隣国に逃げる?4
「久々にこんなにはしゃぎました。とても楽しかったです、ありがとうございました」
「こちらこそ。故郷の話が出来て嬉しいです」
もうすぐ1時間が経つであろうところで、話を終える。もう夕方だし、彼も王子様のそばにいないといけないだろう。
私にもノアが待ってる。
「良ければまた、話をさせて貰えませんか?」
「喜んで。ですが婚約者がいて2人で話すのはまずいので、この部屋でローリアさん同席のもとでしたら。なのでお伺いはローリアさんにたててもらえると。」
そう言ってローリアさんを見ると、ローリアさんはいつもの穏やかな笑顔を浮かべている。
「あら、私は勝手に机で仕事をしてるから、いつでもいいわよ」
「との事なので、私と話したい時はノアゼット様に伝言を伝えてください」
「はい、分かりました」
レイズ様が直接私のところに来るのは良くないだろう。よく知った仲ならまだしも、交換留学生のレイズ様と2人で話してるのところなんて見られたら誤解を産む。
それもノアを介せば邪推もされないはずだ。
ちょうどその時、学園長室のドアがノックされて、ノアの声がした。
ローリアさんが入室を認めると、ノアが優雅な足取りで入ってきて、私を見て笑顔になる。
「エミリアを迎えに来ました。…そろそろよろしいでしょうか、レイズ卿」
「はい。長い間お借りしました。ありがとうございます」
「いいえ、彼女の望みですから。…エミリア、帰ろうか」
ノアに手を引かれ、私は2人に頭を下げて部屋を出た。
「楽しかったみたいだね」
「とても!」
想像以上に話が盛り上がってしまった。主にお菓子の話で。
後日レシピ書いた紙をノアに預けてくれるって言ってたし、貰ったらノアにも作ってあげよう。
「彼はエミリアと同郷だったの?」
「うーん、ちょっと違うかな…」
同郷だったといえばそうなんだけど、彼の体は日本に行ったことは無い。記憶があるだけだ。
「私の故郷を知ってる、が正しいかな。」
「なるほど…」
呟いたノアを横目で見あげる。
きっと凄く気になるんだろうな。聞きたいだろう。だけど私の様子を伺って、どこまでなら聞いても大丈夫か見定めてるんだろう。
ノアは、優しい。
部屋につくなり、キスをされた。激しくがっつくものではなく、優しく深く。私のことを伺うように。
そしてご飯を食べてのんびりする。ソファでノアのいれてくれた紅茶をのんで、一息ついた。
「エミリア…どんな話だったかだけでも、聞いたらダメかな?」
ノアがいつもより小さな声で聞いてきた。恐る恐るという感じだった。
「ううん、言えるよ。ほとんどお菓子の話してたかな。私の故郷のお菓子をよく知ってたから、今度レシピ下さいって」
「そっか。あのどら焼きっていうのもそうなんだよね?」
「そうそう。あと私が知ってて、レイズ様が知りたかったレシピもあったから、私も教えるつもり」
私が話すと、ノアは目に見えてほっとした。
心配してくれてありがとう。
でも本当にお菓子の話が80パーセントだったから。
「ノアに渡してって言ったから、レイズ様から受け取ったら私に渡してくれない?」
「分かった。エミリアも渡すんだよね?」
「うん。その時はノアに頼むね」
ノアは笑顔で了承してくれた。
よかった、引き受けてくれて。
「あと…言えないならいいんだけど」
「うん、なに?」
まだ聞きたいことがあるようだ。ノアにしては珍しく言いづらそうにしてる。
それもそうか。普段聞かないでくれてるのに、突然知ってる人が現れたら余計知りたくなっちゃうか。
「にほん、ってなんの事?」
「あー…」
そこかぁ。あのガゼボでの会話かぁ。
うーん…どうしよう。言うべきか言わないべきか…。折角レイズ様はお菓子の総称だと誤魔化してくれていたけど…。
きっとノアも王子様も、あれが嘘だってことはすぐに分かったんだ。
でも国だって言って調べられて、どこにも無いなんてなったら…。
レイズ様はどら焼きを遠い小さな国の物って言ってた。知らないくらい小さくて遠い国で、誤魔化されてくれるかなぁ?
でも結婚したらどうせ明かす秘密でしょ?今少しくらい明かしたって、ノアに調べないでっていえばいいだけじゃない?
でも、調べないでって言われて本当に調べない?余計気にさせるだけじゃない?
ちら、とノアを見ると、とても寂しそうな顔をしていた。仲間外れにされているような、そんな顔。
うっ…。良心が…。
「ええと…ちなみに、ノアは私といつ結婚する予定?」
「エミリアがいいならすぐ」
「すぐ!?」
待って!?話が違う!
すぐってなに、すぐ出来るものなの!?
