隣国に逃げる?2
それから3日後、また王子様たちはお昼に乱入してきた。
ノアの機嫌が急降下していく。
「ノアゼットは私達のこと嫌いそうだねぇ」
「婚約者との時間を奪おうとするところは嫌いです」
「うーん、正直だ」
明らかに嫌がられているのに、王子様は楽しそうに笑うだけ。隣のレイズ様は変わらず無表情だ。なんだこれ。
王子様はノアをからかって遊ぶのが楽しいの?ノアの反応が返ってくるのが嬉しいの?
それってでも、好きな子に意地悪しちゃう小学生と一緒じゃない?
まさかそんなわけないよね?
「ノアゼットに好かれるにはどうしたらいいかな、レイズ」
「エミリア嬢との時間を邪魔されなければよろしいかと」
「でもねぇ、エミリア嬢とも話したいんだよねぇ」
えっ、私?
急に私を出されても困る。私何も面白くないから、こっち見ないで下さい。
「エミリア嬢は、どうしたらノアゼットに好かれるか知ってる?」
私に聞くの!?
わくわくした目で王子様が私の方を向いている。
えー、ノアに好かれる方法…。なんかある?
レイズ様の言う通り、私との邪魔をしないことはもちろんだけど、それだけじゃ好かれはしないし…。
「ノアゼット様に好かれる方法は、私にも分かりません。私は彼では無いので。ただ嫌がることをせずに正面から話せば、ノアゼット様は分かってくれます」
私だって好かれたくて好かれたわけじゃないから、知らない。むしろ好かれる方法なんて知ってたら逆のことして逃げてた。
まぁ今となってはそれもいい思い出だけど。
とにかく、回り道してないで直球でいけよ、ってことをオブラートに包んで言ってみた。
王子様は少し目を丸くして、また微笑む。
「そういう所が、好かれたのかもしれないね。少しわかった気がするよ」
「??」
何が!?そういう所ってどういう所!?
困惑する私を放って、王子様はノアの方を向いた。
「じゃあ私も、正面から行こうかな。…ノアゼット、私の国に来る気はないかい」
「ありません」
「だよねぇ」
王子様が玉砕していた。
なるほど、王子様はノアを国に誘いたかったのか。その誘いは、遊びにおいで、では無さそうだけど。
働きにおいで、って事なのかな?
「なんでも必要なものは用意させよう。勿論、エミリア嬢も歓迎するよ」
「結構です」
私?あぁそっか、私とノアが結婚するからか。
うーん、でも、どうなんだろう。私には秘密があるし、でも隣国に渡ればドルトイからは逃げられる。
でも隣国でノアが私のことを守れるかって言われると、分からない…それならまだこの国の方が、ノアの権力は効くような気がする…。
ノアに愛国心があるのかは分からないけど、きっと私のことは考えてくれてるはずだ。その上で、この国の方がいいから、王子様の誘いを断ってるんだと思う。
王子様はノアが拒否することなんて分かってたようで、冷たく否定されても顔色一つ変えない。
「まぁまだ時間はあるからね。これから口説いていくとしよう」
ふっ、と怪しげに笑った王子様と、嫌そうな顔のノアを見て、少しBLちっくだな、なんて思っていた。
腐女子が見たら興奮しそうな、イケメンがイケメンを口説いてるシーン。私は腐女子じゃないからあんまり心には来ないけども。
「とりあえず、ノアゼットは婚約者のために食にも精通してるみたいだから、珍しいお菓子なんて一緒にどうかな」
王子様がそう言って、レイズ様に合図を送ると、レイズ様は持っていたカバンからお弁当箱のような箱を取り出す。
そしてそれをテーブルに置いて、箱を開けた。
「エミリア嬢が気に入るようなら、レイズに作り方を教わるといい。簡単らしいからね」
レイズ様は箱の中のお菓子を1つずつ私とノアに手渡してくれる。
1つずつ薄い紙に包まれたそれを開けると、中にはよく知ってるものが入っていた。
……どら焼きだぁ……。
「見慣れないお菓子ですね」
「異国のものらしくてね。我が国に広めようとしてるんだよ」
二人の会話はあまり私の耳には入ってこなくて、私はどら焼きをジロジロ見ていた。
そして遠慮なくかぶりつく。
あ、うま…。
待って、ふわふわ。
「……おや、エミリア嬢は食べ方をよく知ってるね」
ぎくっとしたのを必死で隠す。
そうだ、彼らは貴族だからパンとかもちぎって食べてるんだ。
「……こういうものかと思いました」
私は平民だし、おかしくないはず。
かぶりついたって、普通だ。
気を取り直してどら焼きを食べ進める。
これレイズ様が作ったって本当?私和菓子はあまり知らないけど、そんな簡単に出来るものなの?
