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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
36/110

誘拐犯から逃げる2

 

 パリン、という高い音が響いた。


「なんだ?」


 男の声が聞こえる。少し馬車のスピードが落ちる。

 そこで、王子様が行くよ!とと言いながら割れた窓から飛び出した。


 彼に続いて私も割れた窓に勢いよくぶつかって行く。体が少し傷ついたものの、すんなり窓から身を放り投げることが出来た。


 そしてそのまま、川に落ちる。


「っ!」


 息を止めて、水の中に落ちた。そしてそのまま、川の流れに沿って体が流されていく。


 気付けば傍に王子様がいて、私の事を抱きしめてくれていた。きっと周りの岩とかから守ってくれてるんだろうか。



 流れに身を任せて、どのくらいか経ったころ。ようやく流れが緩やかなところに差し掛かった。

 2人で目を見合わせて頷き、川岸までどうにかこうにか泳いだ。


「ぷはぁ、はぁ、はぁ……生きてますよ、殿下!」

「はぁ、本当だね、生きてるね!」


 溺れることも頭を打つこともなく、意識を保ったまま川を下れたのは良かった。きっと沈みそうになった時に王子様がいつも引っ張ってくれていたからだろう。


 川下りに慣れてるのかな、王子様は。


 びしょ濡れのまま2人で川岸に座り込む。少し呼吸を整えれば、会話をする余裕も出てくる。


「ありがとうございます、殿下。何度も助けてもらいました」

「いや、女性を助けるのは当たり前だよ」


 そう言ってるけど、そういうキャラじゃないでしょう。

 気持ちが昂っていてくすりと笑ってしまう。


「さて、これからどうしようか」

「とりあえず服を搾って歩きますか。」

「そうだね。川から少し離れて、川沿いを進もう。川の近くにいるのは追手が来るかもしれないから」


 こくりと頷いた。川の近くには村があることが多いから、人の多いところを目指すなら川沿いに行くべきだ。

 でも川の近くに居たら追手が来るかもしれない。


 だから、川がギリギリ見えるくらいまで離れて、川に沿って進むしかなさそうだ。


 着ている服の袖を絞りながら、作戦を頭の中で反芻する。


「あ、殿下、ちょっと上の服脱いで絞りたいので、向こう向いてて貰えますか」

「えっ?あ、あぁ、うん」


 少しどもりながら王子様は後ろを向いてくれた。

 それを確認して上の服を脱ぎ、ぎゅっ、と絞る。上から下まで一体化したワンピースの制服は、結構分厚い。絞るのに力を使う。


 力の限り搾って広げて、軽くはたいてから着た。うん、さっきよりマシだろう。


「もう大丈夫です、ありがとうございます」


 声をかけると殿下は振り向いた。


「殿下も脱ぎますか?絞るの手伝いますけど」

「ん、んん?あーいや、絞るけど手伝いは大丈夫だよ。エミリアも向こう向いててくれる?」


 はーい、と返事して背中を向けた。この世界の男の人は裸を恥ずかしがるのだろうか。いや、男の人でも恥ずかしがる人はいるよね、うん。


 後ろから水が地面に落ちる音がする。ばさっ、という音も。

 少しして殿下に声をかけられ、振り向いた。


「じゃあ、進みますか」

「そうだね、行こう」

「大丈夫、ノアがきっとすぐに来てくれ…あれ?」


 確かめるように首に手を当てると、そこには何も無い。

 何度も首あたりを確認するけど、ない。


 ない!?


「な、ない……」

「どこかに引っ掛けちゃったかな。川に流されてないといいね」

「ああぁぁぁ……ノアごめん……」


 ノアが1ヶ月かけて作ってくれた大事なものを…引っ掛けて落としてきてしまうなんて…。

 謝っても謝りきれない気がする…。


「うう…。落ち込むのは後にします。今はここから離れましょう」

「そうだね、行こうか」


 王子様と共に、川沿いの森の中へ足を進めた。



 パキッ、と枝をふむ音が響く。木々の間を通り抜ける風は少し肌寒い。暖かめの地域でよかった、じゃなきゃ夜に寒くて死んでるところだったかも。


「ん?殿下?」


 ふと、隣にいたはずの王子様が遅れていることに気づいた。

 少し俯いている王子様に駆け寄って顔をのぞき込むと、凄く辛そうに顔を赤くした王子様がいた。


「え、どうしたんですか…熱?」

「エミリア…」


 顔が赤いからそのおでこにそっと手を当てれば、熱かった。私は慌ててそばの木に王子様を座らせる。

 熱が出ていたなんて。なんで?濡れて風邪をひいた?


