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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
32/110

隣国に逃げる?5

 

「あなた、凄いわよね…」

「何が?」


 もぐもぐとサンドイッチを頬張ってると、ミルムに呆れたように言われる。

 ミルムはゆっくりパンをちぎりながら口に運んでいる。


「他国とはいえ殿下とその側近と一緒にご飯を食べて普通でいられる精神が凄いわ…」

「どゆこと?」


 説明してくれたけど意味がわからない。首を傾げると、またため息をつかれる。


「私なら、恐縮しちゃってまともにご飯なんて食べてられないわってこと」

「そう?緊張はするけど、全然大丈夫だよ。怖い人じゃないよ?」


 いい人かと言われると頷けないけど。なんか腹に抱えてる気がするし。


「でも失礼なことしそうで怖くない?」

「まぁ私も礼儀正しいわけじゃないからね。でもそれを最初に言った上で、一緒にって言われたから気にしないよ。」


 だっていいって言ったのそっちだし。

 そう言うと、ミルムは目を細めて私をじとーっと見た。


「もう呆れを通り越して尊敬するわ」

「ええ?呆れないでよ」


 口の中がパサついてきたから紅茶を飲む。自分でいれた紅茶はちょっと苦い。ノアの紅茶が飲みたい。


 ミルムも紅茶で口の中を綺麗にして、ふぅ、と一息つく。


「ノアゼット様は今日は殿下と?」

「そう。レイズ様と喋ってるのを見るのは辛いって」

「それはそうよね…」


 ノアは今日は王子様とレイズ様とお昼を食べている。勿論私とのお昼の予定だったけど、この間レイズ様と私が盛り上がってるのを見るのは辛かったらしい。


 だから今日も誘われたけど、断れなかったようで、仕方なく私をミルムに託したというわけだ。


 相当嫉妬させてしまった。申し訳なさが凄かった。

 その日は放課後ずっと部屋でキスしてた気がする。


「ノアゼット様から乗り換えるなんて言ったらはっ倒すわよ」

「する訳ないよね!?」


 睨まれてそう言われて、私は慌てて否定する。

 そんなことする訳ないし考えてもない。


「そう?ならいいけど…」


 納得したミルムがまたパンを食べ出す。

 ミルムでもそう言ってくるってことは、私そんなにフラフラしそうに見えるかな?


 うっかりそう呟いてしまうと、ミルムは首を振った。


「そういう意味じゃないわ。エミリアはそういう意味でノアゼット様のことを好きにはなってないでしょ?だからうっかりレイズ様に恋してないか心配なだけよ」

「うっかり…」

「そう。エミリアの恋愛感情はどこにも向いてないから、何かの拍子にレイズ様に向くかもしれないでしょ?」


 一目惚れみたいな事かな。

 そっか。婚約者だけど、心まで縛れるわけじゃないから、私の心変わりを心配してたのか。


 私が、確かな言葉を贈れてないから。


「そっか…」

「そうよ。エミリアがどうしてノアゼット様と関係を進めようとしないのか知らないけど、言える範囲でいいからノアゼット様への気持ちを伝えてあげて。」


 ミルムの言葉はいつも励まされる。

 そこに事情があることも察してくれて、それも考慮してくれる。


「…うん、今日言ってみる」

「ノアゼット様を安心させてあげて」

「そうだね」


 いつも安心をもらってるのは私の方だ。今回は、私が安心させる番だ。


 ぐっ、と拳を握りしめて意気込むと、後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこに居たのはグレン様だった。


