隣国に逃げる?3
「じゃあ1時間くらいしたら迎えに行くから、それまで待っててね」
「ありがとう」
放課後、私はローリアさんに話がしたくて、学園長室にいくとノアに伝えた。するとノアは、学園長室まで送ってくれるらしく、しかも1時間くらいしたら迎えにも来てくれるんだって。
過保護だなぁと思いつつ、その気持ちが嫌じゃない。
そして学園長室まで送ってくれて、私はノアに手を振りながら部屋に入る。
「あら、久しぶりね。どうしたの?」
「こんにちは、ローリアさん。少し話したいことがあるんですけど、時間ありますか?」
「ええ、勿論よ」
デスクで書類を見ていたローリアさんは、すぐに手を止めてくれた。そして紅茶を用意しだしてくれたので、私も持ってきたお菓子を差し出す。
「あら、お菓子持ってきてくれたの?」
「はい。ノアが用意してくれました」
私は1文無しだから…。
ちょっと遠い目をしつつ、ローリアさんのお茶の準備を手伝った。
「仲が良さそうで安心したわ」
「今のところ、良好です。聞いて欲しくないところは聞かないでいてくれるし、不自然なところがあっても受け入れてくれます」
2人でお茶セットを持って、学園長室のソファに座る。
紅茶を一口飲んで、ふぅ、と息を吐く。
ローリアさんはノアからのお菓子を食べて少し顔を綻ばせていたので、美味しかったようだ。
ノアはお菓子のセンスも抜群だもんね。いつも美味しいの用意してくれる。
「私も彼なら安心できるわ。……もしかしたら、本当に彼ならあなたを守ってくれるかもしれないとも思うくらいよ」
ローリアさんの言葉に目を見張る。
ローリアさんが言うくらいなんだから、ノアは信用できるんだろう。きっと私の秘密を知っても、利用しようとは、思わないのかもしれない。
薄々そんな気はした。もしかしたら、ノアなら、って。
彼の私への愛は一直線で、とても深い。私ごと守ってくれるんじゃないかって。
「……でもやっぱり、怖いです」
「当たり前よ。それでいいの。」
私の漏らした言葉にローリアさんは頷いてくれた。強く肯定してくれた。
「ライオニアが信用に値しても、話すか話さないかはあなたが決めていいのだから。信じてる人には全てを話さないといけないなんてことは無いのよ。」
それもそうだ。ローリアさんの言う通りだ。
ローリアさんの言葉はいつも心にスっと入ってくる。信用してるのもあるし、事情を知ってるからって言うのもあるからだろう。
「あなたの思うようにしなさい。どの道を選んでも、危なかったら助けるから」
「ローリアさん……好き……」
「ふふ、光栄だわ」
ローリアさんは私の女神だ。そうに違いない。
ローリアさんがいなかったら私は今頃酷いことになってただろう。しかもアフターケアまでしてくれて。
もう、この恩をどう返していいか分からない。
「それで?話はそれじゃないんでしょう?」
「あっ、そうだ」
いけないいけない、本題を忘れてた。
久しぶりにローリアさんと話すから、ついつい他のことで盛り上がってしまった。
私はぐっ、と背筋を伸ばして、ローリアさんに目を向けた。
「交換留学生の、第3王子の側近、レイズ様が、私と同郷の可能性があります」
「…なんですって?」
私の言葉に、柔らかい表情だったローリアさんは一瞬で顔を変える。
警戒するような、硬い顔。
「私の故郷のお菓子を作って振舞ってくれまして、それを異国のお菓子だとしてました。しかし第3王子はその異国についてなにも知らされていないようで、レイズ様も遠い小さな国だと誤魔化してました」
「…ふむ」
「そして私に向かって、私の住んでた国の名前を呟いたのです。」
お菓子を知ってるだけなら、人伝の可能性もあった。それなら危険はそこまでなかった。
だけど日本を口にしたら別だ。しかも。
「国の名前がなんの事か分からない第3王子に、これはお菓子の名前なんだと誤魔化していました。」
「知ってるのね、あなたの国を。そしてそれを隠しているのね」
「おそらく」
知ってるから、隠したんだ。それが知られるのはまずいって分かってるから。
「私のいた国は、日本、という国なのですが、彼は私に、日本について二人で話しがしたいと持ちかけてきまして」
「待って、どうしてエミリアが日本から来たって気付いたの?」
あ、そうか。それは気になるよね。私は今髪の色と目の色変えてるし。
私はお菓子の餡の事をローリアさんに説明すると、彼女は苦い顔を浮かべた。
「やられたわね…」
「私が迂闊でした」
試すような感じではなかった。私が勝手にボロを出しただけだった。
ココ最近の1番の失敗とも言えるだろう。
「それで、話をすることにしたの?」
「したのですが、2人で話すのは外聞も悪いし私も怖いので、学園長室で学園長同席の元なら、と条件を出しました。…なので、同席してくれませんか?」
「彼は了承したの?」
「はい」
ローリアさんが平民とはいえ、発言力のある力の持った平民。そんな彼女が同席しても構わないというのなら、そこまで向こうも込み入った話はしてこないだろう。
本当にただ、昔話に花を咲かせるだけかもしれない。
「そういうことなら同席するし、この場所も貸すわ。」
「ありがとうございます!」
「ふふ、いいのよ。……でも、彼はどうやってきたんでしょうね?」
私も感じた疑問を、ローリアさんも口にした。
「あなたと同じ理由で呼ばれたというのが1番良くないパターンだけど、わざわざ話し合いの機会を設けるってことはその可能性は低いでしょうね」
「そう…なんですか?」
「だってあなたを国に連れていくなら、あなたが同郷だと感じただけでこっそり連れ去れば良いでしょう?」
あ、そうか。私の意思を確認する必要なんてないのか。
でも同じ理由で呼ばれたんじゃないなら、一体どうやって…?
