逃げ道は用意したよ sideノアゼット
闘技大会に出ることになった。
学園の生徒では相手にならないし、エミリアの傍も離れなくちゃいけないから絶対出たくなかったのに、エミリアにかっこいいところを見せられると思って承諾してしまい、すぐに後悔した。
だけどエミリアも楽しみにしているような感じだから、まぁいいか。僕以外の人を見て楽しんでるエミリアを見てるのも嫌だしな。
闘技大会の出場メンバーでの話し合いがあり、一日だけグレンにエミリアを送るように頼んだことがあった。あいつはエミリアを疑ってるけど、僕がどれだけエミリアを大事にしてるかも知ってるから、ちゃんと送り届けてくれるだろう。
そう思ったのに、その日の夜エミリアとご飯を食べた時、彼女の様子がいつもと違った。
隠しているようだけど涙のあとがあるし、少し落ち込んでいるようにも見える。
どこで何があったのか、聞くのは簡単だけど、言ってこないってことは言いたくないんだろう。
探るように今日あった話をして、いつもみたく会話を盛り上げる。エミリアが徐々に笑顔を取り戻して笑ってくれて、ほっとする。
だけど会話の最中、グレンのことを出した時に少し顔色が変わったことに気付いた。怒っているような顔だった。
だから、帰り道にグレンがエミリアを疑うようなことを本人に言ってしまったんだろうなと気付いた。
その日の夜、グレンに注意した。
エミリアから聞いたのかと疑わしい目を向けてきたが、エミリアが言うわけが無い。きっとグレンは僕の友人だから、その仲を違えさせるようなことは言えなかったんだろう。
そんな優しいエミリアを傷つけて、グレンじゃなかったら許していない。
グレンを信用してるから、エミリアを疑ってることだって許しているし、エミリアのことを任せられるんだ。
だからといって傷つけるのはダメだ。次はない。
グレンは僕の本気が分かったらしく、軽口で返事はしたものの、ちゃんと本気で分かってくれたと僕には伝わった。
闘技大会で、一日目はエミリアと一緒に観戦した。
エミリアは剣に見慣れていないらしく、剣の打ち合いを見てびくびくしていた。
勝ったやつを見てかっこいいとか言われたらどうしようとか思ったけど、心配なかったようだ。
剣の刃は潰してあると言っても、エミリアは見てて怖いらしい。剣が相手に当たりそうな時とかたまに目を逸らしたり、手で顔を塞いだりしている。
そんな怖がってるエミリアが、申し訳ないけど可愛かった。
肩を抱き寄せれば、怖い時に僕の胸に顔を埋めてくれて、もう可愛いし嬉しいし、この腕の中に閉じ込めたいという気持ちがせめぎあう。
だけどこんな可愛いエミリアを、僕が居ない時に見せる訳にはいかないと思い、僕の試合では僕は剣を使わないと決めた。
エミリアには僕の試合を目を逸らさずに見て欲しいし、僕を見て怖いと思って欲しくない。
本当はチームメンバーにも剣なしでやってもらおうとしたんだけど、それだと勝てそうもないから諦める。
試合当日、心を入れ替えたグレンにエミリアを任せて僕はエミリアのそばを離れた。
大丈夫かな、怖がってないかな。怖くてグレンに抱きついたり、してないよね?
あぁもう、心配だ…。
ようやく回ってきた僕の出番でエミリアを確認する。エミリアに向けて微笑むと、エミリアは何故か隣のグレンと何かを話す。
おい、グレン。傷つけるなとは言ったけど、必要以上に仲良くするな!
