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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
37/110

誘拐犯から逃げる3

 

 空が白んで、少しずつ朝の空気が流れ込んできたころ。


「ん……ん…?」

「おはようございます」


 膝の上の王子様がゆっくり目を開けた。そしてぱちぱち瞬きをして、ゆっくり起き上がった。


「ごめん、眠ってしまってたみたいだね。膝、痛くないかい」

「大丈夫ですよ。少し痺れてるくらい。体調はどうですか」

「だいぶ良くなったよ、ありがとう」


 王子様の顔色は昨日より良くなっているのが、私にもわかる。良かった、余計悪くなってたらどうしようかと思った。


 王子様はしっかり座り直して、目の前にまだ燃えてる焚き火を見て私を見た。


「まだ燃えてる…。エミリア、寝た?」

「合間合間に寝てますよ。大丈夫です」


 火が消えたら辺りは寒くなる。毛布も何も無い外だから、王子様を冷やしてはいけないと思ってずっと火の番をしてた。枝を足したり息をふきかけたりして、火が消えないように見張ってた。


 でも本当に合間に寝てるし、30分くらいの仮眠は何度かとった。完全な徹夜じゃないからこれくらいどうってことは無い。


 だけど王子様は不満げだ。


「ちゃんと寝ないと。今から少しでもいいから寝て」

「でも、行かないと」

「まだ大丈夫だから。火も私が見張ってる。だから、寝て」


 はい、しか言えないような圧にやられて、私は頷く。

 すると王子様は、私の体を自分の方に倒して、私の頭を王子様の膝に乗せた。


「交代ね。今度は私が枕の番だ」

「なんて贅沢な…」

「お姫様、この枕の寝心地はいかがですか?」

「ちょっと硬いです…」

「あはは」


 しっかり筋肉のついた王子様の膝枕は、少し硬い。でも、暖かい。

 体を横にすると眠気がぐっと襲ってくる。疲れと焚き火の音が相まって、眠気を増幅させる。


 私を眠らせるように、殿下におやすみと言われた。

 そこからもう、記憶が無い。




 ぱち、と目を開けると、綺麗な顔を下から見下ろしていた。

 下から見ても綺麗な顔って、ずるいな。そう思ってると、私の視線に気付いた王子様が下を向く。


「おはよう。よく寝れた?」

「お陰様で…。よく寝れました…」


 想像以上にいい寝心地だった。固いと思ってたのに。

 ぐっと体を起こして両手を伸ばして伸びをする。お日様の位置が、寝る前よりも高く上がっている。


「どのくらい寝ました?」

「3時間くらいじゃないかな」

「そんなに…」


 結構時間を食ってしまった。これは急がないといけないかもしれないな、と思っているのに、殿下はどこかのんびりしている。


「あ、火付けててくれたんですね。ありがとうございます」

「いい練習になったよ」


 それは良かった。

 王子様に座っててくださいね、と声をかけて、当たりを歩く。


 大きな木の枝を2つ拾ってきて、その木の枝で燃えてる薪を拾う。そしてそれを掴んだまま、急いで川に持っていく。そして川に薪を捨てた。

 それを何度か繰り返して、やがて焚き火は消えた。


「よし、じゃあ行きましょうか」

「うん。…肩借りてもいいかい?」

「もちろんです。ちょっと頼りないかもですが」

「そんなことないよ」


 王子様は私の肩を抱きながら、歩く。

 どうやら休んでる間に血は止まったものの、腫れが酷くなってきたようで、昨日より歩けなくなっていた。


 傷だけでなくぶつけてもいたなんて。私が無傷なことから、相当王子様は私の代わりに怪我を負ったんだと分かる。



 王子様を支えながら歩く。歩きながら顔を歪めるから、相当痛いんだと思って、私は歩みを止めた。


「殿下、今はプライドとか、捨てて貰えますか?」

「ん?何するんだい」

「…どうぞ」


 私はしゃがんで王子様に背中を向けた。それを見て王子様は笑った。

 言いたいことが伝わったんだろう。


 嫌がるかな、と思ったものの、王子様はすんなり体を私の背中に預けてくれた。


 うぐ、結構重い…。


「重いでしょう。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。これくらいなら、まだ」


