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私は逃げたい  作者: 兎のうさぎ
本編
22/110

逃げるの休憩3

 

 そんなこんなでやってきた、闘技大会。

 闘技大会は2日間かけて行われて、初日の今日は個人戦だ。ノアの出る団体戦は明日。

 そんなわけで、私はミルムとノアと観戦している。


「お待たせ、軽食買ってきたよ」

「ありがとう」


 隣に座ったノアが、私とミルムに飲み物と、摘めるおやつを買ってきてくれた。なんだかスポーツ観戦でもしてるみたいだ。


「ロットは何番目?」

「4番目よ。鬼門は3回戦目かしら…」


 ミルムの婚約者、ロットは、剣の部個人戦に出場する。ミルムと共に、それを応援にきたのだ。



 というのも、去年は闘技大会の観戦すらしなかった。寮に篭ってた。何故かと言うと、闘技大会には外部の人も見に来る。誰でもこれる訳じゃないけど、実力を見定めにきた騎士団の人や、魔法使いの人たちが来る。


 あの頃、誘拐犯の名前も知らなかったから、外部の人が少しでも来るイベントは、徹底的に休んでいたのだ。


 今回は大丈夫。ノアに聞いて、ドルトイの仲間は来ないと知っているから、安心して闘技大会を見れる。



「あっ、ほら…!」


 ミルムが声を上げて指を指したところ、そこにはロットがいた。どうやら彼の試合が来たようだ。

 普段の軽い感じとは違って、真剣な顔をしている。そして剣を構える姿はなんか様になっている。


 ミルムは、自分の両手を繋いで祈るようにじっと試合を見ていた。

 私も同じく、目を逸らさないで試合を見つめる。


 キン、と鳴り響く高い音が、少し体をびくつかせる。試合は刃を潰した剣で行われるらしく、大きな怪我はない。だとしても、真剣に剣を打ち合う姿は見慣れなくてヒヤヒヤしてしまう。


 時折ノアが私の背中を摩ってくれて、私が怖がってるのに気付いているようだ。

 まったく、優しい男だ。



「次が鬼門ね…。ロット、勝てるかしら」


 ロットは順調に2回戦も勝ち進んだ。次の相手が強い人らしく、ミルムは勝てるかハラハラしている。


 私もその様子に感化されて、ノアに握られた手をぎゅっ、と強めに握った。




「あー、惜しかった!」

「お疲れ様!とてもかっこよかったわ!」


 私たちのいる観戦席にやってきたロットは、ミルムからタオルを受け取る。そしてノアに気付いて挨拶をすると、ミルムの隣に座った。


 ロットは3回戦で負けてしまった。惜しかったとかそういうのは分からないけど、中々善戦してたように見えた。

 それにミルムがとても楽しそうだった。戦ってるロットを見て、目をキラキラさせてハートマークまで飛んでいた。よほどかっこよく見えたんだろう。


「ロット、去年よりも腕を上げたね。素早さが段違いだ」

「ノアゼット様、去年の私を覚えておいでなのですか!」

「勿論。」


 ノアに声をかけられてロットは驚きの表情だ。

 ノアはロットと親しい仲ではなかったから、確かに覚えてるのが不思議だ。凄いな、ノア。


「そこまで素早さが上がってるなら、次は踏み込みを意識するといいよ。重い一撃を繰り出せるようになる」

「ご指導ありがとうございます!」


 ぺこっ、とノアに頭を下げて、踏み込み…と独り言をぼやくロット。

 なんだかノアが凄く剣の達人のように見える…。


「ノアは剣も強いんだっけ?」

「強い方だと思ってるよ」


 へぇー。強いって言われてもあんまり実感無いし、強さのレベルもよくわからないけど。魔法も凄いと聞くし、ハイスペックなんだろうなぁ。

 なんてしみじみ頷いてると、ミルムが顔を私の耳に寄せ、少し小声で話しかけてくる。


「強いなんてもんじゃないわよ。ノアゼット様は騎士団長にも匹敵するほどの実力の持ち主と言われてるのよ」

「そんなに?」

「あはは、さすがに騎士団長には勝てないかなぁ。でも、僕が勝てないのは彼くらいだけどね」


 私とミルムの会話を聞いていたノアが笑って言う。

 いや、国で1番強いとされる騎士団長しかノアに勝てないって、それは相当強いってことじゃん……。


「ノアゼット様、明日の試合楽しみにしています!」

「期待してもらって悪いけど、明日は魔法だけで戦うよ」


 ロットのキラキラした目を受けて、ノアは言った。でもノアの出場するのは混合の部だ。なのに魔法だけで戦うなんて、なにか思惑があるのだろうか。


 不思議そうな顔をした私たちを見た後、ノアは私のことを見る。


「エミリアが剣の打ち合いを見て怖がってるんだ。でも僕が強いところをちゃんと見せたいから、明日は魔法だけで勝つよ」

「…かっこいい……!!」


 ノアの言葉に感動するロット。

 私はそれを聞いて開いた口が塞がらない。


 え?私のため?私が怖がってるからって、それだけ?


