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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
27/110

逃げ道は用意したよ2 sideノアゼット

 

 触れた唇は柔らかくてただ触れてるだけなのに物凄く多幸感に溢れた。

 もちろん1度で満足なんか出来る訳がなく、エミリアの様子を見ながら何度も触れる。


 本当に、嫌がってない。抵抗しようともしていない。緊張してるのか体は強ばって力が入ってるけど、拒否するような仕草は感じられない。

 許されている。僕はエミリアにキスをすることを受け入れられている。


 目を閉じて僕の口の感触に集中してる彼女はとても可愛い。

 だからついつい欲が暴れだして、彼女の唇を食む。

 指で触っていた時に思った通り、とても柔らかい。いつまでもこの唇に吸い付いていられる。


 ゆっくり角度を変えてエミリアの口に吸い付いていると、エミリアは少しずつ緊張を解していった。そしてきっと無意識のうちに固く閉じていた唇が、力が抜けて薄く開いた。


 チャンスとばかりに僕はエミリアの口内に侵入した。エミリアの舌を追いかけ回して、口の中を隅々まで味わった。

 エミリアから漏れる吐息も、小さめの嬌声も、唾液も全て甘く感じる。


 なんて甘い…。甘くて、癖になる。もっともっとと次を求めてしまう。

 まるで媚薬だ。止められそうにない。


 エミリアの体からどんどん力が抜けてくのに気づき、僕はようやく口を離す。

 口の離れたエミリアの目はとろんとしていて、頬も上気していてとても色っぽい。


 襲いたい気持ちを必死に抑えて、僕はエミリアをダイニングに連れていき、ソファの上で彼女を抱きしめた。



 だめだ、襲うな。キスは許されたんだ。いつかそういうことも許してくれるはずだ。ここで信用を失っちゃいけない。


 せっかくキスが許されたというのに、それだけで飽き足らず次を求めてしまう浅ましい自分に呆れる。


 気持ちを鎮めるように、エミリアを抱きしめてその小さな体を全身で感じる。


「ごめん、あんなに深いのをするつもりはなかったんだけど、余裕がなかったみたいだ。」


 エミリアに顔を見られないように、呟く。

 きっと今の僕はどんな肉食獣にも負けないくらいのギラついた目になってるだろう。


 キスだって、触れるだけで満足だと思っていた。触れるくらいのキスで十分だと。


 それがどうだ。いざ触れたらそれだけで抑えられなくなって、あんなに深いキスをしてしまった。

 怖がってないだろうか。もうしないと言われないだろうか。


「ノアも、ドキドキしてるの?」


 エミリアから聞こえてきたのはそんな声。

 さっきまでその声の出る口を僕が塞いでたと思うと、エミリアの声までもが僕のもののような錯覚を覚える。


「当たり前だよ。キスも初めてだし、それが好きな子なら尚更」


 エミリアは僕がドキドキしてないとでも思ってたのか?そんなんわけないだろ。

 エミリアに触れると心臓はうるさいし、痛いくらいだ。今だって興奮してしまってるのもあるし、嬉しさと喜びに胸の高鳴りが抑えられない。


 初めて見るエミリアの色っぽい表情にもドキドキが止まらないのに。


「え?嘘でしょ?初めて?あんなに上手いのに?」


 僕が女慣れしてるとでも思ったの?僕は女性に興味無い方なんだけどな。

 知識としてはあるけど、女性とそういうことをしたい欲が出なくて、そういう経験は一切ないのだ。


 …というか。


「エミリアこそ、上手いって言うからには経験者なのかな」


 自分で言ってムカついた。

 想像したくもないくせに、何を言ってるんだ。エミリアは僕より年上だし、僕の知らない期間にそういうことをしててもおかしくないはずだ。


 なのに、嫌だと心が叫ぶ。

 エミリアの過去も未来も全部僕のものがいいと。


「いや初めてだよ」


 エミリアから言われてようやくほっと息をつくことができた。

 良かった。過去にそんな人がいたら、探し出して殺すところだった…。


「ただ腰が抜けるくらい気持ちよかったから上手いのかなって…」


 僕の暗い気持ちを吹き飛ばす彼女の言葉に、押しとどめてた理性が顔を出す。

 こっちの気持ちを処理したらまたそっちの気持ちか!

