しいはずなのに、何故か素直に喜べない。何故だろう。



 そうしてると彼女が、私に何かを渡してきた。

 それは指ほどの小さなナイフだった。


「え……どこから?」

「靴に仕込んでました」

「どうして?」

「前に誘拐されたことがあったので、あれから自分を鍛えて対策をたててたんです」


 呆気に取られる、とはこのこと。


 靴に仕込んでた?いち平民が?前に誘拐されたからって?

 普通誘拐されたからって次に備える?しかもそんなに念入りに?


「残念ながら、首輪の外し方は分かりません。これの事は知りませんでした」


 こんな首輪つけられると知ってたら対策してたのに、というような顔。

 なんて女だ。タフにも程がある。


 きっと帰れたら、彼女はこの首輪の外し方を模索して対策するんだろう。

 それを想像して笑みが零れそうになる。



 その時、私はそれを見ることはないと気付いて、絶望する。そして絶望してようやく、自分の気持ちに気付いた。



「エミリアは…面白いね。いやぁ、困ったな」

「なんで困るんですか。いいから、早くロープを削ってください」

「わかったわかった。はぁ、本当に、困ったなぁ」


 本当に、困った。


 なんでこんな時に自覚したんだ。


 気付かないままでいたかった。気づかないまま、この国を去って、そのまま忘れてしまいたかったのに。



 あぁ、きっと、ノアゼットもレイズも、私のこの気持ちに気付いていたんだ。だからノアゼットはあんなに私に牽制していたし、レイズは痛々しいものを見る目を向けてきてた。


 私とエミリアだけが、気付かなかった。

 そしてエミリアはきっと今も、気付いてない。


 こんな気持ちを抱えても何にもならないのに、辛いだけなのに、本当に困った。



 そんな私の気持ちには微塵も気づかないエミリアは、逃げ出す計画を立てる。私もそれに賛同して、気付いたばかりの気持ちを押しとどめる。


 とりあえずこのまま連れていかれるのは良くない。最悪なことになりかねない。



 作戦は、川に飛び込むことに決まった。

 エミリアは、死の恐怖よりも捕まる恐怖の方が勝つみたいだ。

 運悪く死んでもいいような、そんな雰囲気さえ見える。



 うん、私も、運良くエミリアと共に死ねても後悔はないだろう。



 そしてエミリアの靴を借りてガラスを割る。敵がこちらに気付いて邪魔される前に行かないといけない。


 私が先に飛び出して、川に飛び込む。ガラスがところどころ当たったが問題は無い。

 私の後にエミリアが来れば、エミリアには大きくガラスは当たらないだろう。私の方が体が大きいから。


 川に沈みながら、落ちてきたエミリアを抱き抱える。顔は外に出して、空気を確保させる。

 そしてエミリアが、一緒に流れる木や河底にある岩にぶつからないように、しっかり守りながら川に身を任せた。




 やがて穏やかな流れのところにつき、エミリアとともに川岸まで泳いだ。

 お互いに息を切らして、生きてることを喜んだ。私は少し残念に感じてしまったが、その気持ちは押し込んだ。


 エミリアが服を絞るから後ろを向けといった。

 水がぼたぼた落ちる音がする。きっと服を搾ってる。今振り返れば、エミリアは下着も同然の姿だろう。


 外とはいえ誰もいないところで、男とふたりなのに何故こんなに危機感がないんだ?気が昂った男の前で服を脱ぐなんて、襲われても仕方ないというのに。


 それとも、私が襲わないと信じてるのか?もしくは、襲う価値もないと自分を卑下してるのか。



 湧き上がる不埒な感情を鎮めてやり過ごす。

 終わったエミリアは、今度は私も服を絞れと言った。しかも、手伝う気満々だった。



 私が下着姿になってエミリアに対峙したら、抑えなんて効くわけがない!もういっそ、1度怖い目に合わせた方がいいのかと思うくらいだ。


 危機感の無さに理性を試され続け、私も服を脱いで絞る。

 その時ようやく足が痛み出して、怪我に気づいた。


 流されてる間にやったのだろうか。ふくらはぎの側面に少し深めの切り傷と打撲の跡。