 木に寄りかかる王子様は辛そうで、何かを我慢してるような顔だ。

 どうしようかと思っていると、王子様のズボンが汚れてることに気付く。


 それは、血のシミだった。


「殿下…これ、は…」

「あぁ…気付いちゃった?あはは、しくじったよね…」


 から笑いに聞こえる王子様の笑い声。笑えることなんてないのに、場を明るくさせようとしてるんだろうか。

 自分は辛いだろうに。


「いつ…いつやったんですか」

「川下り中かな。私にもいつやったのか分からないんだ」


 川下り中に…。私を守りながら、王子様は足を怪我したの?女性だからって、そこまでして守るの?

 申し訳なさが胸に浮かぶ。王子様の行動理念が分からない。


「殿下…そこまでして女性を守ってたら、殿下の身は持たないですよ。…でも今回は、ありがとうございました」

「女性なら必ず助けるわけじゃないよ」


 はぁはぁ、といつもより粗めの息遣いで王子様が答えた。


「女性だからじゃない。君だからここまでして助けたんだよ」

「え………なんでですか?」

「さぁ……。なんでだろうね」


 またしても彼は困ったような顔をうかべる。

 わ、分からない。なんで王子様がそこまでして私を助けたのか。私に恩を売って、ノアと一緒に国に来てもらうとか?


 でも、そこまでする?


 いや、今はこんなことを考えてる暇はないんだ。目の前には苦しそうな王子様がいる。余計なことを考えてたら2人とも死んでしまう。


「とりあえず今日はここで夜を明かしますか」

「…うん、ごめんね、足を引っ張っちゃって」

「謝らないでください。私を守ってくれた証です」

「名誉だなぁ」


 もう夕方に差し掛かるし、ここで野宿だ。王子様が元気なら、夜通し歩いても良かったけど、今はそれは危険だ。


 そして夜は寒くなるし、殿下も熱が出てるなら、温めなきゃ行けないだろう。


 …よし、練習の成果を見せる時だ。




「……ん、火?」

「あ、おはようございます」


 いつの間にか眠ってしまっていた王子様が目を開けた。だけど体調は変わり無さそうだ。


「私が背もたれになるので、移動できますか?」

「うん…」


 そっと王子様を抱き起こして、焚き火の前に移動させる。そして私にもたれかからせようとして、上手くいかないことに気づく。


 王子様の背が高くて、私が背もたれとして低すぎる!!


「すいません、殿下…私は背もたれとしては低すぎました」

「はは、そりゃそうだ」

「膝枕で許してください…」


 私はそう言いながら王子様の頭を自分の膝に誘導した。

 王子様は抵抗することなく、体を預けてくれた。


 目の前にぱちぱち火の粉が飛ぶ。この距離だと暑すぎなくて、暖かいくらいだ。


「…この火はどうしたの?」

「自力で起こしました」

「…魔法が使えないのに?」

「火起こしです。聞いたことありませんか?」


 手振り身振りで、火起こしのやり方を説明した。

 真っ直ぐの木の枝を、鋭くけずって、それを割いた木の枝の平らな面に当てて擦りつける。

 そして火種になったら柔らかい枯れ草に包んで発火させる。


 言葉にすると簡単だけど、私も知識として蓄えただけで、実際にやるのは大変だった。結構力もいるし、時間もかかった。でも、迷ってられなかった。


 何度か土台の木を変えたりして、なんとか様になったものだ。


「…凄いね、知らなかったよ」

「ふふ、これで殿下も、誘拐されても大丈夫ですね」

「はは、そうだね」


 王子様は賢いから、今の説明できっとすぐに出来るようになるだろう。もしこの先1人でこんな危機に陥っても大丈夫なはずだ。


 というかこの世界に火起こしって無いのかな…?魔法でできるから、その原理を考えないとか…?