 全くエミリアは僕を振り回すのが上手だ…。


「ふぅん、気持ちよかったんだ?」


 意地悪く微笑めば、エミリアはしまったという顔をした。

 ふふ、遅いよ。僕がエミリアの言葉を聞き逃すわけが無い。


 そうか、気持ちよかったのか。嫌でも、無心でもなく、気持ちよかった…。

 湧き上がる喜びが抑えられない。


「これから毎日しようね」


 エミリアの体が堕ちるのが先か、僕の理性が壊れるのが先か。




 あれから毎日キスをした。

 初日のように最初からガッツリたりはせず、優しくゆっくり唇を重ねた。


 エミリアに、キスは気持ちいいもので怖くはないんだと分からせるように、なるべく優しく、エミリアの気持ちいいところを探すようにキスをした。


 エミリアもだんだん慣れてきて、自ら口を開けてくれるようになったり、舌を絡めた時に絡め返してくれることもあった。

 もちろん理性が一瞬どこかへ飛んだ。



 エミリアとキスするようになってからというもの、僕は目に見えて浮かれているのか、グレンに引いたような顔をされることが良くあった。


「聞きたくないけど聞いてやるよ。…なんかあったか?」

「エミリアとキスした」

「あー……。それだけ?」

「だけってなんだ。エミリアが受け入れてくれたんだよ。大きな一歩だろ」


 呆れたようなグレンの顔が理解できない。

 エミリアがキスを受け入れてくれたことを、だけと言うなんて。今までじゃ考えられなかったことなんだ!


 この事の重大さが彼には分からないらしい。


「じゃあまぁ、キスしたってことは、両思いなのか?」

「………それは違う」

「はぁ…」

「いやでも、前は嫌がられたけど、嫌がられなくなったから、確実に好感度は上がってるはずだよ」


 目を細めてふぅーん?というグレンに、言い訳のように言葉を並べた。

 別にいいんだ、グレンに分かって貰えなくたって。僕とエミリアの気持ちなんだから。


 流石に行為は、出来れば感情を伴って欲しい。まぁ多分、結婚までにエミリアが僕のことを好きならなかったら、きっとそれ以上は待てないだろうけど。


 大丈夫、結婚までは待てる。エミリアの気持ちも、待てる。


「まぁ、我慢しすぎて爆発すんなよ」

「気をつけるよ」


 グレンがポツリと、無理そうだなって言ったのが聞こえたが、無視した。

 無理でもやるんだ。エミリアの心を手に入れるためなんだから。




 そう思った数日後、エミリアと学園近くの街に遊びに行くことになった。

 行きたいと言ってた劇団のチケットも取ったし、あそこは花の街だからきっと凄く喜ぶだろう。


 洋服はこの間僕が選んだ服を着てくれるのかな、なんてワクワクして待っていたら。


 そこには女神がいた。



 目元に垂れるアイラインに、瞼にはキラキラしてる色も乗ってる。まつ毛はパッチリ上を向いていて、頬も少し色づいてるし、唇もぷっくりしてさくらんぼのような色をしていた。


 普段幼く見える容姿の彼女が、しっかり化粧をして、髪の毛も大分手の込んだものになっている。

 それだけで年齢相応の大人の女性になっているから驚きだ。


 だめだ。こんな綺麗な彼女を外に出せるわけがないだろ!!

 こんな美しいエミリアが外に出たら、あっという間に攫われてしまう。そんなこと許すはずもないが、たくさんの男の目を集める。それも嫌だ。


 それほど綺麗で、大人の艶めいた感じが出ている。



 思わず寮の横の細道に連れ込んで、木の影に隠して深く口付けてしまった。理性とかなんとか、考える暇もなかった。


 突然のことに驚きつつもキスを受け入れてくれた彼女の、いつもの気持ちよさそうな顔ですら、抑えが効かなくなる。

 部屋に連れ込んでそのままベットに押し倒したい。綺麗に着飾った彼女を脱がして、この子は僕のものなんだと全身に痕をつけてしまいたい。


 今まで抑えてた欲を押し付けてしまいたい気持ちを必死で抑えて、口付けだけに留めた。


 首筋に吸い付きたい気持ちを抑えて、そこに額をつける。

 なんでこんなに可愛くしたんだ。くそっ。外に出る用がなければ、部屋に連れ込めたのに!


 エミリアは、ミルムにやって貰ったんだと笑った。

 あぁ、あの子か…。大方、僕とのデートなんだから可愛くしろとか言われて、エミリアにやってあげたんだろう。


 褒めたいところだが、出来れば僕の部屋に用がある時にして欲しかった。


 頑張って理性を保ってるのに、エミリアは我慢しないで、なんて言う。

 僕が我慢してなかったらどうなってるのか、エミリアには分からないみたいだ。


 我慢をやめたら、エミリアを部屋から出せない状態にしてしまう。きっとエミリアが気絶するまで抱き潰して、起きた頃を見計らってまた抱き潰すだろう。

 そうしてエミリアを僕の部屋に閉じ込めて、僕が全てをお世話することになる。


 それは、エミリアの望むところじゃないでしょ?

 だから僕は我慢するんだよ。

 なによりもエミリアの笑顔が見たいから。


 でも、結婚したら我慢は少ししかしないよ。きっと全部ぶつけたらエミリアは怖がるから、全部はぶつけない。でも、少しは許してね?