「そんな、慣れてないだけだから大丈夫だよ。ノアのしたいやり方で…」

「ううん。少しでも嫌な思いはして欲しくないんだ。安心して。魔法だけでも勝てるから」


 私至上主義なノアが暴走してる…。


 でも本当に、ちょっと剣に慣れてなくて、打ち合いを見るのも見慣れなくて、安全だってわかってても冷や冷やしちゃうだけなんだけど…。


 そんな小さな嫌な気持ちからも、ノアは守ってくれようとしてるんだ。


「まぁ、本当はチームメンバーにも魔法だけで戦わせたいんだけどね。流石に負けちゃうから。だからエミリア。僕の試合以外は目つぶって耳塞いでて良いからね」


 とんでもないことしようとしてたな?チームメンバーにもさせようとするなんて。

 ちょっと呆れつつ、私はノアにお礼を言った。


 ノアの際限ない甘やかしが、とても嬉しかった。




「よ。今日はノアゼットの代わりに俺がきた」

「グレン様!」


 ミルムとロットは驚いた顔をして頭を下げる。私もこんにちはと挨拶をしてぺこりとお辞儀した。


「ノアゼットの代わりだから楽にしてくれ。エミリアちゃんの護衛みたいなもんだ」

「グレン様が護衛…!?なんて贅沢な…っ!」


 ロットが絶句している。私もそう思う。この前の帰る時と言い、ノアは少し私に過保護過ぎじゃないか。


「すいません、お手数おかけします」

「気にするな。どこで見ても一緒だからな」


 はは、と笑ったグレン様は、この間の鋭い顔はどこへやら、人好きのする笑顔を浮かべている。

 まぁ私も引きずって嫌な顔をするようなタイプでは無いので、グレン様がそういう態度をとるのなら私もいつも通りの態度をとるだけだ。



 私の右にミルム、左にグレン様が座って、始まった試合を眺める。

 会場は賑わっていて、右隣を見ればミルムもロットと楽しそうに話をしている。その会話の内容が聞こえないくらいには、ざわついている。


「この前はごめんな」

「いえ、気にしてません」


 グレン様は私にだけ聞こえる声で言った。ふざけた感じも鋭い感じもしなくて、落ち着いた声だ。


「あの日の夜ノアゼットに叱られたよ。エミリアちゃんを傷つけるなって、それはもー今までにないくらい怒ってた」


 あちゃあ、グレン様はノアに報告のつもりで言っちゃったのかな。私はノアに言ってないから、ノアが怒るってことはそういう事なんだろう。


「そりゃノアに言ったら怒られますよ…。結構過保護ですから」

「いや過保護っていうより…いや、いいや。というか俺は言ってない。エミリアちゃんを怖がらせたなんて言ったら殺されるのは決まってるからな」


 え?言ってない?

 まぁ、そりゃそうだよね?怒られるのわかってて言わないよね?

 でもじゃあ、なんで…。


「夕飯一緒に食べた時のエミリアの様子がいつもと違ったって言ってた。ただでさえ表情読むの上手いやつだからな。エミリアちゃんが隠そうとしてもバレるだろうよ」


 涼し気な顔でグレン様は言う。

 そっか、顔に出てたのか…。気持ち切り替えたつもりだったんだけどな。

 ノアには全部バレバレだったんだ。


「…とまぁ、そういう訳だから、エミリアちゃんを疑うのは一旦やめるわ。エミリアちゃんの思惑よりもノアゼットの方が怖い」

「はぁ…そうですか…」

「むしろノアゼットの手綱を握れるのはエミリアちゃんだけだから、ノアゼットにエミリアちゃんを骨抜きにしてもらう」

「…はい?」


 骨抜きに?私が、ノアに?

 私がノアにメロメロになれってこと?


 グレン様は試合を見つつも楽しそうに言葉を続けた。


「エミリアちゃんがノアゼットの事を好きになれば、ノアゼットのことを裏切ろうとは思わないだろ?だからノアゼットのこと、好きになってくれよな」


 にかっ、と笑われましても…。

 言ってることは分かる。分かるけど、そもそも私は敵じゃないと思ってるし、裏切るも何も私は利用される側なんだってば。

 それすらも罠だと思われてるの?疑り深くない?