「彼の真相は彼に聞きましょう。とにかくあなたは、その秘密を明かしてはダメよ」
「もちろんです」
「なんなら召喚されたことも内緒にしましょう。貴方は気づいたら森の中に倒れてて、それを助けたことにするわ。」
あ、それなら向こうの世界の物語によくある展開だったから、違和感ないかも。
そう思ってそれをローリアさんに言うと、ローリアさんは怖いものを見るような目で私を見てきた。
「……あなたの世界の話を聞くと、この世界がとても平和に見えるわ」
逆ですってば!
ローリアさんにはフィクションの面白さは伝わらないらしい。
「まぁそんなに気張らないで行きましょう。ただの世間話で終わるかもしれないし」
「そうですよね」
「だから安心して、話しなさい。私がついてるわ、エミ」
ローリアさんの暖かい言葉に、目頭がつん、と熱くなった。
早速次の日、彼を学園長室に誘った。
と言ってもノアに伝言を頼んだだけで、直接は話していない。
ちなみにノアは物凄く嫌そうな顔をしていた。ごめん。
今日もノアは学園長室まで送ってくれて、また1時間後に迎えに来てくれるそうだ。至れり尽くせりで申し訳ない。
そうして学園長室に先にローリアさんと待っていると、ドアをノックする音がした。
「失礼します」
レイズ様が入ってきた。私は立ち上がってお辞儀をした。
ローリアさんは座ったまま、彼に向けてにこりと微笑む。
「あなたがレイズ・バッセムね。私は学園長のローリア・グラントよ」
「初めまして、レイズ・バッセムです。」
レイズ様を私の向かいに座らせて、ローリアさんがレイズ様の紅茶をいれている。テーブルの上にはお菓子が乗っていて、その半分はノアが持たせてくれたものだ。
ローリアさんがそっとレイズ様の前に紅茶を置いた。私のはもうある。
そしてお誕生日席に座ったローリアさんは、懐から黒い四角い塊を取り出して、テーブルに置いた。
なんだろう、それ。
「これは防音の魔道具よ。これがあるからこの部屋での会話は外には聞こえないわ」
「ご配慮痛み入ります」
レイズ様がローリアさんに頭を下げた。
あ、これが防音の魔道具だったんだ。知らなかった。ノアの部屋にもあるらしいし、どこかにこれがあるんだろうな。
「私はエミリアの事情を知っているから同席するけど、あまり口は出さないから気にしないでちょうだい。」
ローリアさんが紅茶を飲む。
うん、ここからは私と彼の話だ。
緊張して手に力が篭もる。
先に口火を切ってくれたのは彼の方だった。
「エミリア嬢、…いえ、エミリアさんとお呼びしても?」
「どうぞ」
「エミリアさん。…あ、いや、自分が先に説明した方がいいですね」
少し雰囲気を柔らかくしたライズ様が、んん、と喉を整えた。
「俺は転生者です。日本という国で生きていた記憶があります。享年は20歳です」
転生者!?しかも20歳で死んだの!?
