誘拐犯から逃げる
「……起きて、起きてエミリア」
「…んぁ…はっ!」
声をかけられて、意識が浮上する。パッと目を開けて、視界にうつってるのは…どこ?
やたらと狭いこの空間をキョロキョロ見渡すと、正面に王子様が座っていた。
「あれ、殿下?」
「良かった、気がついた?」
王子様は私の顔を見て少しほっとしたような顔をする。
心配させようと声を出そうとして、手が後ろにあるまま動かないことに気づく。
「ん?あれ?」
「あぁ、縛られてるんだよ」
「え?」
縛られてる?どゆこと?
理解の追いつかない私に、王子様は半身を捻って自分の背中を見せてくれた。そこには、後ろで両手を縛られているのが見えた。
「殿下も縛られてるんですか?」
「そうなんだよ。困ったね」
といいつつにこにこしててあんまり困ってるようには見えない王子様。
まぁ彼の余裕な態度はいつもの事だし良いとして。
「ここは、どこなんですか?ん?動いてる?」
「私たちは今、馬車の中にいるよ。しっかり施錠されてね。」
馬車の中!?施錠!?なになに、どういうこと!!
「誘拐されたわけだけど、何があったか覚えてる?」
王子様に言われて、私は記憶をたどった。
あれは、王子様が私に構うようになって2週間くらいした時。1限が終わった休み時間に、私は呼ばれた。
私を呼んだのは、交換留学生で、王子様でもレイズ様でもない人。王子様が呼んでるんだと言われて、教室を連れ出された。
何となく嫌な予感とデジャブを感じながらも着いていって、その途中で後ろから羽交い締めにされて、口にハンカチみたいなものを当てられて…。
そこから記憶が、ない。
「休み時間に留学生に呼ばれて、そこから記憶が無いです」
「そうか…。薬で眠らされたかな」
なるほど。あの口に当てられたのは眠くなる薬が染み込んであったのかな。
「私はね、抵抗したら君を殺すよと言われてのこのこ着いてきたわけなんだけど」
「ええっ!?何してるんですか!」
「あれ、怒られるところかな、これ」
「当たり前でしょう!あなたは一国の王子なんですよ!?平民1人くらい見殺しにしてください!」
何を考えてるんだ、この王子様は!私を人質にとられてノコノコ着いてくるなんて!
確かに王子様が来てくれたから私は死なずに済んでるのかもしれないけど、王子様の立場なら来ちゃいけないってことは分かる。
「私もね、そうするべきだとは思っていたんだ。あそこで引いて、ノアゼットの力を借りて助けに来るべきだった。…だけどなんでかな。それを選べなかったんだ」
王子様は困ったような顔で言う。
なんでだろう、って思ってる顔だ。本当になんでか分からないんだろう。
何故か分からないけど、敵に従うことにした、と。
「……すいません。私も言い過ぎました。殿下が来てくれなかったら私はもうこの世にいなかったかもしれません。ありがとうございます」
「いいや、謝るのは私の方だよ。」
私がぺこりと頭を下げるも、王子様は首を振る。
「そもそも誘拐犯は、私をおびき寄せるためにエミリアを誘拐したんだ。君は巻き込まれただけなんだ。ごめんね」
王子様をおびき寄せるための餌だったのか、私は…。なんで私なんかが餌になれたのか分からないけど、成功してしまってる。完全なる巻き添えだ。
だけど、これだけは言える。
「いえ、悪いのは誘拐犯なので、殿下が謝る必要はありません」
「…ありがとう」
王子様のせいではない。それは確かだ。
悪いのは誘拐した人たち。私と王子様は被害者だ。
「ところで、殿下は犯人を知ってるんですか?あの留学生は、敵だったんですか?」
「敵というか、内通者、みたいなものだね。私は信用していなかったけど、私がエミリアと仲良くしだしたから、エミリアを使えると思ったんだろうね」
王子様の話を聞きながら、私は履いてる靴に手を伸ばす。その靴のかかと部分にある硬いものを引っ張り出す。
出てきた小さな刃物を、指で挟み、自分の腕を縛る縄に当てる。
「きっと私を呼んだのは私の兄だろうね。彼は王位継承を狙っているから私が邪魔なんだ。でも殺すには惜しいくらい、私は魔法が得意だから、エミリアという人質を使って私を手足にしたいんだろう」
「物騒な話ですね…」
王位継承とか、殺すには惜しいとか、手足にしたいとか。私には遠い世界のこと過ぎて実感が湧かない。
でもこのまま行けばそうなってしまうかもしれない。そしてそれは、私も王子様も望んでない。
「この馬車はどこに向かってるんですか?」
「多分国境を超えたあたりに兄は待ってるだろう。そこに向かってると思うよ」
「ちなみに、攫われてからどのくらいたちました?」
「うーん、4時間くらいかな」
4時間!!結構たってる!!なんでそんなに呑気なんだ王子様!