ちょっと教わりたい。
1口目は生地の部分しか口の中には入らなかったけど、二口目は中身も口に入ってきた。
ん?でもこれは…。
おいもの餡かな…?
小豆じゃない。この甘味はさつまいもかな?さつまいも餡か。
小豆ってこの世界で見たことないし、小豆の餡は発明されてないのかも。
「これは、さつまいもですか?」
ノアが隣から、レイズ様に声をかける。
ノアも気に入ったのかな、どら焼き。
「はい。蒸かしたさつまいもを牛乳で伸ばして砂糖を加えています。」
「上手だよねぇ。エミリア嬢も気に入ったかな?」
王子様がこちらに会話を投げてくる。
うん、私を巻き込まないで欲しいところなんだけどな。
「はい、とても美味しいです。この生地とさつまいもの餡がよく合いますね」
当たり障りない答えをしたつもりだったのに、何故か王子様は目を細めて見てくるし、レイズ様は少し驚いた顔をしている。
なに、なになに。なにか変なこと言った?
美味しいねって言っただけだよ!?
「…やっぱりエミリア嬢は、このお菓子を知ってるのかな?」
「えっ。…そんなことは…」
なんでそう思ったんだ。食べ方だけじゃ知ってるとは思わないでしょ。
まぁ知ってるって分かったところで、このお菓子がこの世界の異国のお菓子であるなら、まぁ困ることにはならないと思うけど。
でも王子様の探るような目付きが怖い。
「この中身…餡って言うんだね。私は知らなかったけど、そうなのかな、レイズ」
「…はい。」
その言葉にしまったと思ってしまった。
やってしまった、ついつい餡って言っちゃった。え、誰も言ってなかったっけ?嘘でしょ?
「彼女は約3年前にこの国に来たので、異国のものを知っててもおかしくないはずですが」
ノアが助け舟を出してくれた。うう、ありがとうぅ。
やっぱり私は貴族とか王族とか話すの向いてないんだよ、もう。
ノアの言葉を聞いても、王子様のその疑るような細い目は何も変わることはない。重苦しい空気が当たりを包む。
「そうだね。だけどレイズはこれがどこの国のお菓子か教えてくれないんだよね。エミリア嬢は教えてくれるかな?」
「っ!」
教えてくれない…?どういうこと…?
なんか、なんかまずいような気がする。
やっちゃいけないことした、ような…。
「殿下、エミリア嬢を虐めないでください。遠い小さな国だと言ったでしょう。」
「はは、ごめんねエミリア嬢。いじめたい訳じゃないんだよ」
レイズ様に言われて空気をガラリと変えた王子様。その目はもう怖いものではなくなっていて、柔らかい表情になっている。
無意識にほっと息をついてしまい、ノアに背中をさすってもらった。
ノアはこんな人達と話すことにも慣れてるよね…。やっぱ凄いんだなぁ。
レイズ様に叱られた王子様が、くすくす笑っている。私が怖がってたのが面白かったかのように。
ムカつくなぁ。
「ただ…そうだね、レイズはなにかエミリア嬢に言いたいことはあるかい?」
なんで急に、レイズ様が私に言いたいことがあるかなんて聞くの?
王子様の言うことの意味がわからず、眉を顰めてしまう。
レイズ様は少し悩んで、私の目を見た。真っ直ぐに。
「エミリア嬢。もし良ければ今度、2人で日本について話をしませんか」
「!!」
日本、について…?