「……申し訳ないですけど、ノアにも言いましたが私はこの秘密がある限り誰にも恋したくないので、そういう壁を作っています」

「とはいえ好きになっちゃうこともあるんだろ?ならそれに賭けるぜ」


 うーーん、そうなんだけど。

 まぁ私が恋しようと思って出来るものでもないし、それはグレン様もノアも分かってるだろう。


「……ご自由にどうぞ」


 そう言うのが精一杯だった。





「あっ、ほら!ノアゼット様のチームよ!」


 ミルムの声にはっ、と顔を上げてステージを見る。そこには、5人と5人が左右に分かれて固まっていて、その中にノアがいた。


「ノアゼット様は大将かしら?」

「ノアゼットは大将だって言ってたぜ」


 ミルムの質問にグレン様が答える。


 団体戦は5人1組で、、点取り戦だ。先鋒から1人ずつ戦い、勝った数の多いチームの勝ちだ。そのため、先鋒から3連続で負けたら、副将と大将は消化試合になってしまう。

 勝ち抜きではないから、ノアがいくら強くてもチームが弱ければ勝ち進めない。


 ただノアの話によると、ノアのチームはなかなかバランスよくて、優勝も狙えるそうだから、期待しててと言われた。




 魔法と剣の混合の試合は、とても見応えのあるものだった。先手は大体魔法で、魔法をくらった隙を狙って剣で切りかかる。そしてまた距離をとって魔法を放って…の繰り返しだ。


 色んな魔法が飛び交う中の剣での戦いで、炎があがったり電気がバチバチしたり水が流れたり。

 ステージは特殊な魔道具で透明な壁が貼られてるらしく、こちらに飛び火することは無い。だから中の人は全力で魔法を放つんだけど…。


 魔法と剣の戦いは、想像以上に怖かった。

 魔法だけならショーを見てる気分で済んだし、剣は冷や冷やして怖かったけど、ここまでじゃなかった。


 剣を打ち合いながら魔法を繰り出す様は、本当に相手を倒そうっていう気がありありと見えて、戦いに慣れてない私は怖い。


 膝に置いた手をぎゅっと強く握りしめて、戦いを見ていた。



 2対2で迎えた大将戦。いつもの制服に、腰に剣を携えたノアは、みんなの視線を集めた。

 立ち姿だけでもオーラがあって、真面目な顔をしてまっすぐ前を見るノアは、とても美しかった。


 ノアは決まった立ち位置につくと、顔を上げて観客席を見る。見回して、私達のいる方をむくと、にこっ、と笑った。

 その瞬間会場の女性の声が大きく上がる。


「あいつ…この人数の中でエミリアちゃんを見つけやがった…」

「えっ、今の私に対してだったんですか?」

「それ以外にあいつが笑うことなんてないだろ」


 呆れたような顔でグレン様が苦笑いをする。

 こんなに人がいるのに、よく私のこと分かったなぁ…?


「げっ。あいつ俺とエミリアちゃんが話してるのに嫉妬してやがる。どうしろってんだ」


 その言葉を聞いてノアを見れば、こちらに少し鋭い目を向けている。だけど私と目が合ってるようには思えないから、グレン様が言った通りなんだろう。


 私が見てることに気づいたノアがすぐに私に微笑んでくれて、私は軽く手を振ってみる。ノアもそれに気付いて少し驚いた顔をしたあと、笑顔で手を振ってくれた。


 するとまた会場が沸く。

 アイドルのコンサートみたいだ。


 ノアの対戦相手が何かを言ったらしく、ノアはそっちを向く。そして対戦相手が剣を構えたので、始まるんだと思った。

 だけどノアは剣に手もかけず立ったまま。本当に剣を使わず勝てるのだろうか。



 始まりの合図の音ともに、対戦相手は少しの詠唱とともに魔法を放つ。同じようにノアも何かを呟いて、魔法がぶつかり合う。

 その瞬間対戦相手は走り出してノアの方に向かう。ノアは対戦相手の剣を危なげなくひらりと避けると、すぐさま距離をとって魔法を放つ。



「…あいつなんで剣抜かないんだ?」


 ぽつり、グレン様が言った。

 私はノアから目を離さず、昨日の話をグレン様にした。するとグレン様はため息を吐く。


「ノアゼットって…実は馬鹿だろ」


 私もたまにそう思う。でも私への気遣いをすごく感じてしまって、嬉しいとすら思ってしまう。



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