グレンを睨みつけると、グレンはやれやれと言った顔になり、エミリアにまた視線を戻すとなんと手を振ってくれた。
まさか手を振ってくれるとは思わなくて驚いたが、僕も笑顔で振り返した。
あー…幸せだ。エミリア可愛い…。
エミリアに見られてるということを身に感じながら、僕は相手に向き合う。
目の前の選手は剣を抜いていて、やる気は十分。
試合の開始と共に相手はまず魔法を唱え出す。こちらはそれよりも早く魔法を練り上げて発動する。
避けながら魔法を繰り出して、僕に向かって走り、剣を振り下ろしてきた。
それを余裕で避けて、次から次へと魔法をぶつけた。
それも普段は使わないような綺麗な魔法を。
花びらの渦で閉じ込めたり、水を操って足止めしたり。
魔法だけで相手を倒すことは難しくないけど、なるべく見てて綺麗な魔法を選んだ。
僕の試合を、少しでもエミリアが楽しんで見てくれるように。そしてもっともっと僕に夢中になってくれるように。
「なんか妙な魔法使ってたな?」
控え室でアルベルトにそう言われた。
それもそのはず、僕が今日使った魔法はあまり戦いでは見ないものだから。
魅せるための魔法、のようなもの。それを戦いに応用できるのは学園では僕くらいだろう。
「エミリアが見てて楽しめるようにね」
「はぁー、ほんとぞっこんなんだな。…ってか、剣抜かなかったのは?」
「エミリアが怖がってたから」
僕の言葉に呆れたような顔を向けるアルベルト。他のチームメンバーはアルベルトほど軽く僕に話しかけられないらしく、驚くだけで何も言ってはこなかった。
勝ってるんだから、文句はないよね?
お昼を挟んで午後の部。
エミリアに本気がみたいと言われたので、最後の試合だけ本気を見せると決めた。きっとこのメンバーは決勝まで行くだろうから、決勝が最後の試合だ。
今まで通りの戦い方で決勝まで進み、最後の試合で僕は剣を抜く。相手も僕が剣を抜いたことに警戒心を露にした。
開始の合図とともに走りながら魔法を練り上げる。相手に魔法を使わせる隙を与えない。剣を打ち合いながら魔法を放って相手をおいつめていく。
最初の1手で決着はつけられたけど、エミリアに僕の本気の戦いを見て欲しくて、少し長引かせることにした。
見てる?エミリア。
これが僕の、戦い方だよ。
得意の魔法を、剣を打ちながら発動する。こんな芸当が出来るのは国に1人か2人だろう。僕ほど魔法の練度が高いものはそうそういない。
剣で押し込み、魔法でも押し込む。
相手の剣をはじき飛ばし、喉元に剣先を向ける。
1分間、もたせることができた。
終わってすぐエミリアのところに行こうとしたのに、面倒な女に捕まった。
公爵令嬢だ。闘技大会は関係者以外入れないはずなのに、父親に強請ったな。
「ノアゼット様、とてもお素敵でした!見てて惚れ惚れ致しました!」
「そうですか」
「お強いのにそれをひけらかさない態度も素敵ですわ!」
「そうですか」
この女は図太くて、どれだけ冷たくあしらってもまるで効いてない。
腕にまとわりついて来ようとするから手で払っても、何度も引っ付いてくる。
エミリアじゃない女に触れられても、気持ち悪いとしか感じない。
公爵令嬢を振り払いながら外に出れば、エミリアが待っててくれた。
感激のあまり抱きついて、近くにいるグレンに気付いたので追い払う。
はぁ、やっぱりエミリアしかだめだ。受け入れられない。
触りたいのも触って欲しいのも、エミリアだけなんだ。
もうこの体はエミリア以外は拒否してしまうんだ。
公爵令嬢が何か言ってるのを無視してエミリアを抱きしめていた。だけど優しいエミリアによって公爵令嬢に向き直ることになる。
僕が如何にエミリアを愛してるかを見せつけて、諦めるように促したけど効果があるようにも思えなかった。
そんな中、役員に呼ばれて僕はエミリアのそばを離れることになった。
エミリアに一緒に行こうとも言ったけど、公爵令嬢が変なことを言い出したせいで、エミリアが遠慮してしまった。
余計なことしかしないな、この女は…。
怒りを抑えてなんとか役員の所へ行く。
こうなったらさっさと要件を済ませてエミリアのところに戻って、あいつを追い払って思う存分エミリアを堪能するんだ。
そう思って役員の要件を秒で終わらせ、エミリアの元へ戻った。
その時とんでもないことが聞こえてしまった。
「貴族の婚約者が欲しいなら私が他を用意してあげるわ!だからノアゼット様は諦めて!」
心が一瞬で黒くなった気がした。
他?僕以外の婚約者をエミリアに紹介する?
なんだそれ。何を言ってる。エミリアは僕のものだ。他なんか要らない。僕だけでいい。
「エミリア、僕以外の男を紹介してもらうの?」
エミリアに顔を近づけて聞く。
まさか、うん、なんて言わないよね?逃げようとなんて思ってないよね?
