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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
3/110

逃げ道がない

 

「という訳で、婚約しました」

「…しました。」


 ローリアさんに婚約したことを告げると、ローリアさんは目を見開いて、ノアゼット様を鋭く睨みつけた。

 ローリアさんの睨みにもノアゼット様は笑顔を向ける。


「…脅迫したんじゃないでしょうね?」

「とんでもない。合意の上ですよ」


 しました脅迫!されてます!!

 確かにその後は合意の上だったけど!


「…合意ならこちらからは何も言えないわ。でもね、ライオニア」


 ライオニアはノアゼット様の家名だ。


「エミリアに危害を加えようものなら容赦しないわ。覚えておいて頂戴」

「心得ています。」


 私でさえヒヤッとするローリアさんの鋭い目も、ノアゼット様にはなんて事ないみたいだ。まるで効いてない。


 ローリアさんも同じことを思ったのか、はぁーとため息をつく。


「分かったから、帰っていいわよ。エミリアは置いてって。」

「分かりました」


 ノアゼット様は私の手を離すと、また明日ね、と私に手を振って部屋から出ていった。

 ノアゼット様が出てって少しして、ローリアさんは再びため息を吐く。


「…それで、何がどうしてこんなことに?」

「これには、海より深ーい訳がありまして…」


 ローリアさんの部屋には防音の魔法がかかってるから、私はなんも気にせず全てを吐いた。

 全て聞いたローリアさんは困った顔になる。


「これはまた…面倒そうなのに捕まったわね」

「逃げ場がありませんでした…」

「さすが次期宰相と言われる方ね。あなたじゃ逃げられないのも無理ないわ」


 そうだよねぇ、いち平民があれから逃げられるわけないよねぇ。

 私悪くないよね!?


「…彼がどうしてあなたに執着してるのかは分からないけど…ポジティブに捉えましょう。」

「ポジティブに?」

「彼の肩書き、地位はかなりのものよ。そんな人と婚約して守られるならとりあえず安心じゃないかしら」


 …まぁ、たしかに。


「一番危険なのノアゼット様な気がしますけど…」

「…それは否定しないわ。でも、ノアゼット・ライオニア以外からは守ってくれるはずよ。王族でさえ、あの家の意に沿わない命令は出来ないもの」


 なんと。そんなに凄いのか。

 それなら良かったの…かな?少なくとも、私を誘拐した人よりは権力があるってことだ。


「あなたの秘密も結婚してから明かすなら、猶予があるわ。その間に彼が信用ならない人なら逃がすのを手伝うし、信用に値するならそのまま結婚してしまいなさい」

「なんですと!」


 結婚してしまえって!?本気ですか、ローリアさん!!

 ローリアさんの目は至って真面目だった。


「下手に平民と結婚しても危険よ。成り上がりを夢みて利用される可能性もあるわ。権力があって何でも持ってるライオニアは丁度いいかもしれない」


 ライオニア家は、権力はかなりあるものの、それ以上を求めてないらしい。過去に王家から婚約の打診があったらしいが、権力が集中するのを嫌がり断ったそう。


 だからおそらく私との婚約も認めてもらえるだろう…って言われても嬉しくないなぁ。


「…ひとつ懸念事項があるとすれば、ノアゼット・ライオニアがあなたを利用しないことを祈るだけね」

「デスヨネ…」


 それさえクリアすればとてもいい相手だとローリアさん言ってますけど…。それが難しいんですって!!


「とはいえ、学園にいる間は結婚できないわ。あと1年半の間に見極める事ね」

「難しいぃぃ!」


 難しいタスクが課せられました。




 次の日。寮から出るとそこにキラキラオーラの人がいた。


「おはよう、エミリア」

「…ノアゼット様」

「他人行儀だね。ノアって呼んで?」

「…ノア。なんでここに」


 周りの女の子たちがちらちら見てるじゃないか。

 目立ってるじゃん!!