「殿下は、どうするつもりなんですか。このまま言うこと聞くつもりですか?」
「とはいってもねぇ。魔法封じの首輪付けられてるし、私は体術はイマイチだからここのヤツらには適わないだろう。むしろ反抗したことで君に危害が加わる可能性もあるし」
うぐぐ、敵の思うツボになってる!私が人質としての役割果たしちゃってる!
「殿下、逃げましょう?2人で逃げれば大丈夫ですよ!」
諦めちゃいけない!このまま捕まってちゃいけない!
国境超えたらノア達は助けに来れないかもしれない!
幸いなことに、ノアのくれたネックレスはついてる。私は暴力は受けないはずだ。
「このネックレスは魔道具です。私を守るって、ノアが言ってました」
「魔道具?そうは見えないけど……わ、本当だ。凄いね、これ」
ネックレスを見てもらうと、パッと見では分からなかったのか、王子様はじーっと魔道具を見つめてた。そして頷く。
「ここまで気付かれにくい魔道具は凄いね。掛けられてる魔法も凄いし、相当頑張って作ったんじゃない」
「えっ、そんな凄いものなんですか」
「知らなかった?多分これ作るのに1ヶ月はかかってるよ」
え。
そんなにかかってるの?
「攻撃を弾くものに、危険が迫ったら結界を張るもの、あと位置を特定出来るものもかかってる」
「そんなに!?」
ていうかなに、位置を特定できるって!GPS?
そんなに色んなもの付けてくれてたんだ…。しかも作るのに1ヶ月…。
待て、1ヶ月?
「……これ、婚約した次の日にくれたんですけど…」
「逃がす気が無かったってことだね。」
あはは、と王子様が笑う。いや、笑い事じゃない…。
そんなに本気だったんだ。逃がす気が無かったって…なんか怖いな。
まぁ捕まってしまってるんだけども。
「まぁとりあえずそれがあるなら、エミリアの身の安全は保証されるね、良かった」
「良かった…のですかね」
「位置も分かるし、良かったと思うよ」
いやまぁ、確かに?こういう時のためのGPSかは分からないけど、今回はそれが役に立つだろう。
人質にされてる私も、人質の意味が無くなるし。
いい事づくめだけど、なんか納得いかないなぁ。
「あ、殿下」
「ん?」
「これ、どうぞ。私はもうあと力入れればちぎれるので」
「え?」
手首を縛ってたロープを、力を込めればちぎれるところまで削った。しかも丁寧に背中側、つまり見えにくい方を。
だから王子様に小さいそのナイフを差し出す。それを見て王子様は目を丸くした。
「え……どこから?」
「靴に仕込んでました」
「どうして?」
「前に誘拐されたことがあったので、あれから自分を鍛えて対策をたててたんです」
自慢げに言うものの、彼のぽかん、とした顔は変わらない。王子様が言葉を失う姿は珍しくて、こちらも誇らしげに胸を張ってしまう。
いつドルトイに捕まってもいいように、他の貴族に捕まっても逃げれるように、やれることはやってる。体も鍛えて護身術や縛られたロープを抜く術も練習した。
靴にも刃物を仕込んでるし、ヘアアクセも刃物がわりになるものだ。どこにも売ってないし誰も知らなかったから、完全な自作だけど。
「残念ながら、首輪の外し方は分かりません。これの事は知りませんでした」
「いや……。はは、凄いな。予想外だ。」
ははは、と王子様は笑った。本当に面白そうに笑っていた。
そんな笑顔学園では見たことなかった。本当の王子様の表情のようだった。
「エミリアは…面白いね。いやぁ、困ったな」
「なんで困るんですか。いいから、早くロープを削ってください」
「わかったわかった。はぁ、本当に、困ったなぁ」
笑いながら困った困ったばかり言う王子様。何も困ってないでしょうが!
