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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
33/110

地位の高い人から逃げたい

 

「こんにちは、エミリアさん」

「こんにちは、レイズ様」


 放課後、学園長室で待ってると、レイズ様がやってきた。私はもうソファに座っていて、レイズ様はデスクに向かってるローリアさんに一言言うと、私の前に座る。


「すいません、お昼にノアゼット様を借りてしまって」

「気にしないでください」


 レイズ様がしたくてしてる訳じゃないと思うし。

 謝るレイズ様を止めて、紅茶を差し出した。レイズ様はお礼を言ってそれを受け取る。


「婚約者とはいえ、私が独り占めは出来ないですからね」


 したいとも思ってませんけど。

 そう思いながらクッキーをパクリ。サクサクして美味しい…。


「そう言っていただけると助かります」

「いえいえ。あ、これ、思い出したレシピです」


 謝罪の空気感を変えたくて、話を変えてレイズ様に紙の束を渡した。レイズ様はそれに乗ってくれて、紙を受け取ってお菓子モードに入る。


「モンブラン、チーズケーキ…レアチーズケーキまで!うわ、こんなに沢山…。ありがとうございます!」

「うろ覚えや大体の分量ですいません」

「いえいえ、ここまで分かってればどうにかなります」


 しっかりレシピを読んで頷くレイズ様。彼はお菓子職人になった方が良かったんじゃないか…?

 それは貴族という家がやっぱり許さないのだろうか。


 うん…でも、そこを聞くのは野暮だな。踏み込むべきじゃないな。


「あ、俺もこれをどうぞ。」

「わ、ありがとうございます!」


 代わりに受け取った、和菓子のレシピ。カステラやわらび餅なんかもある。思ったよりも沢山あって、作るのが楽しみだ。


 作り方も結構細かく書いてくれている。分からないところは料理人さんと応相談だな。


「作るの楽しみです。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。このレシピも、詳細が分かったら教えますね」

「お願いします!」


 嬉しいなぁ…。わぁ、金平糖もある。私好きなんだよねぇ…。うわ、めっちゃ手間かかってる!こんなに時間かかるんだ…。


 もらったレシピを見てふむふむ頷く。


「ノアゼット様に作って差し上げるのですか?」


 ふと、レイズ様にそんなことを聞かれた。

 婚約者だし、そう思うのは普通のことだ。


「いえ、一緒に作ります」

「え、一緒に?」


 レイズ様は目を丸くした。あのノアゼット様が?とか言ってる。気持ちは分かる。


 私は苦笑しながら話し続けた。


「理由はよく分からなかったんですけど、一緒にやりたいみたいで。彼、料理上手なんですよ。よくサンドイッチ作ってくれますし」

「あ…そうでしたね、手作りでしたね」


 しかもただ挟むだけのサンドイッチばかりじゃないんだよ。寮でやれることは限られてるけど、それでも味のバランスが最高だったり、手作りのソースがかかってたり、チリコンカンが入ってたこともあった。あれも手作りだと言ってた。


 想像以上にハイスペック男なのだ、ノアは。

 女の私の立つ瀬がないくらい。


「ノアゼット様は、本当にエミリアさんが大事なのですね」

「そうですね、大事にしてもらってます」

「エミリアさんもですか?」

「…大切な存在ではあります」


 大事に出来てるかは分からないけど、私にとってノアは大切な存在。それはもう、揺らがない。

 まだ信じれてなかったりしちゃうけど、それでもノアが大切。できる限り大事にしたい。


「良かったです。守ってくれる人がいて。異世界トリップなんて、女性なら尚更、守ってくれる人がいないと危険ですしね」


 レイズ様は心配してくれてたんだろうか。同じ故郷を持つものとして。

 確かにただの異世界トリップでも、この世界で女が1人で生きていくのは大変かもしれない。


 ローリアさんもノアも言わないけど、きっとこの世界のこの国にだって闇の部分はあると思う。平民の友人からは、スラムがどうの、人身売買がどうのって聞いたことあるし。


 上手いこと住み込みで働けるところにたどり着ければいいけど、そうじゃなきゃどんな目にあってるか。警察みたいなところに駆け込んでも、保護してくれる訳ではなさそうだし。

 むしろ怪しまれて捕まる?