「折角婚約者になったし、一緒に登校しようと思って」

「…受理はまだじゃ」

「昨日早馬で行かせたんだよね」


 そういいながら懐から紙を取り出す。そこには、私達の名前と、両者の婚約を認める旨がかかれてた。

 ええ〜…。婚約受理まで1週間はかかるって、友人のミルムが言ってたよなぁ…。


 そう思ったのが顔に出たのか、ノアゼット様…こほん、ノアは私の顔をじっと見つめて、にこ、と笑う。


「逃がさないって言ったよ?」

「…ソウデシタ」


 やっぱその笑顔怖いぃ!


「そうだ、お昼一緒にどうかな?」


 歩きながらノアは私に聞いてくる。

 聞いてくれてるけど、その目は否定を許さない目をしてる。


「一応聞くけど、拒否権は?」

「僕から逃げるの?」

「ですよねーうん、知ってた。」


 はいはい、お昼ね、一緒に食べようねと言うと、嬉しそうな笑みを浮かべるノア。

 ええ?なんで。今までもお昼一緒に食べたことあったでしょ。誘ってないけど。


「エミリアが僕を誘ってくれるのが嬉しい。凄く嬉しい」


 嬉しいのハードル低くない?

 まぁ喜んでるならいっか。


「授業終わったら僕が迎えに行くから、食べたいもの決めておいて?買って庭で食べてもいいよ」

「分かった。決めとくね」


 今にもスキップしそうなノア。

 なんで喜ばれてるのか分からないけど、悪い気はしない。


 そんな話をしながら歩いてると、ノアの隣から顔が覗いた。


「お?ノアゼット、やっと捕まえたのか?」

「グレン。エミリアを見るな、近寄るな、どっかいけ」


 公爵家次男のグレン様だ。でもノアに凄く邪険にされてる。

 グレン様は凄く気さくな人で、ノアと仲がいいらしい。


「こんにちは、エミリアちゃん。俺はグレン・クレッツィオだ」

「こんにちは。エミリア・ライドです」

「エミリア、こいつの事は覚えなくていいから」

「お前なぁ〜」


 やっぱり仲がいいようだ。

 そうするとやっぱりノアの婚約者に平民は反対なのでは?と思う。そしてそれをぜひノアに言ってほしい。


「エミリアちゃん、こいつこんなだけどエミリアちゃんのこと大切に思ってるから、これからも仲良くしてやって」

「は、はい」


 嘘でしょ。まさかの後押し!

 ちら、とノアを見ると私に向けて黒い笑顔を浮かべてた。

 逃げられないよ?って言ってるようだ。


 いや、まだだ。まだ逃げ道はある…はず…!!





「あら、とうとう捕まったの?」

「なに、とうとうって!」


 教室まで送られて、笑顔のノアを見送ったらすぐさまミルムが声をかけてきた。昨日のことを説明すると、ミルムはそういったのだ。


「いや、ノアゼット様ずっとエミリアのこと狙ってたじゃない。いつ本気だすのかな、とは思ってたけど」

「なにそれ?狙われてたの私?」

「知らないのあなただけよ」


 呆れたようにミルムは言う。

 いや確かに、よく声かけられるようになったし、お昼に割り込んできたりとかしてたけど…。


「エミリアに近づく男牽制してさ、あなたの好きなお菓子とかお花とか持ってきてくれてたでしょ?」

「牽制!?そんなことしてたの?」


 お菓子とお花もくれたけど!少しだったしたまにだったから断りにくくて受け取ったけど!

 てか牽制て何!私に近付く男って何!?


「え、私もしかして…早まった?」

「諦めなさい。ノアゼット様から逃げようなんて無理よ」


 それはひしひしと感じてますぅ。


「何が嫌なのか私は分からないわ。あれだけ綺麗な顔して、剣も上手くて魔法も上手。しかも次期侯爵で次期宰相。女性との噂もないわ。何が足りないのよ」

「むむむ…」


 そうやって条件を並べられると、優良物件だと思ってしまう。

 別に私だってノアが嫌いなわけじゃない。かといって好きでもないけど。


「…信用できるかなぁ」

「はぁ?ノアゼット様が信用ならない人ならこの世の9割信用出来ないわよ」


 うぐ…逃げ道がない!

