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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
23/110

逃げるの休憩4

 

 ノアの戦いは、冷や冷やするようなことはあまり無かった。というのも、ノアがピンチにも陥らないし、危ないって思うことすらもない。

 避ける時は余裕を持ってるし、本人も余裕そう。そして相手のことを翻弄してるようにも見える。


 試合は余裕そうなノアが勝った。勝ったあとも私に向けて手を振ってくれて、私も振り返した。



 その後もノア達のチームはどんどん勝ち進んだ。ノアの言う通り強い人達が集まってるらしく、ノアの番に来る頃には勝ちが決まっていて、消化試合になることもあった。


 ノアは宣言通り1度も剣を抜かなくて、色んな魔法で相手を蹂躙していた。それは私も知らないような魔法だったり、見たことないものばかりで、とても綺麗で圧巻だった。

 ショーのように魅せることが主なんじゃないかってくらいで、今までの魔法の対決と違い、砂埃や煙があまりなく、魔法そのものを見て楽しむことが出来た。




「もう、やっぱり出るんじゃ無かったよ。エミリアと喋っていたかった」


 勝ち進んだノアとお昼を食べた。今日はグレン様も一緒だ。

 ノアは私に会うと人目も気にせず抱きついてきて、今もノアの膝の上に横向きに座らされている状態だ。


 どうやらグレン様と話していたのを見て相当嫉妬したらしい。それに対して私に当たり散らしたりはしなかったけれど、代わりとばかりに引っ付かれている。そしてグレン様はノアに睨まれてる。


「でも、かっこよかったよ。」

「本当?エミリアにそう言って貰えるなら、出てよかった」


 不貞腐れた顔から一変して甘い笑顔をうかべるノア。

 そんなノアを見てグレン様はうげぇ、と砂糖を吐きそうな顔をしている。


「エミリアが怖い思いをしないように、なるべく綺麗な魔法を選んだんだよ。どうだった?」

「だからお前あんなに時間かかってたのか…。それで勝てるのも凄いけどな」


 呆れた顔のグレン様がサンドイッチを頬張る。その食べ方は豪快で、とても公爵家の人とは思えないくらいだ。


「凄く綺麗だった。見蕩れちゃったよ」

「怖くはなかった?」

「全然怖くなかったよ。むしろ見てて楽しかった!」


 私が言うと、ノアも嬉しそうに笑った。


 にしても驚いた。私のために綺麗な魔法を選んでたなんて。

 グレン様が言ってた言葉から、ノアが使う魔法を選ばなければもっと早くに勝敗はついたんだと分かる。


 それでも、綺麗な魔法を選んでやってもちゃんと全部勝ってるノアは凄いと思った。あんなに息を吸うように魔法を使うんだなって。


「でも決勝に残るのは多分あのチームだろ?あそこの大将と、魔法だけでやり合えるのか?」

「時間はかかるかもしれないけど、大丈夫」


 グレン様が言うくらいだから、決勝に残るだろうチームの大将は強いらしい。ちなみに昼休憩が終わったら、準々決勝からスタートになる。


 でもそうか…やっぱり強い人相手だと、魔法だけはきついよね。

 こっちは遠距離攻撃なのに、相手は両方使うんだもん。


「ノア…私のことは大丈夫だから、剣も使って?」

「でも、せっかく見て貰うなら怖い思いして欲しくない」


 うーん。気持ちはとても嬉しいんだけど…。

 私としても、剣を抜かなくて万が一怪我してしまったらその方が嫌だ。

 かくなるうえは…。


「ノアの本気、見てみたいな」

「分かった」

「お前ちょろいな!?」


 即答だった。

 いや、うん…私がやった事だけど、ノアちょっとちょろすぎない?