 私はキャンプ好きな友人から聞いてたから覚えてただけだけど…。


「……あの刺さってるのは何?」

「魚です」

「…とってきたの?」

「とってきました」


 王子様は焚き火の周りに刺さってる棒に気がついた。4本刺さってて、そこには魚も刺さってる。


「すいません、塩はなかったので、味は美味しくないかもしれないですけど…食べないよりはいいと思うので」

「いや、大丈夫、ありがとう。」


 ちなみに魚は、ドロワーズを脱いで口を縛って、それで掬うようにしてとった。食べられない川魚が存在するのかは分からない。なので一応私が毒味する予定ではある。


 一応王子様に食べられない川魚があるか聞いてみたけど、私が焼いてる魚を見て、あれは多分大丈夫、と言ってくれた。

 魚にも詳しい王子様、凄いな。



 焼けた魚を食べるために王子様をゆっくり起こす。起きてるのが辛いなら私に寄りかかっていいですよ、と言えば、ありがとうと言って寄りかかってきた。

 そこに、焼いた魚を渡した。


「…やっぱり塩がないと、美味しくは無いですね」

「そうかな、美味しいよ」

「えぇ、本気で言ってます?」


 王子なのに味覚良くないのかな?なんて思ってしまう。だけど王子様はそうでは無いらしいけど、その理由までは言ってくれなかった。


「お水だけは、すいません。お腹壊すかもしれないけど川の水で我慢してください」

「もちろん。何から何まで、ありがとう」




 何も喋らない空気が流れても、焚き火のぱちぱちという音が心地いい。

 上を見上げて木々の隙間から空が見える。今日は快晴だ。


「天気よくて良かったですね」

「本当だね」


 私の膝を枕に寝転んでいる王子様が頷く。

 雨だったらもっと酷いことになってた。不幸中の幸いってやつだな。


「…星が、綺麗」


 空に浮かぶ星は、見慣れたものと同じ。あの世界となんら変わりないように見える。

 キラキラしてて、明るいものもあれば暗いものもある。


「星ってなんなのか殿下は知ってますか?」

「ん?どういうこと?」

「何で出来てるか、とか、なんで空に浮いてるのか、とか…」

「……星は神が人間のために示した道標だよ。夜が暗くても、あの星のおかげで私たちは方向を確認できるんだ」


 なるほど、そういう風に伝わってるんだ。

 じゃああの星は私の知ってる星とは違うかもしれない。本当に神様の道標で、あの空の向こうは宇宙ではないのかも。


「…エミリアは、星が何で出来てると思ったの?」

「………私にも、分かりません」


 何で出来てたら満足だったんだろうか。宇宙に浮いてるものだと知れば、地球に帰る希望が見えたりしたんだろうか。

 希望があっても、この世界に宇宙に出る技術はない。よしんばあっても、きっと太陽系とは果てしないほど遠いだろう。


「エミリアは、どうしてノアゼットと婚約したの?」


 考え込んでた私に、王子様が問いかけてきた。

 どうしてノアと婚約したのか…。


「あー…ノアが、私の過去を知りたがってまして、教えなきゃ学園長を脅すよって脅されまして…。私と結婚したら教えてあげるといったら、捕まりました」

「…ん?ノアゼットは婚約を迫ってたんじゃないの?」

「それを私は真に受けてなくて…。ただ私を怪しんでるだけかと思い、結婚したらって言えば引くと思って…。」


 結婚したくて過去を探って囲もうとしてたなんて、気付くわけない。平民に婚約してなんて、真に受けるわけが無い。

 遊び相手探してるのかな、としか思わなかったしね。


「それは…ちょっと可哀想だね」

「捕まった私がですよね?」

「いや、気付いて貰えなかったノアゼットが」


 なんでだ。ややこしいことしてたのはあの人の方だ。

 捕まった私の方が可哀想でしょう!もう!


「はは、でも今は仲良いんでしょう?」

「良い…と思います。私も納得してますし、彼の思いも分かってるつもりです」

「それなら、彼の思いも報われたかな」

「そうだといいですけど」


 きっとまだ報われてはないだろう。報われる日がくるとするなら、秘密を明かした時だ。そしてその時、私を利用するか、守るかだ。


 ノアはどちらを選ぶのだろう。

 …今は考えるのをやめよう。


「エミリア、もし、もしも私が……」

「はい」

「……いいや、なんでもないや」


 えっ。なにそれすごい気になるじゃん。

 気になって膝の上にいる王子様を見下ろすと、王子様は焚き火を眺めていた。遠くを見るような目で。


「もしこうだったらなんて考えるのは無駄でしかないよね」

「殿下…」

「過去は変えられない。未来しか変わらないからね」


 王子様はそれだけ言うと黙る。

 何か変えたい過去があったのだろうか。王子様の口ぶりだと、こうだったら良かったと思う何かがあったみたいだ。


 まぁ王子様が言う気がないのなら、無理に聞くことは無い。

 王子様の言う通り過去は変わらないのだから。


 私も言葉を噤んで焚き火を見つめた。ぱちぱち飛ぶ火の粉が、星のように綺麗だった。


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