 このためではないけど、鍛えてはいる。だから重いけど、歩ける。

 バランスを崩して転んだりしないよう気をつけるだけだ。


 バランスを保ちながら、慎重に歩く。それでもさっき王子様と並んで歩くよりは速い。


「凄いね、鍛えてるの?」

「はい。鍛えて、ますっ。」

「なんでか聞いてもいい?」

「誘拐されたときの、ためですっ」


 息を整えながら答えると、背中にいる殿下が笑った。


「誘拐されたことを想定にそこまでするのは、なかなか凄いよ。普通はそんなに誘拐されないはずなんだけどな」


 まぁ、普通はそうですよね。普通じゃないから、私はこんなにも必死になってる訳ですけども。

 でもこうも役に立って、やっていたことは無駄じゃなかったな、と思う。


「私を誘拐した人が、まだ私を諦めてないから、備えてるんです」

「なるほど。それは困るね」

「ほんとに。」


 きっと捕まるまで諦めてはくれないだろうけど、諦めてくれないと私も自由になれないから、どうしたものかなぁ。

 そこのところ、ノアはどう考えているんだろう。まさかずっと逃げ続けるわけないよね?


 あとで話し合わないと。


「まぁエミリアを誘拐したくなる気持ちはわかる」

「どういう事ですか!?」

「あはは、そういう所かな」


 からかわれたようだ。理解できない。

 なんか私王子様のおもちゃ扱いになってない?大丈夫?


「どうしようもなくなったら」


 ぽつり、つぶやくような声がした。


「その人が諦めてくれなくて、ノアゼットにもどうにも出来なかったら、うちにおいで」


 いつもと違う優しい声。作ってない、慈悲の声。

 私を心配してくれてるんだろうか。


「でも、ノアは…」

「君だけでもいいよ。ノアゼットがいなくても、私は君を助けるよ」


 王子様の顔は見えないから、どんな顔をしてるのかは分からない。

 だけどなんか、辛そうな気がする。


「覚えておいて。私という避難場所があるってことを。その時は私も、全力で君を守ると誓うよ」

「殿下…」


 どういうつもりでその言葉を言ってるのか、私には分からない。そしてそれは聞いちゃいけないような気もする。

 切なそうな殿下の声が、聞かないでと訴えてくるから。


「ありがとうございます。いざとなったら避難させてもらいます」

「…うん。待ってる」




「あ!人がいます!殿下、村ですよ!」

「あぁ、本当だ」


 よたよた歩いて、ようやく人里を見つけた。

 最後まで気を抜かないように、1歩ずつ進む。


 近くまで来ると、こちらに気づいた男の人が驚いて駆け寄ってきてくれた。


「ど、どうしたの君たち」

「すいません、遭難してて…助けてくれませんか!!」


 女が男をおぶってるのが驚いたんだろう、あまり警戒もされず、話を聞いて貰えた。


 誘拐されて、川に流れて、ここまで歩いてきたと。そして川で私を庇った王子様が、怪我を負って歩けないと。


 王子であることは伏せて、話をした。王子様も、人好きのする笑みを浮かべて、巧みに彼らの信用をもぎ取った。


 話術ってやつかな…。私もそれ勉強しといた方がいいかな…?


 村の男の人は、王子様のおんぶを代わってくれて、私たちを村に案内してくれた。


 ひとつの家に連れていかれ、王子様はそこのベットに寝かせてくれた。そしてこの村に医者はいないけど、手当できる人を呼んでくれて、王子様の怪我を手当してくれた。


 といっても応急処置くらいにしかならないらしく、大きいところで診てもらって、と言われる。


「ごめんなさい、そんなに酷い怪我を…」

「いいや、これを君が背負わなくて良かったよ」


 私じゃなくて良かったと、王子様は言ってくれる。でも、一国の王子なのに…。やっぱり申し訳ない。


 そんな話をしていると、ドアがノックされて、女の人が入ってきた。


「食欲はある?スープを作ってきたのだけど」

「有難いです、いただきます」


 具沢山のスープが入った器を2つ、お盆に乗せて、テーブルに置いてくれた。お水もコップに入れてくれて、もうなんとお礼していいか。


「今日は動かない方がいいと思うわ。明日行商人がくるから、その時彼らに連れていってもらうか、領主様に伝書を頼みましょう」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いいのよ。困った時はお互い様だわ」