「でも、やっぱり可能な限り怖がらせたくないから、決勝だけ本気出すよ。それでいいかな?」

「えっと…怪我しそうになったら剣抜いてね?」

「うん。心配してくれてありがとう」


 ノアが私のことをぎゅうぎゅう抱きしめる。

 うぐっ、ちょっと苦しい…。


「僕の本気も見て欲しいけど、怖かったら無理しないで外に出るんだよ。外に出る時はグレンを連れていってね。分かった?」

「はい…」


 過保護だ…。




 そして昼休憩が終わり、観客席に戻る。ミルムとロットが既に居て、私はロットに決勝だけ本気出すって言ってたと言えば、彼は凄く喜んでいた。

 ノアの本気なんて頼んでも見せてくれないし、貴重なんだって。


 試合が長引くといいなぁとも言っていたので、ノアが勝つことは決まってるようにも思えた。



 ノアのチームは準々決勝も準決勝も勝ち進み、やがて決勝戦を迎えた。

 誂えたように2対2で大将戦になり、ノアはステージに上がると私に向けて手を振る。私も小さく振り返した。


 ノアは相手に向き直り、今まで飾りだった剣を抜いた。対戦相手と一言二言交わしているのが見える。


 相手も剣を抜いて構えると、試合開始の合図が鳴り響く。


 試合開始直後、てっきり魔法を使うものだと思っていたノアは素早く駆け出して相手の元に剣を振り上げる。相手は魔法を発動しようとしたものの、ノアが剣で斬りかかってきたため中断し、剣で応戦した。


 今までにないくらいの鈍くて重い音が響く。それだけ力強く剣を打ち合っているんだと分かった。


 ノアに剣で押され、魔法を発動するための暇さえ相手は与えられない。なのにノアは剣を使いながら器用に魔法を練り上げて相手にぶつけている。


 魔法を使うには、簡単な詠唱と、魔力を練り上げることが必要だ。前者はともかく後者は、体内に巡る魔力を練り上げるため、片手間に出来るものじゃない。少し体の中に意識をやれば魔法はものの5秒ほどで発動はするけど、ノアみたく剣を使いながら魔法を練るなんて、とてもじゃないけどできない。



 これが、ノアの本気の戦い方。



 時間にして1分ほどで、決着は着いた。

 地面に膝を着いた相手は息も絶え絶えなのに、彼に剣を向けるノアは息ひとつ乱れていない。


「あー、1分かぁ。もたせた方だな」

「もたせた…?」


 もった方だな、ではなく?もたせた?

 ぽつりつぶやいたグレン様の言葉が気になって、つい聞き返してしまった。


「本気の戦い方だけど、本気をだしてはいない。あいつが本気出してたら、相手の選手は最初の1手でやられてる」

「えっ……」

「決勝だからそれなりに盛り上がるために……いや、多分エミリアちゃんにかっこいいとこ見せたいだけだな、あれは」


 はは、とグレン様は笑う。

 あれはノアの本気じゃなかったんだ…。


 でもつまり、この学園にいる人じゃノアの本気に適わないってことだ。ノアが本気を出せる相手が居ないってことだ。


 なんてこった。とんでもなく強いじゃないか。

 騎士団長くらいしか勝てないとか言ってたの、誇張してた訳じゃないねこれは。


「ノアは…魔法をあんな片手間に発動出来るんですね」

「小さい時から魔力が多くて、制御するために魔力操作をしてたら日常になったとか言ってたな。あいつにとって魔法は息するくらい簡単なんだろうよ」


 魔力操作が日常…。想像もしたくないな…。

 あれはなかなか神経がすり減る。集中も凄いするし、そう長時間もできない。私は慣れてないからかもしれないけど。




 表彰式が終わって、私はグレン様と一緒にノアの元に向かった。関係者以外立ち入り禁止の札がかかった入口の前で待ってると、その入口の奥から甲高い女の人の声がした。


「とっても素敵でしたわ!最後まで剣を抜かなかったのはあそこで最大に盛り上げるためでしたのね!なんて粋な計らいなんでしょう!」

「剣を抜かなかったのは婚約者の為です」

「あら、ノアゼット様に剣を抜くななどと仰る婚約者だなんて、やめた方がよろしいのでは?ノアゼット様の御身を危険にさせますわ」


 どうやらその女性と話してるのはノアらしい。

 ちらりとグレン様を見ればげっ、という顔をしているし、すぐにでも逃げたそうだ。


 再び視線を入口に戻すと、ノアの姿を確認できた。

 綺麗なドレスを着た女の人に腕を捕まれ、それを払っている不機嫌なノア。

 だけど私を見つけるとぱぁっと顔が明るくなって、隣にいた女性を放って走って私に抱きついてくる。


「エミリア…!会いたかったよ凄く…!」

「たった数時間じゃん…」


 ぐりぐりと私の頭にほっぺを押し付けられる。やめい。髪が崩れるでしょ!