むしろ助かってるでしょ、もう!
王子様は私よりも慣れた手つきでロープ削って、私の半分くらいの時間でギリギリまで削った。そして私にナイフを返してくれたので、私は靴底にそれを戻す。
「さて、このあとどうするかで、今縄を解くか決まりますが」
どこか止まったところで、相手の隙を見て逃げるなら、今はまだ縛られた振りがいい。
そこまで待たずに逃げる、もしくは止まった瞬間逃げるなら、もうロープから抜けた方がいい。
どちらも選べるように、腕はまだ縛られた状態のまま。
「きっとこの馬車は止まらず進むだろう。それこそ国境を越えるまで。ノアゼットがエミリアが居ないことに気付いて向こうを出ても、馬で追いかけてたどり着くまでに国境についてしまうだろうね」
「ではそれまでにここから抜け出しますか?」
「それしかないね」
ぶっちゃけどのくらいで国境に着くかとか分からないけど、そこは王子様が知ってるはず。王子様の指示に従おう。
王子様はいつもより真面目な顔になって、私を見る。
「まず、この馬車から逃げ方だけど、それは窓ガラスを割るのが1番確実でやりやすいだろう。ただ怪我は免れない」
「はい。承知してます」
どんな鍵を外側から掛けられてるか分からないから、ドアを壊すのは無理だ。私がいくら鍛えてても限度があるし、王子様もそこまで強くない。
でも、窓ガラスなら、日本の車ほど分厚くないし、固いものを思い切り当てればいける。その際の固いものは、私の靴が暗器が入ってて硬いから最適だろう。
「次に逃げるタイミングだけど、ふたつある。1つは森の中。この先森に入る。その中で逃げ出せば、その後森に紛れて逃げられる。但し、馬車から飛び降りた時は馬車のスピードも相まって全身を打つし、気付いたヤツらに追われる可能性も高い。」
ふむふむ。全身打ち身で追われながら逃げる、と。魔法が使えないし敵の数も分からないし、少し無謀だな。
「もうひとつは、森をぬけた先にある川。そこに飛び込むように飛び降りる。そちらは川に流れれば中々追いかけられない。ただ、運が悪いと死ぬ」
「死ぬ…」
そりゃそうだ、川に飛び降りるんだから。
捕まるかもしれないけど死ぬことはない前者と、捕まらないけど死ぬかもしれない後者。
「どちらでも、君の選んだ方に私はついて行くよ」
王子様はその選択を私に委ねてきた。なんでこんな大事な選択を私に委ねるのか、本当にやめて欲しい。
「ちなみに、どちらがオススメですか」
「オススメは川かな。地面に落ちて捕まる確率より、川に落ちて死ぬ確率の方が低いから」
「ちなみに、どのくらい?」
「地面に落ちて捕まる確率は70パーセントくらい、川に落ちて死ぬ確率は50パーセントくらいかな」
ううん、選びにくい数字だ…。
地面に落ちて捕まる確率は高いけど、死なないなら次を狙うことも出来る。ただ1度逃げ出そうとしたんだから、勿論厳しくはなる。
うーん…。
「川に落ちましょう」
「いいの?死ぬかもしれないよ?」
「殿下の命の重さを考えると、確実に死なない方法をとるべきだとは思います。……でも、私は絶対に逃げたい」
失敗して捕まるのは嫌だ。絶対に嫌だ。
王子様の人質だとしても、私の秘密がいずれバレる。それだけは嫌だ。
だから。
「だから殿下、私と一緒に川下りしましょう」
「川下りって…遊ぶみたいだね」
「重く考えるからダメなんです。川に身を委ねて下るだけです。なんも難しくないです」
本当は怖い。川なんて、海より危険だと思うのに。
川で流されて死んだニュースをよく見た。大人でも死んだ。それくらい、危険なんだ。
でも、賭けるしかない。
このままじっとしてられない。
私は逃げたい!!
「そうだね。……レディ、一緒に川下りでもどうですか?」
「喜んで」
私たちは腕の縄を解いて、恐怖を和らげるように笑いあった。