 でも私が本当の意味で信用できるのは、ローリアさんだけなんだよ。


「まぁエミリアがどう思っても、多分逃げられないわよ。諦めて、受け入れた方がいいと思うわ」

「うぐぐ…やっぱり?」

「私達の平穏のためにも、そうしてちょうだい」


 なぜそこでミルムたちの平穏?

 聞いたけどはぐらかされた。





「エミリア、食べたいものは決めた?」


 お昼の時間、教室にノアが迎えに来た。

 うん、もう諦めることにした。多分すぐに悪いようにはされないだろう…。そう信じるしかない…。


 とりあえず今は逃げる必要も無いから、前向きに捉えよう。


「うーん、外でサンドイッチでもどう?」

「いいよ。じゃあサンドイッチ買いに行こうか?」


 私が人に当たらないようにガードしてくれてる。歩幅も合わせてくれてる。そしてそれを悟らせないスマートさ。

 うーん、スパダリすぎる。


「どこで食べようか。今日は天気もいいし、西の庭園とかどう?」

「うん、そこにしよう」


 さりげなくリードしてくれる。それでも強引さはなくて、別のところがいいと言ったら別の選択肢を出してくれそうだ。


 観察すればするほど、あの怖い笑顔と私の秘密への信用を除いたらこれ以上ないくらいいい男だ。




 2人でサンドイッチを買って、というか頑なに払わせてはくれなくて奢ってもらい、西の庭園に向かう。

 西の庭園は複数個のベンチとテーブルがあり、人はまばらだ。その中の1番他と離れてるテーブルに私たちはついて、サンドイッチを食べだした。


 紙コップに冷たい紅茶を入れてくれて、それを飲むノアは紙コップですら様になっている。

 これが上流階級…。


「そうだ、エミリアに言っておこうと思った事があってね」

「うん?」


 私はもぐもぐしながらノアの次の言葉を待った。

 そんな私を見て優しくノアが笑う。


「なんかいいね、こういうの。幸せだな」


 …なんちゅー顔でなんちゅーこと言うんだ。

 私じゃなかったらイチコロだよこんなの!


「あぁ、ごめんね。本当に僕のものになったんだなって、実感してたんだ」

「私は私のものですー」

「いいよ、そういうことにしておこうか」


 なんだそういうことにしておこうかって。譲歩してあげます、みたいな!

 私の方が大人なんだぞ!


「そうだ、それでね、昨日エミリアの言ってたこと聞いて思いついたんだけど」

「うん」

「君を攫ってきた人に心当たりがあってね」


 喉がゴクリとなった。

 私はただノアを見つめてノアの次の言葉を待った。


「君が騎士に助けてもらった場所から近くの森はあそこらにはひとつしかなくて。あの辺は草原が多いからね。そこから近い森の中の屋敷と聞いたらひとつしかなくて」

「……うん」

「ドルトイ伯爵家の三男。ライード・ドルトイ。当時22歳で、暗めのブルーの髪の男だよ。」


 ライード・ドルトイ…。

 聞いたことない…。


「昨日調べてもらったところ、2年前から人探しをしてるみたいだ。暗い髪の暗い目の色をした15歳くらいの女の子を探してるみたいでね。エミリアの髪色は明るいけど、多分それは君のことだろうね」


 凄い、そんな所まで…。

 てことは、そいつで確定なのかな。


「でも君を誘拐した証拠はなくて、捕まえることはできないんだ。ごめん」

「えっ、いや、そこまで分かっただけで!」


 むしろこの速さでそんなに調べてくれて感謝しかない!


