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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
24/110

逃げるの休憩5

 

「ノアゼット様と婚約を破棄しなさい…!彼の隣は私が相応しいのよ…!孤児の女じゃ務まらないわ!」

「出来るならしてあげたいんですけど…ノアゼット様に言って貰えます?」


 平民から婚約破棄なんて出来るわけ無いでしょって。

 そんなこと言い出した日にはもう……閉じ込められそうで怖いな。想像しただけで身震いした。


「ノアゼット様は聞いて下さらないわ!あなたが何か言ってるんでしょう!?ノアゼット様を解放して、返して!」

「えぇ、そんな事言われても…。」

「貴族の婚約者が欲しいなら私が他を用意してあげるわ。だからノアゼット様は諦めて!」


 用意してあげるって…。物じゃないんだから…。

 どこからも上から目線の彼女に、内心やれやれと呆れてしまう。

 大人っぽく見えるけど、きっと幼いんだろう。ここは私が大人として対処しなければ…!


「誰に、何を紹介するって…?」


 その時、ノアの冷たい声が私たちの間に響く。

 声のするほうを向けばノアが居て、笑顔なのにとても黒く見えた。久しぶりに見た、黒いノアだ。


 私に近付いてきたノアに、思わずひぃっ、となる。


「エミリア。僕以外の男を紹介してもらうの?ねぇ?」

「しないしない!一方的に言われてるだけで…!」


 ずい、と顔を近づけられて、至近距離で言うものだから、慌てて否定した。

 ノアの目が仄暗くて、その声が冷たくて、恐怖を覚えてしまう。


 思わず震えた私に気付き、ノアは私を優しく抱きしめた。


「……ごめん。そうだよね。エミリアがそんなことするわけない。…ちょっと、理性がとんじゃった」

「……うん」


 いつもの優しい声で、優しい手つきで私の背中を撫でてくれた。

 いつものノアにほっとして、ノアの腕の中から抜け出す。するとノアは、私と話していた女性に目を向ける。


「申し訳ありません、リゼット様。この通り私は彼女を深く愛してますので、彼女に他の男性を紹介しないで貰えませんか。嫉妬で身を焦がしてしまいますので」

「…っ!」


 ニコリと笑うノアの顔は、全然目が笑ってない。

 どうやら女性に怒っているようだ。


「それと、私の婚約者はエミリア以外に有り得ません。両親もエミリアを歓迎しています。これ以上何か言うのであれば、我が侯爵家から苦情を申し入れます」

「…っ、話は以上ですわ」


 悔しい顔をしながら女性は、吐き捨てるように言って背中を向けて去っていく。

 あの人はノアの婚約者になりたかったんだろうか。それとも、ただただ私が気に入らないだけだったんだろうか。



「はぁ、嫌な思いさせてごめんね、エミリア」

「ん?全然。」


 いくつか分からないけど、きっと10代だろう。目の前のことしか見えなくて暴走してしまうのは、若い時あるあるだろう。

 まぁこれも、きっと30代の人に言わせると、わたしもまだまだ若いうちなんだろうけど。


 それでもやっぱり私の感覚では10代は学生が多い感覚だから、どうしても幼いというイメージが拭えない。


「エミリアは強いね。でも、もう少し頼ってくれてもいいんだよ?」

「十分頼らせていただいてますぅ」

「足りないなぁ」


 くすくすと2人して笑いあった。


 ノアは私に手を差し出し、私はその手を取ると、そのまま一緒に歩き出す。

 きっと行先はノアの部屋だろう。


「そういえば、決勝戦のノア、かっこよかった。びっくりしたよ。すごく強いんだね」

「怖くなかった?」

「少しだけ。でも見入っちゃった」


 ノアの決勝戦の感想をノアに伝える。伝えて一言目が私への配慮を口にするあたり、本当にノアは私のことを思ってくれてる。


「ロットが見たがる気持ちもわかるなって思ったよ。全然他と違うもん。」

「面白かった?」

「とても!あんな凄い戦い初めて見たから、すごくドキドキした!でも本気じゃなかったんでしょ?グレン様が、本気を出したらノアは1手で勝てたってーー」


 言いかけてた唇に、ノアの人差し指が当たる。

 思わず立ち止まってつい言葉を止めると、ノアはその手を私の頬に添えて、親指で私の唇の際を優しく撫でる。


「今日はエミリアから、色んな男の名前が出るね…?」

「…っ」


 ノアの指の感触に意識が持っていかれる。私の唇の形を確かめるようにノアは私の唇をなぞる。

 私は意識を逸らそうとノアを見たが、その目は怪しい光を宿してしっかりと私のことを見ていて、目が合ってドキリとしてしまう。


「ほかの男の名前ばかり言うこの口を、どう塞いであげようかな…?」

「っ!」


 言葉を出したいのに、口を触られて居るから口を動かすのに抵抗がある。更にノアは、私が声を出すのを許さない、というように私の唇をふにふにと押して感触を確かめている。


 その間もずっとノアと目が合ったまま。


「ねぇ?エミリア。僕の口で塞いでもいい…?」


 怪しげに微笑むノアの目から目が離せない。少し暗くも見えるその瞳が、ゆっくり近付いてきて、私は顔を逸らすことも避けることも出来ない。


 ノアの顔が凄く近くまで近付いて、止まる。物凄い至近距離で、ノアの目が私を射抜く。鋭くて私を逃がさない目だ。


「…逃げないの」

「に、逃げたい……」


 逃げないのって聞くくせに、逃がす気のないその態度と顔に、私はどういう事だと問いたい。


「嫌なら嫌と言わないと、本当にキスするよ」


 嫌って言わないと…?