「よっ、エミリアちゃん。ミルム嬢もこんにちは」

「こ、こんにちは!」


 ミルムが驚いてパンを落としそうになっていたのを慌てて持ち直した。

 闘技大会で慣れたと思ったのに、あの時グレン様と話してたのはほぼ私だったので、ミルムは未だに話すのに緊張するようだ。


「少しだけエミリアちゃん借りてもいい?」

「どうぞお好きなだけ!」

「ありがとう」


 勝手に貸し借りされてしまった。


 ミルムに手を振って、グレン様のあとをついていく。少し離れたところでグレン様は、私に向き直った。

 全く人がいない訳でもないけど、人は少なくみんな遠めだから、声は聞こえない。


 あまり聞かれたくないのかな。


「あー、忠告じゃないけど、お願い、しにきたんだ」

「お願い、ですか」


 忠告って最初に言ったのは聞かなかったことにしよう。また怖い目に合わされそうだから。


「そう。留学生のレイズ卿と仲がいいって聞いてさ」

「誰にですか!?」

「えっ…ノアゼットに」

「あっ…噂とかではないんですね、良かった」


 そんな噂がたってたらどうしようと思った。ノアからだったか。

 ほっとして胸をなでおろした私を、グレン様は不思議そうに見ただけで、話を続けた。


「エミリアちゃんには、レイズ卿にあまり絆されて欲しくなくて」

「絆されてるつもりは無いですけど…どうしてですか?」


 ノアには絆されてるように見えたのだろうか。というか仲良く見えてたのか。それは確かに、見るの嫌だよなぁ。


「殿下の狙いはノアゼットだ」


 グレン様が真面目な顔で、まっすぐ私の目を見て言い切る。


「ノアゼットを国に取り込みたくて、いつもあの手この手であいつの気を引いてる。そして今回は、エミリアちゃんに目をつけた」

「私に?」

「エミリアちゃんは、ノアゼットの中で何よりも優先すべき人物。それは今までノアゼットには無かったものだ。だからエミリアちゃんをまず取り込もうとしてるんだ」


 そこまで言われると私にも分かった。

 私が隣国に行くっていえば、ノアもついてくるってことだ。それをあの王子様は狙ってるんだ。


 ははーん、なるほどね。だからレイズ様で私の気を引こうとしてるわけか。


 グレン様は少し顔を顰めて、辛そうな顔になる。


「エミリアちゃんはこの国出身ではないし、特に愛着もないだろう。……でも出来れば、ノアゼットと共にこの国にいて欲しい」


 辛そうな顔の意味がわかった気がする。

 私をここに引き止める何かが無いんだ。行きたいといえば止められない。

 むしろ狙われてるドルトイからは離れられるし、追いかけられる心配もなくなるのだ。


 だからこうして頼むことしか出来ないのが辛いのかな。


「この国でもちゃんと、君がなんの憂いもなく過ごせるようにノアゼットと頑張ってるところだから、どうかあちらには行かないで欲しい」

「グレン様」


 私に頼むことでしか私を止められず、私を止めなければノアも止められない、そんな状況のグレン様に私は声をかけた。


「行かないですよ、隣国なんて」

「…本当に?」

「本当に」


 目を合わせてそっと微笑むと、少しだけグレン様の表情も柔らかくなる。本当に少しだけ。


「私は3年前にこの国に来て、1から始めました。知ってる人もいないこの地で、これからを模索しながら学園で学んできました。知人や友人が増えて、少しずつ自分の居場所を作ろうとしているんです」


 グレン様はノアから私のことは聞いてるだろう。だから、隠すことは無い。


「グレン様は私が世間知らずなことを知ってますか?」

「ノアゼットから聞いてるつもりだが…」

「聖典を知らなかったことも?」

「!!」


 グレン様が目に見えて驚いた。そんなグレン様は初めて見たので、なんだか勝った気分だ。


 ノアは私のことは言っても、細かくは説明して無さそうだ。多分私の正体を探る上で必要なことしか言ってないのだろう。


「世間知らずなんです、私。この国のことも知らなかったし、聖典も知らなかった。勿論隣国のことも知らない。きっと、子供よりも知らない」


 どれだけ私の知らないことがあるか、予想もつかない。

 知らないのだから。


「私にとって隣国に行くというのはそういう事です。知らない土地で、また1から常識をかき集めて人間関係を作る。……正直辛いんですよね。」


 グレン様が真剣に耳を傾けてくれるから、どんどん言葉が漏れていく。


「行ったところで私の秘密は明かせないし、むしろあの王子様に知られたら絶対利用される。王子様もレイズ様も信用ならないのに、信用ならない人と他国で1からは、きついです」