いきなりぶっ込んできた、この人!
「レイズ、にほん、てなんだい?私も聞いた事ないんだけど?」
「このお菓子を総称したものですよ」
レイズ様は王子様にはそう答えた。
あ、そうか。日本っていうのが国の名前だというのは知らないから、なんの事だか分からないのか。
それをレイズ様は、お菓子を総称したものと答えて誤魔化したのか。
レイズ様と王子様の言ってることに嘘がないなら、王子様は日本について知らない。レイズ様が知ってることも、知らない。
レイズ様も、隠しているの?
「レイズ卿、有難い申し出ですが、私はとても心が狭いので婚約者と男性が2人で話すのを許可は出来ないのです」
ノアがすかさずレイズ様の申し出を断る。
それもそうだ。私にはノアという婚約者がいるから、誤解を招くようなことは出来ない。
…出来ない、けども。
「レイズ様、学園長室で、学園長同席の元でしたら、お話できます」
折角ノアは断ってくれたのに、私はレイズ様に向けてそう言う。
あとでノアに怒られてしまうだろうか。
でも学園長の部屋なら防音の魔道具があるし、学園長も同席してれば誤解はないし、学園長なら私の事情を知ってるから問題ないはずだ。
レイズ様をじっ、と見つめると、レイズ様は少し置いて頷いた。
「それで構いません」
「まとまったようだね」
王子様が意味ありげな顔をして、笑う。
そして恐る恐る隣を見ると、ノアが感情のない顔をしていた。
うぅ、心が痛い…。
「ではエミリア嬢の招待を待つんだな、レイズ。」
「はい。お待ちしております」
王子様とレイズ様はそれだけ言って、席をたち、私達から離れていった。
言い逃げしやがった、あの人達。
「…エミリア」
ノアが私を見つめる。私の真意を探るように。
ノアからこんな探るような目を向けられるのは、ノアから逃げてたあの時以来だ。
その目をノアから向けられるのは、今はちょっと辛く感じる。
「ノア、あの人が作ってきたお菓子、私の故郷のお菓子なの。だから少し話が聞きたかったんだ」
ここは正直に言うべきだ。
私のために、今まで何も聞かないでいてくれたノアだから。
言えるところは全部言うべきだ。
「……あの人は、エミリアの秘密を知ってるの?」
「え?いや、それは知らないと思うけど…どうかな…」
あの人がどういう経緯でこの世界に来たのか分からないから、なんとも言えないな。
もしかしたら私と同じかもしれないし、違う理由で呼ばれたのかもしれない。
同じだったら問題だ。向こうの国にレイズ様っていう魔力増幅器があったとして、それは大抵女性を相手にするものだ。
男性優位な世界で、男性を相手にできる私が現れてしまっては、私も囲われること間違いなしだ。
「……彼には、秘密を教えるの?」
絞り出すような声がした。
もうその顔にさっきの探るようなものはなくて、ただただ、寂しそうな顔だった。
「それはないよ。絶対ない。」
「本当?」
「うん。私が危ないもん。」
秘密がどんなものか分からないノアには、私の過去を知るかもしれないレイズ様に、私が仲間意識を持ってるとでも思ったんだろう。
いくら似たような境遇でも、私は彼に同情して自分を売るようなことは出来ない。今まで守ってくれたノアや、ローリアさんのためにも。
どうせ利用されてしまうなら、彼らのために利用されたい。
私は立ち上がって、ノアの頭を抱き抱える。
「ノアから離れたりしないよ。私のこと、守ってくれるんでしょ?」
「…もちろん」
「私が秘密を打ち明けるのは、ノアだけだよ。それ以外は考えてない」
ノアのサラサラな髪を撫でる。いつもと立ち位置が逆で、新鮮な気持ちになる。
思えば私から抱きしめたのは初めてかもしれない。私もなかなか毒されてきてるなぁ。
「エミリア…。」
ノアが私を引き剥がすことはなく、結局休み時間が終わるまでこうしてノアを慰めていた。