 ノアの目を見つめる。鋭くて逃げられないのに、その顔は懇願しているようにも見える。


「い、嫌じゃない…」

「っ!!」

「と思う……」


 ようやく答えると、ノアはバッ、と私から離れて口元を手で抑える。その顔にさっきの暗い感じは感じられず、目をうろうろさせて動揺しているようだ。


「えっ、えっ……。本当に?」

「あ、やっぱ……」

「やっぱ無しはきかない。」


 やっぱ嫌と言おうとしたのに、ノアは真面目な顔に戻って私の肩をがっしり掴む。


 で、ですよねー。ノアが私の失言を見逃すはずないよね…。


「ここだとエミリアの可愛い顔がみんなに見られちゃうから、僕の部屋に行こうか」


 何も抵抗できず、私はノアの部屋へとドナドナされる。




 いつもより少し早足のノアに手を引かれ、ノアの部屋に入る。そこからダイニングに続く廊下をいつもなら歩いてダイニングに向かうのに、ノアはドアが閉まってすぐに廊下に私の背中を押し付ける。

 私の顔の両サイドにはノアの腕があって、まるで初めて追い詰められた時のようだ。


 あの時とは違ってノアの顔は、何かを耐えているように眉を顰めて口を結び、その目の奥には欲を孕んだ炎が見える気がする。


「前言撤回は、受け付けないからね」

「は、はい」


 改めて逃げ場がないと思い知らされる。

 ギラギラと獲物を見つけた肉食獣のような瞳から、目が離せない。


「エミリア」


 名前を呼ばれたかと思ったら、ノアの顔がすっと目の前に来た。なんの準備もする前に口には柔らかいものが当てられていた。


 最初は優しく、触れた。私が嫌がらないのを確認するかのように、優しく何度か触れる。

 私が抵抗しないと分かったノアは、啄むように触れるだけのキスを何度も繰り返して、やがて私の唇を食むようになってくる。


 優しいキスに少し緊張が解けて、気付かない間に力を入れていた口が緩むと、その隙をつかれてノアの口付けが深くなる。


「ふっ、う、ん……」


 ノアの舌が私の舌をこれでもかというくらい舐めまわして、口内の隅々まで蹂躙される。私の口の深くまでノアは入ってきて、体を引こうにも背中は壁だし、気づいたら片手で頭を押えられていて、本当に逃げ場がない。


 時折うっすら目を開けて見たノアは、余裕な顔はしてなくて、私と目が合っても笑うことはなく目を細められる。



 どのくらいそうしていたのか分からないけど、ノアは満足したのか口を離してくれた。

 ただキスしていただけなのに私は息切れしていて、なんだか体に力も入らない。


 膝から崩れ落ちそうになるところをノアはしっかり支えてくれて、それどころかそのまま膝裏に腕を入れられ、お姫様抱っこをされる。


「え、ちょっと…?」


 そこからいつものように廊下を進んでダイニングに着くと、いつも座ってるソファに腰掛ける。私はそのまま、ノアの膝に横になって座らされる。


 ノアの顔を見ようとしたけど、ノアにぎゅっと抱きしめられて、それは叶わない。


「……ごめん、あんなに深いのをするつもりはなかったんだけど、余裕がなかったみたいだ」


 少し弱々しい声が頭の上から聞こえる。

 抱きしめられたままノアの胸に手を添えると、そこは私と同じくらい速く動いていて驚く。


「……ノアも、ドキドキしてるの?」

「当たり前だよ。キスも初めてだし、それが好きな子なら尚更」


 少し拗ねた声。

 ちょっと待って?今、初めてって言った?


「え、嘘でしょ?初めて?あんなに上手いのに?」

「今まで女性に興味なかったって言わなかったっけ?」


 言われてみれば言ってたような…。

 でもノアほどのイケメンが、あんなにキスが上手いのにあれが初めてなんて…。天は二物を与えるのか…。


「エミリアこそ、上手いって言うからには経験者なのかな」

「いや初めてだよ。ただ腰が抜けるくらい気持ちよかったから、上手いのかなって………」


 言った時、ノアが私を腕の中から解放して、私の目を見つめた。

 その目は嬉しそうで少し意地悪そうな笑みを浮かべていて、あ、失言したとあとから気付く。


「ふぅん、気持ちよかったんだ?」

「あ、えーと……んー…どう、かなー?」

「へぇー…。気持ちよかったなら、またしたいよね?」


 小悪魔のような笑顔を浮かべて、どんどん私の逃げ道が塞がれていく。

 あぁ、1回だけのつもりが、次の口実を与えてしまったのか…?


「これから毎日しようね」


 …なんだか、罠にかかった気分だ。





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