 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるノアを見て、グレン様は苦笑した。


「熱烈だなー」

「うるさい。もうグレンの任務は終わりだ。どっか行って」

「こーわっ。へいへい。じゃあな、エミリアちゃん」

「あ、今日はありがとうございました」


 ひらりと手を振ってグレン様はここから離れていく。

 せっかく私の護衛?みたいなことをしてくれてたのに、あんなに邪険に扱っていいのだろうか…。


 そう思っていると、ノアの背中の向こうから声が掛けられた。


「ノアゼット様、紹介してくださる?」


 さっきまでノアと喋ってた女性の声だ。

 ノアはその声になんの反応もせず、無言で私を抱きしめている。


 え。いいの?


「ノアゼット様!」


 あぁ、ほら、怒った。

 私がノアの背中をぺしぺし叩けば、ノアは仕方ないとばかりに腕を離して、後ろをむく。私の肩をだいたまま。


 それを見た目の前の女性は顔を歪ませる。


「申し訳ありません。愛する婚約者との再開の抱擁に夢中になっていました。ご要件を伺います」


 丁寧な対応をするノアは初めて見た。きっと相手は爵位が上なのだろう。

 ただなんだろう。丁寧なのに、威圧感があるような…。こっちが下なのに、見下してるような感じがするのは…。


「そちらはノアゼット様の婚約者でしょう?紹介してくださる?」

「……私の愛する婚約者、エミリア・ライドです」


 凄く嫌そうな声で、でも顔はにこりと笑って、ノアは私を紹介した。私もそれに合わせてぺこりと頭を下げた。


 愛するって言葉、いる?


「…ノアゼット様はそういうタイプがお好みなのですね」

「タイプではございませんよ。彼女だから、好きなのです」


 彼女は私に鋭い視線を向けて、ノアには媚びるような笑顔を向ける。私に鋭い視線を向けてるの、ノアにも見えてるけどいいのかな…?


「ノアゼット様!来年の大会についてご相談が…」


 その時、大会の役員らしき人がノアに声をかける。

 私達の目はそちらに向かって、役員はノアに来て欲しいと頼んでいる。


「分かった。エミリア、一緒に行こう」

「お待ちください、ノアゼット様。いくら婚約者といえどまだ他人ですわ。しかも平民。込み入った話を聞かせるのはよろしくないのでは?」

「いいえ、彼女はもう僕の家族も同然です。問題は無いはずです」


 私を連れてくなと言った女性と、連れてく気満々のノア。そして多分どっちでもいいから早くしてって思ってる役員。


 全く、手のやける婚約者だ。


「ノア、私ここで待ってるから、早く行ってきて」

「でも、ひとりは心配だよ。もう一度グレンを呼ぶから…」

「ご心配なく。私がエミリアさんを見てますわ」


 助太刀に入ってくれた彼女のことを訝しげにノアは見て、その後私の表情を見て少しのため息をつく。

 大丈夫だって伝わったかな。


「すぐ終わらせる。絶対ここから動かないでね。でも危なくなったらすぐ逃げて。」

「うん、うん。分かった分かった。行ってらっしゃい、ほら」


 ノアの背中を無理やり役員の方へ押す。

 ノアは何度も私を振り返りながら、悔しそうに役員のあとをついていった。


 残されたのは、私と女性。

 どちらも喋らないこの空気を破ったのは、女性が先だった。


「あなた、孤児なんですってね」


 孤児。親がいないということだ。

 親がいないわけじゃないけど、何も言わず様子を見ることにする。


「しかも過去の足取りが掴めないらしいじゃない。何を企んでいるの?」


 キッと睨みつけてくる女性。グレン様の睨みより全然怖くない。

 それより、この女性も私のことを調べたらしい。ノアの婚約者だから調べたのかな。


「なんか言ったらどうなの、この売女!」


 ばいた?……あぁ、売女ね。


「あなたはノアゼット様がたかが孤児の売女如きに騙されるような方だと思ってるんですか?」

「は…?ノアゼット様が売女如きに騙されるわけ無いでしょう!」

「私もそう思います」


 怒り狂う彼女ににこにこして笑顔を向けると、彼女の怒りは更にヒートアップしたようだ。

 煽ってるつもりは無いんだけど…。


「…でもっ、あなたが何かしたんでしょう!そうでなければノアゼット様があなたのような女を相手にするはずがないわ!」

「私も不思議だと思ってるんです…。どこがいいんですかね?」

「知らないわよ!」


 聞いてみただけなのに、凄い声量で怒られてしまった。

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