「ノアゼットがいても?」

「そこは申し訳ないですけど、ノアのことは信じきれていません」


 はっきり告げる。でもグレン様も知っていたのか、睨んだりすることは無かった。


「私にとって信じられる人はローリアさんだけ。あの人がいなかったら、私は…。」


 どうなってたのか、想像もしたくない。

 言いかけた言葉を飲み込んだ。


「だけどレイズ卿は、エミリアちゃんの故郷を知ってるんだろ?信用ならないのか?」

「それだけで信用出来たら、ノアのことはとっくに信じてます」


 ふふ、と笑う。そんな単純なら、ノアに秘密を話してる。

 人一倍警戒してるから、信じないのだ、私は。


 グレン様は納得してくれたようで、表情を和らげた。


「そう…か…。それなら、それを信じるか」

「はい。今はここで生きるので精一杯だと思ってもらえれば。」


 グレン様は頷いてくれた。信じてくれるようだ。


「ありがとう、エミリアちゃん。君のことは俺もノアゼットに協力してるから、なんでも言ってくれよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言いあって、私たちは別れる。


 ノアの味方で、ノアに協力してるグレン様も、私の存在が国の為になると知ったら、彼はどうするのだろう。


 ……まぁ、今考えても仕方ないか。




「はぁぁぁぁ」


 ノアに座ってる後ろからぎゅうぎゅう抱きしめられる。

 部屋に入るなり貪るような長いキスをされたし、見事にずっとひっついてるし、相当ストレスが溜まっているようだ。


 というのも、この1週間のうち半分くらい、ノアはお昼を王子様に誘われて、私と一緒に食べれてない。だから私不足なんだそう。


 お昼が2日に1回くらいとはいえ、夜は一緒に食べてるじゃんとは思うけど、ノアは足りないようだ…。解せぬ。


 ただまぁ、私不足もあるとは思うけど、王子様たちの相手をするのもまたストレスになるんだろう。


 あとあれだ。明日の放課後学園長室で話しませんかとレイズ様から伝言をもらった。それがトドメになったかな。



 私はノアを労わるように小声で歌を歌う。

 励ますような明るい歌を。


 大丈夫。私がいるよ。どれだけ嫌なことがあっても、私はそばに居る。

 そんな歌を。


 1番だけ歌い終えて、私を抱くノアの腕をさする。


「エミリアは僕を励ますのが上手だね」

「でしょ?」


 くすくす、と笑う。

 ノアは少し気持ちが戻ったようで、甘えるように私の頭に顎を乗せる。


「あー嫌だなぁ。エミリアは明日の放課後行くんでしょ?」

「誘われちゃったからね」

「学園長がいるから許せるけど…嫌だなぁ……」


 駄々っ子みたいに拗ねてる。なんか可愛い。

 そんなに頻繁じゃないから、許してね、ノア。私もそろそろ溜まったレシピを渡したいと思ってたし、ちょうどいいんだよね。


「お菓子の話ばっかりだよ」

「それでもなぁ…。……エミリアはあいつから貰ったレシピ、作るの?」

「うん。作りたい」


 といっても借りれるキッチンはノアの家のしかないから、ノアにお伺いをたてないといけないわけだけど。


「じゃあその時一緒に作らせて?」

「え?ノアも?」

「うん」


 驚いてノアの方を振り返ると、ノアはふふふ、と笑っている。

 ノアは確かにサンドイッチ作るのが上手で、最近はお菓子作りにも励んでいるらしい。

 たまにマドレーヌとか作ってきてくれて、それがまた美味しいのなんの。


「エミリアがあいつからのレシピで楽しそうにお菓子作るのはなんか嫌だから、一緒に楽しむことにするよ」

「?よくわかんないけど、いいよ。一緒にやろ」


 なんで嫌なのか理解出来ないけど、ノアと料理するのは楽しみだ。

 想像だけでわかる。きっと手際いい。


「次に帰省する時が楽しみになってきた!」

「本当?それは嬉しいな」


 嬉しそうにノアが笑うから、私も釣られて笑ってしまった。


「次に帰る時までに、領地でやりたいことたくさん見つけておこうか」

「それいいね!そうしよう!」


 いいアイデアだ!そうすれば充実した帰省を楽しめるかもしれない。

 いや前回も充実して楽しめていたけど。2回目となると暇な時間もできたり…。いや、本が沢山あったから暇にはならなそうだな?


 まぁともかくやりたいことを見つけておくのはいい案だ。


 ワクワクして胸を踊らせている私を、ノアは優しげな顔で見つめていた。


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