 まぁそれも仕方ないか。結構岩に当たったからな。


 でもこの出血の量だと、あとで熱が出そうだ。困ったなぁ。


 とはいえそれを言ったら心配されてしまうので、黙っておいた。今はとにかく、エミリアを人里に送ることが優先だ。

 少し足を引きながら、気付かれないようにエミリアの隣を歩いた。



 段々具合が悪くなり、エミリアに気づかれた時にはもう歩くのは難しくなっていた。

 痛いのもそうだが、かなり熱が出ている感じがする。だるいし寒い。


 エミリアは私を木に寄りかからせてくれた。

 女性だからとこんなことをしてたら身が持たないと怒られた。


 女性だからと、誰にだってここまで身を捧げるわけないだろう。私は王子で、騎士のように守る立場じゃない。守られる立場だ。

 そんな私がこんな怪我して熱出してまで守るのは君だからだ。君だから、守りたいと思ったんだ。


 そう言ったけど、やっぱり伝わってない。



 そしてエミリアは何かを準備するように動き始める。

 私に構わないで早く安全なところに行って欲しい。でもそばにいて欲しい。相反する気持ちを抱えながら、私は意識を失った。




 次に目を開けると、ぱちぱちという心地いい音と、ほのかに暖かい空気と、エミリアがそこに居た。

 私が目を開けたことに気付いたエミリアが、私をゆっくり抱き起こして、焚き火のそばに移動させてくれた。


 そして背もたれになる気だったエミリアが、その座高の低さから背もたれとしての役割を果たせないと気付くと落ち込む。

 そんな小さな体で、私を支えられるわけないのに。


 私も少し残念に感じていると、エミリアは私の体を倒して、横にならせた。そして私の頭の下に、自分の太ももを置いたのだ。



 驚いて声が出なかった。

 膝枕で我慢してくださいね、なんて言う。


 エミリアは私に襲って欲しいのか?!こんな柔らかい太ももに男の頭を乗せて!私が熱を出してるからと油断してるのか!?



 ぐわっと湧き上がる衝動も、熱には勝てないみたいだ。動きたくても体が言うことを聞かなかった。

 仕方なく焚き火を見つめる。


「…この火はどうしたの?」


 エミリアの首には相変わらず魔法封じの首輪がされている。魔法で火を起こすことはできないはずだ。


「自力で起こしました」


 エミリアはあっけらかんと答えた。


「…魔法が使えないのに?」

「火起こしです。聞いたことありませんか?」


 知らないの?という目を向けられるも、聞いたこともない。

 なんだ、火起こしとは。魔法で火を起こすとは違うものを指しているようだ。



 エミリアは身振り手振りでやり方を教えてくれた。

 真っ直ぐな鋭い木の枝を、ほかの木の枝に刺して摩擦を産む?そんなことで火が起こるのか?


 ただエミリアの口ぶりと、その手のひらを見るに、相当大変なようで、手は汚れて少し擦れているし、表情はげんなりしている。


 そんな知識を持っていたことに驚いた。魔法がなくても大丈夫なやり方なんて知る必要も無かったから。

 エミリアだって魔法を使えるのに、魔法封じの首輪も初めてだったのに、どこでそんな知識を?



 悩む私に、これで殿下も誘拐されても大丈夫ですね、なんて言って笑う。


 確かに、そうかもしれないね。でも、その時君はこんなふうに隣にいないんでしょう?

 このやり方を学ぶよりも、誘拐されるなら君と一緒がいいのに。



 なんて言える訳もなく。

 誤魔化すように焚き火の周りに刺さるものを尋ねれば、魚だと言う。川から採ってきたと。


 もう、何でもありだな。いっそ清々しい。なにがどうしてこんなに野宿をマスターしてるんだ。



 塩がかかってなくて美味しくないと言ったエミリアに、私は美味しいと答えた。

 嘘つけって顔をされたけど、本心だ。


 エミリアが、私のためにとってきてくれた魚だ。私だけのために。美味しくないわけが無い。


 きっとこんな幸運は二度と訪れないだろうから、よく味わって食べた。



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