「心配して下さってありがとうございます。ローリアさんもいますし、私は安全に暮らしてます」


 お礼をいえば、レイズ様は微笑みを返してくれた。

 そして私たちはまた、お菓子の話に花を咲かせる。




 トントントン、とドアをノックする音がした。時計を見るとノアが来るまであと20分はある。

 誰かな、と思ってるとドアの向こうからは知ってる声がした。


「トルディームです。入っても?」

「どうぞ」


 あの王子様の声で、名乗られたのは王子様の家名だった。レイズ様は少し驚いた顔をしていたので、レイズ様も彼が来ることは知らなかったみたいだ。


 ローリアさんが入室許可の言葉を出せば、扉は開かれてそこから王子様が顔を出す。

 王子様は入って私達を見つけると、私達の方に歩いてきた。


「ここならエミリア嬢と話が出来ると思って。学園長、私も二人の会話に参加しても?」

「二人がいいなら私には何も言えないわ」


 そして目を向けられたので、私もレイズ様も頷くしかない。

 許可された王子様はニコリと笑って、主賓席に座る。


「ノアゼットのいない所で、1度エミリア嬢と話したいと思ってたんだよね」

「私ですか?」


 なぜ私?私を勧誘するのはレイズ様の役目じゃないのか?

 王子様に興味を持ってもらえる何かなんて、私はもってないよ?


 疑問に思いつつ、同じ部屋にはローリアさんもいるから大丈夫と心を落ち着ける。


「まぁただの世間話だから、そんなに警戒しないで」

「はぁ、分かりました」


 そう言われると余計警戒してしまうんですが…。

 王子様の表情は変わらない。考えてることを悟らせないようになんだろうけど、ちょっと気味が悪くも見えてしまう。


「エミリア嬢は、トルディームのことはどれぐらい知ってる?」


 優雅に紅茶を飲む姿は、ノアを彷彿とさせる。


「すいません、全くと言っていいほど知りません」

「それもそうか。3年前にこの国に来たんだっけ?」


 あー…もう調べられてるってことですか…。

 なるほど、ノアの勧誘は中々本気らしいな。婚約者の私のことまで調べるなんて。


「はい、そうです。そちらの国も行ったことありません」

「そのようだね」


 まぁ少し予想はしてたからそんなに驚きはしなかったけど、あまりいい気持ちではないなぁ。

 向かいのレイズ様は少し居心地悪そうにしてるし。


「君は貴族から逃げてるんでしょ?ノアゼットが排除できないくらいの貴族から。なら一緒にトルディームに渡るのはどう?絶対に守るから」


 変わらない笑顔でそう言う王子様。その読めない顔が、信用ならない。

 分かってはいたけど、それを引き合いに出されるのは少しむかつくな。


「有難いですが遠慮します。私はこの国で生きるので精一杯なので、他国に渡る余裕はありません」

「他国って言っても変わらないよ?君は今までと同じことをしてればいいだけだ。難しくないよ」

「すいません」


 中々下がらない王子様に謝罪の言葉を口にする。諦めが悪いなぁと思うけど、それだけ本気なんだからまだ油断はできない。

 私がこの国から出るつもりはないってこと、分かってもらわないと。


「でもさ、考えてごらんよ。この国に戻れないわけじゃないんだから、国内で息を潜めるより、他国に行ってのびのび過ごしてたほうが良くないかい?その間に君を狙う貴族を糾弾すればいい」