なんて若い…可哀想だ…。
「前世を思い出したのは10歳の頃で、もう自我もあったので取り乱したりすることはありませんでした。そんなことがあったなと思うくらいです」
淡々と話す彼に悲壮感はない。本当にただの記憶として処理されているんだろう。
でも転生か…。そっちの線は考えていなかったな…。
「エミリアさんも、転生者ですか?」
レイズ様にそう聞かれ、私は首を振る。
私の出自が分からないことは調べればすぐ分かるし、ここで転生者ですなんて嘘をついても怪しまれるだけだ。
「私はトリップしました」
「えっ」
当初の予定通り、異世界トリップしたと言うと彼は目を見開く。
「え、トリップって、あの?異世界トリップ?」
「そうです。ラノベあるあるの」
「ええぇ…。でも髪とか…」
まぁそうなるよね。
ハーフならまだしも、純日本人ならこんな髪と目をしていないよね。
「これはローリアさんに頂いた魔道具で違う色に見せてます。狙われやすいので、本当の色は内緒にして貰えますか」
「それは勿論です。」
そこは信じるしかないけど、レイズ様だって王子様に内緒にしてるくらいだから、私のことも内緒にしてくれるだろう。
「私は3年前にトリップしてきて、とある貴族に攫われたんですが、逃げる事が叶ってその先でローリアさんに拾われました。今の年齢は24です。」
「それは…幸運でしたね」
とっても幸運でした。うん。あの騎士さんに会えたことが幸運かな。いやもう全部か。
この世界に来たことが1番の不運で、それに比べたらどれも幸運だ。
「…俺は前世のことで、悲しむとかそういうのは無かったのですが…エミリアさんは、辛くなかったですか」
「辛いと言うより、生きるのに精一杯でした。今もですけどね」
苦笑して言うが、彼は辛そうな顔をした。きっと優しい人なんだろうな。
それか同じ場所の記憶を持ってるから同情してくれてるのか。
「エミリアさんは、今後どうしていくつもりなんですか?ノアゼット様と結婚なさるんですか?」
「その予定です。彼は私の出自を敢えて聞かないでくれてるんです。私を誘拐した貴族からも守ってくれてます。」
「でも、捕まってないんですよね?」
「証拠がなくて」
そこはちょっと言えないところがあるから、簡単に答えておく。
でも、っていうことは彼はなにか提案する予定なんだろうか。
「ノアゼット様と一緒に我が国に逃げられてはどうですか?捕まえられないなら他国へ逃げた方がいいと思います」
なるほど、それを言おうとしたのね。
それが彼の優しさか、王子様に言われてなのかは分からないけど、ノアの勧誘に私を使っても無駄だよ。
「お話は有難いですが、それは最終手段になります。…折角この国に慣れてきたところなんです。また1から頑張るのは流石にしんどいです」
「あっ…そうですよね、すいません。配慮が足りませんでした」
大丈夫です、と首を振った。
うん、ただただ優しい人かもしれない。あの王子様の癖が強すぎて、どうも変な見方をしてしまったようだ。
まぁだからといって信用はしないでおくけど。
「その…エミリアさん、他に日本を知ってる人は居たりしませんでしたか?」
私はゆっくり首を振る。
過去の異世界人の話はしない方がいい。そこを調べられて私の秘密について興味を持たれても困る。
彼は少し残念そうに肩を落とした。
「まぁそうですよね。俺もどら焼き作って配ったらもしかしたら居るかなって思ったんですが、あいにく誰も居ませんでした」
「なるほど、それでどら焼きを…」
そんな魂胆があったのか。それで見事に引っかかったのが私ってわけか。
くっ…罠にハマった気分。なんか悔しい。
「でもどら焼きお上手ですね。職人さんでした?」
「そういう訳では無いですけど、妹が和菓子職人を目指してて。よく味見に付き合ったり作業工程を任されたりしてまして」
妹さんが和菓子職人を目指してて!?なんだその羨ましいシチュエーションは!!
「ち、ちなみに餡子は…」
「あずきが見当たらなくて、代わりのさつまいもです」
「あぁ……やっぱりそうでしたか…」
「食べたいですよね、餡子。」
うんうん、と頷く。さっきの少し重めの空気から一変して、食べ物の話になってしまった。
これはこれでいいんだけども。
「ただ、小豆の餡子は難しいですが、今白餡とうぐいす餡に挑戦中です。出来上がったらレシピ差し上げますね」
「えっ、凄い…。」
他の餡子は今挑戦中なんだ…。白餡もうぐいす餡も好きだから楽しみだ。
「私は趣味でお菓子作りをしていましたが、和菓子は全く…」
「えっ、本当ですか?じゃあ生菓子とか作れます?」
「材料とか作り方は一通り分かりますが、分量がどうにも…」
「大まかで結構です!そこは試行錯誤します!」
お、おおう、熱がすごい。お菓子に対する熱が、圧がすごい。
まぁ、だからどら焼きもここまで再現出来たのだろうか。きっと前世から甘いものが好きなんだろうな。
「俺、和菓子より洋菓子の方が好きで!モンブランとか、チーズケーキ好きなんですけど、作り方も知らなくて……」
「あぁ…この世界のケーキって、種類少ないですもんね」
「そうなんです!焼き菓子は沢山あるのに、なぜか生菓子は少なくて…!」
そうなのだ。この世界は焼き菓子は発展してるのに、生菓子は発展してない。お菓子はお茶請けで食べるもので、焼き菓子が主流。
コース料理の最後にたまに生菓子が出てくるくらいで、そもそもの需要がない。
だから私も知ってるのは、シフォンケーキにたてた生クリームを乗せたものか、ムースくらい。
チーズはご飯として食べるものって認識だし、栗は蒸してそのまま食べるもので、甘いものに加工はしない。
気持ちは分かる。凄くわかる。
「俺も試しては見たんですけど、やっぱり全然ダメで。出来たのはミルクレープとショートケーキくらいでした」
「いや、十分凄いです…」
「お礼はするので、わかる範囲でいいので教えてくれませんか?」
うむむ、これは、断る理由なんてないね。
むしろこちらもお願いしたいくらいですね。
「お礼はいりません。その代わり、納得いくものが出来たら配合を教えて貰えませんか?」
「勿論構いません!あ、和菓子のレシピも要りますか?」
「え、欲しいです!是非!」
緊張して始まった話し合いは、後半はずっと盛り上がっていた。