逃がさないよ。せっかく捕まえたんだから、絶対逃がさない。
「しないしない!一方的に言われてるだけで…!」
その気持ちにほっとして、少し心が落ち着くと、エミリアの肩が震えてることに気がつく。
あぁ、またやってしまった。怖がらせてしまった。
エミリアを優しく抱きしめて謝ると、エミリアはほっとしてくれて震えも収まった。
どうも僕の仄暗いこの気持ちを見せると、エミリアは怖がってしまう。だからあまり表に出さないようにしていたのに、抑えが効かなかった。
だめだな、エミリアといると本当に理性が働かない。
邪魔な公爵令嬢を追い払って、2人で寮まで手を繋いで歩く。エミリアはさっきの公爵令嬢のことも大して相手にしてなかったようだ。
傷つけられてなくて嬉しいけど、ちょっと頼っても欲しいような…。
今日の戦いをエミリアはすごく楽しめたらしく、かっこよかったと言ってもらえた。怖かったけど魅入ったとも。
凄く心が喜んだものの、エミリアの口から男の名前が出てきてさっき押し込めてた暗い気持ちが出てきてしまう。いつもならそこまで気にしないのに、さっきの事を引き摺ってる。
思わずエミリアの口に、指をつけた。
「今日はエミリアの口から、色んな男の名前が出るね…?」
「…っ!」
怖がらせないように、頑張って押し込めながら、エミリアの唇をなぞる。エミリアは突然のことに驚いて何も言えず、抵抗も出来ないようだ。
嫌がられていないのをいいことに、唇の柔らかさを指で堪能する。
あぁ、この柔らかくて甘そうな唇に口付けたら、どれだけ幸せだろう。きっと夢中になって、エミリアの腰が砕けるまで吸い付いてしまうんだろうな。
考えた欲望が止まらなくて、エミリアに顔を寄せる。
エミリアは緊張して固まってはいるものの、目を開いたままこちらを見つめるばかりで拒否しようともしない。
「逃げないの」
「に、逃げたい…」
困惑したような顔だ。僕に迫られて困ってる顔も可愛い。
逃げたいけど僕が逃がしてくれそうも無いから戸惑ってるんだね。うん、逃がす気は無いよ。
でも僕も無理矢理キスしたいわけじゃない。そこにエミリアの心も欲しい。だからちゃんと、逃げ道は用意してあげるよ。
「嫌なら嫌と言わないと、本当にキスするよ」
ほら、嫌って言えばいいだけだ。それだけで僕は我慢する。まだ我慢出来る。なんなら結婚するまで我慢しろと言われても出来る。
それほどエミリアの心も欲しいんだ。エミリアの心が伴ったキスがしたい。
そう思ったのに、エミリアは僕の配慮なんて全然考えてくれない。
「い、嫌じゃない…」
「っ!!」
「と思う……」
思わずエミリアから距離をとって、口に手を当てる。
エミリアの言ったことが信じられなくて、僕の妄想が幻聴を呼んだのかと思って。
嫌じゃないって言った?言ったよね?
「えっ、えっ……本当に?」
「あ、やっぱ…」
「やっぱ無しは聞かない。」
言おうとしたエミリアに言葉をかぶせて言わせなかった。
嫌じゃないって言ったんだ。言質はとった。やっぱ無しなんて言わせるか。
嫌じゃないなら、それはもう良い、でしょ?
合意の上だよね?エミリアも少しは僕のこと想ってくれてるんだよね?
好きじゃない人とキスはしたくないもんね?友達でもキスは嫌だよね?
はやる気持ちをおさえながら、僕はエミリアを部屋に連れ込む。
いつもエミリアと話すリビングまで待てなくて、ドアを開けてすぐの廊下にエミリアを閉じ込めた。
「前言撤回は受け付けないからね」
「は、はい」
少し逃げたそうにしているエミリアも可愛い。でも逃げないのはやっぱり、嫌じゃないから、でしょ?
それが嬉しくてたまらない。
だって前にキスしていいか聞いた時はちゃんとダメって言っていた。エミリアはちゃんと断れる人だ。
だけど今回は違う。断れるのに、断らなかった。
「エミリア」
名前を呼んで、そっと口付けた。
優しく、触れるだけのキスを。