 王子様の顔は変わらず笑顔のまま、諦める気は皆無だ。

 これをノアが来るまで躱し続けられるかどうか。でも王子様も躱せる攻撃しかしないなんてことはないだろう。


 私がはい、と言えるような何かを、例えば脅しとかを用意しているかもしれない。


「ね?何も難しくないだろう?むしろ自由になれるんだ。いい事ばかりじゃないか」


 今頷かないと、王子様が優しくしてくれるのはここまでな気がする。

 だけど私は、負ける訳にはいかないんだ。

 私のためにも、私を守ろうとしてくれる人のためにも。


「どれがいい事なのか、決めるのは私です。あなたではありません」


 まっすぐ王子様の目を見て言った。

 王子様は優しげな笑顔から少しずつ表情を消して、威圧感のある目を向ける。


 逸らさない。逸らしたら負けだ。


「この国でも自由を謳歌してます。糾弾はここでも出来ます。心配して下さってありがとうございます」


 目を逸らさないで、言い切る。

 どちらも目を逸らさない。にらめっこって言えば可愛いけど、そんなもんじゃない。


 もっと、鋭い。いつかグレン様に忠告された時よりも、怖い。

 その目が、すぅっ、と細められる。


「そう…。なら仕方ないか。じゃあ私は、君を狙う貴族に協力してあげようかな」

「っ、殿下!」


 レイズ様が声をあげた。

 私の身の上を知ってるから、可哀想だと思ったんだろう。だけど王子様が片手をスっ、とあげると、レイズ様も口を噤んでしまう。


 予想はできてた。大丈夫。私はまだ、戦える。


「お好きにどうぞ」

「ふぅん?いいんだ?」

「はい。絶対逃げ切りますので」


 こういう時がいつか来ることも想像はしてた。それが早まるだけ。問題は無い。


 逃げる。逃げるために、この3年間自分を鍛えた。

 知識も蓄えたし、筋力も体力もつけた。護身術も教わったし、縛られた時の抜け方なんかも習った。魔法だって使えるようになった。


 絶対に、逃げる。


 強い決意を胸に抱いて王子様の目を見つめる。5秒くらい見つめあって、王子様は目元を和らげて、ふふ、と笑う。


「ごめんごめん、さすがにそれは冗談だよ。」

「…いえ、冗談で良かったです」


 本気だったと思うけどな。

 私も王子様から目を逸らして、いつの間にか固く握りしめてた手から力を抜いた。手のひらに爪がくい込んでたみたいで痛い。


「いやぁ、さすがノアゼットが選ぶだけあるね。私の脅しにも屈しないかぁ」

「殿下、さすがにやりすぎです」

「はは、ここまで手強いと思わなかったんだよ」


 レイズ様に窘められている王子様。

 王子様はいつもの優しい顔に戻って、私に笑顔を向ける。


「参ったなぁ。君をやり込めるのはかなり大変そうだ。腕がなるね」

「……恐縮です」

「その思ってないけどって正直な顔もいいね。」


 え、何。褒められてるの?それとも嫌味?

 王子様の言葉が理解しきれない。


 は?って顔をした私を見て満足気に頷いた王子様は、立ち上がった。


「さぁ、そろそろ私とレイズはお暇するよ。ノアゼットが迎えに来た時に私がいると怒られそうだ」

「はぁ、そうですか」


 いなくても居たことは言うから明日辺り怒られそうだけどね。ざまぁみろだけど。


 レイズ様も立ち上がって王子様に続く。王子様はローリアさんに一言告げて、レイズ様が開けてあげたドアに向かう。

 そこで私に振り返った。


「じゃあまた話そうね、エミリア」


 手を振って、帰って行った。


 …ん?


「今呼び捨てにされてたわね」

「ですよね…?」


 ローリアさんが言った言葉に首を傾げる。


 なんで急に呼び捨て?

 この世界は親しい仲にならないと呼び捨てなんてないのに。親しい仲になんてなってないはずなのに。


 どういうことだ?

 唸る私にローリアさんが言う。


「気に入られてしまったんじゃないかしら」

「えっ」


 ちょっとそれは困る。なんで?楯突いただけなのに?


「なんでこの世界の貴族は、反抗すると喜ぶの…?」

「それはちょっと偏見よ、エミ」


 あなたの周りがそうだからそう思うのも分かるけど、とローリアさんは言った。


 だってノアも脅してきて、反抗したのに気に入られたし、王子様もそうだ。

 どういうこと?俺に靡かないなんておもしれぇ女、ってやつ?


 いやいやいや、そんなの求めてないしそんなつもりじゃないし!


「……あなたは変な人を惹き付ける魅力があるのね」

「褒めてないですよねそれ!!」


 そんな魅力は嫌だと言うも、ローリアさんは面白そうに笑っただけだった。



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