 女の人は部屋を出て行き、私たちはスープを食べる。

 あ〜、暖かい。美味しい…。ご飯って偉大だなぁ…。


「明日来る行商人に伝書を頼もうか」

「それがいいと思います」


 とりあえず帰れる目処はたちそうだ。あとは明日まで、追手がここに来ないことを祈るばかり。


 ノア…心配してるだろうな。相当心配してるだろうな…。

 ちゃんと帰るから、待っててね。




 女の人に服を借りて、汚い制服を着替えた。王子様も村の男の人に服を借りて着替えていた。

 この村には私たちの魔法封じの首輪を外せるほど魔法に長けた人はいなくて、結局この首輪は外れないまま。


 そんなこんなで、昼前にこの村に着いたけど、辺りが夕焼けになった頃。


 ドアをノックされ、女の人が入ってきた。


「あなた達を探してるという人が尋ねてきたのだけど…」

「えっ…」


 思わず身構える私達。どうしよう、と考えを巡らせた私と違い、王子様は冷静に言葉を出した。


「どんな格好の人ですか?」

「騎士様のような人よ」

「あぁ、それでしたら、通してください」


 えっ。と思うまもなく、王子様は入室の許可を与えてしまった。

 そして王子様に何か聞く暇もなく、本当に騎士の服を着た人が入ってきた。


 彼は私達2人をみて、姿勢をびしっ、と整える。


「失礼致します。フリードリヒ・トルディーム殿下と、エミリア・ライド嬢でお間違いないですか」

「間違いないよ」

「私はスフェル伯爵家から派遣された騎士でございます。お2人とも、ご無事でよかったです」


 それを聞いて私もほっと息をついた。

 味方だ。助けに来てくれた人達だ。


「探してくれて感謝する。スフェル伯爵家にもあとで礼をする。」

「殿下の御身が無事であればそれに勝るものはありません」


 な、なんか凄い、王子様は王子様っぽいし、騎士は騎士っぽい。何言ってるかわかんないと思うけど、私にも分からない。

 ただなんか、異世界、って感じがする。3年も経つのに。


「私達を誘拐した犯人は捕まっているかい?」

「3名捕らえてあります。」

「それで全部だろうね」


 あ、良かった。そっちも捕まってたんだ。

 再びほっと息を吐く。


 追っ手を気にすることはなくなって、助けも来た。もう何も怖くない。

 はぁ、良かった本当に。


「ただ今日はもう暗いので、明日迎えに来ることになります。それまでこちらで療養して頂けますか」

「もちろん」

「部下を2人置いていきますので、ご安心ください」

「何から何まで、感謝するよ」

「光栄でございます」


 再び見慣れない不思議なやり取りを見てると、騎士様は外に出ていく。


「明日には帰れるね」

「はい、犯人も捕まったようで、良かったです」


 笑顔を向けると、王子様は少し寂しそうな笑顔を向けてきた。


「なんだか楽しい逃走劇だったから、寂しいな」

「何を呑気なこと言ってるんですか。怪我してるんですよ、殿下は」


 熱が出るほど出血して、歩けないほど足を腫らせて。それが楽しかったと言うのか。

 でも王子様は本当に楽しかったらしく、思い出しては笑っている。


 うんまぁ、楽しめたなら何よりだけど。


「火起こしも学べたし、ね」

「ぜひ今度実践して見てくださいね。いつか役に立ちます」

「役に立つ時は大抵良くない時だと思うんだけどね」


 魔法が使えなくて外にいる時だもんね。確かに、良くない時だ。

 2人して笑いあった。


 うん、私も楽しかったかも。

 初めて川に流されたし、火起こしもしたのは初めてだ。魚をとったのもそうだし、外で寝たのも。


 これが本当のサバイバルなのかな、と思う。そしてこれを1度経験したから、私はもっとこういう局面に強くなれるだろう。

 それは、逃げても捕まる可能性が低くなるということだ。


 いい経験になった。王子様を怪我させてしまったこと以外は、楽しかった。


「私も、楽しかったです」


 外で異世界の空をゆっくり見た。似てるようで違うかもしれない星々を眺めた。

 どれも貴重な体験。


 それに、王子様とも仲良くなれた気がする。王子様の素の感情を見せてくれた気がして、前よりも仲が深まった気がする。

 あくまで気がするだけだけど。


「一緒に誘拐されたのが殿下で良かったです」

「……私もだよ」


 ふふ、と笑いあった。



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