 花の街を歩くエミリアは、とても可愛かった。花を見て可愛い可愛いって言うエミリアがいちばん可愛くて、僕は今まで以上に周りを牽制してたと思う。


 花の香水を眺めてるエミリアに、エミリアは香水をつけないのか聞いた。エミリアの匂いはとても好きだけど、香水の香りはしないと思ったからだ。


 すると、学園長に買ってもらうのが申し訳ないと言う。

 きっとそうやって今まで我慢してきたんだろう。


 エミリアは精神年齢が大人だから、この国に来る前は働いていたとも言っていたし、大人に甘えて生きていくのが苦手なんだろう。

 きっと自分は1文無しで働くすべもないのに、学園長に余計な出費をさせるのは忍びないとか思ってるはずだ。


 だから僕があげようかな、なんて思っていたら、僕の匂いは好きだとエミリアが言う。

 それを聞いて、思いつく。


 同じ香りを纏うのもいいな。全身から僕のものだってアピールしてる感じがする。


 エミリアは要らないと言ってたけど、僕の使ってる香水をプレゼントしよう。僕と同じ香りの石鹸も使ってもらおうかな。洋服は寮の使用人が洗ってくれるから、同じ匂いには出来ないけど、できる限り同じ香りを纏いたい。



 エミリアがミルムにお土産を買った。少しずつ僕を頼ってくれるようになって、嬉しく思う。前までだったら、「ノアに払わせるのは…」とか言って遠慮してたはずだから。


 お昼を食べた時に、シーフードドリアを選んだら、シーフード好きだよね、と言われて驚いた。

 僕はシーフードが好きなのか?言われてみれば、肉系より魚介類をよく選ぶ気もする。


 何よりそれをエミリアから指摘されて、エミリアは僕のことをよく見てるんだと思ったら嬉しくてたまらなかった。



 午後は劇団を見た。エミリアが見たがっていたやつだ。

 貴族用のシートを予約したら、エミリアが少し腰が引けていた。値段を言ったからかな?大した金額じゃないのに。


 侯爵家の、それもライオニア家が、どれだけの財産を抱えてるのかエミリアには想像もつかないらしい。エミリアが思うよりもお金持ちだよ、大丈夫。


 エミリアには1番いいところで見せてあげたかったし、それを見て一喜一憂するエミリアの姿を、僕以外に見せたくなかったっていうのがぶっちゃけ本音だ。



 僕は在り来りな悲恋の劇を見るふりをしつつ、隣のエミリアを眺めていた。主人公やその相手の女性に感情移入しているエミリアは、百面相をしていた。


 その表情がとても可愛くて、ずっと見ていられる。エミリアのこの表情を僕が貸切に出来たのだから、このシートはやっぱり安いと思う。



 興奮冷めやらぬエミリアを馬車に乗せて、伯爵家専用の花畑に連れてきた。

 前もって連絡を入れて許可を貰ってるし、当日のこの時間は誰も近付けないように言っている。


 ここなら気兼ねなく、歌を聞かせてくれるかな。


 エミリアに頼むと、笑顔で了承してくれた。

 初めて歌を聞かせてくれたあの日から、エミリアは僕の部屋でもよく口ずさんでいた。

 でも最初の日のように全身で歌ってはくれなくて、場所が悪いのかな、と思ったのだ。


 どうしてもまた聞きたい。だからここを用意した。



 2度目の全身で歌を歌ってくれたエミリアは、その姿も相まって本当に天使のようだった。

 そのまま飛び立ってしまわないか少し心配になるほどで、無心で見蕩れていた。


 視覚と聴覚に訴えてくるその歌が、僕の全身に語りかけてくる。

 時折よく分からない単語もあるが、大体は分かる。これは恋を歌ってる。

 恋はとても尊いものだと、楽しいものなんだという歌。


 あぁ、分かる。よく分かるよ。エミリアに恋してる毎日はとても楽しいし、灰色だった世界に色がついたような感じだ。

 苦しいことも辛いこともあるけど、それを全部塗り替えてしまうくらいに幸せになれる、尊いものだ。


 エミリアが劇を見て感情をいれてたのは、こういう事なのかな。


 歌を終えると、エミリアに拍手を贈った。

 本当に、これは凄い。きっとエミリアが1人になっても、これでお金が取れる。そんなことにはさせないけども。


 もしエミリアがこれを国に発信すれば、あちらこちらからエミリアの歌を求められるだろう。それは平民から王族まで多岐にわたる。

 それを僕が独り占めしているという優越感。あと、この美しいエミリアの歌声は僕しか知らないという思いが頭を巡る。


 そんなことを考えてると、エミリアはもう一曲聞かせてくれるといった。

 一日に2回も聞かせてくれるなんて、なんていい日なんだろう。


 2つ目の歌は、生きてることが素晴らしいという歌だった。

 生きてるだけで凄いんだと、今日という日は宝物なんだという当たり前のようで忘れていたこと。

 それがエミリアの声を通して伝わってくる。


 エミリアも、そう思ってる?

 そう思ってるからこんなにも感情が声に乗ってるんだよね?


 少し前まで生きるのが怖いと言ってたエミリアが、前を向いてる。

 そしてそのそばに僕が居るのを許してくれて、一緒に歩かせてくれる。



 なんて幸せな日々だ。


 この日々をずっと続けるために、僕はこれからも頑張らないと。

 エミリアの笑顔を、横で見続けるために。





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