「え、学園にいる間は出来ないんじゃ…?」
「普通はね。僕ならあれこれ理由をつけて出来るよ」
う…わぁ、なんか大物感がすごい。
そこまで、言うなら…。
「…その、日本について教えてもいいんだけど」
「本当!?」
わぁ、凄い食いつき。
「う、うん。ただ、その…私の故郷がどこにあるか、推測したら教えて欲しいの。」
「推測したら?」
「そう。ノアは調べるの上手いと思うから、きっと調べて頭で色々考えると思う。それで、私の知らない間にもし私の秘密に迫ってたりするのは嫌だから…。だから、私のことで分かったことは私にも教えて欲しい。」
気付いたら秘密がバレてて、逃げる隙も無かった、なんてことは嫌だ。
まぁ私を利用する気であれば、秘密がバレた時にそれを私には言わないと思うけども。
でも、それまでの過程は少しずつ教えてくれれば、私にだって覚悟ができる。もうすぐバレそうとか。
「気付かないうちに全部調べあげられてて、なんの覚悟も出来ないのは嫌なの」
そう言って少し視線を下げると、ノアは私の両頬を手で挟んで上を向かせる。
キラキラした水色の瞳と目が合う。
「分かった。言うよ。エミリアについて分かったこと、ちゃんと報告する。もちろん言いたくないことは言わなくていい、これまでと一緒。それでもちゃんと言うから。」
そんなに不安そうな顔しないで。
ノアはそう言った。安心するような優しい顔で。
あぁ、いつからこんなにノアのそばが安心するようになってしまったんだろう。完全に信じられていないのに。
本当に、困ったな。
頷くとノアはにっこり笑って、私の頬から手を離す。
「にほん、ていうのは、私のいた国の名前だよ」
「国の名前…?」
「そう。日本って国で私は今まで生きてきたの」
聞いた事ないでしょ?と言えば、うん、と頷かれる。
それもそうだ。聞いたことがあったら驚きだ。
「私もこの国の名前聞いたこと無かったし、だからきっと、すごく遠くだよ」
空を越えて宇宙を越えればあるいは。
そんなことは無理に決まってるけど。
「…そっか。ありがとう、エミリア。教えてくれて」
「ううん。私こそ心配かけてごめんね」
ノアには心配かけてばかりだし、頼りにしてばかり。甘えてなんてノアが言うからついつい甘えちゃって、戻りづらいところまで来てしまった。
きっとこれ以上進んだら、戻れない気がする。
ちら、とノアを見た。
私の視線に気付いたノアが、優しく笑う。
これ以上行ったら戻れないのに、止まることも戻ることも出来そうにないな。
詰んだかもしれない。
なのにあまり不安に思ってないところも、変だな、私。
私はそっとノアの胸に頭をくっつけた。
自分の心を誤魔化すように。
「やぁやぁ。君たち仲良くなったんだってね。」
あれから1週間後。何故かまたお昼に王子様とレイズ様がいる。
王子様は何も気にせず笑顔だし、レイズ様は少し申し訳なさそうにしていて、ノアはもちろん、彼らに無表情だ。
「レイズがノアゼットに、エミリア嬢へ渡すものを託していたからね、それなら一緒にお昼摂れば渡せるだろうってことで同席したんだ、ごめんね?」
「いえ…」
ああ、そういうこと。
レイズ様が書いたレシピをノアに渡そうとして、王子様に見つかっちゃったのか。運が悪かった。
「エミリア嬢もお菓子作りが好きなんだって?」
「はい」
「それならレイズと話も弾むよね。私たちのことは気にしないで、レイズと話すといいよ」
若干言葉に含みがある気がしたけど、王子様はノアに話しかけ始めた。政治の話っぽい。
それにはノアも少し気になるらしく、いつもの王子様に対する態度よりも饒舌になっている。
あぁ、あとは若いふたりで、みたいなことされたってこと?
でも私の婚約者はノアなのに、王子様は何がしたいんだろう?
「エミリアさん、これをどうぞ」
考えてるとレイズ様に名前を呼ばれたので、意識を戻した。
レイズ様が私に差し出した紙には、どら焼きの作り方が書いてあった。
「わ、ありがとうございます。お芋の餡まで…!」
「俺はさつまいも餡しかやった事ないので、小豆がどこかで手に入ったら餡子に挑戦しますね」
「私も小豆探します」
うわぁ、嬉しい。さつまいも餡でも十分美味しかったもん。
「あ、生クリームとかでもいいですね」
「その案はなかった…。確かに、コンビニとかによくありましたね」
「そうですよ。フルーツとか挟んでも、フルーツサンドみたいで美味しいかも」
どら焼きの派生について考える。
レイズ様は熱心に私の言うことを、ポケットから取り出したメモに書き写していた。
本当にお菓子好きなんだなぁ…。
「そうだ、エミリアさんに聞きたいことがあって」
「何でしょう」
しっかりメモをとる準備をして、レイズ様は私の目を見た。どうやらお菓子のことで聞きたいっぽいな?
「タルトって、あるじゃないですか。タルト生地はクッキーみたいなものかなって想像できるんですけど、中に柔らかい生地が一緒に焼かれてることあるじゃないですか。アーモンド味の。あれってなんなんですかね」
一緒に焼かれてる柔らかいアーモンド味…?
あぁ、アーモンドクリームのことかな。
「あれはアーモンドクリームですね。」
「アーモンドクリーム…」
「バターとアーモンドパウダーと、卵と小麦粉です。洋酒とか入れても美味しいですね。」
「なるほど…」
「私も覚えてるレシピと大まかな配分、書き起こしてるので、終わったら渡しますね」
「楽しみに待ってます」
ふふ、と笑い合う。
王子様には悪いけど、私達にそういう情はない。ただのお菓子好き同盟だ。
記憶にあるお菓子の作り方をお互いに教えあって、確かなものにしていく、ただそれだけの関係だ。
私はどら焼きの紙を見つめながらそう思った。