「ドルトイからは絶対に守るから、安心して。念の為僕が作った魔道具を渡してもいいかな?」

「えっ、いいの?」


 凄い有難いけど、なんでそんな低姿勢なの?

 ノアは懐から白いハンカチを取り出し、それを開く。そこには水色の石が着いたネックレスがあった。


「エミリアに危害を加えようとしたら反撃するような効果を込めたから、受け取ってくれないかな?」

「もちろん!ありがとう、ここまでしてくれて…」


 つけてもいい?と聞かれたので頷いた。ノアはそっと立ち上がると、後ろからそのネックレスを着けてくれた。


 こんな事までしてくれるなんて…。ここまでしてくれて守ってくれるなら、この人なら利用されてもいいのでは?

 いやいや、私チョロすぎだって。


「うん、似合ってる」


 私の胸に光る青い石を見て、嬉しそうに笑うノア。

 うーん…なんかちょっと気恥ずかしいな…。


「こんなにしてくれて、何を返したらいいか…。」

「うん?いらないよ。君が僕のものでいてくれればそれだけで。」


 ニコニコ笑うノアは昨日の黒い笑顔と大違い。心底嬉しそうに笑ってる。

 うーん…。


「その…ノアは、私の事好きなの?」


 直球過ぎたかな。いやでも、大事だよなそこ。

 貴族の結婚にはあんまり関係ないのかな?


 ノアは一瞬きょとんとして、今までで1番優しく笑った。


「好きだよ」

「っ!」

「好きで好きで仕方なくて、ずっとアピールしてたつもりだったんだけど届いてなくて、我慢できなくて迫っちゃった。」


 聞いたの私だけど、そんな笑顔で言われるとちょっと胸に来るものがある。

 アピール…っていうのはあれかな。ミルムが言ってた贈り物とかの事かな。正直本気にしてなかった…。


「…その、ごめんね、今まで本気にしてなくて」

「ううん。エミリアが高位貴族を避けてるの知ってたから大丈夫だよ。僕が我慢ならなかっただけ」


 うわぁ、気付いてたんだ。気付いてたのに来てたのか。確信犯め。

 でもそんなに私の事想ってくれてたんだ…。じゃあ尚更、言っといた方がいいかな…。


「ノア、あの…すごく言いにくいんだけど」

「なに?僕から離れる以外のことなら聞くよ」

「そこは諦めてるし、ここまでしてくれて逃げたりしないよ。」


 ちょっと真顔になってそんなこと言うので笑ってしまった。

 感情の上げ下げ極端すぎない?


「えーっとね、私ね」

「うん」

「……実は24歳なんだ」


 ノアはそれを聞いても驚くことなく紅茶を飲んだ。


「それで?君は歳下とは結婚できない?」

「え?いやべつに」

「なら問題ないね」


 問題ないんだ。6も年上なのに気にしないの?


「学園長が後見人してるくらいだからね。訳ありで入ったんだなってわかるし、それなら年齢詐称もあっておかしくないと思ってたよ。」

「そうなんだ…」

「それに君は考えが落ち着いてるからね。いくつか上だとは思ってたよ。まぁ年齢なんて関係ないけどね」


 想定済みでしたか…。

 ノアの頭の中は何を考えてそんな予想まで立てられたのか覗いてみたいわ。


「6も歳上で、嫌と言うと思った?」

「…少し思った」

「あはは、それは僕の想いを舐めすぎだね。それで諦めるくらいならとっくに諦めてるよ」


 うぐぐ、そんなに好かれる理由がわからないけど…。

 とりあえずノアは凄く私のことが好きだってことは分かった。うん。


「エミリアが僕のことどう思ってるかも分かるよ。好きでもないけど嫌いでもない、でしょ?」

「えっと…うん」

「そんな申し訳ない顔しないで。大丈夫。好きにさせるから」


 …そのセリフ、その顔じゃなかったら許されないぞ!


 私は残ったサンドイッチを食べながら、きっとそのうち好きになっちゃうんだろうな、なんてことを考えてた。


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